外国人に「暗黙のルール」は通用しない 改正出入国管理法成立で働き方が変わる

日経ビジネスオンラインに12月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/121300082/

抵抗勢力」だった法務省が「折れた」理由
 外国人労働者の受け入れ拡大を狙った出入国管理法の改正案が臨時国会で成立した。衆参両院の法務委員会での審議時間が合計38時間にとどまったことから、審議が不十分だとして日本維新の会を除く野党が反対に回った。

 だが問題は審議時間よりも「法案の中身がスカスカ」で、後は国会審議が必要ない「政省令」で定めるとしている点だ。「政府への白紙委任」だと野党は批判しているが、それよりも所管官庁である法務省が、現場の実情を把握してきちんとした「政省令」を作り上げることができるのかどうかが、最大の懸念事項だ。

 「与野党の国会審議がかみ合わなかったのは、法務省の問題が大きい。そもそも外国人労働者拡大に反対してきた役所が旗振り役になったのが間違いだ」

 経済産業省の大物OBはこう指摘する。法務省の一部局である出入国管理局は、まさに入国の「管理」を行うのが任務の部署だ。水際で不良外国人の入国を阻止し、不法就労や在留期限の超過など法を犯した外国人を探し出して強制退去処分などを行うことを長年、主要任務としてきた。

 当然、外国人の在留資格を緩めることには基本的に反対で、内閣官房が中心になって検討してきた外国人労働者の受け入れ拡大では、常に「抵抗勢力」だった。

 その法務省が「折れた」のは簡単な話だった。安倍晋三首相官邸が中心となって外国人材の受け入れ拡大を決め、「経済財政の運営の基本方針」いわゆる「骨太の方針」に盛り込まれて閣議決定された段階で、勝負は決まっていた。法務省出入国管理局を格上げして出入国在留管理庁を設置することも決まったが、内閣の方針に法務省が抵抗を続ければ、出入国在留管理庁は内閣府の傘下に置かれることになったはずだ。もともと外国人がからむ役所は数多く、省庁間の調整が必要だから、法務省の下に置く道理はなかった。

 内閣に、自分たちの権益やポストを失いたくない霞が関官僚の行動パターンを見透かされたわけだ。法務省が「折れ」れば、局が庁に格上げされ、次官級の「長官」に加え、次長や審議官といったポストが新しく増える。しかも、大幅な増員も可能になる。

 要は、組織の拡大という「アメ」が欲しかったというのが本音で、外国人労働者を増やしたいと考えているわけではない。だから、法案の審議が「気が抜けた」ものになったのは、当然といえば当然だ。

外国人を「真正面」から受け入れるのは前進
 外国人労働者の受け入れ拡大が必要だと考えている役所は何と言っても経産省だ。産業界の現場から上がっている悲鳴にも似た声を、もう何年も前から聞かされてきた。技能実習生や留学生といった「便法」で何とか乗り切ってきたが、それも限界に来ていた。

 東京オリンピックパラリンピックに向けて建設ラッシュが続いているが、建設現場ではまったく人が足らないのが実情だ。技能実習生として多くの外国人が働いているが、彼らもいつまでも働けるわけではない。期限が3年だった技能実習を建設を含む一部業種では5年に延ばしたが、それも焼け石に水。仕事に慣れた今いる外国人労働者を雇い続ける方法をつくって欲しいという要望が業界からは出されていた。

 今回の法律で通って2019年4月から導入される「特定技能1号」「特定技能2号」という新しい在留資格は、まさにその受け皿になる。

 厚生労働省も急増する外国人労働者に頭を悩ませてきた役所だ。実際には働くために来日しているのに、建前は学生や技能実習生という外国人は、労働政策の範囲から飛び出してしまう。最低賃金の確保など労働基準監督行政にも支障をきたし始めていた。「単純労働者も、真正面から労働者として受け入れるべきだ」(厚生労働省幹部)という声が強まっていた。

 もちろん、農業や漁業、宿泊業などからの「外国人労働者を解禁して欲しい」という声にも、今回の特定技能1号は応えている。これまでは「単純労働」だとして正規の就労ビザが下りず、国際貢献が「建前」の技能実習生や、日本語を学ぶというのが「建前」の留学生に頼るほかなかった業種で、真正面から労働者として受け入れられるようになる。それは半歩前進であることは間違いない。

 問題は、そうした現場の実情にあったルールづくりを法務省ができるのか、と言う点だ。単に労働力としてだけ外国人をみて、入国を緩めた場合、どんな問題が起きるのかは、先進各国が示している。1950年代から60年代にかけてドイツがトルコ人を「労働者」として受け入れた結果、その後、大きな社会問題の種になった。

 景気が悪くなって労働力として不要になったら帰ってもらえばよい、当時のドイツはそう考えていた。「ガスト・アルバイター(お客さん労働者)」という言葉がそれを端的に示していた。だが、結局、景気が悪化してもトルコ人労働者は本国に帰らず、ドイツ社会の底辺を構成するに至った。ドイツ社会で分断された存在になった彼らは、様々な社会問題を引き起こした。

 今回の「特定技能1号」で受け入れる外国人労働者も、対応を間違えば同じ問題を引き起こす。政府は5年間で34万人に限定すると言うが、実際、産業界の人手が足らないという声が強まれば、なし崩し的に増えていくに違いない。

日本語教育は国が責任を持つべきだ
 特定技能1号は家族の帯同を認めず、永住権の取得に必要な年限にも算入しない、という。「単なる労働者」として受け入れようとしているのだ。だが、それぞれ特定技能1号の在留資格で入国した男女が結婚して家庭を持ち、子どもができることは十分、可能性がある。在留期限の制限がない別の資格で入国している外国人と結婚するケースだってあるだろう。着実に日本に根付く外国人は増えていくのだ。

 今回、出入国在留管理庁に「在留」の文字が入ったのは、日本に定住する外国人も対象にするという意思が示されている。出入りだけでなく、在留についても「管理する」というわけだ。この「管理」という発想は、内閣が言う「生活者として受け入れる」という方針と相いれるのかどうか。

 2019年4月に法律が施行されることで、日本で働こうと入国してくる外国人は大きく増えるに違いない。だが、入国させる以上、日本のルールを守り、日本社会の一員として暮らしてもらうことが不可欠だ。かつてのドイツのように「分断」を許せば、大きな禍根を将来に残す。

 そのためには、日本語教育を政府主導で義務付けるなど対策が不可欠だ。外国人やその子弟の日本語教育初等教育自治体任せで、自治体の負担で成り立っているのが実情だ。

 一定の日本語レベルを入国資格にするのはいいが、その後の教育にも国が責任を持ち、予算を付けることが不可欠だろう。

 おそらく数年すれば、どこの職場にでも外国人がいるのが当たり前になっているに違いない。そうなれば、彼らを雇用する民間の事業者の発想も大転換を迫られる。

 日本人と外国人の従業員を国籍で差別することは難しくなる。外国人は安く使えるという過去の発想は捨て去る必要がある。同一労働同一賃金を基本に、外国人差別はできなくなる。端的に言えば、最低賃金未満で働かせるようなことはご法度だ。

 「外国人労働者を入れれば、日本人の雇用を奪う」という批判もあるが、外国人に低賃金しか払わなければ、その職種の日本人の給与の足を引っ張ることになる。

 従業員と企業の関係も大きく変わるだろう。世界は基本的に契約社会。労働条件や雇用環境などを明文化して残すのが普通だ。日本ならではの以心伝心や、善意を前提にした成り行き任せは成り立たない。仕事の内容は何なのか、どういう手順でそれを終わらせるのか、明確にしなければ、働き手は不満を持つ。日本型の雇用の仕組みが根底から揺さぶられる可能性も十分にある。来年4月を契機に、これまで日本人では当たり前だった働き方の暗黙のルールのようなものが、通用しない時代に突入していくことになりそうだ。