景気がだいぶ好転しています。消費税引き上げの影響も短期間で吸収できそうな気配です。その好景気のけん引役になっているのが、外国人旅行者です。多い月は100万人もの外国人が日本にやってくるのですから。彼らの消費意欲を刺激し、大いにおカネを落としていってもらわなければなりません。そんな原稿をWEDGEに書きました。 オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3806
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春の盛りになって日本各地は多くの観光客で溢れている。とくに目を引くのが外国人だ。日本政府観光局(JNTO)が3月19日に発表した2月の訪日外国人数は88万人と前年同月に比べて20.6%も増えた。もちろん2月としては過去最高である。その後も多くの外国人が日本を訪れている。まさに訪日ラッシュだ。
引き金はアベノミクスによる円安である。円安になって外国人が日本に旅行する際の代金が大幅に安くなった。日本旅行が割安になったことで、アジア諸国を中心に日本旅行ブームが起きているのである。
円安で訪日外国人が急増し始めたのは2013年2月から。33.5%も増えた。そこからさらに20%増えたのだから凄い伸びである。12年2月の54万人を底に、13年2月は72万人、そして今年は88万人だから2年前と比べると1.6倍、34万人も増えたのである。
昨年1年間の訪日外国人は初めて1000万人を突破した。次のターゲットは2000万人だ。20年のオリンピックが東京に決まったこともあり、このブームの火を消さなければ十分達成可能な数字と思われる。毎年10%ずつ増えれば20年にはほぼ2000万人になる計算だ。
この訪日外国人の増加は、今後の日本の産業構造を転換する大きなきっかけになると見られる。1つ目が輸出産業中心から内需中心への転換。2つ目が、付加価値が低いとされてきたサービス産業の高付加価値化、そして3つ目が過剰なハコモノ投資中心からの脱却である。いずれも長年、日本の問題点として指摘されてきたものだ。では、訪日外国人の増加がどうして日本の根本問題を解決するきっかけになるのだろうか。
1つ目の輸出産業から内需型産業への転換は分かりやすい。アベノミクスによる円安で、輸出が大きく伸びると期待されたが、実は思ったほど輸出は伸びず、逆に輸入額が急増したため、貿易収支が大幅な赤字になった。月間の貿易統計では、貿易赤字が20カ月も続いている。円安になってしばらくは輸出よりも輸入へのインパクトが大きいため、初めは貿易収支が悪化するが、しばらくすると急速に改善するという見方が強かった。この貿易収支の推移予想をグラフにすると「J」の字のようになることから、「Jカーブ効果」と呼ばれてきた。ところが、どうもJカーブ効果は無かったのではないか、という話になっている。
13年の年間貿易統計を見ても、自動車の輸出額は円安によって増えているが、輸出台数はまったく増えていない。つまり、円安になっても輸出数量は伸びない体質に日本は変わっていたことが図らずも証明されたのだ。長期の円高の間に輸出産業はこぞって海外生産にシフトしていたから、当然と言えば当然である。
「ミキハウス」に殺到する外国人旅行客
ところが円安によって思わぬところに波及効果が出ている。内需である。円安で日本にやってくる外国人観光客の多くは買い物が狙いだ。つまり、外国人の購買によって日本の国内消費の伸びが加速されているのだ。
高級子ども服ミキハウスを展開する三起商行の木村皓一社長は、国内で売れている同社の高級子ども服のかなりの割合をアジアなどから来た外国人観光客が買っていると推定している。百貨店やアウトレットで遭遇する大勢の外国人の姿を見れば、納得がいく。円安が製造業の輸出ではなく、外国人旅行者による国内消費に直結。長年の課題だった外需から内需へという産業構造の転換を後押ししていると見ていい。
もう1つが低収益に苦しんできたサービス産業の高付加価値化につながりつつある点だ。アジア諸国はここ10〜20年の経済成長によって、所得水準が上がると共に物価水準も高くなった。シンガポールなどを旅行してみると、現地のホテルや飲食費が予想以上に高いことに驚くだろう。
長い間デフレが続いたことで、日本のサービス産業の価格は猛烈に低くなった。一部の規制が残る公共機関は別として、価格競争にさらされている飲食店や旅館・ホテルといったサービス業の料金は世界的に見ても驚くほど低い。老舗の高級日本料理店などで中国や韓国の若い旅行者を見かけることも少なくない。せっかく日本に来たのだから、という旅行者としての趣向もあるが、豊かになったアジアの購買力から見れば、日本の高級品は十分に手が届く価格水準なのである。
訪日外国人を2000万人にしようと思うと大きなネックがある。旅館やホテルなどの数が圧倒的に足りないのだ。特に人気の観光地は春の桜のシーズンなどホテルを取るのは至難だ。海外ではまだ知名度が低い地方の観光地では稼働率が上がっていないところもあるが、総じてホテルは不足気味だ。
ホテルを新規オープンする動きも増えてはいるが、ハコモノを増やすことに抵抗を感じている企業が多い。地方の観光産業はバブル期の需要増に合わせて巨大ホテルを建設し、その後、低稼働率に苦しんだところが多いからだ。今回は同じ轍を踏まないようにしようと考える経営者がいても不思議ではない。つまり、需要は急増しているが、ハコモノ投資を増やす従来の日本型の行動には今のところなっていないのだ。
2番目と3番目を合わせた答えは、需要増に対して新規の供給を増やすのではなく、品質を上げて価格を引き上げる戦略を取ることだ。外国人が求める、高級でも日本的な趣のあるものを増やしていく。つまり、「良いものを高く売る」戦略への転換だ。訪日外国人の消費増をきっかけに、安過ぎたサービス産業の価格を引き上げることができるだろう。ただし、ポイントは従来よりも質を上げること、そして日本の文化とのつながりを強調することだ。外国人主導内需をターゲットにした高付加価値化の実現である。
それでは日本人が高くて買えなくなる、という批判も出そうだが、そんなことはない。サービス産業の賃金は総じて低い。収益性が改善することで賃金が上昇すれば、日本経済全体への波及効果は大きい。
オリンピック以降も訪日外国人が増え続けると思う企業は新規投資をすればよい。だが、先行き一旦は減るとみれば、過剰投資は厳禁だ。それをせずに2000万人の外国人の需要を賄うには工夫がいるだろう。ホテルを新規に建てるのではなく、古い民家を活用したり、個人所有の建物を短期滞在に使ったりするのも手だ。
こうした工夫はこれまでは様々な国の規制でできなかったが、安倍内閣では国家戦略特区を突破口に規制緩和に踏み切ろうとしている。
高度経済成長期、日本企業の哲学は「良いものをより安く」だった。だが、豊かになりモノが満ち足りた今となっては「良いものをいかに高く売るか」が企業にとって大切になる。
◆WEDGE2014年5月号より