レッドカードよりイエローカードを選んだ 東芝決算「監査法人『結論不表明』」の異常

月刊エルネオス5月号(5月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

前代未聞の「意見」
 東芝が四月十一日に行った二〇一七年三月期第3四半期(十〜十二月)決算は、決算内容をチェックする監査法人が「結論不表明」とする異例の事態となった。昨年十二月末になって、米国の原子力事業で巨額の損失が発生していることが判明。東芝は二月十四日に予定した第3四半期決算を一カ月延期したが、それでも監査法人の決算承認が得られず、再延期していた。
 四半期決算のレビューを行ったPwCあらた有限責任監査法人は、不表明とした理由を「結論の表明の基礎となる証拠を入手することができなかった」とした。監査意見の不表明は監査の教科書には出てくるものの、実際に東芝のような上場大企業で監査法人が出すのはおそらく初めて。前代未聞のことだ。
 通常、企業が決算をまとめると、その決算書が真実を表しているかどうか企業から独立した第三者である監査法人公認会計士たちがチェックする。これが会計監査制度だ。
 上場企業は監査法人から決算書が正しいことを示す「適正」意見をもらい、その監査報告書(四半期はレビュー報告書)を、財務局に提出する有価証券報告書や四半期報告書に添付する。監査が終わらない段階で決算発表を行うケースはあるが、有価証券報告書などの提出には必須だ。
 決算書が実態を正しく表していない場合には、「不適正」という意見が出される。今回、東芝に対してPwCあらたが出した「不表明」は、まだ監査が終わっていませんという途中段階の話ではない。「意見は表明しない」という意思表示で、今回、東芝はそのまま四半期報告書に添付して財務局に出している。つまり、不表明は、不適正、適正と並ぶ、監査法人の意見なのだ。

上場廃止基準」に抵触
 なぜ、上場企業で「意見不表明」が異例なのか。実は、「不表明」となった場合、東京証券取引所が定める「上場廃止基準」に抵触するからだ。上場廃止基準にはこうある。
「監査報告書又は四半期レビュー報告書に『不適正意見』又は『意見の表明をしない』旨等が記載された場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」
 規定通りならば、東芝をこのまま上場しておくことが、「市場の秩序を維持することが困難」だと東証が判断すれば、上場廃止になってしまう。そんなリスクを負ってまで東芝が報告書を提出したのにはワケがある。上場廃止基準にはこんな条項もある。
「監査報告書又は四半期レビュー報告書を添付した有価証券報告書又は四半期報告書を法定提出期限の経過後一カ月以内に提出しない場合(有価証券報告書等の提出期限延長の承認を得た場合には、当該承認を得た期間の経過後八日目︹休業日を除外する。︺までに提出しない場合)」
 つまり、報告書を出せなければ上場廃止になるが、こちらの規定には「東証の判断」といったあいまいな文言はない。出せなければ自動的にアウトなのだ。東証の判断に一縷の望みをつないだのだろう。「レッドカード」よりも「イエローカード」を選択したわけだ。
 だが、東芝はすでに「イエローカード」を一枚食らっている。東証から、一五年九月十四日に「特設注意市場銘柄」に指定されているのだ。多額の粉飾決算によって、内部管理体制に問題があるとされたのだ。一年後の一六年九月十四日に東芝東証に報告書を提出、内部管理体制に問題はなくなったとして、特設注意市場銘柄からの解除を求めたが、東証は同年の十二月に指定延長を決定。指定が許される期限ぎりぎりの一年半に達した今年三月十四日に、東芝株は「監理ポスト」入りとなった。上場廃止になるリスクがあることを投資家に注意喚起するための措置だ。
 東芝は同日、再度、内部管理体制が整ったという報告書を東証に出しており、その審査が行われている。上場廃止基準には、「特設注意市場銘柄に指定されたにもかかわらず、内部管理体制等について改善がなされなかったと当取引所が認める場合」とある。審査は六月末頃に結論が出るとされてきたが、決算に適正意見が得られなかったことで、上場廃止になる可能性が一気に高まっているのだ。

監査の引き受け手がない
 このままでは、一七年三月期の本決算の監査でもPwCあらたは「適正意見」を出せないだろう。PwCあらたが「不表明の根拠」としているのは、米原子力子会社のウェスチングハウス(WH)が一五年十二月に買収したCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)に関連して発生した工事損失引当金六千三百五十七億円の扱い。「当該損失を認識すべき時期がいつであったかを判断するための調査」が焦点だとしている。つまり、東芝は昨年十二月末に巨額の損失が発生することを明らかにしたが、実際にはもっと早く決算書に計上すべきだったのではないか──。PwCあらたが抱いたこの疑問を東芝が晴らす証拠を提示できていないようなのだ。
 東芝は一六年一月、それまで監査を行ってきた新日本監査法人を交代させ、PwCあらたを選んでいる。あらたは一連の不正会計が終息し、一七年三月期からの決算を引き受けても問題がないと判断したのだろう。一七年三月期の第1四半期と、第2四半期の決算レビューにPwCあらたは「適正」意見を出している。ところが、予期せぬ巨額の損失が年末になって表れたのだ。東芝経理担当者と監査法人の会計士の間の信頼関係は一気に瓦解したことだろう。
 東芝は、PwCあらたを解任して別の監査法人を採用する意向だと報じられている。六月末が提出期限の本決算の有価証券報告書に、どこかの監査法人から「適正」意見をもらわなければ、間違いなく上場廃止になる。だが、「危なくて誰も引き受けないだろう」と別の大手監査法人の幹部は言う。規模の小さい監査法人では実態を調査するだけの人員が足らないという問題もある。期の途中で監査法人を交代させるのは現実にはなかなか難しい。投資家を欺き続けてきたツケが、ついに回ってくる時が来るのだろうか。