プレジデントオンラインに5月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://president.jp/articles/-/69905
楽天銀行を上場させて資金調達をしたばかり
楽天グループが「金食い虫」と化したモバイル事業に悪戦苦闘を迫られている。5月16日には公募増資と第三者割当増資で最大3300億円の資金を調達すると発表。調達資金はモバイル事業の設備投資と社債償還に当てるとしている。
増資で新たに発行する株式は最大5億4690万株に達する。増資前の発行済株式総数の34%に相当する株式が増えることになるため、報道が流れた直後から株式価値の希薄化を懸念した売りに押されて株価は大きく下げた。市場全体は海外投資家の買いで活況を呈し、株価が大幅に上昇したのとは対照的だった。
5月17日に日経平均株価は3万円を突破、その後も上昇し続けて22日には33年ぶりに3万1000円台に乗せた。そんな中で楽天の株価は5月12日の707円から5月18日には606円にまで下落、22日は613円で引けたものの、取引時間中には602円の安値を付けた。
それほど投資家に動揺を与えながらも大型の増資に踏み切らざるを得ないところに、楽天の苦しさが滲み出ている。なりふり構わぬと言ったところだが、つい1カ月前にも市場を使った資金調達をしたばかりだった。子会社の楽天銀行を東証のプライム市場に上場、保有株の一部を売却して717億円を調達した。これも携帯電話の基地局整備などに当てられる。
携帯事業は1026億円の赤字
こうして調達を繰り返している資金も、砂漠に水を撒くように消えていく。2023年12月期は3000億円の設備投資を予定しているほか、今後3年間で9000億円の社債償還が控える。それだけではない。さらに毎年巨額の赤字を計上しているからだ。
楽天グループの連結最終損益は、携帯電話サービスを始めた2019年12月期から4期連続で赤字が続いている。2022年12月期は3759億円と最大の赤字を計上した。2023年12月期に入っても赤字が減る気配はない。
5月12日に発表した2023年第1四半期(1~3月)も825億円の赤字だった。携帯事業の契約者数が454万件と前年同期の492万件から大きく減った。データ使用量1ギガバイトまで料金を「0円」とするプランを廃止した影響で解約が増えた。携帯事業は1026億円の赤字を出している。
なぜ、楽天が携帯事業でこんなに苦戦を強いられているのか。もともと、ドコモ、au、ソフトバンクの3社寡占で、楽天が新規参入する余地などなかったのではないか、と見られがちだ。ソフトバンクが携帯事業に参入する際は旧ボーダフォンを買収したにもかかわらず、それでも苦汁を舐める時期が続いた。楽天は一から自前で始めたわけで、そもそも事業として自立するのは無理なのではないか、というわけだ。
楽天にとって不運だったのは「菅首相誕生」
最も楽天にとって「不運」だったのは、総務大臣経験者の菅義偉氏が首相になったことだろう。菅氏は官房長官時代の2018年8月に「携帯料金は今よりも4割程度引き下げる余地がある」と発言、話題になった。同年11月発売の月刊誌に手記を寄せ、「携帯大手の利益率は20%前後に達しており、電気やガスのようなインフラ企業と比較しても利益率が突出して高い。そもそも電波は公共物であり、国民の共有財産。諸外国と比べて格安で電波を用いている企業が過度な利益に走るのは不健全だ」と、大手携帯会社の儲け過ぎを批判したのだ。まさに楽天が携帯電話事業に参入しようとしていたタイミングだった。
寡占状態にある市場に、新規参入を許すことによって競争を加速させ、料金を引き下げていく。これは真っ当な競争政策と言える。当初、楽天が事業参入した際も、使い放題で月額2980円という価格で始めたが、これは3大キャリアの利用料の半額以下の料金プランだった。つまり、当時の価格状況の中では楽天のプランならば十分に戦えると見られていたのだ。
国民にはありがたい「官製値下げ」が災いに
ところが、「4割引き下げ」が持論の菅氏が首相になったことで状況が一変する。首相の強い要請を受ける形で、2020年12月にドコモが格安プラン「ahamo」を発表、auが「povo」、ソフトバンクが「LINEMO」で追随することになり、楽天と同水準まで値下げした格安プランが揃うことになった。政治家の介入による、いわば「官製値下げ」が一気に起きたわけだ。結果的に菅首相の施策が楽天から優位性を奪う結果となったのだ。
総務省の家計調査によると、この「官製値下げ」の効果は鮮明に表れた。2人以上世帯の月平均消費支出で「通信」を見ると、リーマンショック後の2011年の1万1928円から2019年の1万3599円まで8年連続で上昇していたものが、2020年から3年連続の減少となり、2022年には1万2598円になった。2022年は電気代が22.9%も一気に上昇するなど物価上昇が鮮明になったが、その中で通信料は5.2%も減った。家計消費で見る限り、菅首相の言った4割下げには及ばないものの、ピークからの下落率は7.4%に達した。
この国民からすれば、ありがたい「官製値下げ」が、楽天にとっては災いになったと言っていいだろう。
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