選挙期間中の株価上昇、自民党への追い風に 野党が「安倍一強」を崩せなかった理由

日経ビジネスオンラインに10月23日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/102300062/?i_cid=nbpnbo_tp

自民党の圧勝はなぜ起こった?

 衆議院議員総選挙自民党が完勝を収めた。289選挙区のうち217を超す小選挙区で勝利し、66を超えた比例代表で当選者を合わせると283と、解散前の284議席をほぼ確保した。選挙後の追加公認を加えると解散前勢力を上回るのは確実だ(※10月23日午前の時点で、まだ4議席未確定)。

 また、公明党の29議席と合わせると312議席となり、衆議院の全議席の3分の2を超え、参議院で否決された議案の再議決や、憲法改正の発議などが可能な議席を自民公明の与党で確保した。

 森友学園加計学園問題、相次ぐ閣僚の不祥事など、逆風の中で解散に踏み切った安倍晋三首相は「賭け」に買った格好になった。当初は最低でも20議席は減らすとみられた自民党議席が改選前を上回ったのはなぜか。

希望の党失速、背景に「政策のネジレ」

 1つは「反自民」票の受け皿になる政党がなかったこと。解散直前に結党を決めた小池百合子東京都知事率いる「希望の党」は、政権選択選挙だと位置づけながら、小池氏は立候補せず、首相候補者も明らかにしなかった。民進党前原誠司代表が打ち出した突然の方針に従って民進党大半が希望の党に合流するなど、民進党色が強くなったことも清新さを削ぐ結果になった。希望の党から立候補した民進党の前職で落選する候補者も多く出た。選挙前勢力は57だったが前職の当選は30にとどまり、元職9人、新人8人が当選したものの、合計で49議席程度と、大きく勢力が減退する結果になった。

 一方で、希望の党に合流せずに新党を立ち上げた立憲民主党は、解散前の15議席から一気に54議席にまで勢力を伸ばした。安倍内閣への批判票の多くが希望の党ではなく、立憲民主党に流れたとみていい。立憲民主党の当選者のうち23人が新人で、自民党の新人当選者19人を上回った。希望の党でも新人候補が善戦しているのを見ると、有権者の多くが「清新さ」「新しい風」を求めていたことが伺える。

 希望の党の失速の背景には「政策のネジレ」がある。安全保障などに対する考え方が違う議員は「排除する」と小池代表が述べたため、安全保障関連法案に反対してきたはずの民進党議員にとっては、「変節」を疑われることになった。一方で、小池代表は「右寄り」「保守」とみられている一方で、経済政策では「ベーシックインカム」や「内部留保課税」といった左派色の強いものを打ち出したこともあり、保守的な有権者にも違和感を持たれる結果になった。

 自民党は、野党側が「政権選択選挙」と位置付けたことを逆手に取った。これまでの安倍内閣の4年10カ月をどう評価するのかという「現状追認」か「現状否定」かといった二者択一を訴えたのだ。実際、自民党が大敗すれば安倍首相の責任問題になり首相が交代する可能性もあった。

景気が徐々に温まってきている予感を感じていた有権者

 多くの有権者が「現状追認」を選択したのは、経済の好転があるのは間違いない。野党側はアベノミクスの成果は出ていないと批判をしたものの、雇用情勢が明らかに好転するなど、景気が徐々に温まってきている予感を有権者が感じていたのではないか。

 第2次安倍内閣が発足した直後の2013年1月以降、雇用者数は前年同月比で増え続けている。雇用は200万人近くも増え、なお、有効求人倍率は高度経済成長期並みの高さを維持している。当初は非正規雇用の伸びが高かったが、ここ1年ほどは正規雇用の増加率が非正規雇用の増加率を上回っている。

 中でも、株価が上昇していることは、景気好転のムードを高めている。特に、選挙期間中に株価が上昇したことが、自民党にとっては大きな追い風になった。投票日直前の10月20日金曜日まで日経平均株価は14日間連騰し、1996年以来となる2万1457円を付けた。14連騰は56年ぶりのタイ記録だった。

 日本の株式は日銀や年金マネーによって買い支えられている、という指摘もあるが、米国を中心に海外市場でも株高が進んだことが大きい。特に海外投資家が日本株を再び買い始めた結果とも言える。

株式市場で根強いアベノミクスへの期待

 デフレ脱却を目指すアベノミクスの方向性に期待する声が株式市場では大きいことを物語っている。自民党の完勝が明らかになった10月23日の株式市場は日経平均株価が大きく上昇して始まり2万1600円を超えた。このままプレスで終われば、史上初の15日間連騰という記録になる。

 自民党が完勝を収めたことで、安倍首相の権力基盤はさらに強まることになった。仮に20議席近く減らしていた場合、議席過半数を維持したとしても、安倍首相の求心力が落ちていた可能性が高かった。それだけに今回の解散総選挙は安倍首相にとって100点満点のできたったと言えるだろう。

 これによって衆議院議員の任期は2021年10月までとなり、2020年の東京オリンピックパラリンピックを終えるまで選挙なしで政権運営できる。しかも自民公明で3分の2超という絶対安定多数である。来年秋には自民党総裁選挙があるが、すでに2期6年だった任期は3期9年に延長されており、総裁選で安倍首相が3選されるのも確実な情勢になった。ちょうど衆議院議員の任期満了となる2021年秋までは総裁を続けられることになる。

「経済の好循環」が実感できるようになるかどうかがカギ

 政治が安定することで、オリンピックに向けて経済の好転はよりはっきりしてくることになりそうだ。アベノミクス開始以降、安倍首相が言い続けてきた「経済の好循環」が実感できるようになるかどうかが焦点だ。実際に受け取る給与が増えるようにならなければ、消費の増加にはつながらない。

 不動産価格の底入れや株価の上昇は、消費につながる可能性がある。いわゆる「資産効果」だ。現在の株高が、しばしば言われるように半年後の景気情勢を映している鏡だとすれば、いよいよ来年は、所得増が消費増につながり、それが再び企業収益の増加につながっていくという「経済の好循環」が始まる可能性がある。

 今回、安倍首相が消費増税を1つの争点にしたことで、2019年10月に予定されている消費税率の10%への引き上げが、形の上では、信認されたことになる。立憲民主党枝野幸男代表が選挙戦の最中に指摘していたように、消費が弱い中で消費増税をすれば、さらに消費を冷え込ませて経済を後退させる危険性はある。

 確かに現状の消費は弱いが、一方で、2019年は東京オリンピックパラリンピックの準備に向けた工事などがピークになるとみられる時期である。かなり景気が過熱している可能性は十分にある。消費増税による反動減は2019年10月から2020年9月にかけて顕在化することになるとみられる。だが、この時期はオリンピックを目当てに海外から多くの観光客がやってくることになり、通常に比べて「過剰消費」になる可能性が高い。通常ならば落ち込む消費を、オリンピック特需で埋めることになると期待できそうだ。逆に言えば、このタイミングで消費増税ができなければ、次にチャンスはないとみていいだろう。

憲法改正を優先するようになれば、経済軽視のリスクも?

 では、自民党完勝による「リスク」はないのか。

 最大のリスクは、安倍首相の「経済最優先」の姿勢がブレることだろう。与党で衆議院の3分の2を維持し、憲法改正に賛成とみられる政党の議席が8割近くを占める中で、安倍首相が、経済よりも憲法改正などを優先するようになれば、アベノミクスで掲げた経済改革がないがしろになる可能性が出てくる。

 もともと安倍首相は「経済には関心がない」とも言われ、安全保障や憲法改正などを「悲願」にしているとされてきた。総裁任期が最後の3年ということになれば、自らの悲願達成を優先するということは十分にあり得る。

 アベノミクスで当初掲げた3本の矢の中でも、3本目の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」つまり規制改革などはまだ道半ばだ。この3本目の矢に対する海外投資家の期待は高い。総選挙の勝利を受けた株高は、こうしたアベノミクスの改革が進展すると見た海外投資家の買いが背景にあるとみられる。その期待に安倍内閣が応えることができるかどうかが、今後の日本経済の行方にとって最重要になるだろう。