ついに損保が「政策保有株」ゼロに。日本の「株式持ち合い」制度にトドメで日本企業の「緩い経営」が変わる?

現代ビジネスに3月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/125061

大手4社計、6兆5000億円分

損害保険大手4社が政策保有株いわゆる株式持ち合いを全廃する方針だと、2月29日の日本経済新聞が報じた。ビッグモーター事件などをきっかけに損保大手と企業のもたれ合い関係にメスが入り、金融庁が構造的な問題として政策保有株の売却促進を求めていた。

損保が企業から保険契約などを得る見返りとして、その企業の株式を保有して「安定株主」となることが長年の慣行として続けられてきた。保険会社は保険契約者から資金を預かって投資の一環として企業の株式を保有しており、本来、保険契約者の利益最大化を狙って株式を保有し、その会社の取締役選任などの議決権行使を行う建前だ。

ところが政策保有株の場合、事業上の見返りがあるため、株主として強い要求ができず、企業経営者に「白紙委任」を与えることになってきたと指摘されている。こうした政策保有を全廃することで、純粋な投資家・株主として企業に対峙できることになり、その結果、日本企業のコーポレート・ガバナンスが向上すると期待されている。

日本経済新聞によると、問題になっていた企業向け保険料の事前調整に関して損保大手4社(東京海上日動火災保険損害保険ジャパン三井住友海上火災保険あいおいニッセイ同和損害保険)が金融庁に業務改善計画を提出。その中で、政策株の売却を進めて、中長期的にゼロにする方針を盛り込んだ。

4社合計の政策保有株は6兆5000億円にのぼる。トヨタ自動車やホンダ、スズキといった自動車大手のほか、三菱商事伊藤忠商事信越化学工業といった、のべ5900社に達するとみられる。2023年3月時点の政策株の含み益は4社合計で約4兆6000億円に達するという。

保有株は保有先企業との交渉などを通じて、段階的に売却する。日経平均株価が最高値を更新するなど市場環境が良好なタイミングで売却を進める。また、売却企業の業績も好調なところが多く、利益剰余金を用いた自社株取得で応じる企業も多くなると見られる。損保大手が、値上がりや配当収益を目的とする「純投資」に切り替えて保有することも考えられる。このため、数年で6兆円が売られたとしても株式市場全体への影響は大きくならない、との見方もある。

それでも緩かったコーポレートガバナンス

コーポレートガバナンスの強化が言われてきたこの10年間で、日本全体の政策保有株は減少傾向が続いてきた。かつては7割に達すると見られていたが、時価総額ベースでは1割を切る水準にまで減少している。それでもまだ100兆円近い株式が政策保有されているとみられる。

2014年に導入された保険会社など機関投資家の行動指針を示した「スチュワードシップ・コード」で、保険会社の資産の最終的な所有者は保険契約者であると示され、その利益を最大化する投資行動が求められた。また、2015年に導入された「コーポレートガバナンス・コード」などによって一般の事業会社でも株主利益に合致しない株式保有を見直す動きが広がった。長年の慣行として続いてきた「株式持ち合い」を全面的に見直す動きが加速したのだ。総合商社なども大量の政策株を保有していたが、その売却に動いてきた。

経営者に白紙委任する格好になる政策保有株の存在は、外資ファンドなど「モノ言う株主」の主張を封じ込める結果になる。逆に言えば株主の要求を封じ込めて経営者がフルに力を発揮できることにもなるため、バブル期などは「株式持ち合い」が日本企業の強さの一因だと言われたこともあった。

バブル崩壊後は、日本企業の成長力や生産性が落ち、株価の低迷が続いたが、今度はそれが株主による経営者へのプレッシャーの欠如、つまりコーポレートガバナンスの緩さが原因だと指摘されるようになった。ここ10年来、政府や東京証券取引所なども、ガバナンス強化を前提に、持ち合い株の解消を繰り返し求めてきた。

内外から圧力

海外からの圧力もある。

政策保有株が純資産の2割以上に及ぶ場合、社長などトップの取締役選任議案に反対するという基準を、議決権行使助言会社が導入した。米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が純資産比20%以上でトップ選任に反対を推奨、米グラスルイスは同10%以上で反対推奨する。議決権行使助言会社は大手年金基金など海外機関投資家に大きな影響力を持つことから、これに該当する企業では政策保有株の売却を進めざるを得なくなっている。

昨年の6月株主総会では、実際に反対推奨される企業も出た。日経新聞によると純資産の2割以上が政策保有株だという企業は金融機関を除いて122社あまりと全体の11%を占めるという。

東京証券取引所が上場企業に対して、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に改善を迫っており、企業の間でも株価の引き上げに熱心なところが増えている。PBRを向上させるには保有する資産の利益率を高めて株価を上げることが重要になる。政策保有株は利回りが低い傾向にあることから、これを売却して純資産自体が圧縮する動きが加速している。

もちろん、株式持ち合いがなければ容易に安定株主を確保することができなくなる。機関投資家個人投資家を安定的につなぎとめるためには持続的な株価の上昇や配当の増額が必要になる。そうした株主を向いた経営が、結果的に年金資産の増大などを通じて広く国民の利益につながることが期待される。一方で、猛烈な円安になっている現在、株価が低迷すれば、海外企業などから買収の標的にされるリスクも高まる。

政策保有株の消滅が、日本企業の「緩い経営」を一変させることになるのは間違いなさそうだ。