現代ビジネスに2月24日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92735
また岸田ショック
岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」が、市場の「日本売り」を誘発している。
岸田首相の発言が総論に終始し、実行に移そうとしている「新しい」政策の全体像が見えないため、首相が断片的に語る政策に株式市場は反応している。岸田首相は国会答弁で「投資家の誤解を解く」とも語っているが、海外投資家の疑心暗鬼は募るばかり。潮が引いて行くように日本から資本が逃避しつつある。
岸田氏が首相に就任した2021年10月4日の日経平均株価終値は、2万9794円37銭。これを100とした指数は2月22日終値で93.0。それほど下がっていないように見えるかもしれない。ところが、日経平均株価を金の1グラム当たり小売価格で割った数値、いわば金建ての日経平均株価を同様に比較すると、100だったものが83.3まで下落している。
最近、日本円の実質実効為替レートが50年ぶりの低水準だと報じられて話題になったが、円の価値が下がることで、見た目以上に日経平均株価の価値は下落していると言えるのだ。日本円で取引している日本人が気がつかないところで、岸田首相就任後の日本株は大幅に下落していると言っていい。
就任後、何度か、首相の発言がきっかけで株価が下がり、「岸田ショック」と言われた。就任前の総裁選で掲げた政策集に「金融所得課税の見直しなど『1億円の壁』の打破」と明記されていたが、首相就任後は「先送り」する姿勢を見せた。
1億円の壁とは、富裕層の税負担率が所得1億円をピークに低下している事を指し、その原因が一律20%に止まっている金融所得課税にあるとされている。その課税強化には自民党支持層からも反対の声が根強い。
ところが岸田首相は、国会質疑で「新しい資本主義」を問われると、「利益が株主だけに分配されるのは問題」だと繰り返すため、市場関係者の間では「岸田首相は課税強化を諦めていない」という見方が浮上。その度に株価が下げる展開になった。
四半期開示義務の是非
そんな中、またしても、岸田ショックを引き起こしかねない火種が出てきた。
上場企業に義務付けられている「四半期開示の見直し」だ。岸田首相の昨年10月の所信表明演説、今年1月の施政方針演説にいずれも盛り込まれていたもので、2月18日に開かれた金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループで議論が始まった。
四半期決算の開示については、経営を短期志向にしているとの批判があり、経済界の一部からは開示義務を撤廃すべきだとの主張がかねてからあった。
安倍晋三内閣時の2016年に始まった「未来投資戦略」でも、四半期の義務的開示の是非をするよう明記されたが、金融審議会は2018年に「現時点において四半期開示制度を見直すことは行わない」とする報告書を出した。つまり、決着していた問題を岸田首相が再び持ち出してきたわけである。
2月18日の会合では、事務局からの経緯説明に続いて、法政大学の中野貴之教授から、四半期決算を巡る実証研究の様々な結果について報告があった。委員からは四半期決算が短期思考を助長しているとは言えないとする発言が出て、廃止に賛成意見を述べる委員はほとんどいなかったと報じられている。
グローバルルールに背を向けるのか
確かに、経済界の一部には四半期開示を「義務」ではなく企業の判断に任せるべきだという意見もある。では、義務でなくなったとして、開示を止める企業が相次ぐのかというとそうではない。海外投資家への情報開示を重視する企業は四半期決算を止めるという判断はまずできない。
もちろん、海外の投資家は関係なく、国内投資家だけを相手にするという企業の中には、非開示を選ぶところもあるかもしれない。
しかし、東京証券取引所が行っている市場区分の見直しで、ほとんどの東証1部企業は国際市場である「プライム市場」を希望し、最初から「スタンダード市場でいい」という企業は少なかった。プライム市場から外れれば、インデックスから外れ、投資信託などの買い対象から除外されかねない事を、大半の上場企業は警戒したわけだ。
仮に四半期決算を止めるという選択を企業がした場合、海外投資家に株を買ってもらえなくなる可能性が出てくる。
ワーキング・グループでも廃止に賛成する委員はほとんどいないことから、開示が無くなることはないだろう。仮に選択制になっても、今と実態は変わらないに違いない。
だが、そういった議論が行われることだけで、岸田首相が言う「新しい資本主義」は、グローバルな資本主義のルールに背を向けようとしているのではないか、と言う疑念を生む。
新しい資本主義は結局、社会主義的な反資本主義だ、というメッセージを海外投資家に送ることになれば、そうでなくても退潮傾向にある日本株投資家ら海外投資家が手をひくきっかけになりかねない。