アベノミクスは失敗したのか 「経済好循環」は今が正念場

日経ビジネスオンラインに8月3日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/080200082/

 日銀が目標としてきた「2%」の物価上昇の達成メドが立たなくなったことで、「アベノミクスは失敗した」という声が強まっている。日本銀行は7月31日に金融政策決定会合で金融緩和策の修正を決めた。本当に、アベノミクスは「終わった」のか?

 日本銀行は7月31日に金融政策決定会合を開き、金融緩和策の修正を決めた。長期金利を「0%程度」としている政策の大枠は維持しつつ、長期金利の上昇を「0.2%程度」まで容認するのが柱で、黒田東彦総裁は「金融緩和の持続性を強化するため」だと狙いを説明している。

 背景には日銀が目標としてきた「2%」の物価上昇がなかなか達成できないことがある。2013年に黒田総裁が就任するや否や「異次元緩和」と呼ばれた大胆な金融緩和に踏み出し、マネタリーベースを2倍にして、2年で2%の物価上昇を達成するとした。

 ところがデフレ圧力は強く、物価はなかなか上昇しなかった。2%の目標は掲げたまま、達成年限を何度も先送りしてきた。

 今回、日銀は、消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)の見通しを、2019年度は4月時点の1.8%から1.5%に、20年度は1.8%から1.6%に引き下げた。この結果、目標の2%には20年度も届かないことがはっきりしたことになる。日銀は今後も長期にわたって金融緩和を継続せざるを得ず、その副作用を緩和するために長期金利の上昇容認に動いたとみられる。

 2%の物価安定目標への到達メドが立たなくなったことで、「アベノミクスは失敗した」という声が再び高まりそうだ。デフレからの脱却を掲げた大胆な金融緩和は、日銀による大量の国債購入やETF(上場投資信託)を通じた株式の買い上げにつながり大きく市場を歪めた。マイナス金利によって金融機関の経営も一段と厳しさを増しているだけで、物価は一向に上がらない、というわけだ。

 今回、日銀がETFの購入方法などを見直す方針を示したのも、そうした副作用への配慮がある。

 では本当にアベノミクスは失敗に終わったのだろうか。

 安倍晋三首相は2012年末の第2次安倍内閣発足以降、繰り返し「経済好循環」を掲げている。大規模な金融緩和によって円高が修正され、輸出企業を中心に企業業績が大きく回復、企業がその利益を取引先や従業員に「還元」していくことで、消費が盛り上がり、再び企業収益を押し上げていく。消費が盛り上がれば物価も徐々に上がり始める。そんな「好循環」の構図を描いてきた。

 その「好循環」を実現するために、安倍首相は異例の「口先介入」を行ってきた。経済界に対して「賃上げ」を求め続けてきたのだ。自民党の首相がまるで労働組合の肩を持つようなことをしてきたわけだ。結果、5年連続でベースアップが実現した。もちろん、企業業績の好調や深刻な人手不足が背景にあるが、安倍首相の「口先介入」も経団連企業を動かす大きな要因になってきた。

 特に2018年の春闘では、安倍首相は「3%の賃上げ」を経済界に求めた。ベースアップや定期昇給だけで「3%」に達した企業は少数だが、ボーナスまで含めた年収ベースでは多くの企業で「3%の賃上げ」が実現した。

 好調な企業収益を従業員に分配するところまでは来たが、問題はそれが「消費」に結び付くかどうかだ。日本のGDPの6割は個人消費なので、消費に火がつかなければ景気は本当の意味で回復しない。

 2018年1〜3月期のGDP国内総生産)は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.2%減と、9四半期(2年3カ月)ぶりにマイナス成長となった。天候不順による野菜価格高騰の影響などで個人消費が落ち込んだことが響いた。また、企業の設備投資も振るわなかったことがマイナス成長の要因だった。

アベノミクスの成果が一気に雲散霧消する危険性
 いつになったら消費は回復してくるのだろうか。

 明るさが見える統計数字が発表された。日本百貨店協会が7月24日に発表した6月の全国百貨店売上高概況である。店舗調整後の総売上高は前年同月比3.1%増と大幅に増加、2017年9月の4.4%増以来の高い伸びとなった。

 中でも百貨店がこのところ苦戦していた「衣料品」が4.3%増と高い伸びになったのが目を引いた。これは消費税導入による「反動減の反動」があった2015年4月の9.9%増以来の高い伸びだ。

 もしかすると、この衣料品の伸びは「経済好循環」が消費にたどり着いた結果かもしれない。4月以降の賃上げや6月支給のボーナスの増加が、消費に結びついたのではないか、そんな期待を抱かせる。というのも「紳士服・用品」の伸びが5.5%増と高かったのである。婦人服の4.7%増や子供服の5.1%を上回ったのは久しぶりのこと。女性の小物や子供服から始まる消費が、男性の背広にたどり着いたのは「賃上げ」の効果と言えるかもしれない。こうした消費の伸びによって4−6月のGDPはプラス成長になるとの見方が多い。

 問題は7−9月期も成長を維持できるかどうかだ。

 7月は大雨や猛暑など全国的な天候不順の影響で百貨店の売上高は再び前年同月比マイナスに陥った模様だ。消費に力強さが出てこないと、本格的な「経済好循環」は望めない。

 もう1つ、消費にプラスの効果をもたらす可能性があるポイントがある。厚生年金の保険料率の上昇が昨年9月で頭打ちになったことだ。2004年の法律改正で、厚生年金の保険料率は2005年から毎年9月に引き上げられてきた。2004年9月に13.58%(半分は会社負担)だった保険料率は、それ以降、毎年0.354%ずつ引き上げられ、2017年9月には18.3%になった。

 2004年と比べると、13年で4.72%も上昇。仮に基準となる給与が年400万円だとすると、会社負担分と合わせて19万円近く上昇したのである。当然、その分、可処分所得が目減りしてきたわけだし、会社は何もしなくても社会保険料負担が増えるので、賃上げや人員採用をためらってきた。それが昨年秋で「頭打ち」になったのである。可処分所得の減少が止まれば、消費も底入れしてくる可能性がある。

 財務省が公表している「国民負担率」を使って国民所得から逆算すると、社会保険料の負担は2004年度の52兆1800億円から2015年度の66兆9800億円へと、14兆8000億円も増えた。消費税率1%の引き上げで2兆数千億円の税収増に当たるとされるので、消費税6〜7%分の負担が知らず知らずの間に増えていたわけだ。消費が盛り上がらなかったのは当然だったとも言える。

 2019年10月には消費増税が控えている。あと1年あまりだ。増税が迫れば駆け込み需要も期待できるが、一方で、その後の「反動減」も予想される。現状の消費が盛り上がらないまま消費増税に突入すれば、またしても消費が腰折れし、再びデフレの泥沼に迷い込むことになりかねない。

 消費増税後には2020年の東京オリンピックパラリンピックが控えており、訪日外国人による「超過消費」が期待できる。旅行で日本を訪れる外国人は免税手続きで買い物をするので、消費増税の影響は軽微だ。2018年6月時点でも百貨店売上高の5.8%を免税売上高、つまり訪日外国人によるインバウンド消費が占めている。この割合はさらに高まるだろう。

 だが、インバウンド消費があるから増税しても影響は軽微とは言い切れない。日本国内の消費が落ち込めば、「経済好循環」は振り出しに戻ってしまう。

 政府は「消費税還元セール」の解禁や、増税後の経済対策などで、増税の影響を小さくしようと知恵を絞っている。だが、問題は増税しても消費が腰折れしないだけの消費の「勢い」を、増税前にどれだけ作っておけるかにかかっている。むしろ、増税前の経済対策こそ必要だろう。

 あるいは、増税前に思ったほど消費が盛り上がらなかった場合、消費増税を撤回することも必要になるかもしれない。増税ありきで景気を失速させれば5年にわたるアベノミクスの成果が一気に雲散霧消する危険性をはらんでいる。