特区活用し、農業分野で外国人の受け入れ検討へ 人手不足背景に、地方のニーズが後押し

日経ビジネスオンラインに10月7日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/100500032/?P=1

安倍首相が方針示す

 農業分野での外国人労働者の受け入れが本格的に動き出す。

 政府は10月4日、首相官邸で国家戦略特区諮問会議を開き、外国人人材の受け入れなどで特例適用を要望している秋田県大潟村の郄橋浩人村長や秋田県仙北市の門脇光浩市長らの提案を聞いた。議論を受けて議長を務める安倍晋三首相は、「次期国会への法案提出を視野に、実現に向けた議論を加速する」と述べ、特区を使って外国人労働者の受け入れを農業分野にも拡大していく方針を示した。

 少子高齢化の進展で、地方における農業分野での人手不足は急速に深刻化している。これまでは技能実習制度などで農作業を担う外国人を受け入れてきたが、そうした“便法”では賄い切れなくなっており、本格的に外国人を労働力として受け入れるべきだという声が強まっている。

海外の農場経営事情にも通じた、大潟村の大規模農家

 大潟村八郎潟干拓で生まれた広大な農地を持ち、日本における大規模農業のモデルとなってきた地域。これまではコメ作りが中心だったが、米価の低迷などもあり、より収益性の高い野菜や花きなどへの転換が課題になっている。ところが、大潟村周辺5市町の人口は2000年の8万6000人から2015年には6万6000人にまで減少しており、大潟村の農業を担う人手は今後、急速に減少していくとみられている。

 一方で、大潟村の大規模農家は米国への留学経験を持つ人も多く、農場経営の近代化に意欲的。欧米で当たり前になっている外国人の季節労働者の受け入れなどが、今後の日本での農業生産拡大には重要になって来るという思いが背景にあるようだ。

 郄橋村長は諮問会議で、「技能実習」ではなく、受け入れが認められている「専門人材」の分野を、特区内に限って農業にも適用拡大することで、農業分野での外国人労働者の受け入れを拡大していくべきだ、とした。

仙北市は温泉地での外国人医師の診療行為解禁を準備

 同じ秋田県仙北市はすでに「国家戦略特区」に指定されており、温泉地での外国人医師による診療行為の解禁に向けた準備を進めている。仙北市内には湯治場として有名な玉川温泉などがあり、温泉の療養効果の実証などに向けて来年6月には国際会議などを予定している。同様に、外国人人材に対する規制緩和を求めている。

 実は、この日の特区諮問会議には、民間有識者議員5人の連名で「追加の規制改革事項などについて」とする文書が提出されていた。その中で、「度重なる議論にも関わらず、進捗が芳しくないものとなっている」と苦言が呈されていたのだ。

 中でも農業分野の外国人材の受け入れに関しては以下のように述べて、早急に結論を出すよう求めた。

 「本件(農業分野の外国人材の受け入れ)は、『日本再興戦略2016』(平成28年6月2日閣議決定)等において『可能な限り早期に結論を得る』とされているにも関わらず、法務省の担当者ほかは、『引き続き検討中』である旨を繰り返すのみで、議論の入口にすら入れていない状況である。本件は、本日の秋田県大潟村のみならず、長崎県茨城県などの多くの自治体からも同旨の要望が寄せられており、技能実習制度で対応できない一定レベル(技能実習を修了したレベル)の外国人材の受入れが喫緊の課題となっていることから、事務方ハイレベルないし、必要あれば政務折衝により、早期に問題解決を図る必要がある」

 政府がこれまで採ってきた外国人受け入れ政策は、いわゆる単純労働者は基本的に受け入れないというものだった。これは日本人の雇用の場を奪うことにつながるため、というのが最大の理由だった。一方で、誰でもできる単純労働はダメだが、専門能力を持った外国人は良いということで、日本国内で働ける道が開かれている。

行政の動きの「鈍さ」にいら立つ

 ところが、現実には、これまで単純労働とされてきた職種ほど、人手不足が深刻化している。日本人の若者が就きたがらないことが人手不足に拍車をかけている。建設や介護分野などが典型だが、農業でもそれが鮮明になっている。

 大潟村が諮問会議に出した提案は、単純労働者がダメなら、よりレベルの高い農業に習熟した外国人を「専門能力を持った外国人」の枠内に入れてくれ、というものだ。ところが、入国管理行政を管轄する法務省は、そうした農業労働者にまで働き手として入国を認めると、それが「蟻の一穴」になりかねないと考えているのだろう。これまでの方針の転換になかなか踏み切ろうとしない。そんな行政の対応に、特区諮問会議の民間人議員たちが怒ったわけだ。

 ちなみに特区諮問会議は議長の安倍首相のほか、麻生太郎・副総理兼財務相山本幸三・地方創生担当兼規制改革相、菅義偉官房長官石原伸晃・経済再生担当相の閣僚と、民間の有識者議員5人の合計10人で構成する。民間議員はボストンコンサルティンググループの秋池玲子氏、コマツ相談役の坂根正弘氏、東京大学大学院教授の坂村健氏、東洋大学教授の竹中平蔵氏、大阪大学招聘教授の八田達夫氏である。メンバーの大半がいわゆる改革派で、特区を使った規制緩和に前向きな人たちである。それだけに、行政の動きの「鈍さ」にいら立っているわけだ。

特区は構造改革の「突破口」

 国家戦略特区はアベノミクスの3本目の矢である構造改革の「突破口」となってきた。アベノミクスの3本目の矢は不発だとして批判も根強いが、特区で実現した規制改革は数多い。すでに東京圏、関西圏、愛知県、福岡市・北九州市などの「大都会」に加え、兵庫県養父市新潟市仙北市など「地方」も国家戦略特区に指定されている。現在は10地域だが、今後も指定地域を拡大していく見込み。

 農業分野では、養父市で株式会社による農地取得が認められ、アルバム最大手のナカバヤシと住宅リフォーム業の山陽アムナック(兵庫県三木市)が農地購入に向けて詰めの交渉を行っている。

 外国人人材の受け入れでは、家政婦など「家事支援」に携わる外国人の受け入れが特区で解禁され、神奈川県と大阪府の民間事業者が事業化に向けて動き出している。外国人の家事支援人材は、東京都が最大の需要地とみられているが、舛添要一前知事が特区の利用に消極的だったことから、対応が遅れていた。

小池百合子東京都知事は、特区活用に積極的

 新しく知事になった小池百合子氏は特区活用に積極的で、今回の諮問会議(第24回)の1回前である9月9日の諮問会議(第23回)に自ら参加し、外国人人材の受け入れ拡大に取り組む姿勢を強調した。さらに、国家戦略特区内での事業の具体化などを進める区域会議の事務局を内閣府だけでなく東京都と共同で設置するよう提案した。

 これを受けて政府は、10月4日付けで「東京特区推進共同事務局」を東京都庁内に設置することを決定。事務局長に社会保障政策に詳しい鈴木亘学習院大学教授を任命した。鈴木氏は諮問会議の下部組織である国家戦略特区ワーキンググループの委員も務めており、東京都が設けた「都政改革本部」と政府の諮問会議のつなぎ役を担う。

特区活用による規制改革が一気に前進する可能性も

 また、共同事務局には東京都政策企画局国家戦略特区推進担当部長以下8人、内閣府地方創生推進事務局審議官(国家戦略特区担当)以下8人で構成することになった。東京都が特区活用に前向きになったことで、特区を使った規制改革が一気に前進する可能性が出てきた。安倍首相も10月4日の諮問会議で出た提案に対して、「安倍政権の掲げる『地方創生』や『一億総活躍社会』を実現していく上で、極めて重要な御提案であります」と述べ、特区をアベノミクス推進に活用していく姿勢をにじませた。