東芝不正会計問題、監査法人は本当に「騙された」のか いずれ浮上する「関係」の中身

日経ビジネスオンラインに掲載された拙稿です。ご一読ください。

 なぜ歴代経営者が利益の「かさ上げ」を指示してきたのか、それに対して監査法人はどんな対応をしてきたのか。東芝の不正会計問題で、同社が設置した第三者委員会が出した報告書は、ほとんど肝心なことに答えていない。さらに謎が深まったと言ってもよいだろう。

 歴代トップ同士の権力争いが利益かさ上げに結び付いたとか、相手を陥れるために証券監視委員会に内部告発した、といった話は聞こえてくるが、そもそも権力闘争だけで、長期にわたって組織的に巨額の金額の利益をかさ上げするのは極めて不自然である。何か、そうせざるを得ない理由があると考えるのが普通だ。

 さすがに大手メディアもその不自然さに気づき始めた。2006年に買収した米ウエスチングハウスに関連して「のれん」の償却や、繰り延べ税金資産の取り崩し問題が背景にあったのではないか、という報道が出始めている。つまり、会計処理が会社の命運を左右していた、というわけだ。

 そうなると問題になるのは監査法人である。独立した立場で東芝が作る決算書が正しいかどうかお墨付きを与えるのが役割だ。ところが第三者委員会の報告書を読んでも、今回の不正問題で監査法人がどんな役回りを演じたのか、ほとんど見えてこない。

東芝を責めない監査法人トップ

 日経ビジネスオンラインのインタビューで、コーポレートガバナンス問題の第一人者である久保利英明弁護士は、第三者委員会の報告書を「落第点」と切り捨てたうえでこう指摘している。

 「今回のケースでは、新日本監査法人東芝に『だまされた』か『グルだった』かのどちらかだ。『無能』であるなら話は別だけど」

 さすがに職業専門家である弁護士の久保利氏が監査法人を「無能」呼ばわりするのは適切でないと考えたのだろう。ならば、監査法人は被害者か共犯者のいずれかだ、と久保利氏は断定しているのだ。

 これを新日本監査法人のトップにただしてみた。すると煮え切らない答えが返ってきた。「騙されたという部分もあるだろうし、我々の力不足だったと反省しなければいけない部分もあるだろう」というのだ。さすがに、「グルだ」という点に付いては否定したが、東芝を強く責めるそぶりはない。
 騙されたのならば、東芝の監査を即時に辞任すれば良い。監査は企業と監査法人の間に信頼関係がなければ成り立たない。有価証券報告書の提出に当たっては、監査法人は経営者から確認書を取ることになっている。経営者が監査法人を騙していない、という安心感を得るために一筆を取るのだ。

 それにもかかわらず、会社側が監査法人に黙って決算数字を「かさ上げ」していたとすれば、両者の間の信頼関係は崩壊してしまう。それだけで、監査契約を解除することは十分可能だ。

 今回の場合、東芝は第三者委員会に調査を依頼した最初の段階から、新日本監査法人と事を構える気はさらさらない様子だった。会社側からすれば当然である。仮に監査意見が得られなかったら、有価証券報告書が提出できずに、上場廃止になってしまう。

 第三者委員会の報告書でも、新日本監査法人が監査を続ける前提で今後の対応が書かれている。なぜ、新日本監査法人は怒らないのか。

 この点についても法人のトップに質したが、やはり煮え切らない返事しか返ってこなかった。監査契約を解除する気などないのだ。

 では、東芝と新日本はグルだったのか。いくら東芝が有力クライアントだとはいえ、さすがに新日本が心中することはないだろう。

 話を聞いていると、長年の優良顧客である東芝に対して、監査法人は強くモノが言えていなかった様子が見えてくる。幹部のひとりも「非常に事務的な関係になっていた」としている。

 つまり、ざっくばらんにモノが言える関係ではなかったというのだ。おそらく、東芝の方が会計処理で主導的な立場で、監査法人はなかなか口が挟めなかったのではないか。東芝の経営者が何らかの理由で、利益をかさ上げしたかったのは間違いない。様々な会計処理で、結果的に監査法人東芝の「意思」を容認していたのではないのか。

償却方法を定率法から定額法に変更

 実は2014年3月期に新日本監査法人東芝の決算で、重要な会計処理方法の変更を認めている。有形固定資産についてそれまで定率法だった償却方法を定額法に変えている。定率法は一定割合(率)を費用として消却するため、投資して最初の段階では費用が大きく発生、後半では楽になる。

 一方の定額法は定められた年数で均等に一定額を償却するため、当面の負担が小さくなる。つまり費用を先送りし、利益を大きくすることができるのだ。

 1年前の決算で東芝は会計処理を変更。税金等調整前当期純利益が379億円も増加しているのである。利益を動かす目的で会計処理を変更することは認められていない。監査法人もうんとは言わないのが普通だ。

 東芝による会計処理方法の変更理由は「今後の設備稼働は安定的に推移するため」。それがなぜ費用を先送りする結果つながる会計処理の変更理由になるのか、にわかには理解できないが、新日本はそれを認めている。
 新日本は監査報告書に「強調事項」として減価償却方法を変更した、と書いているが、そこには定率法から定額法に変えたことも、その影響金額も書かれていない。強調事項とは投資家に注意喚起をするための項目だが、どうも、中味が簡単に分からないように書いているとしか思えない表記の仕方なのだ。

 もちろん、会計処理の変更はグレーゾーンとはいえ、企業に認められている。だが、この定率法から定額法への変更の一事を見ても、東芝が利益を「かさ上げ」したいと思っていたことは容易に想像できる。その「意思」は普通の会計士ならばヒシヒシと感じていたはずである。

 つまり、監査法人東芝が会計上抱えている問題と、それを糊塗しようとしている意図を分かっていたのではないか、と思われる。これは「騙された」という範囲を大きく超えている可能性がありそうなのだ。

監査法人を変更すべきだ

 そう考えると、監査を新日本が継続することには大いに疑問がある。騙されたのだとしてもグルだとしても、別の監査法人に変更すべきだろう。さもないと、組織的に利益のかさ上げを行った「本当の理由」は永遠に封印されてしまうのではないか。

 第三者委員会の調査対象は2009年3月期からになっている。決算修正を行う場合には過去5年分の修正が義務付けられていることから、5年前の数字を修正するのに必要な6年前の期から調査している。

 だが、監査法人には最低10年間、監査調書を保管が義務付けられているしさらに残っている場合もある。本当に2009年3月期から問題が始まったのか、本当はさらにそれ以前から数字の「かさ上げ」が行われていたのではないか。本当の理由を調べるには、さらなる調査が不可欠だろう。

 新日本が「グルではない」と主張したいのならば、徹底的に原因究明を行うべきだろう。投資家の利益を守る監査法人にはそれをやる責務がある。

 日本を代表する東芝の会計不正は、日本企業全体の決算書の信頼性を揺るがせ、日本の資本市場の信用を崩壊させかねない重大な問題である。歴代社長や経営陣が辞めれば済む話ではない。