酪農発祥の歴史を現代につなぐ牛乳の高付加価値化

雑誌Wedge 2023年3月号に掲載された拙稿です。Wedge ONLINEにも掲載されました。ぜひご一読くださいオリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/30248

 

 日本における「酪農」発祥の地はどこか、ご存じだろうか。酪農王国北海道で本格的に始まるはるか昔。江戸時代の享保13年(1728年)、インド原産といわれる白牛3頭を、幕府直轄の牧場で飼い、「白牛酪」という乳製品を作らせたとされる。それが現在の千葉・房総で、「日本酪農発祥の地」を謳っている。

 「岩本正倫という幕府の役人が、当時頻発していた飢饉に備えるために栄養価の高い牛乳に着目したそうで、そうした歴史、物語を引き継いでいこうと考えています」

 

 そう語るのは館山市にある「須藤牧場」の4代目の須藤健太さん(30歳)。代表で3代目の父裕紀さんと共に100頭余りの牛を飼う。曽祖父で初代の源七氏が100年前に3、4頭から始めた酪農を発展させてきた。「酪農発祥の地という歴史がこの地にあったから初代も牛を飼うことを決めたのだと思います」と健太さんは考える。

 だが、そんな日本の酪農に今、危機が迫っている。新型コロナウイルスのまん延の影響で学校給食用など牛乳の消費量が減少、「もっと牛乳を飲みましょう」とテレビカメラの前で政治家が牛乳を飲み干す姿も記憶に新しい。需要減少の一方で、世界的なインフレの影響で輸入飼料や光熱費が大幅に上昇。しかし、生乳の価格は政府の方針の影響を受けるなど、そう簡単には上昇しない。コストを吸収できず、急速に経営を圧迫しているのだ。

「長年進めてきた6次産業化が軌道に乗っていなかったら、立ち行かなくなっていたかもしれません」と健太さん。須藤牧場は10年以上前から高付加価値化に取り組んできた。酪農を1次産業で終わらせず、加工品を作る2次産業や、販売サービスを行う3次産業にも進出、1+2+3で「6次産業」というわけだ。

 須藤牧場がブレークするきっかけになったのはアイスクリーム。「ピュアミルク」のブランドで売り出したアイスを作ったのだ。館山には首都圏から多くの観光客が訪れる。そうした観光客の間で人気を博した。夏ならば放牧場で草を食む牛たちをのんびり眺めることもできる。須藤牧場に立ち寄ってアイスを買っていく人たちが増えていった。牧場の一角に直売所も作った。6次産業化に乗り出したわけだ。

 そうはいっても須藤牧場のウリは1次産業。消費者に訴求するには何よりも「ミルクの味」が重要だと健太さんは言う。須藤牧場ではジャージー牛を飼い、「プレミアムジャージー牛乳」として売り出している。ジャージー牛のミルクはコクがあり風味も豊かなので味は抜群だが、牛の出す乳の量がホルスタインに比べて格段に少ない。前述のように共同出荷する場合の価格は決まっているから、ジャージー牛を飼う酪農家は多くない。全国の乳牛のうちジャージー牛は1%に満たないといわれる。

 しかも、須藤牧場のジャージー牛は1頭の牛から搾ったミルクをなるべく混ぜずにボトルに詰める。「牛の個性を大事にしたいから」(健太さん)だ。「牛も日によって体調が違う。健康で元気な牛のミルクは断然おいしいのです」。そのためには当然のことながらエサにも工夫がいる。とうもろこしや穀類のエサの60%は自分たちの畑で自ら育てている。

だが、ジャージー牛乳を収益に結び付けるには自分たちで売る必要がある。そのためには「販路」がいる。そこで観光客も立ち寄る「道の駅」などに置いてもらっている。地元の人たちにも人気だ。フレッシュさを大事にするため、次の配送時に売れ残っているものは賞味期限内でも回収する。それを加工用の原料に回す「循環」を確立することで、無駄を出さず、結果的にコストを下げることを狙っている。

 もちろん、インターネットを使った直販も大きな武器だ。プレミアムジャージー牛乳は900ミリリットルボトルが2本で1889円(税別)と高価だが、こだわりの逸品を求める首都圏在住のお得意さんが定期購入してくれるようになった。

「生シェイク祭り」で進める仲間づくり

 もっとも、すべて自前で製品づくりを行うのは難しい。直売所を多店舗展開する力もない。そこで考えたのが、地元のさまざまなビジネスとの連携だ。例えば、チーズ作りに乗り出す酪農家も多いが、規制も厳しく設備投資も必要になる。だが、周辺にはシェフ自らが手作りチーズを作りたいこだわりのレストランがある。須藤牧場はそうしたシェフに最高のミルクを提供することで、地域全体の活性化につながると考えることにしたのだ。「餅は餅屋の言葉通りです」と健太さんは笑う。そうやって地域全体で南房総産の良質なミルクの消費が増えれば、結果的に地域に酪農を残していけることになる。

 その健太さんの発想が花開いたのが「生シェイク祭り」というイベントだ。房総エリアの飲食店に声をかけ、須藤牧場の牛乳を使ったさまざまな生シェイクをお店のオリジナルとして出してもらう仕掛けを作ったのだ。房総産のイチゴを使った生シェイクや、地元の酒蔵の麹を使ったもの、お米屋さんが作った「おこめ生シェイク」などなど。リゾート地らしいお洒落なシェイクも数多く生み出された。インターネット上に特設サイトを設けて、それぞれの生シェイクを写真入りで紹介。お店のサイトにもリンクを貼った。この取り組みには何と63店舗が参加した。

 酪農を残すためにもう一つ取り組んでいることがある。須藤牧場に全国の学生を受け入れ、教育活動を行っているのだ。「酪農教育ファーム」の認証も得た。実は、健太さんの母が教職免許を持っており、酪農の現場を知ることを通じて子どもたちに「生きる力」を伝えることができる、と考えたのだ。

 小中高校生向けに乳しぼり体験や子牛のブラッシング、バター作りなどを体験できるコースを設定した。子どもたちに直接、酪農という仕事の魅力なども語っている。美味しいソフトクリームを食べて子どもたちは大喜びで帰っていく。酪農を身近に感じてもらうことで、南房総の酪農という文化が保たれていくに違いないと考えている。

 江戸時代から続く房総の酪農を自分の代で終わらせるわけにはいかない─。そんな健太さんの思いが新たなビジネスのアイデアを生んでいく。