デジタル庁法案を審議する国会の驚くべき「非デジタル化」度 テレワークができず審議ストップも

現代ビジネスに5月6日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82853

オンライン会議可能な部屋は参議院に1つ

デジタル庁を9月1日に新設する「デジタル庁設置法案」はすでに衆議院を通過、5月中にも参議院で可決され成立する見通しだ。日本政府のDX(デジタル・トランスフォーメーション)化を進める菅義偉首相肝いりのプロジェクトだが、それを審議している国会自身の「非デジタル化」度は目を覆うばかりだ。

「英国議会からオンライン審議の参考人として要請されたので事務局に聞いてみたら、オンライン会議ができる部屋は参議院に1つあるだけで、衆議院はゼロという話でした。参議院の部屋は埋まっていたので、自民党本部に唯一あったオンライン会議設備のある部屋を利用しました」

厚生労働大臣を務めた塩崎恭久衆議院議員はこう語る。国会自身のデジタル化の遅れを痛感しているひとりだ。

新型コロナウイルスの蔓延で国会のある東京には3度目の緊急事態宣言が出されたが、期限の11日以降も延長された場合、国会議員はどう行動するのか。

秋までには衆議院総選挙があるため、連休中は選挙区に帰った議員が多い。小池百合子都知事が「東京には来ないでください」と呼びかける中で、国会審議のためには全国から議員が集まってくるという事態になりかねない。

なぜなら、国会にはテレワークをできる設備どころか、制度がまったく整備されていないからだ。

本会議はおろか、委員会すらオンラインで出席することはできないし、ましてや採決を遠隔地から行う仕組みはない。参議院の本会議場は押しボタンで投票できる仕組みは導入されているが、衆議院はいまだに紙に書いて正面の演壇の投票箱まで投票に行く明治以来の仕組みが続いている。よくテレビ中継で見る光景である。

「新型コロナより強烈なウイルスが蔓延するような事があった場合、議員が物理的に集まれず、国会の機能が止まってしまうことも考えられます」と塩崎議員は言う。

議員会館WiFiも未整備

そんな一部の議員が危機感を募らせたことで、ようやくというべきか、自民党内で議論が始まった。

塩崎議員が本部長を務める自民党の「党・政治制度改革実行本部」で国会DXについて、5月中にも提言をまとめる予定だ。第1弾として多くの議員が仕事をしている国会議員会館の「デジタル化」を求めるという。

国会議員には国からパソコンが貸与されているが、議員室からの持ち出しは原則禁止されている。イントラネットに接続されているというのが理由だが、実際にそのイントラネットでしか取れない情報があるのか、ほとんどの議員は知らないのが実情だ。

パソコンのスペックも低く、使い物にならないという理由で、デジタル化が進んでいる議員ほど、貸与パソコンを利用していない。会館のWiFiネットワークも未整備で、議員がそれぞれ通信事業者と契約しているのが現状だ。

第2弾は、議員会館や国会への入館手続きの簡素化を求める予定。霞が関の官僚はマイナンバー一体型の通行証で官庁に出入りできるが議員会館には入れない。いちいち紙の書式に記入して入館手続きをするか、議員事務所が持つ共用の入館証を借りている。一般の入館者も紙に記載して入館証を受け取っている。

これを民間のオフィスビルで使われているようにネットから事前登録し、QRコードを発行、スマホなどに届いたQRコードをかざして入館するように「デジタル化」することができるのではないか、というのだ。

議員会館のデジタル化の他にも課題は多い。国会図書館から議員が資料を取得する場合、今は印刷した「紙」で受け取るが、これをデジタルデータで受け取れないかというのだ。実は、これには著作権法の改正が必要になるとみられていて、党の「知的財産戦略調査会デジタル社会推進知財活用小委員会」に議論を投げている。

また、国会と官庁で使うパソコンソフトがバラバラで、互換性が低いといった問題も課題として取り上げている。余談だが、同じ国会でも衆議院参議院はバラバラに運用されているため、システムや制度が食い違っているものが少なくない。

デジタル庁法案の採決は「紙」?

「本丸」とも言える「国会」のDXについては、議員が国会にも持ち込むことができる「タブレット」を導入、ペーパーレス化を進めることから始めると共に、そのタブレットマイナンバーを使って本人確認をしたうえで「電子投票」できる仕組みを検討することも提言に盛り込む方向だ。さらには非常時も想定して遠隔投票もできる制度に変えるべきだ、という議論も出ている。

参議院だけが行っている押しボタン採決は、新型コロナの影響で本会議場に入る議員数を制限していることもあり、運用が一時停止している。衆参両院とも、タブレットから電子投票できる形にすれば、いくつかの場所に分かれていても投票が可能になる。

もっとも、こうした「国会DX」まで短期間のうちに進むかどうかは心許ない。というのも、国会の制度改革が各党の代表からなる「議員運営委員会」の権限だから。

改革を提言しようとしている「党・政治制度改革実行本部」のメンバーの中にも、国会での電子投票まで踏み込んだ提言を行うことが「越権行為にならないか」と尻込みする議員が少なからずいる。

議員運営委員会の議員の多くは国会運営の駆け引きに長けたベテラン議員が多く、デジタル化とはかけ離れた「伝統的な」国会運営を重んじる傾向が強いからだ。

果たして国会のDXは進むのか。デジタル庁法案の採決を投票用紙で行うとすれば、それこそ漫画だろう。