好循環ならぬ「逆回転」に直面するアベノミクス 岩盤規制の打破は容易ではない

先週東証が発表した統計によると外国人投資家は1月第4週も売り越しだったそうです。株高による好循環に陰りが出ています。先週アップされた日経ビジネスオンラインの原稿です。ご一読ください。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/?rt=nocnt


 安倍晋三首相が「好循環実現国会」と位置づける186通常国会が開幕した。アベノミクスの効果で景気は上向いているとして、企業に賃上げを促し、国民がデフレ脱却を実感できるようにしていこうという戦略だ。

 ところが足下では、株価が大きく下落し、日経平均株価は一時1万4000円を割り込むなど、暗雲も漂う。焦点であるアベノミクス「第3の矢」の柱、規制改革が目に見えて進まないようだと、海外投資家の失望が広がり、好循環ならぬ逆回転が始まりかねない。

百貨店に見られたのは「資産効果

 日本百貨店協会がまとめた昨年12月の全国百貨店売上高は、店舗数調整後で前年同月比1.7%の増加と、11月の2.4%増に比べ伸び率は鈍化したが、まずまずの結果だった。食料品がマイナスに転じたものの、「美術・宝飾・貴金属」を中心とする「雑貨」や「身の回り品」、「家庭用品」の売れ行きが好調だった。とくに「美術・宝飾・貴金属」は15.7%の伸びで、高級品が引き続き百貨店の売り上げ増を牽引していた様子が浮かび上がった。

 昨年12月は年末にかけて株価が上昇、日経平均株価は1万6000円台に乗せた。株高で利益を得た層が高額品を買う「資産効果」が続いていたのである。安倍首相はアベノミクスの効果を強調するが、最も効いているのは「第1の矢」である金融緩和。金融政策によって円安が進み、株高になったことで、それが消費に結びついたのである。

 消費の伸びや、円安による輸出産業の回復が続いているうちに、給与を増やし、消費をより力強いものにしようという安倍首相の戦略は、もちろん間違ってはいない。だが一方で、株高は金融緩和の結果だけではなく、「3本目の矢」として掲げた規制改革への期待の結果という側面も強い。規制改革によって日本企業の収益力が高まることを期待して外国人投資家が日本株を買ってきたのだ。外国人が買い越した額は昨年1年間で15兆円に達した。

 ところが、この外国人が年明けから売りに転じているのだ。株価が下落に転じれば、逆資産効果で高額品消費が一気にかげる懸念が出てくる。4月に消費税が増税されれば、消費への影響は小さくないと見られているだけに、何としても株価を底上げしたいという思いが首相や官邸スタッフから伝わってくる。

 そんな中で始まった国会で、安倍首相が改革姿勢を強調する場面が目立つのは当然とも言えるだろう。とくに国家戦略特区を巡る首相の発言には熱がこもっている。

 「先日のダボス会議で、向こう2年間、国家戦略特区では岩盤規制といえども私のドリルから無傷ではないとの趣旨を申し上げました。基本方針にもその趣旨を明確に盛り込みました」

特区法に含まれない規制をどう加えるか

 1月30日に開いた国家戦略特区諮問会議(議長・安倍首相)の席上、安倍首相はこう語った。諮問会議は、国家戦略特区の地域指定の基準などを示した「基本方針」の案をまとめたが、首相は2年間で岩盤規制すべてを突破する強い意向を示したのだ。

 基本方針案では特区の指定について、都道府県や広域的な都市圏のほかに、一定の分野で明確な条件を設定して指定する「バーチャル特区」も設ける意向を示した。前者は首都圏や関西圏などの都市再開発を、後者は特定の農業分野を想定しているとの見方が強い。

 そのうえで基本方針では、2015年度末までを「集中取組期間」として、岩盤規制全般について、速やかに具体的な検討を行い、突破口を開くとした。この基本方針案は、一般から意見を募る「パブリックコメント」の手続きをとった上で、3月中にも閣議決定する。

 今後、諮問会議では2015年度末までの2年間の「集中改革期間」に対象とする項目や、岩盤規制の改革に向けた具体的なスケジュールについて検討していく。その際、焦点になるのが、現在の特区法に含まれていない規制改革項目をどうやって対象に加えていくかだ。

 諮問会議の民間議員である竹中平蔵慶応義塾大学教授らは、特区法を順次改正しながら、新たな規制改革を対象に加えていくべきだと主張している。雇用改革などは法律の付則には含まれているものの、法律が特区の対象とする事業として明確に定められているわけではない。今、法律に盛り込んだものだけをやっていては、到底2年以内に岩盤を打ち破ることなどできない、というのだ。

 2月4日の衆議院予算委員会で、日本維新の会重徳和彦議員がこの点を質したのに対し、安倍首相はこう答えた。

 「国家戦略特区法に盛り込んだ規制改革事項に加え、新たに必要となる規制改革事項についても、改革のスピードを上げるため、できる限り速やかに取り組んでいく必要があると考えています。このため、国家戦略特区諮問会議などにおいて、これまでの自治体・民間提案の洗い出しや、指定された区域からの改革ニーズ等による追加の規制改革措置の検討を進め、今国会も含めた法的措置の必要性についても検討してまいりたい」

 首相は、今国会でも法改正をいとわない姿勢を明確に示したのだ。ダボス会議で2年間で岩盤規制に穴を空けると大見得を切った以上、もう対象項目は増やさないなどと言えるはずがないのだ。

首相方針に抵抗する官僚たち

 ところが、諮問会議の関係者によると、この首相の方針に霞が関が水面下で抵抗しているという。すでに法律に盛り込まれた改革事項を「防衛ライン」にして、それ以外の岩盤規制には手を付けさせない姿勢で臨んでいるというのだ。法律に盛り込まれたものだけで「手一杯」「時間切れ」となれば、その他の改革事項には自然と着手できなくなる。

 そんな官僚の戦略に国家戦略担当の新藤義孝総務相はすっかり絡め取られている、という。新藤氏は衆議院予算委員会自民党議員の質問に答えて、「新しい緩和項目を入れるということは、具体的な場所とテーマ、そして事業内容がつまっていくことが必要」としたうえで、今国会中の法改正についてはこう述べた。

 「作業を進めていくうえで必要であれば、私どもは、即座に対応したいと思いますが、それはあくまで作業の進捗状況による」

 つまり、具体的な緩和の場所と内容が決まらなければ法改正はしないし、今国会には作業的に間に合わない、と言っているに等しいのだ。

 もともと「国家戦略特区法」は、まず規制改革の内容を法律で決定し、その後に特区の場所を選定するプロセスをとった。問題の規制は何かをまずあぶり出すことで、トップダウンでその解消に当たる手法としたのだ。地域と規制緩和項目を先に決めていた旧来の特区が、小粒なものだけにとどまり、岩盤規制にはまったく手が及ばなかったという反省から生まれた。新藤大臣の答弁はそうした立法の精神を踏みにじっていた。

 「やはり、規制を山ほど抱える総務相が、国家戦略担当相を兼務するというのに無理があるんです」と前出の関係者は言う。1月に国家戦略担当相を誰にするか議論になった際、官邸にも各省庁から独立した大臣にすべきだという意見があった。だが、そうなると内閣改造が不可欠になるため、それを嫌った首相が総務相の兼務を決断したという。

 首相が改革に強い姿勢を示すそばから、担当相が消極的とも取れる発言をする。岩盤規制の打破はそう簡単ではない、ということだろう。