絶対に「減税」はやりたくない…岸田首相が「ガソリン補助金」にこだわり続ける"危険すぎる理由" 「政府は市場に勝てる」と思っているのではないか

プレジデントオンラインに7月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/60026

補助金がなければガソリンは200円を超えている

ガソリンの高値が続いている。いよいよ夏の行楽シーズンの到来だが、愛車を満タンにするだけで1万円札が飛んでいく。日々の生活に車が不可欠な人にとっては、さらに負担は重い。賃金が増えない中でどこから資金を捻出するか。値上がりしているのは、電気代もガス代も食料品も軒並みである。

それでも今のガソリン価格は、政府が巨額の補助金を投じて必死に価格を抑えている結果だ。石油情報センターの調査では、7月19日時点でレギュラーガソリンは1リットル当たり171.4円。3週連続で値下がりしているものの、経済産業省が1リットルあたり36.6円の補助金石油元売会社に出しており、実態としては、依然として200円を超えている。

世界経済の減速懸念から原油の国際価格は若干下落傾向にあるとはいえ、為替の円安が進んでいることもあって、国内ガソリン価格が早期に下落する見込みは立っていない。経産省補助金も膨らむ一方で、いつまで政府が価格を抑え続けられるのか。「出口」がまったく見えなくなってきた。

膨れ上がる補助金…総額1兆6000億円を投じることに

岸田文雄内閣が石油元売会社への補助金を出し始めたのは、今年1月27日から。当初は1リットルあたり5円を支給していた。その予算は2021年度の補正予算から800億円が充てられた。しかし、その後、ウクライナ戦争が始まったこともあり原油価格は高騰。経産省補助金を3月10日から25円に引き上げた。昨年度の予備費から3600億円余りを支出することとした。

岸田首相は4月26日に記者会見に臨み、「総合緊急対策」を公表。その柱の第1として原油価格高騰への対策を掲げた。1兆5000億円を投じて新たな補助制度を設けるとし、補塡ほてんの上限を35円に引き上げて、「仮にガソリン価格が200円を超える事態になっても、市中のガソリンスタンドでの価格は、当面168円程度の水準に抑制します」と大見得を切った。さらに35円を超えて補助が必要になった場合、価格上昇分の2分の1を補助するとした。

この方針を受けて、4月28日からは発動基準は「172円以上」から岸田氏の表明した「168円以上」に下げ、補助額も35円プラス超過分の半額補助に引き上げた。期間は4月末までだったものを、9月末までに延長した。これによって政府は、総額1兆6000億円の巨額の資金を投じることになった。

要は、政府が「市場価格」に対抗して、「公定価格」を貫き通そうとしているわけだ。世界につながっている市場の価格を、政府がカネを注ぎ込むことでコントロールできると思っているのか。本当に政府は市場に勝てるのか。

補助金よりも「揮発油税」の引き下げをすべき

ガソリンを使う消費者の負担を下げたいと思うのなら、真っ先に「揮発油税」を引き下げるべきだったという声は根強い。

ガソリンには1リットル当たり24.3円の揮発油税国税)と4.4円の地方揮発油税が「本則税率」として定められているが、租税特別措置として、さらに25.1円(国税24.3円、地方0.8円)が上乗せされていた。2008年には租税特別措置が廃止されたが、合計金額の53.8円が「当分の間」の暫定税率に据え置かれた。

もともと、ガソリン価格が高騰した時には特別税率の25.1円分を廃止する「トリガー(引き金)条項」が付いていたが、東日本大震災の復興予算を名目にトリガー条項が凍結されている。多くの識者から、これを解除すべきだ、という声が上がったわけだ。

野党の国民民主党は真っ先に、凍結解除による減税を主張。岸田首相が検討するとしたことで、2022年度予算案に賛成した。ところが、岸田首相はその後、まったくトリガー条項の凍結を解除する姿勢を見せずに今日に至っている。

政府が減税よりも補助金にこだわるワケ

トリガー条項の凍結解除による、国と地方の税収減は1年間で計1兆5700億円になると財務省は試算している。すでに補助金への財政負担は半年余りでこの金額を上回っている。にもかかわらず、なぜ政府は、減税ではなく補助金にこだわるのか。

揮発油税は国と地方の一般会計に充てられるため、財務省からすれば使い勝手の良い税源を失いたくない、というのが本音だろう。過去の経緯から暫定税率の上乗せ分はいずれ廃止されるのが本来だったはずで、いったんトリガー条項でその分を減税すると二度と元に戻せなくなる、と考えているのだろう。

また、所管の経産省からすれば、補助金を元売会社に出せば、元売りに恩を売る形になり、役所としての権限強化につながる。減税してもその分価格が下がるだけなので、元売りから感謝されることはない。霞が関全体からすれば、予算規模は大きければ大きいほど、予算執行を通じた権限が増す。政治家にとっても話は同じで、補助金で業界に恩を売れば、選挙でも支持を得られる可能性が高まる。まさに、政官業の「鉄のトライアングル」の結束の結果だと言っていい。

今後、仮に原油価格が上昇を続けた場合、補助金なら元売りが手にする金額が増え続けるというメリットもある。減税はいったん引き下げたら、後は石油元売り会社の自助努力で価格を抑えるしかないが、岸田首相はすでに上昇分の半額補助を打ち出している。

補助金の大判振る舞いは、選挙戦略の一環だった

問題はそんな大盤振る舞いをいつまで続けられるか、だ。あくまで緊急事態に対処するための時限的な措置という建前だから、現状の9月末までという期限を守って、補助金を廃止することになるのか。

その場合、仮に今のままの原油価格で推移したとすると、いきなりガソリン価格が35円以上も跳ね上がることになる。当然、政権への批判が噴出することになるだろう。9月末のガソリン価格が200円弱で推移していたら、補助金を止め、トリガー条項を発動させて25.1円の減税に切り替えることもできる。だが、200円を大きく上回っていた場合、減税分だけでは穴埋めできず、補助金を止めれば価格が急騰することになる。そうなると、永遠に「出口」が見えなくなり、原油価格の下落を祈る以外に方法がなくなってしまう。

岸田内閣は、7月の参議院選挙に勝つことを最優先に、いくつもの「出口戦略」を先送りしてきた。4月にガソリンの補助金をぶち上げたのもインフレ対策を強調する選挙戦略の一環だったと見ることもできる。

市場原理を敵視する岸田政権

さらに、企業が余剰人材を解雇せずに抱えさせる「雇用調整助成金」の期限も6月末から9月末に延長されている。新型コロナウイルス蔓延で経済が凍りついたタイミングでは、雇用調整助成金の効果は大きかったが、長く続ければ「麻薬状態」になり、本来必要な労働移動を疎外してしまう。にもかかわらず、「出口」を先送りしてきたのだ。世界的なインフレと円安によって輸入物価が猛烈に上昇する中で、雇用調整助成金を打ち切れば、一気に失業者が増える懸念もある。

岸田首相は就任前の総裁選時から「新自由主義的政策は取らない」と言い、「新しい資本主義」を標語として掲げてきた。何を具体的に実行しようとしているのかは、いまだに分からないが、どうも「市場原理」を敵視しているように見える。ガソリン市場にせよ、労働市場にせよ、政府がコントロールできると考えているのではないか。

だが、赤字財政の中で膨大な予算を使い続ければ、結局は日本の国力が低下し、円はどんどん弱くなる。するとさらに輸入原油の円建て価格は上昇し、ガソリン価格は上がっていく。そんな負の連鎖につながっていくことになりかねないだろう。