アジアの「日本観光ブーム」を地方経済再興の起爆剤に 3000万人前倒し達成も視野、訪日外客数が過去最高を更新中

町なかでもしばしば外国人観光客を見かけます。都心の百貨店でもアジア系の旅行者がブランド品などを買う光景が目立ちます。何せ月に100万人も外国人が押し寄せているのですから。アベノミクスによる最大の効果はこれかもしれません。日経ビジネスオンラインに原稿を書きました→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140619/267027/


日本を訪れる外国人観光客が激増している。日本政府観光局(JINTO)の推計によると、4月は1カ月間で過去最高の123万2000人が日本を訪れた。前年同月に比べて何と33.4%も増えた。日本の桜を観ようという「観桜ツアー」人気が広がったという。確かに、京都など日本各地は多くの外国人観光客で溢れていた。

 引き金になっているのは円安だ。安倍晋三首相が打ち出したアベノミクスの1本目の矢である「大胆な金融緩和」によって円高が大幅に修正されたことが大きい。円安になれば外国人が日本を旅行する際の代金は大幅に安くなる。もともと経済成長によって旅行ブームが起きていたアジア諸国の人々が、一気に日本に目を向けたのである。

 アベノミクスでは、当初、円安によって輸出が伸び、自動車や電機といった輸出企業の業績が回復することで、日本経済が再成長路線に乗るとみられていた。ところが、輸出は期待したほどには伸びず、LNG液化天然ガス)など輸入品の価格上昇で貿易収支は赤字が続いている。まったく予想が外れたわけだ。そんな中で、円安効果が如実に表れたのが訪日外国人の伸びである。訪日外国人が急増し始めたのは2013年2月からだから、アベノミクス効果が最も表れた分野だと言えるだろう。

 この勢いは止まりそうにない。6月18日にJINTOが発表した5月分の推計でも前年同月比で25.3%も増え、109万7000人となった。これも月間としては4月に次ぐ過去2番目の記録だ。発表資料でも「例年5月は、繁忙期である4月の桜のシーズンと夏(7・8月)の狭間で若干減少する時期」だとし、5月の急増に驚いていた。

 これが続くと、夏休みである7月の超繁忙期にはかつてないほどの外国人が押し寄せることになりそうだ。実は月間で訪日外客数が100万人を超えたのは昨年7月が初めてで100万3000人だった。昨年4月は92万3000人だったから、7月は4月より8%多かった。これを当てはめれば今年7月は133万人は訪れる計算になる。東日本大震災前の2010年7月は87万8000人だったから、1.5倍である。

 外国からの旅行者の増加は、景気回復の即効薬として効いている。外国から来て日本でおカネを落としてくれるわけだから、その効果は大きい。しかも、ホテルや旅館、レストラン、お土産店など、おカネの流れが届きにくい経済の下流域に直接効く。

 輸出企業の場合、モノを輸出して資金回収するまでに数カ月から半年はかかるうえ、それが従業員の給与や下請けの納入価格の上昇に結びつくには何年もかかる。それに比べて観光収入は、店舗の従業員雇用を増やし、賃金を上げるなど即効性が高い。

売り物は日本の「信用力」

 百貨店の関係者によると、アベノミクス以降好調な百貨店での高額品消費でも、実際は外国人旅行者の貢献度が大きいという。なかなか統計には表れないが、確かに百貨店に行っても、外国人客の多さに驚く。円安によって値段が安いのかと思いきや、百貨店などでの輸入ブランド品はアジア諸国で買うのとあまり価格差はないという。それでもアジアの旅行者がこぞって日本で高額品を買うのは、間違いなく本物を買えるという安心感からだという。いわば日本の信用力も売り物になっているのだ。

 日本は人口が減少に向かっており、消費などのいわゆる「内需」も伸びが鈍化するという見方が多かった。鉄道の利用客数が典型で、つい数年前まで、長期的な減少傾向が続くとみられてきた。それがここへきて増加している。東海道新幹線の乗車率なども上がっているが、これは企業の業績回復でビジネス客が伸びているだけでなく、外国人旅行者の激増が貢献していることは明らかだ。

 外国人といっても、どこの国からの訪問客が増えているのだろうか。もちろん圧倒的にアジアからの旅行者が多い。その中でも伸びが目立つのは中国からの旅行者だ。4月は90.3%増、5月は103.3%増と倍増している。2012年秋に尖閣諸島の国有化問題で両国間の対立が深まると、日本への旅行者は激減した。

 2012年7月に20万4270人のピークを付けた中国人訪日旅行者数は、同年11月には5万1993人にまで落ち込んだ。それが昨年夏ごろから回復しはじめているのだ。今年4月には19万600人と、4月の中国からの訪日客数としては過去最高を大幅に更新。月間最高の2012年7月の数字まであと一歩に迫っている。「政冷経熱」ならぬ「政冷旅熱」なのである。

 5月の訪日外客数の国別をみると、最も人数が多かったのは28万2000人で台湾。月間の訪日客数としては過去最高を記録した。次いで韓国の19万5300人、中国の16万5800人となった。中国は伸び率は倍増だったが人数は台湾などに及ばなかった。韓国からは対前年同月比で14.6%も減少しており、両国間の政治的な対立に加え、韓国の景気減速が影を落としている。

目標3000万人は前倒しで達成?

 このほか、人数はまだまだ少ないとはいえ、タイ、マレーシア、ベトナムといった国々からの観光客が急増している。日本政府が入国ビザの要件を緩和したことなどが奏功している。昨年1年間で訪日外客数は初めて1000万人を突破したが、これを東京オリンピックが開かれる2020年に2000万人、2030年には3000万人にする目標を政府は抱えている。

 毎年10%のペースで増えていけば、2020年には2000万人になる計算で、今の傾向が続けば、前倒しで達成することになりそうだ。

 3000万人は一見ハードルが高い目標に見えるが、世界の国々と比べると決して高い目標ではない。国連の専門機関である世界観光機関の統計によると、2012年に外国人旅行者が最も多かったのはフランスで8301万人。これに米国(6696万人)、中国(5772万人)、スペイン(5770万人)、イタリア(4636万人)と続く。アジアではマレーシアが2503万人で10位、タイが2235万人で15位に入っている。リゾートや文化遺産が多くの外国人を魅了しているのだ。ちなみに日本は30位までに入っていなかった。

 マレーシアの人口は2900万人に過ぎないし、タイの人口は6700万人。人口対比で考えれば、日本の3000万人という目標はまだまだ控えめ、ということだろう。

 では、観光客を呼び込むためにはどんな政策が必要か。ビザ要件の緩和など規制緩和はもちろん重要だ。そのうえで空港やホテルといったインフラも重要になるだろう。オリンピックの東京開催が決まったこともあり、東京を中心にこうしたインフラ整備が進むことは間違いない。

 だが、それ以上に大事なのは、地方が自分たちの魅力を磨き、それを発信していくことだろう。多くの日本の「田舎」に共通するのは、都会の住人や外国人が魅力を感じるものの価値に気付いていないこと。「都会の人はこんなモノに感動するんですね」と、地元の人は不思議がる。

地方の風景や食材は「宝」

 見慣れた里山の風景や季節ごとの自然、農耕作業、古民家、田舎ならではの食材。こうした地元にとって当たり前のものが、実は「宝」であることになかなか気が付かないのだ。

 実はこれといった観光資源がなくても、魅力的な観光地に磨き上げることは可能なのだ。何度も観光でフランスを訪れる日本人が、パリなどの観光資源あふれる大都会だけでなく、田舎の農村風景や農家レストランに魅力を感じることを思い返せばよい。

 外からやってくる人たちに感動を与えるには、その地域が持つ「特色」を一段と強調することが必要だ。これは「地元らしさ」を再発見し、復興させることにもつながる。

 戦後の国土計画の中で、一律の開発が進み、ミニ東京化していった地方都市。観光客をひきつける魅力を磨くことは、地方のアイデンティティを取り戻すことにほかならない。