給与の払い方まで政府が決める?岸田内閣はやっぱり「国家統制」がお好き  「日本型の職務給の確立」って何

現代ビジネスに2月5日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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またしても「新しい言葉」

「日本型の職務給の確立」ーー。2023年1月23日に国会で行われた岸田文雄首相の施政方針演説。いまだに実態が分からない「新しい資本主義」の中で、またしても新しい言葉が飛び出してきた。

「新しい資本主義」に関するくだりで、総論、物価高対策に次いで3番目に言及した「構造的な賃上げ」の中で、「日本型の職務給の確立」という言葉が出てきたのだ。日本型の職務給とは何か。

岸田首相は、「人材の獲得競争が激化する中、従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務です」と述べている。

つまり日本企業で一般的な年功序列型の賃金ではなく、「スキルが適正に評価され、賃上げに反映される」のが日本型の職務給だと言っているのだが、どこが「日本型」なのか、それ以上の具体的言及はなかった。専門家の多くも、「いったいどんな仕組みを想定しているのかまったく分からない」と語る。

一般に日本は「職能給」が中心だとされる。職能給は、従業員の職務遂行能力を基準とした賃金とされ、職務に対する知識や経験、技能といった「能力」が基準になる。同じ仕事をしていても経験が上の先輩の方が給与が高いのはこのためで、日本型の年功序列の基本になってきた。

一方の「職務給」は、仕事の中味に応じて支払う給与で、その仕事の難易度や責任の重さを基準に給与が決まる。それぞれの社員の役割分担が明確になっている欧米企業の場合、職務給が中心だと考えられている。いわゆるジョブ・ディスクリプションが明確で、それに応じて給与が決まっているわけだ。

「構造的に」無理

日本でも雇用制度改革の議論の中で、「メンバーシップ型」「ジョブ型」といった分類が定着しているが、前者は職能給中心、後者は職務給中心といったことになる。

メンバーシップ型の働き方による職能給中心の日本のシステムは、経済全体が成長している中では機能していた。年功序列でいずれ給与が上がっていくと思えば、若い世代も安月給に甘んじてキツい仕事をこなしてきた。

ところが、経済成長が止まり、将来展望どころか、現在の給与水準も停滞する中で、もはや「日本型の年功序列・終身雇用は維持できない」という言葉が、新型コロナウイルス蔓延前から、伝統的日本企業の経営者の口から出るようになっていた。岸田首相は職能給中心のこれまでの日本企業の仕組みでは「構造的な賃上げ」を実現するのは無理だ、と言っているのだ。この認識は間違っていない。

だが、岸田首相が言う「職務給」の前に付く「日本型の」というのはどういうものだろうか。そこはまったく判然としない。欧米のような仕事に応じた職務給ではなく、職能給との折衷ということなのか。あるいは高齢社員は職能給を維持して若者だけ職務給にするとでもいうのか。

職務給にした場合、ただ勤続年数が長ければ給与が増えるということにはならない。どんな仕事についているかで給与が決まるから、いくら能力が高いと見られていても、仕事を当てがわれなければ給与は上がらない。つまり、中心的なポストから外れた高齢社員は、おそらく現状よりも給与が下がる。「構造的な賃上げ」どころの話ではないのだ。

もちろん、日本の労働市場の「構造」問題を考えれば、終身雇用の前提で若者の賃金を本来の「職務給」水準よりも低く設定している。だからこそ、伝統的日本企業に入社してそれなりに仕事ができるようになった入社7〜8年目でどんどん外資系企業に移っていく。特に優秀な若手社員の流出が止まらないというのが今の日本の現象だ。

だが、若手社員に外資系並みに高い給与を払おうと思えば、高齢社員の給与を引き下げるしかなくなる。これが構造問題を解決しようと思った場合の結果だろう。

政府が口を挟むのが「新しい資本主義」

そんな事は厚生労働省の役人は百も承知だろう。だからこそ、高齢社員から不満が噴出しないような仕組みを考えなければ、と思っているのだろう。しかし、そんな見事な方策など見つかるわけもない。岸田首相は「本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルをお示しします」と演説のこの部分を結んでいる。

期限を先に切って、自らの考えは言わない、いつもながらの「岸田流」だ。これでは具体的な首相の考えが分からないから、国会で議論が起きるはずもない。つまり、6月に示すまで議論しない「モラトリアム」期間を設定しているようなものなのだ。

だが、民間企業の給与を政府の法律で縛る事はできない。それを感じた官僚たちが苦肉の策として付け加えたのが「導入方法の類型化」と「モデルを示す」事なのだろう。しかし、それで構造的な賃上げに結びつくのだろうか。

そもそも、給与システムの導入方法を示すのが政府の仕事なのか。企業は政府に給与はこう払え、と言われたら、唯々諾諾、それに従って給与の払い方を変えるのだろうか。あるいは、政府が示す「日本型の職務給」を導入したところには、またまた補助金を出すとでも言うのだろうか。

岸田内閣は2022年6月の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で「労働移動を促進する」ことで賃上げを目指すと言っていた。ところが、市場機能を働かせることに背を向け続け、巨額の補助金を出すことで、市場をコントロールしようと試みているようにも見える。企業の給与の払い方、というまさに労働市場での市場機能を大きく左右するところにまで、政府が口を挟むのが「新しい資本主義」ということなのだろうか。