会計士不足でも「超難関」試験を続ける業界エゴ 優秀な若者はハイリスクな資格試験にそっぽ

いよいよ少子高齢化が本番を迎えます。少し景気の先行きに明るさが出ただけで、人手不足が一気に深刻化していますが、とくに優秀な若者の確保は困難になりつつあります。人数が増え過ぎたからと試験を難しくした公認会計士や弁護士の世界で、再び人手不足が始まっています。ところが、今回は厄介なことに、超難関試験を嫌う若者が増え、優秀な人材が集まらなくなっているのです。それでも、門戸を狭め続ける業界に未来はあるのでしょうか。日経ビジネスオンラインに原稿を書きました。→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140717/268807/

会計士不足が顕在化し始めている。M&A(企業の合併買収)などの現場は専門職である会計士が足りないという声が急速に広がっているのだ。アベノミクスによって景気が好転しつつあることが背景にあるが、それ以上に企業経営者のマインドの変化が大きいという。

 デフレ経済の中でじっと何もしない姿勢を守っていた経営者が、アベノミクスでデフレからの脱却が始まりそうだと見るや、「企業の買収や新規事業の開拓などに一気に動き出した」(M&A専門のコンサルタント)からである。

 会計士不足などと書くと、会計士余剰の間違いではないかと指摘されそうだが、実際、ここ数年、会計士業界から聞こえてきたのは、人が余っているという話ばかりだった。

 2001年以降、小泉純一郎政権で構造改革が進められた中、実はその中で専門家を大きく増やす政策が取られてきた。構造改革の柱は規制緩和で、それは、従来の霞が関による事前規制を、事業規制に変えることを意味した。事前に役所が規制して紛争を未然に防ぐやり方を、事後に紛争処理する仕組みに変えたわけだ。

行政指導をなくすための専門家増員

 役所による行政指導がなくなれば、それに代わって役割を担う弁護士や公認会計士といった専門家が必要になる。そのためには社会的なインフラとしての会計士や弁護士など専門家が圧倒的に不足しているいうことから、規制改革と同時に専門家の増員が掲げられた。それが司法制度改革であり、会計士制度改革だったのだ。

 弁護士の場合、年間1000人に満たなかった司法試験合格者を3000人にする目標が掲げられ、会計士も年間合格3000人がターゲットにされた。2000年に約1万6000人だった会計士も大幅に増えた。会計士協会の会員・準会員数は2013年12月末現在で3万3000人に達する。

 当初は、業界も大幅な合格者増を要望していた。小泉改革によって景気が持ち直し、M&Aなどが大幅に増えたことで会計士の仕事が急増していたからだ。各監査法人(会計事務所)は大量に新人を採用した、5000人ほどの規模の監査法人が新人会計士500人を採用するといった大量採用もあった。しかもほかの監査法人との争奪戦に勝つために、初任給を大幅に引き上げる動きが相次いだ。

 ところが、そんな大量採用ブームはリーマンショックへと連なる金融危機の中で一変してしまう。今度は仕事が激減した監査法人が余剰人員を抱えるようになったのだ。さらに、毎年生まれる大量の会計士を監査法人が採用しきれない状態が続いた。試験に受かっても就職できない「氷河期」が生じたのである。

 そんな事もあって、日本公認会計士協会金融庁などに試験合格者の減員を働きかけてきた。その効果があってか、昨年11月15日に発表された2013年度の会計士試験合格者数は1178人と、前年度に比べて12%も減ったのである。試験制度が変わった2006年度以降で最も少ない合格者数だった。

 会計士も弁護士も、かつては試験に合格したら一生食うのに困らないというのが当たり前だった。それが大幅な合格者増で、苦労して資格を取っても就職すらままならない。試験をもう一度「超難関」に戻して人員を絞り込めというわけだ。要するに、合格者を減らしている背景には、既存の資格保持者が食いっぱぐれないようにしたい、という本音があるのである。

 ところが、ここへきて状況が一変している。アベノミクスの効果によって至るところで人手不足が顕在化しているのだ。被災地復旧で猛烈に不足している建設作業員ばかりではない。深夜のコンビニエンスストア外食チェーンで働く若者も猛烈に足りなくなっている。

 「都心の店舗では、深夜に時給2000円を出しても人が集まらない」とコンビニエンスチェーンのトップは嘆く。外食産業が人手不足で深夜営業を取りやめていることが話題をさらった。こうした流れは専門家にも波及。旅客機のパイロットまでもが不足し、LCC(格安航空会社)の運行ができなくなる事態も生じている。

 20年にわたって徹底的に合理化、スリム化してきた企業は、人員に余裕はほとんどない。景気の先行きに対するムードが変わったことで、ほとんどの業界で一斉に人材採用に動き出したのだ。そうなれば人が確保できなくなるのは当然である。

 会計士など専門家の場合、そう簡単には人が増やせない。試験に合格してもらわなければならないからだ。しかも会計士や弁護士など「超難関」と言われる専門資格では、大学生のころから何年もかけて受験勉強をするのがパターンになってきた。つまり、会計士になろうという若者が増えても、その後数年しなければ実際の数は増えないのである。

 しかも、ここ数年、試験が「超難関」になったことで、会計士を目指す学生も激減している。そもそも会計士試験を受ける人が減っているのだ。その前段階である予備校でも会計士試験コースの受講者は激減したままだ。

優秀な学生が、会計士にならなくなった

 「もう一度、試験制度を見直さなければいけないと思う」と会計士の増田宏一氏は言う。増田氏は会計士の余剰が問題になった当時、日本公認会計士協会の会長だった。合格者を減らす要望を金融庁に出した背景には、単なる人員抑制だけでなく、試験に受かった人に研修を受けさせる物理的なキャパシティが足らないという問題があったと振り返るが、「それでも失敗だった」と嘆く。

 最近、会計士業界の幹部の口から共通して聞かれるのは「優秀な学生が会計士にならなくなった」という危機感だ。

 試験を超難関にすれば、当然、現役の大学生が合格する可能性は低くなる。試験浪人することになれば、他の就職を断念して、会計士だけを目指さねばならなくなるのだ。人生設計としてはかなりのリスクを背負い込むことになる。最近の学生気質の変化もあり、そんなリスクは取れないという。かつて、会計士の量産を担うために各地の大学に設置された会計大学院も、ほとんどのところで閑古鳥が鳴いている。

 さらに、ここにきて若年人口の減少が本格化している。昨年秋段階の人口推計で、65歳以上の割合が初めて25%を突破し、働く世代である生産人口も大きく減り始めている。つまり、そもそも働く人の数が減っている。少子化は止まらず、優秀な大学生はもはや「金の卵」なのだ。

 その金の卵に、さらに超難関な試験を受けろと言っても酷である。これまでとは一変して、優秀な人材の囲い込みが始まっているから、ますます会計士試験を受けようという優秀な学生は少なくなる。

質を担保するための仕組みづくりを

 会計士試験の制度をどうするか、協会幹部も問題意識は持っているものの、具体的な議論が始まっているわけではない。とりあえず入口の門戸を広げ、試験自体はやさしくする一方で、その後、監査法人や企業の実務を経験しなければ上場企業の監査など専門性の高い仕事の責任者には事実上なれないような2段階の仕組みにできないか、といった声もある。

 安倍晋三内閣が6月24日に閣議決定した新しい成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」には、こんな一文が盛り込まれている。

 「監査の質の向上、公認会計士資格の魅力の向上に向けた取組を促進する」

 会計士業界はどうやって「魅力の向上」を実現するのか。超難関試験を続けて参入障壁を作り、資格を持っていれば高額の報酬が保証される「既得権者」にとっての「魅力」を保つことが、業界全体の発展にはまったく寄与しないことだけは明らかだろう。