これで「第2の田中理事長」は防げるのか?「ガバナンス改革」の大幅後退 文科省報告書は軒並み「先送り」ばかり

現代ビジネスに4月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93978

日大・田中前理事長裁判は終わったが

日本大学の田中英寿前理事長に、懲役1年、執行猶予3年、罰金1300万円の有罪判決が下った。医療法人の前理事長らから受け取ったリベートなど約1億1800万円の所得を隠した所得税法違反である。日本最大規模の学校法人を牛耳り、捜査関係者から「疑惑のデパート」と揶揄されてきた田中前理事長が遂に罪に問われることになった。

東京地裁の判決で、裁判長は「国内最大規模の学校法人の理事長がみずから主導して大学の関係業者から謝礼の趣旨で多額の現金を受け取っていた。現金は自宅で保管し所得から除外して確定申告するよう妻に指示していて、単純だが大胆な手口だ」と厳しく指摘した。

だが、今回の判決は、日本大学の理事長という立場を利用して出入り業者などから現金を受け取ったこと自体が裁かれたわけではない。あくまで所得として申告しなかった「脱税」が裁かれたもので、しかも執行猶予付きの判決だった。実刑を免れた田中前理事長は控訴しない意向だと報じられている。

日本大学は前理事長との「決別」を現理事長兼学長が宣言したものの、その学長が就任祝いとして高級背広を前理事長から受け取っていたことが明らかになった。日大は近く弁護士らによる委員会が再発防止の観点からガバナンス体制を抜本的に見直すなど施策を公表、文科省に報告することになっている。果たしてどんな体制への移行を示し、ガバナンス体制を刷新するのか。

だれが理事長を選任するか未だ不明

この事件の発覚と相前後するように文科省で学校法人のガバナンスのあり方を見直す法改正が議論されてきた。7月には文科省に「学校法人ガバナンス改革会議」が立ち上がったが、そのタイミングで日大事件が発覚、理事が逮捕される事態になった。

改革会議はガバナンスの専門家で構成され、財団法人や社会福祉法人などと同じ仕組みの導入を昨年末に提言したが、学校法人経営者らが反発。これを受けた文科省が「学校法人制度改革特別委員会」を新たに設置、議論をやり直していた。自らの審議会が出した提言を反故にして再度別の審議会を立ち上げるというのは前代未聞で、文科官僚がいかに大学経営者らに頭が上がらないかを示した。

その特別委員会の報告書が、田中判決とほぼ同じタイミングで出てきたのである。新聞各紙は「学校法人改革、評議員会のチェック機能強化」としたが、昨年末の提言からは大きく後退する内容となった。

問題は、この特別委員会報告書の提言案に沿った法改正が行われたとして、日大の田中前理事長のような「理事長独裁」「独断暴走」を避けられるようになるかどうかだ。

ガバナンスの要諦は権力を握る人の選定方法を透明化し、その人の監督を行い、暴走した場合、クビにできるかどうかだ。今回の報告書では、これがまったく明確ではない。

理事長を理事会で選ぶべきだとはしているが、理事をどうやって選ぶのか、明確にしていない。報告書では「理事の選任機関として、評議員会その他の機関(評議員会、理事会のほか、役員選考会議、設立団体、選挙実施機関など任意に置かれる機関を含む。)を寄附行為(=定款)で明確に定めるよう法的に措置すべきである」とされていて、誰が理事を選ぶのか明言するのを避けている。

財団法人などは評議員会の議決で理事を選定しているが、これにあくまで抵抗する内容になっている。閣議決定で「他の公益法人と同等のガバナンス」を導入するとされたにもかかわらず、「学校法人は特殊だ」という理屈で、「緩い」ガバナンスが許容されることになるのだろうか。

報告書の通りならば、理事を、理事長が圧倒的な力を持つ「理事会」で選ぶこともできるし、理事長が指名した「役員選考会議」で選ぶこともできる。設立団体が選んでも、選挙で選んでも、構わないと書かれている。つまり、「現状通り」ということだ。

理事会が相互監督すると言っても理事長に事実上選ばれた理事が、理事長を解任できるはずはない。まさに日大で起きたことが繰り返される可能性がある。

大学経営者の声に弱い文科省

評議員会を監督機関として機能させるため、これまで理事による評議員の兼務を認めていたものを兼職禁止とすることが盛り込まれている。財団法人などの評議員会はもともと執行機関である理事会を監督するために設けられているので、当たり前のことだが、学校法人改革としては一歩前進だろう。

ただし、一部の学校法人経営者からは、評議員会を従来どおり「諮問機関」と明示せよという異論が出ている。諮問機関ならば議決機関ではないので、理事会は意見を聞けば済む。今後、報告書はパブリックコメントに付されるそうなので、学校法人経営者が大量の意見を出して、さらに後退させることになるのかもしれない。

報告書には繰り返し「ガバナンス構造の現代化」という言葉が出てくる。つまり、現状のガバナンス構造が時代遅れだと認めているわけだ。にもかかわらず、今回の報告書は他の公益法人にまったく追いつかないガバナンス体制を提言している。

大学など学校法人は、他の財団などに比べてより公益性、公共性が高い組織である。現状、権限を持つ人々が居心地が良い制度改革でお茶を濁せば、将来に大きな禍根を残すに違いない。