米国のGMにせよ、日本のJALにせよ、経営破たんした企業の復活が目立ちます。倒産によって様々な債務を減免されるわけですから、当たり前と言えば当たり前。経済循環の1つのプロセスとして企業倒産は必要なのです。ところが、これまで戦後の日本は右肩上がりの成長が続いてきたため、倒産は絶対悪でした。制度も倒産しない事を前提に作られており、倒産した場合には社長の個人財産も時には命も奪わないと終わりにできない仕組みになっています。そんな仕組みを見直し、企業の新陳代謝を当たり前の事として受け入れよう、そのための制度整備をしようというのがアベノミクスの考えです。実は民主党政権も同じことを議論していました。新陳代謝というと「ベンチャー育成」「起業大国」が打ち出されますが、これには誰も反対しないから。ゾンビ企業を整理せよ、と言えば猛反対が起きます。ゾンビ企業を温存してきたことが、日本経済の冷温症にし、本来の循環を止めてきたことにそろそろ直視するべきでしょう。6月1日発売のエルネオスの連載記事です。→http://www.elneos.co.jp/
硬派経済ジャーナリスト 磯山友幸の《生きてる経済解読》連載38号(2014年6月号)
東京商工リサーチによると、四月の倒産件数は十八カ月ぶりに増加に転じた。「小売業を中心に販売不振を理由とした小規模な倒産が増えた」と新聞は報じていた。四月から消費税が引き上げられたことで消費が落ち込み、業績が不振となって倒産が増えたという「論理」である。
一般には、景気が悪化したら倒産が増えるという構図になると信じられている。だが、今の日本の場合は大きく違う。三月まで倒産件数は十七カ月連続で前年同月比で減少し、三月としては一九九一年以来の最低だった。九一年といえばバブルの最盛期である。その頃と同じぐらい景気がよいということかというと、そんな実感はないだろう。
淘汰のない「低体温症」経済
実は、リーマン・ショックの影響で景気が冷え込んだ二〇〇九年以降、日本企業の倒産はほぼ一本調子に減少が続いてきた。景気が悪化したのに、倒産は減ったのだ。
なぜか。民主党政権下で金融担当相に就いた亀井静香・国民新党代表(当時=写真)が導入した中小企業金融円滑化法、いわゆる「金融モラトリアム法」のためだ。法律では、中小企業などの求めに応じて金融機関はできる限り貸付条件の変更に応じるよう求められたが、金融庁の指導などもあって、条件変更が半ば義務化していた。その結果、本来なら倒産してしかるべき企業がことごとく生き残り、「ゾンビ企業」が量産されたのである。
この法律は一三年三月末で廃止されたが、〇九年十二月の施行から廃止までの間に、延べ四百一万九千七百三十三件の融資条件の見直しが行われた。対象融資金額は百十一兆円にのぼったのだ。金融庁は何も対策を取らずに法律を廃止すれば四万〜五万社が一気に潰れるとしていた。冒頭の今年四月の倒産は件数(負債総額一千万円以上)にして九百十四件だから、その影響の大きさが分かる。
金融庁や中小企業庁は、法律はなくなっても、実質的に融資見直しなどが行われるよう銀行への金融検査などを通じて指導してきた。それもあって、この三月まで倒産件数が逆に減少を続けてきたのだ。
倒産が減ることは良いことだと一般には思われている。もちろん、景気が良くなって企業倒産が減ったのなら健全なことである。ところが、本来なら淘汰される企業に無理やり資金を付けることで生き残らせる手法は大きな矛盾をはらむことになる。新しい企業が生まれる一方で、競争に敗れたり時代遅れになった企業は淘汰されていく。この当たり前の経済原則を踏みにじると何が起こるか。経済がいわば「低体温症」にかかって、循環が止まってしまうのである。また、国の補助金や助成金ばかり頼りにして、自ら儲けようという企業家精神が急速に失われてしまう。デフレとあいまって、そんな低体温症が日本経済を覆っていたのだ。
景気回復がゾンビ企業を淘汰
これを問題視したのが安倍晋三内閣だった。いわゆるアベノミクスの成長戦略として「産業競争力の強化」を打ち出した。そのキーワードの一つが「産業の新陳代謝」だった。ゾンビ企業が生き続けるとどうなるか。採算度外視の価格設定がまかり通るようになり、過当競争が引き起こされる。その結果、本来勝ち組だったはずの強い企業が足を引っ張られ、競争力を失ってしまう。敗者を守るために勝者を犠牲にする政策は止めるべきだと成長戦略を作った「産業競争力会議」の民間議員になった経営者らが強く主張したのだ。
ベンチャー企業などを育てる政策には誰も反対しない。だが、役割を終えた企業を退出させる政策には批判が付き物だ。これまでの政権は、逆に経済原理を踏みにじるような補助金行政などを行ってきた。弱きを助けるというのは支持を得やすい。その究極がモラトリアム法案だった。
では、四月の倒産件数が十八カ月ぶりに増加に転じたのは政策変更の結果かというとそうではなさそうだ。むしろ景気が良くなることで、ゾンビ企業が生き残れない状況に陥っているという。居酒屋チェーンが深夜営業を止めたり、店を閉めたりしているが、その最大の理由は景気好転によって人手が確保できなくなったためだ。ブラック企業と指弾された会社も、非正規雇用を正社員化したり、給与を引き上げたりしている。当たり前のことだが、景気が良くなると、「ヒト・モノ・カネ」が不足するのである。
不足したヒト・モノ・カネを真っ先に確保できなくなるのは、もともと競争力のないゾンビ企業だ。ヒトやモノが確保できなければ売り上げは増えない。一方で、これまでは目をつぶって貸してくれた銀行も渋くなる。ほかに成長している企業があるのに、ゾンビ企業に貸し続ける必要がなくなるからだ。
今のところ、ヒトの不足や、住宅設備機器などモノの不足が目立っており、まだまだ「カネ余り」だと思われているが、徐々にカネ余りの恩恵を受けられる企業とそうでない企業に分化していくだろう。
東京商工リサーチは「夏場を境に倒産件数は緩やかな増勢に転じる可能性が高い」と分析している。つまり、今後も倒産は増えていくというのだ。四月の消費税引き上げ後も景気は予想以上に好調で、飲食店や小売りなどの消費産業はおおむね順調だ。このままの景気回復が続けば「人手不足倒産」や「資金繰り破綻」などが増えるのは間違いなさそうだ。
企業の倒産は経済原理だが、企業の倒産を個人の「破滅」に直結させてはいけない。これまでの日本の制度は倒産と共に経営者個人を破滅に追い込む仕組みになっていた。企業の借り入れに経営者個人の保証を求めることや、担保不動産を手放しても借金が残るような現在の融資形態は政治の世界でも問題視されてきた。担保さえ放棄すれば借金が消えるような融資を「ノンリコース・ローン」というが、これは米国では当たり前の仕組みだ。あるいは、失敗した人が再びチャレンジできるような仕組みの創設も不可欠だろう。低体温症から脱出しつつある今だからこそ、セーフティーネットの整備を急ぐ必要がある。