昨年の日本株高を支えたのは「年金マネー」に過ぎなかった。 政府主導のPKOは、結局株価を低迷させる

PKOというともはや、平和維持活動の頭文字ではなく、株価維持策の頭文字として定着しているように思います。昨年一年間の日本株高を支えたのは外国人でも個人投資家でもなかったというのは、予想をしていたとはいえ、驚きました。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41738


年金マネーが株価を支えた
昨年の株価上昇を支えたのが国民の年金マネーだったことが明らかになった。

東京証券取引所が発表した投資部門別売買動向(東京、名古屋証券取引所1・2部等合計)によると、2013年に15兆円を買い越した海外投資家は8526億円の買い越しにとどまったほか、個人投資家は3兆6323億円を売り越した。一方で、買い越しが目立ったのは「信託銀行」で2兆7848億円。このほか、事業法人も1兆1017億円買い越した。

年金基金は信託銀行などを通じて株式運用を行っており、この調査では信託銀行に年金基金の動向が現れる。高齢化に伴って年金支払いなどが増えているため、一般に基金などは資産を売却する傾向にある。年金保険を運用する生命保険会社の売買金額が中心の「生保・損保」部門も5037億円を売り越していた。

突出して「信託銀行」の買い越しが大きかったのは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による買い越しが最大の理由とみられる。安倍晋三内閣はGPIF改革の一環として運用対象を国債中心から株式へと大きくシフトする方針を早くから示しており、そうした政府の法人に従ってGPIFが株式購入を進めたためだ。国民の年金資産を預かるGPIFの運用総額は130兆円にのぼるため、株式へのシフトは株式市場への巨額の資金流入を意味する。

月間ベースの統計をみると、「信託銀行」は2014年5月以降、12月まで毎月、買い越しを続けてきた。年初段階のGPIFの運用の基本ポートフォリオ(資産構成割合)は、全体の12%を国内株式に回すというものだったが、これには「上下乖離幅」が認められている。当時の乖離幅はプラスマイナス6%。つまり国内株式に6%から18%までを投じることがゆるされていた。

GPIFの資料によると2013年12月末段階でGPIFは保有する128兆円の運用資産の17.22%を国内株に投資していた。すでに公表した基本ポートフォリオの上限近くまで買い進んでいたのだ。3月には運用資産が126兆円となり、その16.47%が国内株に回っていた。この間、海外投資家も売り越しに回ったことから、日経平均株価は大きく下げている。

まだ未公表のGPIF国内株比率
官邸周辺から「GPIFに日本株を買わせろ」といった露骨な声が漏れてきたのもこのころだった。その頃から市場ではPKO(プライス・キーピング・オペレーション)といった懐かしい言葉がささやかれ出した。バブル崩壊後の1992年頃に国連の平和維持活動をもじって使われた言葉だったが、当時は、郵便貯金や簡易保険、公的年金国民年金や厚生年金)などの資金で、政府が株価を買い支えさせる行為を指していた。

そんなムードの中で、統計数値からみると5月以降、GPIFは再び国内株の買い増しに動いた模様だ。「信託銀行」の買い越しが6月に急増、6月末のGPIFの国内株比率も17.26%に上昇した(運用資産額は127兆円)。この傾向はその後も続き、9月末には18.23%(運用資産額130兆円)と、当時の上限を突破した。つまり、政府の意向に従ってか、その段階のルールとしては精一杯の日本株買いを行ったとみられるのだ。

その結果、GPIFは昨年9月末段階で日本株を目一杯買い込んでいたわけである。これ以上、日本株を買うには、ポートフォリオの見直しが不可欠になっていた。政府がポートフォリオの見直しを急いだのは、そんな背景があったのだ。

10月30日にGPIFは基本ポートフォリオの見直しを発表した。60%を日本国債などの「国内債」で運用するとしていたものを、35%に引き下げる一方で、国内株式を12%から25%に、外国株式を12%から25%に、外国債券を11%から15%にそれぞれ引き上げた。71%を債券、25%を株式、5%を短期資産としていた運用方針を一変して、株式と債券を半々にするポートフォリオへと劇的に転換したのである。

国内株式については25%とされたが、それまでと同様に乖離幅が認められている。プラスマイナス9%だ。マイナス9%とすると16%になり、現状を下回ってしまう。逆に上限は34%まで引き上げられたことになる。

9月で18.23%だったGPIFの国内株の比率が12月でどれぐらいまで高まったかは、まだ公表されていない。だが、「信託銀行」の買い越しが続いたことを考えると、GPIFの買いが相当規模にのぼり、結果的に日経平均株価が一時1万8000円を付けるのに貢献したのは間違いないだろう。

PKO」失敗の過去
景気が焦点になると必ずと言ってよいほど、PKOが浮上してくる。日本の金融破たんが続いた1998年頃には、当時の小渕恵三首相が青果店の店頭で「株上がれ」と言って野菜のカブを両手で持ち上げるパフォーマンスまでやってのけた。一方で、巨額の経済対策として公共事業を大幅に積み増した。その結果は、株価は上がらずに、今につながる政府の膨大な借金を生むことになった。

2008年のリーマンショックの後にもPKOという言葉が兜町で繰り返し聞かれた。麻生太郎首相時代のことだ。麻生氏も当時過去最大の景気対策を実施して、公共事業などを拡大。国の借金を大きく膨らませたが、株価はその後、低迷を続けた。

安倍内閣は、歴代の中でも株価に敏感な内閣だ。アベノミクスによって株価が上昇し、高額品消費などに火が付いた「成功体験」を内閣発足直後に経験したことが大きいのだろう。量的緩和や公共事業の積み増しが限界に来るなかで、130兆円という巨額の資産を持つGPIFを「使いたい」衝動にかられるのは分からなくもない。

だが、市場を舐めてはいけない。株価つり上げを意図した歪んだ投資決断を続けていれば、そのツケは必ず回ってくる。しかも、特定組織の意図で動くような不透明な市場には、海外投資家はやって来ない。PKOは短期的には株価上昇を実現するように見えるが、長期的には市場を歪め、信頼を失い、株価を低迷させるだけである。きちんと過去の教訓に学ぶことが、いまほど重要な時はない。