国家公務員給与大幅引き上げへ!? 借金してまでの賃上げで本当に経済好循環が始まるのだろうか

現代ビジネスに1月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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「国家公務員の賃金引き上げ」をすべり込ませる

1月23日に国会で行われた岸田文雄首相の施政方針演説の中に驚くべきひと言が含まれていた。「構造的な賃上げ」というくだりだ。「まずは、足下で、物価上昇を超える賃上げが必要です」というのは岸田首相が繰り返し主張してきた「分配」すれば経済の好循環が始まるという話で、庶民からしても物価が上がり続ける中で賃上げしてくれるならこんな助かる事はない。「おや」と思ったのはそれに続く次の言葉だ。

「政府は、経済成長のための投資と改革に、全力を挙げます。公的セクターや、政府調達に参加する企業で働く方の賃金を引き上げます」

意図的なのか、文章としてはつながりが悪く、「政府は」がどこまで掛かるのか、判然としないが、政府が「投資と改革に全力を挙げる」のは当たり前の話として、それに続く一文である。突如「公的セクター」という言葉が出てくるのだ。意図的に様々な言葉をはさんでわかりにくくしている感じだが、余計な言葉を削ぎ落とせばこうなるのではないか。

「政府は、公的セクターで働く方の賃金を引き上げます」

そもそも政府の文章で「公的セクター」という言う言葉はあまりお目にかからない。だから余計に耳に残ったのである。かつてバブルの惨禍である銀行の不良債権を処理する過程でさんざん「公的資金」という言葉が使われたことがあったが、要は国の財政、つまり税金で銀行の損失を穴埋めするという話だった。同じような臭いを感じたのだ。

「公的」というのが何を指すのか。本当は「国家公務員」と言いたいのではないか。つまり、施政方針演説という「政府の大方針」の中に、さらっと「公務員の賃金引き上げ」をすべり込ませたのではないか。

「政府としても、最低賃金の引上げ、公的セクターで働く労働者や政府調達に参加する企業の労働者の賃金について、インフレ率を超える賃上げが確保されることを目指します」

もちろん、同じ発言でも、記者会見で語るのと、施政方針演説で表明するのとではまったく意味が違う。国会演説での首相の発言は公式な方針である。官僚機構はこれに従って、法案作成などの作業に入る。それが、記者会見よりも曖昧な、余計な言葉にないまぜにした表現に変わっていたのは、国家公務員の給与を引き上げると明言した場合、国民の反発を受けると考えたからだろう。

民間企業より先に

国家公務員の賃金は、毎年8月に出される「人事院勧告」を基に政府が給与法などの改正案を秋の臨時国会に提出。その通過を受けて1月から給与の調整が行われる。公務員人件費の増減は「民間企業並み」というのが原則で、人事院は、民間給与の動向を調査した上で、引き上げ率などを決め、政府に「勧告」することになっている。

民間の給与が上がらなければ国家公務員の給与は引き上げられないというのが「大原則」だったのだが、岸田首相が施政方針で公務員の賃上げを語ることで、おそらく、これまでの「大原則」を見直す動きが出てくるのだろう。つまり、民間よりも先に物価上昇以上の賃上げに政府が踏み切る可能性が出てきたのだ。

人事院が政府に「勧告」できるのは、政府から中立であるというのが建前だ。国家公務員にはストライキなど労働争議を行う権利がないため、政治から独立した中立機関で原案を作るというわけだ。圧倒的に霞が関官僚の影響力が強いが、人事院のトップである総裁には民間人を据えて中立色をアピールしている。現在はコンサルティング・ファームで長年勤務し、早稲田大学の教授に転じた川本裕子氏が務めている。その川本総裁が、政府の方針に従って、公務員の大幅賃上げを主張するのかどうか。

そもそも岸田首相の言う、賃上げをすれば経済好循環が始まるというのは本当なのだろうか。もともと首相就任時から「分配優先」を掲げてきた。アベノミクスは経済成長をもたらしたが、分配が不十分で格差が拡大した、だからそうした「新自由主義的政策は取らない」というのが岸田首相の当初からの方針だった。

もちろん、経営者はインフレが進む中で、賃上げしなければ従業員の生活が困窮するのは分かっている。何とか政府の賃上げ要請に答えようとしているが、賃上げすれば利益が上がると考えている経営者はほとんどいない。企業が賃上げに踏み切れるのは、業績が好調で収益が上がり、それを従業員に還元するというのが本来の順序である。つまり、経済成長がなければ、賃上げは起きないのが普通なのだ。

国家公務員賃上げの先の不安

民間企業がなかなかインフレ率を上回る賃上げができずにいる中で、岸田首相の言う「賃上げによる経済好循環のスタート」を根拠に、国家公務員の賃上げを優先した場合、本当に経済にプラスになるのだろうか。

確かに国家公務員の給与を引き上げれば、消費に向かうおカネは増えるかもしれない。一見、それをきっかけに好循環が始まりそうにも思える。だが国家公務員のほとんどは金銭的利益を生み出すために仕事をしているわけではないから、賃上げ分は国家財政から支出することになる。いずれそれは増税という形で民間企業や民間人を圧迫することになり、民間消費にはむしろマイナスになる。

いやいや増税ではなく、国債発行でいけばいい、という人もいるだろう。だが、財政に余裕のある国ではないから、ますます国の借金が積み重なることになる。最近は、日銀が国債を買うから大丈夫だという理屈がまかり通っているが、いずれそのツケは回ってくる。

だが、1920年当初は、多くのドイツ国民はそんなハイパーインフレが自分たちを襲うとは感じていなかった。とくに国家公務員に対してはインフレに見合う賃上げが行われていた。もちろん、その賃上げは紙幣を擦って配っていたものだった。

今、岸田首相が考えている国家公務員の賃上げは、同じような結果をもたらすのではないか。そう危惧するのは筆者だけではないだろう。