ススキの絶景で50万人 奈良・曽爾村の次の一手

WEDGEで連載中の「地域再生のキーワード」。12月号(11日20日発売)に掲載されたものです。是非ご一読ください。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/print/5782

Wedge (ウェッジ) 2015年 12月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2015年 12月号 [雑誌]

 大阪や京都から自動車で2時間程度のところにあるススキの名所として知られる曽爾高原。シーズンには大渋滞を起こす人気スポットは、先人の先見の明があったからこそ生まれた。新しいコンテンツを生み出すべく、いま再び種まきに着手している。

 夕陽に輝くススキの草原を見るために、毎年、住民の300倍を超す人々が押し寄せる村がある。奈良県東部、三重県との県境にある曽爾(そに)村だ。

 夏の終わりから秋にかけて、人口1590人の村は大阪など関西圏や名古屋圏からやってくる観光客であふれ返る。大半の人のお目当てが村の中心から車で15分ほど登った曽爾高原。すり鉢状に広がる草原には見渡す限りにススキが生い茂る。

 夏風に揺れる緑の絨毯が、一面の黄金色に変わる9月から11月がシーズンだ。中でも太陽が沈む夕刻には、絶景をカメラに収めようという人たちが草原の思い思いのスポットに三脚を立てる。1年間に50万人が曽爾高原を訪れるが、圧倒的にこの時季が人気だ。

 曽爾高原はもともと、村の太郎路(たろじ)集落の茅場(かやば)だったところだ。春に山焼きをして、茅ぶき屋根の材料であるススキを育てていた。ところが、高度経済成長期の建設ブームと共に茅場は姿を消し、植林地へと変わっていった。そんな中で、曽爾高原のススキが残ったのは決して偶然ではなかった。

 「当時の村長が、村民の反対を押し切って残すと決めたんです。すでに植わっていた木も伐採してススキに変えた。応じない村民の土地を、村長自身の所有地と交換までしたんです」

 そう現村長の芝田秀数氏は語る。先輩村長は、曽爾高原の景観がいずれ観光資源になると見据えていたというのだ。まさに先見の明というべきだろう。輸入材に押されて林業が衰退した今、曽爾村は「観光立村」を掲げている。

 ところが「観光」で生きていくためには、大きな問題があった。年間50万人が村を訪れるとはいえ、観光の目玉であるススキは見頃が秋。夏休みのハイキング客なども少なくないが、圧倒的にススキの時季に偏っている。どうやって秋から夏、そして春へと客を拡げていくかが大きな課題だった。

 まず村が取り組んだのが観光拠点の建設。国・県と共に観光公社を設立、曽爾高原の入り口で1999年に商業施設「ファームガーデン」を建設して、レストランと地ビール「曽爾高原ビール」の製造工場、地元産品の直売所などをオープンさせた。その後も、2004年には天然温泉「お亀の湯」をオープン。今では関西圏有数の泉質の高さを売り物に人気を集めている。入浴料が割安になる回数券を発売、奈良市内や大阪市内からの常連も増えた。そうなれば、季節は関係なしである。また、05年には米粉パンを製造販売する「お米の館」も完成。手作りパンにはファンがいて、村外から通ってくる。

 地方自治体の公社と言えば経営赤字を税金で補てんしているケースが少なくないが、曽爾高原の場合は黒字で、逆に村の財政を助けている。現在では村の職員はおらず、独立経営を貫いており、さらに60人余りの雇用を生んでいる。村内最大の事業所に育った。

 ここまでは、役所主導の観光開発のよくあるパターンである。

 最近、曽爾村を一躍有名にしたのが「めだか街道」。山粕地区の旧伊勢本街道沿いの住民10軒が、珍しいめだかを飼育し始めたのだ。もともとは代表の枡田秀美さんが趣味で飼っていたが、テレビ番組で紹介されたのをきっかけに、全国の趣味でめだかを飼育する人たちから注文が殺到。これは商売になると考えた枡田さんが近隣の住民に飼育を呼びかけた。

 錦鯉のような色の珍しいめだかは一匹2万5000円。ペアで5万円の値が付いている。「10軒がそれぞれ違う種類を飼うというルールを作った。無駄な価格競争はしません」と枡田さん。ちょっとしたお小遣い稼ぎにもなるだけに、周囲のお年寄りが相次いで〝新規参入〟したが、集落を挙げての共存共栄を目指している。

 村の観光係として、めだか街道を大々的にPRしている木治千和さんは、商売というよりも、副次効果が大きいと見る。「今まで家に引きこもっていたお年寄りが、玄関先に並べた水槽を前にお客さんと一生懸命話すことで、生き生きしている」というのだ。

 木治さんは、めだかならぬ「二匹目のドジョウ」を狙っている。春先に咲くクリスマスローズを別の集落で栽培し、「クリスマスローズ街道」を作ろうというのだ。めだか同様品種が多く、趣味で栽培している人も全国にいる。値段も高い。

 そんなアイデアを実行に移しているのが16年前に大阪から曽爾村に移住した陶芸家の安田褚子さん。趣味からスタートし生活雑器を作ってきたが、作品が茶道家の目に留まったのを機に大ブレーク中だ。ご主人の薦めで「ギャラリー曽褚」と名付けた店舗を開設、陶芸教室も人気を集めている。安田さんのギャラリーにくる観光客の目に留まる道沿いに、周辺住民と共にクリスマスローズを植えていこうというのだ。

 クリスマスローズの開花時期は2月から4月。観光客の少ない時季の新しい目玉になると期待している。

 「村や観光協会の仕事は観光客をたくさん連れて来るところまで。後それをどう捕まえるかは住民のアイデアと努力次第だ」と観光協会の会長を務める木治正人さん。古民家を改装し、地元産のアユ料理やイノシシ鍋などを出すこだわりの宿を自ら経営する。アユ釣りシーズンには毎朝、川の水位を測ってネットにアップするなど、釣り人など常連客づくりに励む。

 もうひとつ知る人ぞ知るスポットがある。高さ200メートル幅2キロに及ぶ屏風岩だ。集落の信仰の対象になっていた巨岩だが、村の先人たちが山の中腹の岩の下に300本の山桜を植えたのだ。これが今や大木となり、4月中下旬には満開になるのだ。

 2月のクリスマスローズに始まり、4月の屏風岩の桜、5月からのめだか街道、夏のハイキング、そして秋本番のススキ。先人たちの思いを引き継いだ住民の知恵と努力によって、曽爾村は一年中、観光客でにぎわう場所に変身しようとしている。