「カレンダー」もアウト!?  大臣を「辞める辞めない止まり」の 「不毛な闘い」のツケは国民に

30日の予算委員会は「政治とカネ」の質問が予想外に少なかった。新聞などメディアがそろって中傷合戦は止めろという論調に傾いたことや、野党内にもただ政権の足を引っ張っていても国民の支持は得られないという声が大きかったことから、景気を巡る質問などにウェートを移したのだという。29日に現代ビジネスにアップされた原稿を以下に再掲します。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40941


 民主党は「政治とカネ」を争点に安倍晋三内閣を追い込んでいく戦略のようだ。10月30日に予定されている予算委員会の集中審議も、TPP(環太平洋経済連携協定)や地方創生などをテーマとすることで開催が決まったが、もっぱら「政治とカネ」の問題を追及する方針だという。小渕優子経済産業相と松島みどり・法相の2人のクビを取った勢いに乗じて、もうひとり閣僚を辞任に追い込めば、安倍内閣は瓦解するという読みだ。

「こんなことやっていて意味があるのか」
すでに小渕氏の後任の宮沢洋一経産相には、政治活動費としてSMバーへの支払いが発覚、宮沢氏は不適切な支出と認めて謝罪した。その上で、秘書に弁済させ、収支報告書を変更すると表明している。

さらに西川公也農林水産相政治資金収支報告書からは、息子が社長を務める企業に、「お歳暮」「土産代」「お礼」などの名目で3年間で33万円が支払われていたことが問題視されている。

また、望月義夫環境相政治資金収支報告書には、賀詞交歓会やゴルフ大会の支出が記載されているものの、参加費収入の記載がまったくない事などがメディアに報じられた。望月環境相は「法的には問題ない」としながらも、謝罪して訂正する姿勢を示している。

「政治とカネ」で追及するといっても、かつてのゼネコン汚職のような「巨悪」をあぶり出そうというわけではない。政治資金収支報告書をネタに、問題のありそうな支出を取り上げ「大臣として不適切」と迫るのだ。

野党からは大臣の1円以上の支出について領収証をすべて公開するよう要求が出ている。政治資金については1円以上のすべての領収書を保管する義務があるが、報告書に添付するのは1万円以上の領収書だけで、それ未満の領収書は請求があれば開示しなければならないことになっている。「公開したくない支払先の場合、1万円未満に分割して領収書をもらうこともある」(議員秘書が)というから、不適切と思われる支出はいろいろ見つかるに違いない。

「こんなことをやっていて意味があるのか」

追及される側の閣僚からはため息が漏れる。野党の追及を「雑音」と言った松島法相が辞任しているだけに、国会でそんな発言をすれば、「大臣として不見識」と攻撃されるのは目に見えている。ただただ平身低頭、嵐が通り去るのを待つほかない、と諦め顔だ。

別の自民党幹部は「民主党の攻撃を止めさせるには、こちらも民主党議員の領収書を洗ってキャミソールを見つけるしかないのか」と吐き捨てる。国家戦略担当相だった荒井聡議員が、政治団体の経費でキャミソールや少女マンガを購入していて問題になったことを指している。

カレンダーもアウト!?
民主党が松島大臣のクビを取った「うちわ」に次いで、ネタにしようとしているのは「カレンダー」だという。地元の有権者に配布することが「有価物」の供与に当たるというのである。確かに、うちわが「有価物」ならば、間違いなくカレンダーは「有価物」だろう。

カレンダーはかなりの数の国会議員が作っているが、議員本人の写真を大きく印刷したポスター仕様で、下にカレンダーの日付が印刷されているものが多い。ポスターを室内に貼ってもらうのは容易ではないが、カレンダーならば貼ってもらえるのではないか、という工夫から生まれたものだ。

大企業が年末に配るカラー印刷の豪華なカレンダーとはわけが違う。それでも「有価物」で、むやみに配れば、買収などを禁じた公職選挙法に違反する恐れがあるというのだ。

パーティーや講演会などの時に配布しているケースが多く、そうした場合「会費」を徴収している。それなら「対価」を払っているので、セーフだという。だが、地元の年末のあいさつに行って、タダで配ればアウトだというのだ。国会で「会費をもらって配った」と答えても、地元を回れば、一件くらい「ただで持ってきたから貼っている」と答える人は出て来るだろう。カレンダーを作っていた議員事務所は戦々恐々だという。

中には、事務所の職員に来年のカレンダー部分をはさみで切るように命じた国会議員もいるらしい。カレンダー部分を切ってしまえば、単なるポスターだから、さすがに「有価物」には当たらないだろうというわけだ。

不毛な闘いのツケは国民に回ってくる
ここに来て、小渕氏と松島氏を同時に辞任させたのは失敗だった、という声も自民党内にある。安倍首相も政権への影響を最小限に収めようとしたのだろうが、金額も大きく不透明な部分が多い小渕氏と、松島氏の「うちわ」を同列にすべきではなかった、というのだ。

松島氏を追及した蓮舫氏も、柄の付いていない円形に穴のあいた「うちわ状」の“討議資料”を配布していた。選挙管理委員会の証紙があるから問題ないとしているが、柄の有り無しで「有価物」かどうかが決まるというものではないだろう。

政治家の似顔絵が入ったうちわや、デカデカと写真が写ったカレンダーをもらって、「買収された」「寄付を受けた」と思う有権者はいるのだろうか。「有価物」だと感じない人も多いに違いない。どうせなら、トコトン議論して、公職選挙法にこれならOKというものを明記したほうが良かったのではないか。

政治とカネの問題は極めて重要だ。だが揚げ足取りをすることにどこまで意味があるのか、疑問に感じている国民は多い。しかも、大臣になった途端に問題だと騒ぐのはいかがなものか。単なる国会議員だったら目をつぶるが、大臣としては許せないという二重基準を置く意味があるのだろうか。

大臣になる政治家に求められるのは、大臣にふさわしい能力があるか、仕事ができるか、ではないのか。品格とか識見が問題だというのなら、議員に当選した直後から指摘しておくべきことだろう。これはメディアの責任でもある。

大臣を辞任させればそれでよし、という闘い方はあまりにも不毛だ。大臣としてふさわしくない、という批判ができたからと言って、その政党に政権を任せようと国民は決して思わないだろう。政敵を倒せばそれでよいというのでは、国民は救われない。問題が山積する中で、大臣がくるくる変わり、政治の対応が遅れれば、そのツケはすべて国民に回ってくる。