またしても証明される!?「分配すれば成長する」のウソ、3%賃上げでも実態は安倍時代より悪い

現代ビジネスに6月8日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/111368

1994年以来の3%超えだが

岸田文雄首相の言う「賃上げ」で生活は豊かになるのか。5月15日に開いた経済財政諮問会議で岸田首相は「今年度、30年ぶりの高い水準となる賃上げを、賃金と物価の安定的な好循環につなげてまいります」の大ミエを切った。確かに連合の調査では、2023年度の平均賃上げ率が3.69%と30年ぶりの高さになった。8月に厚生労働省が公表する民間主要企業の春闘賃上げ率は1994年の3.13%以来の3%超えが確実視されている。

「3%の賃上げ」は安倍晋三内閣時代から掲げながら実現できない「壁」だったので、それを突破した「大成果」と言いたいところだろう。

だが、表面上の賃金上昇が3%を超えたとしても、実際には生活は楽にならないことが鮮明になってきた。このところの激しい物価上昇によって、実質給与は大きく目減りしてしまっているからだ。それが政府が発表する統計数字にもはっきり表れてきた。

6月6日に厚労省が発表した4月の毎月勤労統計(速報)によると、物価上昇分を差し引いた「実質賃金」は1年前に比べて3.0%減少し、13カ月連続のマイナスになった。現金給与総額の増加も1.0%にとどまっており、実質賃金の計算に使う消費者物価の上昇率4.1%に届かなかった。岸田首相が言い続けてきた「物価上昇を上回る賃上げ」は実現できなかったわけだ。

まだ4月なので、春闘の賃上げがすべて反映されていない、と政府は解説しており、5月以降は賃上げ効果がさらに出てくるとする。だが、それ以上に物価上昇が続けば、実質賃金は一向にプラスにはならない。安倍政権時代は賃上げ率こそ3%に届かなかったものの、実質賃金はプラスになっていたから、今の実態は安倍時代よりも悪いことになる。

かなり激しい物価上昇の実態

まして、5月以降も物価上昇が収まる気配がない。総務省が発表した4月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)は3.4%の上昇だった。ところが、生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数では4.1%の上昇。これまで価格上昇が続いてきたエネルギーを除いた方が上昇率が高いという、逆転現象が起きている。

これは政府がエネルギー価格の高騰を抑えるために電気代・ガス代の補助金を出しているため。2023年1月使用分(2月検針分)から「激変緩和措置」として料金が引き下げられている。この効果で、4月の消費者物価の「高熱・水道」費は3.8%下がっており、さらにその中の電気代は9.3%も下落している。これが一般に報道されるエネルギーを含んだ消費者物価指数の伸びを抑える結果になったのだ。

だが、物価上昇の実態はかなり激しい。「生鮮食品を除く食料」は9.0%上昇、中でも「乳卵類」は16.7%も上昇、「穀類」も7.5%、「飲料」も7.3%と大幅に上がっている。「家具・家事用品」は10.0%上昇している。「教養娯楽」も3.1%と大幅に上昇しているのだ。人の動きが活発になったことで、外食や宿泊料も上昇している。

政府が補助金で抑えている電気料金なども、ジワジワと上昇を始める。6月以降はベースになる電気料金の大幅引き上げが認可されているから、補助金分を考慮しても値上がりすることになるだろう。そうなると消費者物価指数の上昇に弾みが付くことになりかねない。

それでも日本銀行植田和男総裁は、2%の物価上昇が持続的・安定的に起きていないとして、大規模金融緩和を続ける姿勢を崩していない。秋以降は物価上昇率が鈍化するとさえ語っている。そうなれば、賃上げ率以下に物価上昇率が収まり、結果的に岸田首相の言う物価上昇を上回る賃上げが実現すると言うことなのだろう。果たして、植田総裁の見込み通りとなり、岸田首相の掲げた施策が実現することになるのか。

消費冷え込みの懸念

岸田首相はまず賃上げを先行的に行うことで、それが消費に結び付き、さらに企業収益を押し上げて、さらなる賃上げに向かうという「構造的賃上げ」を目指している。そのためには何よりもまず「分配」することが先決だとして、企業に賃上げを求めてきたわけだ。大企業を中心に首相の要請に応えたことで、表面上は3%を超える賃上げが実現した。では、それが消費の増加につながっていくのか。

確かに、物価が上昇する分、否が応でも庶民の支払いは増えることになる。食料品の表面的な売り上げも増えるだろう。しかし、実際には消費者は値上がり分を吸収するために、購入量を減らすなど倹約を始めることになる。そうなると表面的には消費金額が増えても、企業の販売数量は伸びずに利益も増えないことになる。

もうひとつ別の統計を見てみよう。総務省が発表する家計調査によると2人以上世帯の4月の消費支出は名目で0.5%減少したが、物価上昇分を差し引いた実質はさらに落ち込みが大きく4.4%の減少になった。実質の消費支出がマイナスになったのは3月に続いて2カ月連続だ。物価の上昇が消費を冷え込ませ始めている懸念が強まってきたのだ。

つまり、分配から始めていくら名目賃金が上がっても、実際に消費に回って企業が潤わなければ景気底上げにはつながらない。もともと分配から始めてもそれが成長にはつながらないと否定的な意見も根強くあった。まずは企業収益が向上することが大事で、分配はその後だというのが多くの企業経営者の言い分だった。

公共事業など政府支出を増やせば景気が良くなる、という20年にわたって続けられた政策も、結局は、景気を底上げする結果にはつながらなかった。

またしても、分配優先の政策は成長につながらずに終わるのか。ここ数カ月の数字が結果を示すことになりそうだ。