訪日外国人客、次なる目標は3000万人 2000万人ほぼ達成、円安頼みでなく外国人目線で観光資源を磨け

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 2015年1年間に日本を訪れた外国人客は過去最高の1973万人になったことが、日本政府観光局(JNTO)の推計で明らかになった。政府は2020年までに年間2000万人を目標としてきたが、これがほぼ達成できたことから、2020年の目標を3000万人に引き上げた。

 昨年12月に行った講演で安倍晋三首相はこう述べた。「次なる目標は、(訪日旅行客数)年間3000万人の高みであります。観光立国をどんどん進めることは、確実に地方創生でつながっていくと思います」。外国人観光客を呼び込むことで日本経済にプラスにつなげ、特に地方経済に恩恵をもたらそうとしているのだ。

 訪日外国人数の伸びは著しい。安倍内閣アベノミクスを始める前の2012年、年間の訪日外国人は835万人だった。それが、2013年には1036万人と、長年日本政府の悲願だった1000万人を初めて突破した。そして2014年は1341万人と、年間の増加人数が340万人だったが、2015年は630万人と驚くべき増加幅になった。

円安で中国人観光客が激増

 その原動力になったのが中国からの観光客の激増だ。2015年の中国からの訪日客は499万人と前の年の240万人から倍増。昨年トップだった台湾の367万人や、一昨年までトップだった韓国の400万人を大きく抜き去って初めてトップに躍り出た。中国人観光客による大量消費、いわゆる「爆買い」は日本の消費を下支えするまでに急拡大している。

 海外からの観光客が激増したのは言うまでもなく、アベノミクスによる円安が引き金になっている。諸外国の現地通貨が円に対して強くなったことで日本観光の価格が一気に下がったのである。単純に言って、1ドル=80円から1ドル=120円になれば、ドルに連動する通貨での日本への旅行代金は3分の2になる。さらにここ数年で格安航空会社(LCC)が急速に普及したこともあり、アジア地域などからの旅行費用はさらに安くなっている。

 中国人による「爆買い」も円安によって、関税がかかっている中国国内での商品価格よりも、日本に行って買った方が安いという価格差が大きな動機になっている。

 800万人から2000万人までの急増には、円安が威力を発揮したことは間違いない。だが、円安頼みの外国人誘致には副作用もある。逆に、日本人は海外旅行に行きにくくなっているのだ。

 日本から海外への「出国数」は2012年に1849万人と過去最高を記録したが、アベノミクスによる円安が始まった翌年から減少に転じている。2013年は1747万人、2014年は1690万人とじりじりと減り続け、2015年は1621万人になった。ピークから220万人も減ったのである。

45年ぶりに入国数が出国数を上回り逆転

 長い間、日本での人の出入りは、圧倒的に日本人の出国数の方が訪日外国人数よりも多い状態が続いてきたが、2015年にはついに訪日客数が出国日本人を上回り、逆転した。大阪で万国博覧会が開かれて海外から大勢の観光客が訪れた1970年以来、何と45年ぶりのことだ。

 日本人はもはや海外旅行もなかなか覚束ない。アベノミクスによる円安で日本人は貧しくなっている、という見方もできる。

 訪日外国人の目標を2000万人から3000万人に引き上げると言っても、円安をさらに進めることで外国人を増やしていくような政策を取れば、日本人から生活の豊かさの実感がどんどん失われていくことになりかねない。日本人の疲弊の上に外国人旅行者の豊かさが生まれるとしたら、終戦直後の日本に逆戻りである。

 もちろん、政府は円安だけを頼みに外国人旅行者の誘致を図っているわけではない。政府によるビザの大幅緩和なども日本への来やすさにつながっている。「爆買い」にしても、消費税の免税対象の大幅な拡充が後押ししている。
制度変更で化粧品、医薬品の魅力増す

 2014年10月から、化粧品や医薬品、食料品なども消費税免税の対象に加えられたのだ。今や「爆買い」のひとつのターゲットが化粧品や医薬品になっているのは、この制度変更の効果が大きい。

 また、官民挙げて訪日旅行のプロモーションを展開することが、旅行需要の掘り起こしという成果を上げている。中国から来る大型クルーズ船の寄港が増え、チャーター便を中心に航空路線も大幅に増えた。

 一方、最近、日本のスキー場での外国人スキーヤーの遭難騒ぎが相次いでいるのをご存じだろうか。この現象が示すように実は元々目立っていたオーストラリアや欧米のスキー客がさらに大幅に増えているのだが、彼らは価格の安さだけを選択基準に来日しているわけではない。

 日本にやってきたスキーヤーが日本の雪質の素晴らしさに気づき、インターネットなどで情報が拡散したことから、日本の雪質を求めてやってくる外国人スキーヤーが増えたのだ。北海道のニセコのように、外国人をターゲットにしたサービスを強化する動きもあり、外国人にとって快適なスキーリゾート・ライフを日本で楽しめる環境も整ってきた。実はこの「質の充実」が大きな意味を持つのである。

 世界の市場が動揺して、日本円が再び安全通貨として着目されている。これまでの円安基調が円高へと転換する可能性が出てきている。そんな中で、低価格だけが狙いの観光客は減っていく可能性がある。

円高でも呼び込める「ファン」を作れ
 この3年で日本を訪れた3300万人の人たちは、日本にとって大きな財産である。彼らが日本の素晴らしさを知り、リピーターになってくれれば、今の2000万人という数字が一過性のものではなく、基礎票になっていく。多少円高で価格が上昇しても、リピーターを呼び込むことができるのだ。

 そのためには、日本の良さをまだまだ磨かなければいけない。外国人観光客目線で観光資源を見直せば、まだまだ宝は埋もれている。築地の魚市場のセリが典型だろう。日本人にとっては社会科見学の定番コースに過ぎなかったが、外国人観光客にとっては是非とも訪ねたい日本の観光地になった。

 訪日外国人というと中国人などアジアの国々からの観光客が目立つが、増えているのは決してアジアからだけではない。2015年は20の国・地域のうちロシア以外の19からの旅行者が過去最高を記録している。米国からの訪日客も初めて年間100万人を突破した。

 3000万人という目標も決して高すぎるものではない。観光や国際会議などで人が集まるフランスは、年間8000万人が訪れている。日本では国際会議などはまだまだ少ない。アジアでもタイへは2014年に2470万人近い人が訪れた。マレーシアは2740万人、香港は2770万人である。中国の5500万人に追いつくのは容易ではないが、前述のアジア3カ国は射程に入っている。

 リピーターを増やしていくには、定番の観光地だけでは難しい。地方が創意工夫して自分たちの魅力を磨けば、3000万人の達成は難しくないだろう。