現代ビジネスに7月30日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.media/articles/-/97988
端緒はコンサルの受託収賄疑惑
ついに東京オリンピック(東京五輪)を巡る「疑惑」に捜査のメスが入った。東京地検特捜部は7月26日、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の高橋治之元理事の会社兼自宅を家宅捜索、関係先として広告大手「電通」の本社も捜索した。また、高橋氏本人に任意で事情聴取も行ったと報じられた。
高橋元理事が代表を務めるコンサルタント会社が、大会スポンサーだった紳士服大手「AOKIホールディングス」(横浜市)から計約4500万円を受け取っていた事で、受託収賄の疑いがかけられている。大会組織委員会の理事は「みなし公務員」で、五輪業務に便宜を図る目的で金品を受け取った場合、受託収賄罪が成立する。
報道によると、高橋元理事が代表を務める「コモンズ」(東京都世田谷区)が2017年秋に紳士服大手のAOKIホールディングスとコンサル契約を締結。2021年夏の大会閉幕までに計約4500万円を受領していた。特捜部は、高橋元理事が理事の職務に関してAOKI側から依頼を受け、コンサル料の名目で賄賂を受け取った疑いがあるとみている模様だ。高橋元理事はメディア各社の取材に対して、「(受領した金は)五輪とは関係ない。働きかけはしていない」と疑惑を否定している。
高橋理事は電通の元専務で、スポーツビジネスに長く携わり、FIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)や内外の政治家などに幅広い人脈を持ち、スポーツビジネス界のドンとも言われてきた。
筆者は新聞社のスイス・チューリヒ支局長時代、FIFAとの交渉にやってきた高橋氏とチューリヒ市内で会った事がある。サッカー・ワールドカップ(W杯)の2006年ドイツ大会に向けた時期だったが、その前の2002年に行われた日韓W杯を、スイスに単身乗り込んで当時のブラッターFIFA会長と直談判の上、誘致した武勇伝で知られていた。
一方で、当時のFIFAやIOCは様々な金銭疑惑や不祥事が続いており、カネの話題に事欠かなかった。
高橋治之氏の役回り
高橋氏はその後、東京オリンピックも、招致活動の段階から深く関与した。日本オリンピック委員会(JOC)の会長だった竹田恒和氏とは慶応大学の同級生で、竹田氏が「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」の理事長になると、電通との間で「スポンサー集め専任代理店」契約を結んだ。東京への誘致には成功したものの、招致活動に高額の経費がかかったとしてメディアから追求されたが、一部の経理書類が紛失するなど全貌は明らかにならなかった。
そんな中、2016年にフランスの検察当局が、国際陸上競技連盟の会長だったセネガル人、ラミーヌ・ディアック氏の息子関係する会社の口座に招致委が多額の資金を送金していたことを公表。この会社を推薦したのが高橋氏だったとも報じられた。また、フランス当局の捜査が竹田会長に及ぶのではないかという見方も出る中、2019年に竹田氏はJOC会長を任期満了で退任、IOC委員も辞任した。
さらに、2020年にはロイター通信が、オリンピック招致を巡って高橋氏自身が招致委員会から820万ドル相当の資金を受け取ってIOC委員にロビー活動を行っていたとも報じられた。しかし、いずれも、これまでは疑惑にとどまっていた。
今回の特捜部の捜査がAOKIと高橋氏の問題だけで終わるのか、電通までも巻き込んだ疑惑解明に進むのかは分からない。だが、いずれにせよ、五輪を巡る疑惑が立件されるとすれば、世界が注目した巨大祭典だっただけに、日本の不透明な体質に改めて批判の目が向けられることになりかねない。
日本自体のガバナンス問題
日本では国連が旗を振るSDGsに注目が集まっている。環境問題などに関心の中心があるが、実は欧米先進国ではSDGsはあまり定着していない。似た概念でESG(環境・社会・ガバナンス)という言葉が使われるケースが圧倒的に多い。
欧米ではESGは投資をする際の基準としてスタートしたが、投資だけではなく、政府が出資したり、国際的に資金を拠出した場合などでも強調されるようになっている。世界から資金を集めようとした場合、中でも「G」つまり、ガバナンスのあり方が厳しく問われるようになっている。発展途上国での贈収賄や不正、人権問題への追及がかつてより激しくなり、国際問題化するようになっているのは、社会全体でESGへの関心が高まっている事が背景にある。
そんな中で日本は、様々な場所での不正、ガバナンス不全が明らかになっている。企業不正の表面化は後を立たず、大学など学校法人でもガバナンスの欠如により事件が起きた。ここへ来て、国際的に圧倒的な知名度の五輪大会でも不正がまかり通っていたとなると、日本の国際的な信用は大きく毀損することになる。
国際社会の日本のガバナンスに対する信頼が損なわれれば、今後、大規模な国際イベントを招致した場合、世界からスポンサーなどの資金が集まらず、そっぽを向かれることになりかねない。
今回の事件の捜査の行方は、高橋元理事という一個人を巡る疑惑の追及にとどまらず、日本社会がこうした不正に厳正に対処していけるかどうかを国際社会に示すことになるだろう。