アベノミクス「改革」の象徴になったJA全中の「監査権」廃止のゆくえ。

全中の地域農協に対する監査権を廃止することがどうして儲かる農業につながるのか。そんな改革反対の声も聞こえてきます。しかし、全中監査があったら日本の農業は強くなるのかと逆に問われれば、口をつぐむしかないのではないでしょうか。ここまで農家を補助金頼みにして、自立心を失わせ、その結果、日本の農業をここまで弱くさせた責任は指導を行ってきたはずのJA全中にもあるのではないのでしょうか。自己改革しようという意欲すら示さず、これまでのやり方が正しいといわんばかりの発言を繰り返す姿には首をかしげます。現代ビジネスに書いた原稿です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41955

政府による農協改革が正念場を迎える。政府は近く農協法で定められているJA全中(全国農業協同組合中央会)による地域農協の監査権限などを撤廃することなどを柱とする農協法改正案をまとめる。与党協議を経て閣議決定し、開幕中の通常国会に提出、成立させる方針だ。

譲らない安倍首相、JA全中は敗色濃厚
JA全中は監査権限を失うことに強く反発しており、自民党の農林族の中にも監査権限の維持を主張する声がある。しかし、安倍晋三首相は頑として譲らない姿勢を貫いており、JA全中の敗色が濃厚になってきた。

JA全中の万歳章会長と自民党林芳正前農相、吉川貴盛前副農相、農水省幹部らが1日、東京都内のホテルで会談した。その様子を伝えた主要メディアは、席上、農水省幹部が検討状況としてJA全中の廃止案を示したと報じた。

JA全中の関係者に衝撃が走ったのは言うまでもない。たしかに昨年、農協改革案が浮上した初期段階ではJA全中の廃止案が政府内に浮上していた。だが、その後の自民党内の議論を経て、監査権限が焦点になり、JA全中自体は一般社団法人に転換して残す案が有力になっていた。農協改革に徹底抗戦の構えを崩さないJA全中に、官邸側が開き直った結果とも見えた。

林氏は自民党の農政の責任者である農林水産戦略調査会長。吉川氏は菅義偉官房長官に近いことで知られる。一方の万歳氏は官邸の農協改革にまったく歩み寄る姿勢を見せないでいた。

「監査の廃止が各JAの現場では農業所得の増大にどういった関連があるのか、理解しかねるとの声が多くあがっています」

1月15日の定例会見でJA全中の万歳会長は、こう噛み付いた。安倍首相がアベノミクスで打ち出した農業所得の倍増という計画が、なぜJA全中の監査権はく奪につながるのか分からない、というのである。

そのうえで、上場株式会社の監査では、「投資判断としての財務諸表の適正性」を証明することが求められているので、公認会計士による外部監査が必要かもしれないが、協同組合であるJAの監査は「JA事業を継続利用するためのJAの健全性の維持」であって、それには外部監査は不要だというのである。

JAの健全性を保つには監査と農協への指導が一体になった監査こそが有効だとしてJA全中が監査権限を握る正当性を主張している。身内によるチェックの方が外の目を入れるよりも機能する、そう言いたいのだろう。

民主党に寝返った組織」
確かに、農協が農家だけによる協同組合組織として機能してきたのなら、その主張も分かる。だが、もはや農協は農家以外の準組合員を多く抱え、金融事業では非農業関連融資が9割を占める。

もちろん預金者も農家だけではない。商業部門の利用者も農家だけではなく、地域の住民に広がっている。要は、地域の金融機関、小売業としての役割が圧倒的に大きくなっているのだ。にもかかわらず、外部監査は不要だと言い張る論理に、安倍首相のみならず自民党議員の多くも苦笑していた。

年始のパーティーで挨拶に立った万歳会長の発言を聞いた自民党の閣僚が、「あそこまでアベノミクスの改革を否定されては安倍さんが怒るのも当然だ」と語っていた。とにかく、万歳会長の頑なな姿勢が安倍首相を怒らせているのだという。

実は安倍首相とJA全中の「激突」には前哨戦があった。昨年末の総選挙の時だ。JA全中などの政治団体「全国農政連」が「農政課題に関わる政策協定書(例)」という文書を作成していたというのだ。

下部組織である各都道府県の農政連はそのひな形に沿って文書を作り、衆議院選挙の候補者に、推薦の条件として、署名、捺印を求めていたという。農協改革に反対する「踏み絵」を候補者に踏ませようとしていたというのだ。これを知った安倍首相は烈火のごとく怒り、選挙後に農協を徹底的に改革すると周囲に語っていた、という。

自民党議員の中にも農協のこうした態度に苦々しい思いをしていた人が少なくない。「そもそも、民主党に寝返った組織が、良くも言えたものだ」とベテラン議員のひとりは吐き捨てる。小沢一郎氏が先頭に立ち農家戸別所得補償制度を掲げたことで、民主党は政権を奪取した。これを自民党の議員は「裏切り」と見ているのだ。

官邸で政策を担う官僚も、「農協に遠慮することはない」というムードが強い、と証言する。安倍首相は本気だ、というのだ。

3つの折衷案
さすがに「解体」まで突き付けられたJA全中は、妥協案を受け入れざるを得なくなるだろう。

案の1つは公認会計士監査とJAの独自国家資格である農協監査士の監査を「選択制」にすること。地域の農協がそれぞれ決めることができるようにするというものだ。これは水面下で議論されてきたが、大きな問題がある。公認会計士の業界団体である日本公認会計士協会が、会計士監査と農協監査を「同質」のものとして認めることは難しいとしているのだ。

日本で最も難しいとされる公認会計士の試験合格者と、同じ国家資格とはいえ、農協関係者しか受験しない農協監査士を同列に扱うことは無理だというのである。

もう1つは、農協監査を、農協監査士だけでなく、公認会計士や税理士、弁護士などに開放するというもの。だが、これでは農協監査士を受ける人はおそらく激減してしまう。日本公認会計士協会も過去に「農協監査」自体を廃止すべきだとしており、この案にも乗れない。

3つ目の案はJA全中の「JA全国監査機構」を分離独立する案。同機構の監査委員長は公認会計士の組織である監査法人の元理事長が務めている。これなら会計士協会も飲めるのではないか、というわけだ。

しかし、監査と農協指導は車の両輪としてきた全中にとっては、監査権限を失うのとほとんど変わらない。JA全中が一般社団法人として残っても、独立した監査部門を指導する法的な裏付けは得られない。

どの折衷案もJA全中や公認会計士業界の立場や思惑が絡み合い、なかなか受け入れ可能になるとは考えにくい。

安倍政権としても「JA全中の監査権限廃止」と言いながら、事実上、存続するような中途半端の結果には終わらせられない。安倍首相の改革姿勢を示す試金石のような位置づけにもなっているだけに、いかなる妙手を打ち出すのか、それとも節を曲げずに廃止に追い込むのか。目が離せない。