だから躍起になってマイナンバーカードを作らせようとする…日本を"デジタル後進国"にした本当の原因 民間ではプラスチックのカードは姿を消しつつあるのに

プレジデントオンラインに8月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/72900

「我が国がデジタル後進国だったことにがく然」

健康保険証とマイナンバーカードを紐付けして「マイナ保険証」に一体化する政府の姿勢がぐらついている。来年秋に現行の健康保険証を廃止するという政府方針に、野党のみならず与党内からも批判の声が上がり、岸田文雄首相はいったん「廃止延期」に含みをもたせるような発言をした。ところが8月4日に開いた記者会見では、不安払拭に努力するとしたうえで、廃止の方針は当面維持する姿勢を示した。なぜ、そこまで健康保険証廃止にこだわるのか。政府のデジタル化が遅れているのは健康保険証のせいなのか。

「なぜデジタル化を急いで進めるのか」。会見で岸田首相自身がこう説明した。

「国民への給付金や各種の支援金における給付の遅れ、感染者情報をファクスで集計することなどによる保健所業務のひっ迫、感染者との接触確認アプリ導入やワクチン接種のシステムにおける混乱。欧米諸国や台湾、シンガポール、インドなどで円滑に進む行政サービスが、我が国では実現できないという現実に直面し、我が国がデジタル後進国だったことにがく然といたしました」

なぜ保険証は廃止で免許証は継続なのか

コロナウイルス蔓延下で行政が後手後手に回ったのは間違いない。だが、保険証を廃止してマイナ保険証を普及させれば、こうした問題は解決するのだろうか。様々な個人情報をマイナンバーカードに紐付けて国が一元管理しなければ、そうした行政のデジタル化は進まないのか。

岸田首相はさらにこう語った。

「私たちのふだんの暮らしでは、免許証やパスポートが、身元確認の役目を果たします。では、顔が見えず、成りすましも簡単なオンラインの世界で、身元確認や本人確認をどうするのでしょうか。その役目を担うのが電子証明書を内蔵しているマイナンバーカードです。それゆえに、マイナンバーカードは『デジタル社会のパスポート』と呼ばれています」

ということは、成りすましを防ぐために保険証をマイナ保険証に切り替えようとしているということなのか。マイナンバーカードは「便利だ」から作った方がいい、というのがこれまでの説明ではなかったか。

本人確認というのなら、真っ先に運転免許証やパスポートと一体化すればいい。運転免許証は紐付ける方針だが、免許証は廃止されない方向だ。なぜ保険証は廃止で免許証は存続なのか、岸田首相の説明では分からない。国政選挙の投票所で本人確認に使えば、成りすましは防げる。その方が重要ではないか。

いきなり紐付けようとしたから大混乱が起きている

そもそもマイナンバー、つまり個人番号は日本に在住している人はすでに全員に割り振られている。日本に在住する外国人も番号を持っている。デジタル化の前提である個人番号は全員に行き渡っているのだ。マイナンバーカードを作るかどうかは任意だが、番号は全員が持っているわけだ。

また、銀行口座を開設する際や既存の口座でもマイナンバーの届出が義務付けられている。つまり、マイナンバーと銀行口座は紐付けられている。税務申告でもマイナンバーを提出することになっていて、すでにかなりの個人情報はデジタルでつながっていると考えていい。ではなぜ、健康保険証の紐付けがうまくいかないのか。

問題は、いきなりマイナンバーカードと健康保険証を紐付けようとしたために、大混乱が生じていることだ。もともと健康保険の加入者からマイナンバーの提出を受けて、健康保険組合などがマイナンバーと保険証番号を並列して保有する作業を先行していれば、こんな混乱は起きなかったに違いない。

霞が関は「普及率向上」に必死で、本来の目的を見失っている

では、なぜそんなに急いで保険証とカードを紐付ける必要があったのか。岸田首相は会見で「なぜ、マイナカードの早期普及が必要か」と自ら問いを掲げ、こう続けた。「それは、多様な公的サービスをデジタル処理するための公的基盤を欠いていたことが、コロナのときのデジタル敗戦の根本的な原因だったと、政府全体で認識したからです」としている。マイナンバーではなく、カードがないから行政サービスができない、というのだ。

今回の混乱について、岸田首相の側近のひとりは、「マイナンバーカードの普及が目的化してしまったことが、今の混乱につながってしまった」と唇をかむ。霞が関の官僚は「目標」が設定されるとその達成に邁進する傾向がある。美徳ではあるが、一方で本来の目的を履き違えることにつながりかねない。今、総務省やデジタル庁が必死になるのは、マイナンバーカードの「普及率」向上であって、本来の目的であるデジタル化による行政コストの削減ではない。

血税から個人に2万円分のポイントを配ってでもカードを作らせようとした愚策を見てもそれがわかる。クレジットカード会社が入会時にポイントを配るのはカードを作ってもらえばカード会社の利益になるからだ。政府はマイナカードを普及させることで、どうやって2万円を回収しようと考えているのか。

通院を「不便」にしてカード取得者を増やす狙い

マイナンバーカードの普及率が焦点であることは、官僚が原稿を用意したであろう岸田首相の会見発言にも表れている。「国民の皆様の御協力によって、8904万枚、普及率は70パーセントを超えています」と胸を張ったのだ。実際には死亡した人の取得枚数もカウントする一方で、人口は最新を使っていたという「粉飾まがい」も表面化した。何しろ普及率を高くすることが大事だからだ。

おそらく、保険証廃止は、マイナンバーカードを普及させるための「切り札」なのだろう。住民票がコンビニで取れるのは便利には違いないが、せいぜい年に何回かの話。市役所に行って取るのと大差ない。ところが病気になるたび、あるいは通院している人なら、月が変わるたびに提示しなければならない健康保険証が廃止されるとなれば、マイナンバーカードを作らざるを得なくなる。つまり、「便利だから」ではなく、「不便になるのは困るから」カードを作る人が出る。政府はそれを狙っているのだろう。

2016年に登録した人のカードが有効期限を迎える

ではなぜ、2024年秋に廃止なのか。

実は、現在のマイナンバーカードには有効期限がある。カード発行から10回目の誕生日を過ぎると使えなくなる。カードが発行され始めたのは2016年1月なので、早ければ2025年1月以降、有効期限が来るカードが出始めるわけだ。更新手続きをしなければ無効になるので、当然、普及率に影響する。せっかく2万ポイントを配って普及率を上げたのに、期限が切れて失効する人が増えては、普及率は再び低下し、これまでの努力が水泡に帰す。だから、マイナンバーカードを「絶対に必要なもの」にしてしまおうということではないか。

そもそも、デジタル化の目的は何だったのだろうか。菅義偉氏が首相としてデジタル庁の設置を推し進めた時のキャッチフレーズは「縦割りを打破する」だった。

コロナ下の帰国に際してはワクチン接種証明などを事前に登録する「Visit Japan Web」が作られた。ひとつのアプリで全てが終わり、縦割り打破になるはずだった。ところが、羽田空港の「検疫」ではアプリに表示された「QRコード」を機械で読み取るのではなく、正常に登録されたことを示す「緑色」をずらっと並んだ係員が「目視」するというなかなかのデジタル後進国ぶりが繰り広げられていた。数が少ない機械を通すと長蛇の列になるのを避けるための「現場対応」だったのだろう。今は、接種証明が不要になって、「検疫」システムはアプリから削除された。

入国の手続きですら「ワンストップ」にはならなかった

「税関」では、デジタル申告よりも、機内で書いた手書きの申告書を渡す方が早く手続きを終えられる、という状態が今でも続いている。

帰国時の「入国審査」は独自のデジタル化が進み、パスポートを読み取り機に置いて顔認証するだけでゲートが開くようになった。便利になったが、結局、検疫(厚労省)、税関(国税庁)、入国審査(法務省)という縦割り対応は変わっていない。ひとつのQRコードで一度に全てが終わるというワンストップには結局ならなかったのだ。さらに最近は、農林水産省が所管する動物検疫や植物検疫も厳しくなった。もちろん空港自体は国土交通省だ。日本の役所の縦割りの縮図である国際空港の姿はデジタル化でも一向に変わっていない。

本来は行政の縦割りを打破し、手続きが効率化するはずだった国のデジタル化。それがいつの間にかカードを普及させないとデジタル化は進まないという不思議な話になっている。そうこうする間に、民間ではプラスチックのカードはどんどん姿を消しつつある。