配れるのは「現金」ではなく「マスク2枚」という安倍政権のお粗末さ  「お肉券」「お魚券」で時間もロス

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』に4月3日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/34247

米国では「大人ひとり約13万円」が決まっているが…

新型コロナウイルスによる経済への打撃に対応するために、巨額の緊急経済対策を政府が検討している。安倍晋三首相は4月1日の参議院予算委員会での答弁で「リーマン・ショック時を上回るかつてない規模の対策を行っていきたい」と述べた。

米国がGDP国内総生産)の10%に当たる2兆ドル(約220兆円)の経済対策を3月27日に成立させたことから、日本でもGDPの10%超が「相場感」になっている。リーマン・ショック時の緊急経済対策は事業規模で56兆8000億円、国の財政支出は15兆4000億円で、自民党政務調査会は3月30日に事業規模60兆円、国の財政支出20兆円規模とする提言をまとめていた。

問題は具体的に「何をやるか」。最大の焦点は、現金給付である。米国では大人ひとり1200ドル(約13万円)、子ども500ドルを現金支給することを決めており、日本政府の対応が注目されている。

ところが、当初から現金を全国民に一律で配ることに異論が噴出していた。「現金で配った場合、貯蓄に回ったら意味がない」「金持ちにも同額配ったら国民の理解が得られない」というのである。

族議員がぶち上げた「お肉券」「お魚券」

そこで浮上したのが、「お肉券」や「お魚券」といった商品券を配るというアイデア自民党の農林部会や水産部会が中心になってぶち上げた。自民党の部会というのは、業界に関わる法令の見直しや助成制度の創設に「党」として関わる組織だが、実質的にそれぞれの業界の要望を聞く場になっている。いわゆる「族議員」が活躍する舞台というわけだ。

 

企業の接待などが激減したことから、高級な肉や魚の消費が激減、水産業者や畜産関係業者が大打撃を受けているのは間違いない。農林部会や水産部会に所属する議員からすれば、何とか救いの手を差し伸べたいというのが本心だろう。

自民党流のいわゆる部会政治は、現場の声が議員にすぐ届くというメリットがある一方で、「鉄のトライアングル」と呼ばれた「政官業」の癒着を生む場にもなってきた。旧民主党政権では、このトライアングルを打破するために「部会廃止」を打ち出したが、逆に現場の声を聞かない独断政治だとして批判を浴びた。

今回の「お肉券」「お魚券」については、野党などから激しい批判が巻き起こった。特定の業界だけの利益につながりかねない「利益誘導」だというのである。危機を理由に特定業界がメリットを受ける助成制度は問題というわけだ。

結局、「お肉券」「お魚券」構想は頓挫し、前述の自民党政務調査会の提言には盛り込まれなかった。

麻生氏が持つ「現金給付」へのトラウマ

もうひとつ、現金給付についての政治家の議論で力点が置かれているのが「公平性」だ。

麻生太郎副総理兼財務相は国会答弁で、リーマン・ショック後の2009年に実施した一律の現金給付に触れ、「二度と同じ失敗はしたくない」と述べ、一律給付を否定した。

リーマン・ショック後には全国民に1万2000円(若者と高齢者は2万円)を配布したが、麻生氏は「何に使ったか誰も覚えていない。(国民に)受けなかった」とし、「必要なところにまとめてという方が、より効果がある」とした。

リーマン・ショック後に一律給付をしたにもかかわらず、国民に受けず、結局は政権交代に追い込まれたことから、「失敗」だと当時首相だった麻生氏の脳裏に刻み込まれたのだろう。安倍首相も現金給付について、国会答弁で「国民全員に一律では行わない」と明確に否定している。

給付対象を絞っているほど時間はない

「国民全員に一律で行うのではなく、事業の継続のため、生活を維持していくために必要な額をできるだけ提供したい」としているのだ。一見、正論のように聞こえる。

 

だが、最大の問題はスピードだ。誰を給付対象にするか、決めるのには一定の審査プロセスが必要になる。いちいち基準を決めていたら給付までに時間がかかる。日本の国会プロセスではどんなに早くても5月末にならないと給付が実現しない。

また、給付対象を絞ることが「公平」かどうかも分からない。仮に年収を基準にしようとした場合、確定申告の期限が延長されているので、使えるデータは2018年の年収ということになる。困っているかどうかは、2年前に年収があったかどうかではなく、今、新型コロナで影響を受けているかどうか、なのだ。

米国での現金給付は4月中旬には実施されるとみられている。国会を通すスピードも、実施されるスピードも「さすが米国」と言わざるを得ないだろう。

4月の人件費に困る企業が出てくるだろう

新型コロナの蔓延による経済の猛烈な縮小は、リーマン・ショック東日本大震災の比ではない。経済活動が止まり、一気に売り上げが消えているのだ。

日本銀行が4月1日に発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業・製造業でマイナス8となり、2013年3月調査のマイナス8以来、7年ぶりのマイナスとなった。前回2019年12月調査のゼロから8ポイントの悪化で、悪化は5四半期連続となった。

急速な悪化を示しているが、まだまだ序の口だろう。短観の調査はほとんど3月20日以前に回答されており、新型コロナの影響が深刻化する前の調査だとみておくべきだ。中小企業の製造業はマイナス15だが非製造業はマイナス1で、この調査に新型コロナの影響はあまり出ていないと見るべきかもしれない。

3月20日から22日までの連休は東京・渋谷などでも飲食店は混雑しており、外食などの非製造業にはまだまだ深刻さがなかったとみられる。

翌週の週末について小池百合子都知事が外出自粛を求めて以降、飲食店などの売上高は激減している。問題はこうした企業の資金繰りである。

飲食店や小売店などは日々、売り上げが入る「日銭商売」であることから通常、資金繰りに詰まることは少ない。ところが、大企業や製造業などと違って資金繰りのために手元資金を厚くしておくという発想に乏しく、売り上げが激減すると一気に資金ショートしかねない。個人自営業者やフリーランスなども同じだ。

政府は中小企業への現金給付なども検討しているが、4月末の人件費や仕入れ代金の支払いに詰まる企業が出てくることになりかねない。緊急の制度融資を政府系金融機関だけでなく、民間企業にも行わせるようにしたことは大きく、日頃付き合いのある金融機関からの緊急融資の道が開かれたが、何としてもこの資金ショートを回避し、中小零細企業の倒産を救わなければならない。

現金給付は「金融と社会のシステム」を守る手段

新型コロナはいつの日か必ず終息する。そして経済は必ず回復に向かうが、問題はその時に企業が倒産していたり、金融システムが壊れてしまっていたりしないことが重要なのだ。

 

リーマン・ショックの時は金融システムが壊れることで、実体経済が大きく動揺した。今回は実体経済が大きく縮小する中で、金融システムが動揺している。ここで、どんな手を使っても金融システムや社会システムを守り抜く必要がある。システムを壊してしまったら、経済を回復させるのに膨大なコストがかかることになる。

今やらなければならない現金給付は、そうしたシステムを守るためのもので、何よりもスピードが肝心だ。多くの国会議員は、不公平だという国民の怒りを買うと次の選挙に勝てない、という危惧を抱く。だが、今は、所得再分配のために現金給付をするのではなく、現金給付によって経済の崩壊を防ぎ、一定の消費を維持することなのだ。国民の多くは皮膚感覚でそれが分かっているので、全国民一律の現金給付を求める声が大きくなっている。

現時点で一律給付として決まっているのは、4月1日に安倍首相が表明した「布マスクを全世帯に2枚ずつ配る」というものだけだ。政治家たちが「どうすれば公平になるか」という議論をしている間に、事態はどんどん悪くなる。一見正しい行動が、手遅れを招かないことを祈るばかりだ。