連合が「高度プロフェッショナル制」を容認へ 年間104日の休日確保などが条件に

日経ビジネスオンラインに7月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/071300048/

対象となるのは年収1075万円以上
 国会で棚ざらしになっていた「高度プロフェッショナル制度」が創設に向けて動き出す見通しとなった。この制度は、金融機関などで働く専門職で、年収1075万円以上の人たちに限って、労働時間の規制や残業代の支払い対象から外す仕組み。労働基準法改正案として2015年4月に閣議決定され、国会に提出されたが、民進党共産党などが、「残業代ゼロ法案」「過労死を増やす」として強く反発。2年以上もまともに審議されない異常事態になっていた。

 ここに来て、法案成立に動き出したのは、これまで反対姿勢を貫いていた連合の方針が変わったため。連合は制度導入にあたって、年間104日以上の休日確保を企業に義務付ける条文を盛り込むことなど、法案を修正するよう要望している。連合の神津里季生会長が7月13日に安倍晋三首相と会い、申し入れた。

 連合が求める修正は、年間104日の休日確保に加えて、退勤から出社までに一定の休息を設ける「勤務間インターバル制」や2週間連続の休暇、臨時の健康診断など複数の選択肢から、それぞれの企業の経営者と労働組合が合意したうえで「健康確保措置」を選ぶようにするというもの。政府も基本的に受け入れる方針だという。

 また、労働基準法改正案に盛り込まれている「裁量労働制の対象拡大」にも条件を付けた。裁量労働制は実労働ではなく、「みなし労働時間」に基づいて賃金を支払う制度で、弁護士や公認会計士などの専門職や、研究職、クリエイティブ職などに適用が認められている。これを法人向けのソリューション型営業と呼ばれる提案営業にまで適用拡大することが改正案に盛り込まれている。連合はこれが、商品販売など一般の営業職で使われることに警戒してきたが、今回の改正案の修正で、一般の営業職は対象外であることを明確にするとしている。

 なぜ、連合は一転して「高度プロフェッショナル制度」に合意する姿勢に転じたのか。

「勤務間インターバル制」も焦点に

 政府が今年3月にまとめた「働き方改革実行計画」では、残業時間の罰則付き上限規制を設けることが盛り込まれた。残業時間に上限を設けることは労働組合にとっては長年の主張だった。連合の神津会長も「70年の労基法の歴史の中でも最大の節目になり得るもの」だと評価している。

 実行計画に盛り込まれた内容は、労働基準法の改正などによって実現されるが、その際、問題になるのが、すでに国会に提出済みの労働基準法改正案の扱い。実行計画では早期成立を目指すことが明記されている。残業上限規制という大きなタマを実現させるために、政府がかねて求めてきた高度プロフェッショナル制に歩み寄ることを迫られたのだ。つまり、条件闘争の結果の妥協と言えるわけだ。

 もう1つ大きいのが、世の中の流れ。働き方改革が企業の間に急速に広がり、「いつでも、どこでも」といった働き方ができるような仕組みを導入する企業が増えている。時間に縛られない働き方を求める人たちが急速に増えており、労働組合としても対応を迫られている。

 これまでのような「時間」をベースにした給与体系は、製造業の工場現場や旧来型の事務職などには適合するものの、創造性を求められる仕事が増えたことで、働く側にも「時間」で評価されることに不満や不合理を感じる人たちが増えている。プロフェッショナル制に「年収1075万円以上」という条件が付いていることも、世の中の納得が得られると判断している模様だ。

 もっとも政府もさらなる妥協を求められる。連合が修正案に含めた「勤務間インターバル制」の導入だ。健康管理の仕組みとして、長期休暇などとの選択制ではあるが、仮にインターバル制を導入する企業が広がると、高度プロフェッショナル制の対象従業員だけでなく、一般の従業員の健康管理の仕組みとしても広がっていく可能性が出てくる。

 退社してから次の仕事を始めるまでのインターバル時間を定めると、翌朝の出社時間を考えると前日の残業時間を減らさざるを得なくなるため、残業の削減などにも大きく寄与することになるとみられる。

 もっとも、「残業代ゼロ法案」と強く批判してきた連合が、法案の修正を条件としたとしても、一転して容認に転じたことには、傘下の労働組合などからも反発が出ている。プロフェッショナル制を容認する一方で、残業上限やインターバル制などを導入させる方が「実が取れる」という連合執行部の現実的な判断に、どこまで賛同が得られるかが今後の焦点になる。

共産党民進党はどう動く?

 方針転換の表明が「唐突だった」という反応もある。連合の事務局から傘下の主要産業別労働組合の幹部に伝えられたのは7月8日だったとされ、政府や経団連と水面下での調整を優先して、産別組合などへの根回しが後手に回ったとみられる。連合事務局は「労働側にとって有利な条件を得るために動き出した」と説明していると報じられているが、傘下の労組の中には強く反発するところもありそうだ。

 政府は秋の臨時国会に、法案を修正したうえで再提出することになる。共産党はあくまで「残業代ゼロ法案」「過労死促進法案」だとして徹底的に反対することになると見られるが、もうひとつの焦点が民進党の対応。これまで「廃案に追い込む」としてきたものを、支持団体の連合が方針を変えたからといって、すんなり「受け入れ」へと転換できるかどうか微妙だ。

 国会では与党が圧倒的多数を占めており、国会審議に民進党が応じれば、最終的には可決成立する可能性が高くなる。民進党として、最後まで抵抗して「強行採決」などを“演出”するのかどうかは、今後の政局次第ともいえる。

 安倍内閣の支持率はNHK世論調査でも7月には35%と13ポイントも低下。一方で不支持率は前月の36%から48%に跳ね上がった。支持が不支持を下回ったのは安全保障関連法案にからんで国会前の反対デモが盛り上がった2015年7月、8月以来のこと。しかも35%という支持率は第2次安倍内閣発足後、最低の数字である。

 森友学園加計学園問題などでの野党の追及がボディブローのように効いている結果で、政局を考えるうえで、臨時国会も「与野党対立」色が強まる可能性が高い。そうした中で、国民の関心が高い働き方改革の法案に民進党がどう向き合うかが注目される。修正案についても「残業代ゼロ法案」だとして審議に応じない姿勢を取り続ければ、法案成立がままならなくなる可能性も出てくる。

 働き方改革で、従来の「時間」にとらわれない働き方を認めていくことは、大きな流れだ。高度プロフェッショナル制の創設は、その大きな一歩になることは間違いない。働き方改革実現会議が長年実現しなかった労働者の権利保護に重点を置き、長時間労働の是正などに配慮した報告書をまとめたが、これも、2年間全く動かなかった高度プロフェッショナル制の導入や裁量労働制の適用職種拡大に踏み出すためのひとつの条件整備だったと見ることができる。

 世の中が大きく変化する中で、多様な働き方を認めつつ、働き手の自主性や健康維持への配慮をどう法律で担保していくかは、大きな課題だ。野党が主張するように、高度プロフェッショナル制の導入で過労死が増加するようなことがあってはならない。その意味でも、連合が取った「現実路線」は評価できるのではないだろうか。