企業の自社株買いブームが止まらない 海外投資家が求める「ROE引き上げ」へ一手

日経ビジネスオンラインにアップされた原稿です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


上場企業の間で自社株を市場で買い付ける「自社株買い」の動きが広がっている。大手証券会社などによると2014年度に実施された自社株買いは総額4兆3000億円余りで、2013年度の約2兆円から大幅に増加、2008年度以来の高水準になった。

 4月以降もその流れは続いており、すでに40社近くが自社株買いを発表している。自社株買いの上限を発行済み株式数の数パーセントに設定する大型のものも目立つ。

東武ストア、アクセルなど続々発表

 東武ストアが発行済み株式数の7.36%に当たる500万株を上限に4月13日から8月24日まで自社株買いを行うと発表したほか、アクセルは5月1日から来年2月29日までに10.08%に当たる125万株を上限に取得、東京エレクトロンも5月14日から1年の間に8.59%に当たる1540万株を上限に買い付けるとしている。

 自社株取得は市場に出回る株数が減ることから、株価の上昇要因になるとされるほか、企業が取得した自社株を消却すれば発行済み株式数自体が減り、1株当たりの価値が上昇することから、株主還元策として投資家に注目されている。

 特に昨年来、自社株買いが増加傾向にあるのは、安倍晋三政権が企業のROE株主資本利益率)を国際水準に引き上げるための改革を行うとしたことが引き金になっている。

 安倍内閣が昨年6月24日に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」では、「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」というキャッチフレーズが掲げられ、冒頭にROEの引き上げがうたわれた。そして、具体的な政策として「コーポレートガバナンスの強化」策が打ち出されたのである。

 成長戦略では、コーポレートガバナンス・コードを制定して、企業のあるべき姿、つまり「ベスト・プラクティス」を示すことが示された。今年3月に金融庁東京証券取引所が共同で事務局を務めた有識者会議でコードの原案が決まり、独立社外取締役を複数人置くことなどが求められることになった。

 コードはあるべき姿を示すものの、実際にその規定を順守できない場合は、その理由を公開すればよい。いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」と呼ばれるルールの手法だ。

取締役のうち一定割合を独立性の高い社外出身者にすることで、経営に緊張感が生まれ、社外に対して説明の付きにくい経営判断がしにくくなると期待される。社内出身の取締役がお互いに遠慮して不採算事業が温存されるようなケースが日本企業では少なくないが、社外取締役が入ればそうはいかなくなる。取締役会の「空気」を読んで社長の方針には反対しない、従来の取締役会の機能を一変させることを狙ったわけだ。

 また、ROEを向上させるには、何よりも利益を増やすことが重要だ。企業が不採算事業から撤退し、利益率の高い分野に集中投資すれば、ROEは上昇することになる。ガバナンス改革を通じて日本企業のROEを高めようというのが安倍内閣の成長戦略の狙いだったわけだ。

 米国企業のROEの平均は13%程度とされるのに対して、日本は6%程度といわれる。アベノミクスが示すように、ROEを国際水準にするということは、日本企業のROEを2倍にすることを意味する。これは単純に言えば、株価が2倍になってもおかしくないことを示している。

「自社株消却」が株高を支える

 利益を上げる以外に、もうひとつROEを引き上げる方法がある。分母である株主資本を小さくすることだ。無駄な剰余金を溜め込んでいる企業が資本を吐き出せばよいのである。

 剰余金を使って自社株を市場から買い集め、それを消却する。自社株消却である。米国や欧州の長年にわたる株高が、自社株消却によって支えられてきたのは周知の事実だ。

 昨年6月の成長戦略は欧米の投資家から高く評価された。中でも比較的長期の投資を行う年金基金など機関投資家の注目度は高い。ガバナンスの強化によって日本企業の経営スタイルが抜本的に変わる可能性が出てきたからだ。日本企業のROEが劇的に改善されれば、間違いなく株価も上昇する。日経平均株価が2万円を超えた背景には、こうした海外投資家が日本企業の変化を先取りして買っている面がある。

 比較的短期のリターンを狙うのが常である「投資ファンド」も、アベノミクスが掲げるガバナンス改革には注目している。多額の剰余金を貯め込んで事業投資に回していない企業の経営者が、アベノミクスに従ってROE改善に動けば、間違いなく自社株消却などを行うことになる。そうなれば、短期間に株価が上昇する可能性もあるからだ。

 実際、米系の投資ファンドなどが株を買い集めて、経営者に株主還元の強化を求め、企業が自社株買いを実施する際に高値で株の過半を売り抜けるような例も散見されるようになった。

 株式市場では高ROEや自社株買いが大きな投資テーマになってきた。こうした投資家の期待に経営者の多くも無関心ではいられなくなっている。同業他社が自社株買いの実施を発表し、その結果、株価が大きく上昇するのを横目で見て、じっとしていられなくなるケースが増えているのだ。

 また、鉄道やガス、地方銀行といった公益企業の間でも自社株買いが広がっている。公益企業の場合、上場して歴史が長いこともあって発行済み株式数が多いケースが少なくない。それが株価の動きを鈍くし、頭を抑える要因になっていることから、株数を減らして株価の値動きを軽くしたいという思いが経営者にも生じている。

経営者がROEを意識するようになったもうひとつのきっかけがある。2014年1月に算出が始まった「JPX日経インデックス400(以下、JPX400)」指数だ。

 「グローバルな投資基準に求められる要件を満たした投資者にとって投資魅力の高い会社」400社で構成されるもので、3年平均のROEが選定基準として組み込まれている。これも2013年6月の安倍内閣の成長戦略に盛り込まれていたものだ。

 時価総額や売買代金を加味した1000社の母集団を3年平均のROEと3年累積の営業利益額、時価総額の3項目でランキングし、トップには1000点、最下位には1点という具合に点数を付ける。その総合点が高い順に400社が選ばれるという仕組みだ。配点はROE4割、営業利益4割、時価総額2割。時価総額などの影響が大きい日経平均株価などと違い、ROEのウエートが格段に大きいのである。

 このJPX400が面白いのは、毎年1回、構成銘柄の入れ替え戦が行われることだ。6月末のデータを基に計算し直し、8月上旬に、指数から外れる銘柄と、新たに加わる銘柄が発表されるのだ。

JPX入りがROE経営の規律に

 昨年、初めて行われた入れ替え戦では、31銘柄が入れ替えとなった。経営者からすれば「日本を代表するグローバル企業」の証明でもあるJPX400から外れるわけにはいかない。否が応でもROEを気にしないわけにはいかなくなっているのだ。ROEの改善に即効性のある自社株消却が増えているのは、こんなことも背景にある。

 安倍内閣は、株価を上げることで消費に火を付けるなど日本経済を好循環に導こうと考えている。企業が儲かるようになれば、株価の上昇だけでなく、法人税などの税収増にもつながる。危機に瀕している国の財政も救うことになるわけだ。

 アベノミクスの3本目の矢はなかなか効果が出ないと言われる。だが、成長戦略の柱だったコーポレートガバナンスの強化が、ROEを引き上げる動きへと広がり、結果的に株価を押し上げる効果を生み出しつつあるように見える。