金1グラム初の1万円超は、金価格上昇ではなく、円価値の劣化 NYの金価格は下落しているのに

現代ビジネスに9月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/115604

国際相場の方向性と大きく乖離

金の国内での小売価格が1グラム当たり初めて1万円の大台に乗せた。8月29日に三菱マテリアル田中貴金属工業の店頭販売価格は1グラム=1万1円となった。その後も上昇を続け8月31日時点では1万95円と最高値を更新し続けている。

ここ数年続いてきた国際的な金価格の上昇の余波かと思いきや、状況は大きく異なっている。ニューヨーク金相場が今年4月に1トロイオンス=2050ドル前後の最高値圏(史上最高値は2020年8月6日の2069.40ドル)を付けるまでは、国内の金価格上昇とほぼ軌を一にしてきたが、ここへきて国際相場の方向性と大きく乖離している。

国際価格が1トロイオンス=1900ドルを一時割り込む中で、国内相場は一気に1グラム=1万円に乗せてきたのだ。国際的に金価格が下落するのと対照的に国内価格は上昇しているわけだ。

NYの金価格が下落している理由は明白だ。米連邦準備制度理事会FRB)が金融引き締めに転じ、その効果から徐々にインフレが収まりつつある。インフレは通貨の価値が下落(モノの価値が上昇)することなので、ドル通貨建ての金価格は上昇してきたわけだが、それが一服してきたということだ。また、金は保有していても金利を生まない。マイナス金利やゼロ金利の時代が終わり、金利が上昇してくるにつれて、金利のつかない金から債券など投資資金が動いていることも、金価格にとってはマイナスに働いている。

金上昇ではなく円下落

そうした国際的な金価格の推移と、日本国内の金価格の推移が大きく乖離し、国内価格だけが大幅に上昇しているのは、金価格が上昇しているというよりも、通貨である円の価値が大きく下落していることを示している。

特に日本国内ではここへきて物価上昇が続いており、インフレが他人事ではなくなってきている。インフレは円の通貨価値の下落だから、円建てで見た金価格は上昇するというわけだ。金の国際価格はドル建てなので、為替が円安になればなるだけ、金価格は上昇することになる。つまり、ドル建ての金価格は下がっても、それ以上に円安が続いているので円建ての金価格は上昇しているわけだ。

金が高くなったと喜んでいるが、実際には円の価値が下落しているのである。

円の価値が大きく下落している背景には、当然のことながら、日本銀行の金融政策と、政府の財政政策が絡んでいる。植田和男総裁は超低金利政策からの出口を模索していると見られるが、実際には金融緩和が継続されている。金利を引き上げたくても引き上げられない状況だと見る識者が増えている。

一方で、物価は上昇が続いている。生鮮食品を除く消費者物価の総合指数は7月に前年同月比3.1%上昇した。1年前の7月もすでに前年同月比で2.4%上昇しており、物価上昇に拍車がかかっている。

政府はこれに対してガソリン価格を抑えるために石油元売会社に補助金を出したり、電力・ガス料金を抑制する助成金を出すなど、必死に物価上昇を抑え込もうとしている。政府が財政支出で価格を抑えているエネルギーを除いた場合の消費者物価指数は前年同月比で4.3%も上昇している。

いわば政府は財政支出で市場機能に抵抗を試みているわけだが、その歪みが金価格に表れていると見ていい。インフレが進む中で金利は引き上げず、財政支出を拡大することで日本政府の財政状態はさらに悪化する。つまり円の通貨価値を毀損する政策を取り続けているわけだ。

今の政策を続けている限り

そうした円の通貨価値の劣化を危惧して富裕層を中心に、円の資産をドルや金に変える動きも続いている。ここ5年ほど富裕層の間では、スイスのプライベートバンクに口座を開いて資産を移す動きが続いていたが、最近ではスイスの口座の資産を金に変える向きも増えているという。絶対的な価値保存には金の信頼性に勝るものはないということだろう。

生命保険会社でもドル建ての年金商品などが圧倒的な売れ筋商品になっているという。将来、ドル建てで年金ももらう仕組みで、仮に猛烈なインフレで円価値の下落が起きたとしても、年金生活が困窮することはない、という考え方だ。富裕層だけでなく、一般の年金商品購入者までが円通貨を見切ることで、さらに円安に拍車がかかるという側面もある。

数年前からあちらこちらの商店街などに「金製品買い取ります」とのぼりを立てた店が目につくようになった。金の指輪などが予想以上の価格になったと喜ぶ高齢者もいる。もちろん、金の円建て価格が上昇すれば、数グラムの金を売却して得られる日本円は増える。それをすぐに使ってしまう、つまり別のモノに変える必要性に迫られているのなら、これも賢い行動だろう。

だが、金を売却して得た円を、金利のつかない銀行預金に置いておくとするならば、円価値の劣化の波をモロに受けることになる。

四半世紀にわたってデフレが続いてきた日本では、多くの国民がインフレの恐怖を知らない。デフレの世の中では通貨をタンス預金して置いても、価値は下がらないどころか、モノの値段が下がって価値が増える。つまり何も行動しないことが正解なのがデフレの時代だ。

一方で、今やってきているインフレの世界は、通貨をそのまま持っていれば、価値がどんどん劣化していく。つまり、通貨の劣化に抵抗するような投資なり、他のモノへの資産転換なり行動をしないと、価値を守ることができない世界なのだ。

政府と日銀が、通貨価値の劣化を容認する今の政策を続けている限り、国内での金価格の上昇は続くことになるだろう。