現代ビジネスに8月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74827
首相、やる気を示さず
新型コロナウイルスの蔓延による自粛で経済活動が大きく収縮し、企業決算も赤字に陥るところが続出している。ところが、霞が関や永田町を歩いていると、不思議なほどに危機感がない。
「事業規模230兆円、GDP(国内総生産)の4割に上る、世界最大の対策によって雇用と暮らし、そして、日本経済を守り抜いていく」と安倍晋三首相が言うように、政府の対策が奏功して経済の底割れは起きないと見ているのか。あるいは、自分たちのやれることはすべてやっているという自負の表れなのか。
広島と長崎での原爆忌の式典に参列した安倍首相は、およそ50日ぶりとなる記者会見に臨んだが、いずれも十数分の短いもので、質問も事前に幹事社に提出させたもの以外、ほとんど質問に答えずに会見を打ち切った。食い下がって質問しようとした記者を官邸の職員が制止してトラブルになった。
新型コロナへの対応や経済への現状認識、安全保障問題、外交問題など、国民からすれば首相の口から聞きたい話は山ほどあるが、ほとんどまともに答えない。担当大臣が会見している、というのが自らは矢面に立たない理由らしい。
6月、消費は急回復した
なぜ、安倍首相はそこまで安閑としていられるのか。
興味深い統計数字が8月7日、総務省統計局から発表された。6月分の「家計調査」である。
2人以上の世帯の「消費支出(季節調整値、実質)」は4月に前年同月比11.1%減、5月は16.2%減と大きく落ち込んでいたが、6月はマイナス1.2%にまで急速に戻したのである。
6月は、国内外の旅行費用など「教養娯楽」への支出が実質21.2%も減少、交通機関への支出や自家用車関連の支出など「交通・通信」も6.0%落ち込んだ。海外旅行が事実上できなくなっているのに加え、県境を越えた国内の移動にも慎重になった人が多いことを示している。
ところが、一方で、「家具・家事用品」が27.4%増、「住居」が6.5%増と大きく増えたのだ。在宅ワークの広がりでパソコンを購入する人が増えたほか、エアコンやテレビなどへの消費も増加。住宅の設備修繕なども増えている。その結果、トータルで前年同月に比べて1.2%減という微減にとどまったのだ。
なぜ、人々が消費を戻しているのか。その理由を示すさらに興味深い数字がある。同時に発表されている「勤労者世帯の実収入(実質)」という統計数字だ。
4月は0.9%増だったものが、5月には9.8%増、6月には何と15.6%増に急増しているのである。収入が急増しているのだ。内訳を見ると定期収入や賞与などはむしろ減っていて、給与が増えているわけではない。
理由は、政府が配ったひとり一律10万円の定額給付金とみていいだろう。
なんと定額給付金は効果があった
すったもんだの末、4月上旬に決めた定額給付金は、なかなか配布されないなど、当初は不評だったが、5月以降、振り込みが実施された。これが5月、6月の収入増につながったとみられる。6月の可処分所得は18.9%も増えたから、その一部が消費に回ったということだろう。
もちろん、これは全体の統計の話なので、実際には仕事を失って給与が激減し、定額給付金をもらっても収入が減った人たちもいる。だが、大企業などでは残業代は減ったとしても収入が激減するところまでは現状では至っておらず、定額給付金が「余禄」になったと考えられる。
ましてや景気に関係なく給料が支払われる公務員にとっては、丸々「収入増」になったわけだ。
もしかすると、これが、霞が関に危機感がない、大きな理由かもしれない。身につまされる事態に陥るどころか、定額給付金など政府の対策が効果を上げていると感じさせることになっているのではないか。
定額給付金が決まった当初は、職員に受け取り辞退を促す県知事もいたが、批判を浴びて撤回している。収入が激減している人だけでなく、困っていない人にもお金が回ったことを統計は物語っている。
もちろん、それが消費に回れば、経済を下支える効果もあるわけで、定額給付金は政策的に効果があった、という見方もできそうだ。
余った分は株に回ったか
もっとも、実収入が大幅に増えているにもかかわらず、消費はマイナスのままだとすると、その差額はどこに行っているのだろうか。
もしかすると、家計の余剰資金が株式市場に流れ込んでいるから、景気の悪化とは裏腹に株価が底堅いと言えるのかもしれない。
実際、米国では、失業手当を受け取った人たちが、証券投資に参入、それが株高を支えているという見方が出ている。小口の初心者がアプリを使って株取引できる新興ネット証券「ロビンフッド」を使う個人投資家が象徴的だとして、「ロビンフッド族」と呼ばれる。
日本でもそうした個人投資家のお金が流れ込んでいることが株価を下支えしている可能性はある。
日本取引所グループがまとめた「投資主体別売買動向」を見ると、7月は海外投資や事業法人が売り越している中で、個人投資家は買い越している。
楽観していられる状況ではない
問題は、そうした「収入増」が長続きするかどうかだ。
企業業績が大幅に悪化する中で、今後、年末の賞与が大きく削られたり、リストラなどが広がれば、当然、全体の収入も減少に向かうことになる。
5月、6月に定額給付金が配られたのは、様々な支払いができなくなる資金繰り破綻を防ぐ意味で一定の効果があったとみていいだろう。問題は今後、本格的な収入減が表面化した段階で、政府はどんな対策を打つかだ。
ドイツは生活者を守るために、電気料金の引き下げや、消費税率の引き下げなどを行っている。日本がそうした対策に乗り出すのかどうか。
霞が関や永田町の危機感が乏しいことで、先を見据えた議論が後手に回り、対策が遅れることだけは避けなければいけない。