タクシー減車法は「サービス向上推進法」か? 規制緩和のあり方が問われる「霞が関」のロジック

タクシーの車の数が増えすぎたからタクシー乗務員の収入が減った、だからタクシーを減らせば乗務員の収入は増える−−。このロジックは正しいのでしょうか。これまで実際に行われた規制緩和が俎上に載せられ批判されることはありましたが、規制強化の効果が検証されることはありませんでした。果たして、乗務員の待遇が改善され、消費者にとってもサービス向上になるのかどうか。注目したいと思います。3月1日発売のエルネオスに掲載された記事です。エルネオス→http://www.elneos.co.jp/

硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》連載───35

「タクシー『サービス向上』『安心利用』推進法が施行されました!」
 国土交通省のホームページに載った報道発表文の見出しには官僚たちの喜びが滲み出ていた。役所の公表文に「!」が付いたものなど、なかなかお目にかかれない。
 一月二十七日、「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法等の一部を改正する法律」が施行された。新聞などで「タクシー減車法」と報じられてきた法律である。この法律では、国土交通相が「特定地域」に指定した過当競争地域では、事業者や首長らで構成する「協議会」で決めれば、タクシー営業台数を削減させたり、新規参入や増車を禁止したりできるようになった。また、タクシー会社は国が定めた範囲内で料金を決めなければならなくなった。下限を下回る料金に対しては国が変更命令を出せるようになったのである。
 これで、規制緩和によって誕生した「二㌔五百円」といった格安ワンコイン・タクシーなどは、この特措法に違反することになる。これまでも新規参入業者と国の出先である運輸局は、料金認可や増車をめぐって対立してきたが、この法律改正で役所が強力な許認可権を取り戻したわけである。いうことを聞かなかった新規参入業者を屈服させることができる官僚たちの満面の笑みが、つい発表文にも表れてしまったということだろう。
 しかし、タクシーを減車し、格安運賃を禁止する法律が、なぜ「サービス向上」と「安心利用」の推進になるのだろうか。

 運転手の過重労働是正?

 タクシー規制については、「小泉構造改革」の一環として二〇〇二年に施行された改正道路運送法で参入規制や台数制限が撤廃された。新規参入は許可制だが、既存のタクシー会社による増車については届け出だけで可能にした。また、料金についても自由化された。
 その結果、利用客の多い大都市圏を中心に新規参入や増車の動きが一気に広がり、台数が大幅に増えたのである。競争が激しくなれば、タクシー一台当たりの売り上げは減る。タクシー運転手の賃金は歩合制が多いため、賃金減少に結び付いた。〇八年のリーマン・ショック後の不況がこれに拍車をかけた。
 こうした賃金減少によって運転手の労働時間が増え、過重労働になっていることが安全を阻害しているというのが、国土交通省の主張だった。競争相手が増えてほしくない個人タクシーや大手タクシー会社もこれを支持した。増えすぎたタクシーを減らせば安全運転が可能になり、顧客が安心して利用できるようになるというわけだ。
 規制強化には霞が関も共闘を張った。厚生労働省は、一二年度のタクシー運転手の平均労働時間は全業種平均に比べて約一割長いが、年収は六割に満たない二百九十六万円にとどまっている、という調査結果をまとめている。「行き過ぎた規制緩和」によって運転手の生活が破壊されたというわけだ。
 すでにリーマン・ショック後の〇九年には、規制強化へと方向転換されていた。格安運賃のタクシー会社に値上げを指導したり、増車を認めないなど、規制を加えたのだ。指導に従わない事業者には、監査での罰則強化など「圧力」をかけ続けた。それでも格安事業者は抵抗を続けてきたことから、今回の法改正となったのだ。

 百害あって一利なし

 タクシーをめぐる規制緩和と再強化の動きは、規制緩和の意味を考えるうえで格好の材料である。
 新規参入が増えて競争が激しくなると、誰が得をし、誰が損をするか。バブル期にはタクシーが圧倒的に足りず、乗車して短距離の行き先を告げると運転手に舌打ちされ客が嫌な思いをすることが少なくなかった。今は待ち時間も少なく乗車でき、短距離でも文句を言う運転手などまずいない。需要と供給のバランスで、供給が多くなれば一般にサービスは良くなると考えられる。また、価格を下げてお客を取ろうという業者も出てくるから料金も下がる。価格に敏感な消費者が多い大阪などでは、五千円以上の部分は半額といった、長距離客を優遇するサービスも定着している。
 一方で、サービスも向上できず、価格も引き下げられない従来型の業者はジリ貧になる。業者にとっては、競争がなく供給不足の状態が一番儲かる。何の努力をしなくても、選択肢のない客は仕方なく高い料金を払うからだ。
 では、規制を強化すれば、シワ寄せを食っているタクシー運転手は本当に潤うのか。減車をすれば、乗務一回当たりの収入は増えるかもしれないが、車が減るのだから乗務できる回数は逆に減るかもしれない。そうなれば運転手の総収入は増えない。
 タクシー業界全体にとってはどうか。新しいサービスや低料金によって顧客のパイが増えれば、いずれ業界も潤うはずだ。客待ちするタクシーが多いということは、乗ろうと思う顧客を逃す率が小さくなる。いわゆる機会ロスがなくなるのだ。一方で、顧客の長い列ができれば、それを敬遠して乗るのを諦める客が出てくる。業界のパイが大きくならなければ業界に入ってくる新人も減る。タクシー業界は運転手の高齢化が著しい。収入が減ったため、年金を併せてもらっている高齢者運転手以外は食べていけないと、自由化批判の一例にも使われる。では、減車をしたほうが若い運転手が増えるというのだろうか。
 今回の規制強化には業界内の改革派から批判の声が上がっている。「MKタクシー」を運行するエムケイはホームページで、「利用者にとって百害あって一利なし」と切り捨てている。規制強化で「利用者から支持されるタクシーは増車も事業拡大も出来ず、本来であれば市場から退出すべきである支持されないタクシーは存在し続ける」というのだ。
 既得権を握る業者の利益ではなく、消費者の利益を第一に考える。これが規制改革の前提のはずだ。安倍晋三首相は規制改革を進めると言うが、タクシー規制の再強化を見る限り、既得権を守る業界と規制権限を握りたい霞が関が復活しているようにみえる。