医療費、「14年ぶり減少」は一時的? なぜ、増加に歯止めがかからないのか

日経ビジネスオンラインに10月6日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/100500060/

2016年度の医療費は41兆3000億円

 増え続ける医療費に歯止めはかかるのだろうか。9月に厚生労働省から2つの統計数値が発表された。1つは2015年度の「国民医療費」。病気の治療に要した費用の総額で、42兆3644億円と過去最高を更新した。もう1つは2016年度の「概算医療費」で、労災や全額自己負担の治療費は含まない速報値である。1年後に確定値として公表される国民医療費の98%に相当する。この金額は41兆3000億円で、2002年以来14年ぶりに減少した。

 ようやくこれで、増え続けてきた医療費が頭打ちとなるのかというと、どうもそうではないようだ。2015年度に高額の治療費が公的保険の対象になった結果、大幅に調剤費が増加。社会的な問題となったこともあり、異例の薬価引き下げを行った結果、2016年度は調剤費が減少。それが概算医療費の減少につながったという。要は前年の伸びが大きかった反動で、これで減少傾向に転じるわけではない、という。

 厚労省が発表した「平成28年度(2016年度)医療費の動向について〜概算医療費の年度集計結果〜」によると、医療費全体では前年度に比べて2000億円、率にして0.4%減少した。2015年度に9.4%も増えた調剤費が4.8%減ったことが大きかった。2015年度にはC型肝炎治療薬の「ソバルディ」と「ハーボニー」が相次いで公的保険の対象になったが、1錠約6万円から8万円と高額だった。当初は、販売量が大きくないとして薬価が高価格に設定されたが、年間の販売額が極めて大きい薬は2年に1度の薬価改定を待たずに価格を引き下げるルールを設けた。この結果、これらの薬の価格が3割ほど下がり、調剤費の減少につながったという。

 ところが、この14年ぶりの減少も「一過性」と見られている。というのも、医療費増加の主因になってきた高齢者の医療費の増加が止まらないからだ。

 2016年度の75歳未満の医療費(医療保険適用)は1.4%減ったのに対して、75歳以上の高齢者の医療費は1.2%増えた。もちろん主因は高齢者の割合が増えているからだが、75歳未満に比べて75歳以上の高齢者が一人当たりでも多額の医療費を使っている状況に変わりはない。1人当たりの医療費で見ると、75歳未満が21万8000円なのに対して、75歳以上は93万円と大きな開きがある。特に終末期に高額の医療費がかかっていることを伺わせる。

受診延べ日数と入院期間は減少

 もちろん、様々行われている医療費抑制の努力の跡もうかがえる。75歳以上の高齢者一人当たりの医療費は2015年度の94万8000円から93万円に2%減っている。また、医療機関にかかった受診延べ日数も0.7%減った。入院期間の減少が続いているほか、入院外の受診日数も減った。入院の平均在院日数は31.5日と、前年度の31.9日から短くなった。

 40兆円を大きく超えてきた医療費の圧縮は喫緊の課題だ。「平成27年度 国民医療費の概況」によると、確定値である2015年度の国民医療費42兆3644億円のうち、保険料で賄われているのは20兆6746億円と48.8%にすぎず、患者負担分の4兆9161億円(全体の11.6%)を合わせても6割強だ。残りの38.9%、16兆4715億円は公費負担となっており、国庫や地方財政を圧迫している。国庫の負担は3.2%増加、地方負担は5.4%も増えている。GDP国内総生産)に占める医療費全体の割合は2014年度の7.88%から2015年度は7.96%に上昇した。

 ちなみに、保険料の増加が続いており、2015年度は被保険者が払う保険料負担が3.5%、事業主の負担が4.8%増えた。受診時の患者の自己負担割合をもっと増やすべきだという声もあるが、2015年度の患者負担分は前年度に比べて2.9%増えている。これ以上の保険料の引き上げや患者負担の増加は、医療保険制度全体の仕組みを大きく揺るがしかねない。やはり、医療費全体の増加を止めなければならないだろう。

 そうなると高齢者の高額医療をどう抑制するか、という議論を避けることはできない。確定数値である2015年度の国民医療費の統計では、さらに細かい年齢区分ごとの医療費を見ることができる。医療費全体の59.3%は65歳以上の人が使っている。中でも70歳以上が47.8%と全体のほぼ半分を使う。75歳以上に限っても35.8%を占めるのだ。ここを抑制しない限り、医療費は減らない。

 1人当たりで見るとより問題が鮮明になる。2015年度の人口1人当たりの国民医療費は33万3300円。65歳未満は18万4900円である一方で、65歳以上は74万1900円もかかっている。70歳以上だと84万円、75歳以上になると92万9000円だ。45歳から64歳の中年世代でも28万4800円なので、その多額さに驚く。しかも、45歳から64歳までの医療費増加率が2.3%に対して、70歳以上は2.8%と伸び率も大きくなっている。

 厚生労働省は医療費の地域格差に着目して、対策を取ろうとしている。人口1人当たりの国民医療費は地域ごとに大きな違いがある。地域別では「西高東低」がはっきりしており、東日本は全国平均(33万3300円)を下回る都県が多い半面、西日本は上回る府県が多い。

 都道府県別で最も1人当たり国民医療費が少ないのは埼玉県で29万900円。ついで千葉の29万1100円、神奈川県の29万7900円となっている。人口構成で比較的若年層が多いということも大きく影響しているとみられる。

 一方で、医療費が最も高いのは高知県の44万4000円で、次いで長崎県の41万1100円、鹿児島県の40万6900円となっている。高知県の場合、県面積が広い割に人口が少ないため、医療機関の集積度が低く、どうしても入院する割合が高いことなどが1人当たり医療費を増大させているとみられる。

「平均寿命」よりも「健康寿命」を重視

 だが人口構成や人口密度だけでは説明できない「西高東低」の傾向もある。都市部であるにもかかわらず大阪府の1人当たり医療費は36万4200円と平均を大きく上回る。福岡県の場合はさらに高く37万9300円だ。ちょっとした体調不良でも気軽に病院に駆け込む人が多かったり、医療機関側にも医療費節約の発想が乏しいなど、何らかの「地域性」が潜んでいると考えられている。

 医療費の公費負担が地方自治体の財政に重くのしかかるようになったことで、全国の自治体などが「平均寿命」よりも「健康寿命」を重視した取り組みを行うようになってきた。いくら寿命が長くても、病院で寝たきりで過ごす年月が長くては「人生の質」は低い、という発想だ。長生きするからには健康で長生きすることを目指すべきだ、というわけである。

 もともと塩分の多い食事が取られてきた地域で減塩食を普及させたり、健康維持に運動を奨励するなど、病気にならないための取り組みを広げている。厚生労働省都道府県別の「健康寿命」を公表するなど、後押ししている。

 ちなみに2015年の「健康寿命」のトップは男女とも山梨県。男性は次いで沖縄、静岡、石川、宮城の順になっている。女性は静岡、秋田、宮崎、群馬だ。

 平均寿命(2013年)は男女共に長野県がトップだったが、健康寿命となると長野県は男性は18位、女性は16位である。

 長野県松本市では「健康寿命延伸都市」を宣言して、糖尿病の重症化予防などに取り組んでいる。糖尿病が悪化して人工透析が必要になった場合、多額の医療費が発生するが、その費用は大半が公費負担となって財政にのしかかる。人工透析患者をできるだけ出さないようにするなど、健康寿命を延ばす取り組みが積み重なれば、医療費の総額の圧縮につながっていくに違いない。

 また、終末医療についてももっと議論をすべきだろう。食事が難しくなった高齢者に施す「胃ろう」が、人生の質を下げているという批判が高まり、胃ろうを巡る議論が活発になった。確かに胃ろうを実施すれば、栄養補給が簡単になり、寿命は延びるかもしれないが、それが健康寿命と言えるかどうか。最近は自分の人生の幕引きを考える「終活」がブームになっている。自らの「死に方」を考える人が増えれば、終末期の検査や投薬、手術に莫大な医療費をかけることに意味を見出さない人も増えるだろう。