現代ビジネスに12月13日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58955
ことの顛末
東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)で前代未聞の不祥事が飛び出した。最高経営責任者(CEO)の清田瞭氏が、東証に上場するインフラファンドを買っていたことが判明したのだ。
市場を開設・運営する最高責任者としてCEOは、様々な未公開情報に接する立場にあり、JPXの内規では株式はもとより上場投信の売買も禁じられていた。
問題が明らかになったのは、11月27日にJPXが内規に違反していたとして公表したため。
清田氏は、2016年6月に東証に上場したタカラレーベン・インフラ投資法人など上場投資信託2銘柄を、2016年12月から2018年8月にかけて1億5000万円で購入。
タカラレーベン・インフラ投資法人の有価証券報告書によると、2018年5月末時点で1200口を保有、第10位の投資主に名前が登場していた。
清田氏は11月30日に開いた定例記者会見で「取引所トップとして株主、投資家、市場関係者に迷惑と心配をおかけし、深くおわびします」と陳謝した。
上場投信を買っていたことについては、「引退後の人生設計を含め、自らの長期的な資産運用の一環で購入した。規則を誤解していた」と釈明した。「うっかり投資」だったというわけだ。
当然、内部情報を知り得る立場としてインサイダー取引に当たることが疑われるが、これについても、「(JPX傘下の)自主規制法人でも点検してもらった」と潔白を主張した。
JPXは11月30日に開いた取締役会で、清田氏について月額報酬の30%を3カ月間減額する処分を決めた。
軽く考えすぎだ
これで一件落着、という事のようだが、本当に「うっかり」で済ませられる問題なのだろうか。
資本主義世界では証券取引所のトップは最高の名誉職だ。証券取引所は資本主義の心臓部として、公正に運営されなければならない。国内のみならず、世界中の投資家からの信頼を担うのが取引所だ。そのトップには資本市場を担う金融証券界や経済界の重鎮が就任するのが世界の常で、各国を訪問すれば、重要な賓客としての待遇を受ける。
日本ではかつては、大蔵省(現・財務省)事務次官OBの中でも「大物」とされる人の指定席で、間接金融の司である日本銀行総裁に並ぶ重要ポストだった。民営化後は取引所トップは民間人が続いてきたが、世界での扱いは変わっていない。世界的に「尊敬されるポスト」なのである。
清田氏は大和証券で債券畑などを歩んで副社長まで務めたのち、大和総研理事長などを経て、2008年から3年間、大和証券グループ本社の会長兼執行役を務めた。証券界で功成り名を遂げた人物である。当然、庶民からすれば多額の退職金を手にしているはずだ。
それが、言うに事欠いて「引退後の人生設計」のために上場投信を買っていた、と言い訳している。JPXのCEOの年間報酬は庶民の年収から比べれば巨額である。もちろん退職金も出る。そんな好待遇に飽き足らず、なぜ財テクに走ったのか。
取引所のトップは、カネも儲けがしたい人のためのポストではない。巨額の報酬が必要なら民間のファンドなどに行くべきだ。取引所のトップは誰からも信頼されるために、李下に冠を正さねばならない。法に触れるとか、内規に違反するというのが問題なのではない。絶対的な信頼を裏切ってはいけない、それが宿命のポストだ。
清田氏は、内規違反を指摘された段階で保有していた上場投信は売却したという。そのうえで、売却益の約2000万円は日本赤十字社に寄付したという。
だが、これも甘いのではないか。不正に運用していた1億5000万円全額を寄付すべきだろう。儲けの2000万円が手に入らなくても本人は痛くも痒くもないに違いない。
「清田君は潔く辞めるべきですね。日本の資本市場への信頼を根底から揺るがす問題だという事に気が付かないのでしょうか」
証券界の大物OBは言う。清田氏は地位に恋々とするタイプでは決してない。おそらく、「うっかり」だったので問題は大きくないと本気で考えているのだろう。だとすると、取引所トップとしての「資質」に欠けると言わざるを得ない。
金融庁の「貸し」
本来なら、こうしたルール違反に厳しいはずの金融庁が黙っているのも問題だ。清田氏はおそらく出身の大和証券に口座を持ち、そこで上場投信を購入していたはずだ。証券会社は顧客の勤務先などを登録させたうえで、インサイダー取引に当たらないかなどをチェックしている。
清田氏が上場投信の買い注文を出した段階で、「問題ないのですか」という指摘を入れなければいけない立場だったと思われる。1億円以上の売買をする重要な顧客ならばなおされだ。それを怠ったとしたら大和証券は清田氏と同罪ではないか。
仮に大和証券以外に口座を開いて売買していたとすれば、何かを隠したかったのか、と疑われても仕方がない。
清田氏を厳しく追及しない金融庁には別の思惑があるのかもしれない。JPX傘下で上場審査などを担う「自主規制法人」の佐藤隆文理事長の任期が2019年6月に迫っているのだ。
佐藤氏は元金融庁長官。前任の林正和・元財務次官に続いて霞が関出身者が占めている。大物官僚OBの指定席になることに政財界には批判の声が根強くあり、佐藤氏の後任に誰が就くのかが焦点になっている。
ここで清田氏に恩を売っておけば、自主規制法人理事長人事で役所の意向を通しやすくなる、そう考えているのかもしれない。
清田氏が「自主規制法人でも点検してもらった」と会見で明かしているように、インサイダー取引には当たらないと真っ先に「お墨付き」を与えたのは金融庁出身の佐藤氏だったのだろう。
もちろん、大きな「借り」を作った清田氏は、次期理事長に金融庁長官OBや財務次官OBを充てる人事素案が持ち込まれれば、ノーとは言えないことになる。
自らの「うっかり」が日本の資本市場の信頼を貶め、役所の人事介入を許して独立性を損なうことになるとすれば、清田氏も忸怩たる思いだろう。さっそく辞任することをお勧めしたい。