「日経平均は絶好調」でも生活が苦しい…「物価上昇を上回る賃上げ」ができない日本人を襲う"厳しいシナリオ" 株価や不動産が上がっても庶民の生活はラクにならない

プレジデントオンラインに1月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/77825

世界的にも目立つほどの日経平均株価上昇

日本の株価上昇が勢いづいている。日経平均株価バブル崩壊後の高値を連日更新し、34年ぶりに3万6000円に乗せた。1989年12月29日に付けた3万8915円87銭の史上最高値更新も視野に入ってきた、という声も聞かれる。

2023年の年間を通じても、世界の中で日本株は気を吐いた。日経平均株価の年間上昇率は28.2%。英国FTSE100指数の3.8%や米国ニューヨーク・ダウの13.7%、欧州ユーロ・ストックス指数の15.7%、ドイツDAX指数の20.3%を大きく上回った。好景気が続いた米国のナスダック総合指数の43.4%という上昇率には及ばなかったものの、世界的にも大きく目立つ存在だった。

世界の中でも株価が大きく上がっているのだから、日本経済は絶好調なのかというと、どうもそうではない。経済力を示す最も主要な指標であるGDP国内総生産)は、2023年にドイツに抜かれて世界4位に転落することがほぼ確実になった、と報じられている。かつてGDP世界2位だった日本は中国に抜かれて久しく、その背中も見えなくなったと思ったら、今度は人口がはるかに少ないドイツにも抜かれることになったわけだ。

物価上昇が見た目のGDPを押し上げている

もちろん、中国など人口が多い国のGDPが大きいのは当然とも言えるが、人口1人当たりのGDPでみても、日本はイタリアにも抜かれてG7(主要7カ国)で最下位となった。もはや「経済大国」などとは言っていられない事態に直面している。

株価は世界の中でも上昇が目立つのに、日本経済はすっかり落日の様相を見せているというのは、どうにもふに落ちない。GDPの順位低下と株価上昇。この一見矛盾する動きは、なぜ起きているのか。

1月15日にドイツ連邦統計局が発表したドイツの2023年のGDPは前の年に比べて6.3%の増加だった。日本の2023年のGDPは来月にならないと数値が発表されないが、概ね590兆円程度と見られる。前の年と比べると5.7%の伸びということになる。

もっともこの伸び率は、「名目」と呼ばれるものだ。物価が上昇している分、消費も生産も数値が上振れする。これを修正するために、物価上昇分を差し引いたものが「実質」だが、実質のGDP成長率は日本の場合は1.5%程度になると見られている。つまり、4%程度の物価上昇が見た目のGDPを押し上げているのだ。

これはドイツも同様で、実のところ、ドイツの実質GDPは0.3%のマイナスということになる。6%以上の物価上昇分が見た目のGDPを押し上げているのだ。物価上昇を引いた実質で見る限り、日本の成長率の方が、ドイツをはるかに上回っている。だから、日本の株価上昇率が高い、と考えることもできる。

円安が大きく進んだことも背景にある

もうひとつ大きいのが「通貨価値の下落」だ。円安が大きく進んだために、ドルベースで見たGDPは小さくなる。GDPのランキングは各国通貨の統計数字をドル換算したもので比べるので、ドルに対する為替レートが安くなれば、GDPは目減りし、順位を落とすことになる。それがモロに表れたのが2023年の日本のGDPだったと言える。

日本円建てで5.7%も伸びた名目GDPは、ドルベースに換算すると1.2%のマイナスになってしまう。専門家の中には「行きすぎた円安」によって実態以上にドル換算したGDPが小さく見え、実態を表していない、という人もいる。多くの為替専門家は、2024年は円高方向に振れると予想しているが、その根拠は「日米金利差」。米国のインフレが終息し、米国の金利引き上げが終わっただけでなく、今後、引き下げに転じる可能性があるとする一方、日本はマイナス金利を解除するので、今年は金利差は縮小する、だから円高に触れるというわけだ。

世界の中央銀行が通貨量を増やしたコロナ禍

もっとも、そうした「円高予想」にもかかわらず、昨年末から年明けの為替相場はなかなか円高方向に進んでいかない。昨年末には一時、1ドル=140円台を付け、年明けは1ドル=130円台に突入かと思われたが、ジリジリと再び円安になり、1月中旬には1ドル=147円まで戻している。為替専門家が言う「円高」も、最近は1ドル=130円が良いところで、2年前の1ドル=115円という水準に戻るという予想をする専門家はほとんどいない。仮に1ドル=130円になったとしても、本来は、到底「円高」とは呼べないレベルにまで日本円の通貨価値は下落していると見るべきだろう。

この通貨価値の下落が株高の理由と見ることもできる。新型コロナ対策で世界の中央銀行は、お金を刷ってばらまくことで景気の底割れを防ごうとした。経済活動が止まったら、1929年の世界大恐慌のような猛烈なデフレに襲われかねない。そこで通貨量を一気に増やすことで、経済縮小を防御したわけだ。これは一定の効果をあげたと見ていい。

不動産は「買いが買いを呼ぶ」バブル状態

その後遺症として表れたのがインフレである。経済実態以上に通貨供給を増やしたのだから、貨幣の価値が下がり、モノの価格が上がった。いわゆる「カネ余り」状態を人為的に作ったわけで、不動産や株式、貴金属、そしてビットコインまで資産の価格は大きく上がった。金融資産だけでなく、生活必需品の値上がりも激しさを増したので、中央銀行は一気に金利を引き上げて、過熱した景気を冷さざるを得なくなった。そしてようやくインフレが沈静化しつつあるというのが世界の状況だ。

一方で、日本でもマイナス金利政策や量的緩和などで「カネ余り」に拍車をかけた。これが株価を上昇させ、不動産価格を高騰させている大きな要因だ。

2023年の上半期(1~6月)に、東京23区の新築分譲マンションの平均価格が初めて1億円を超えた。前年同期に比べて6割も高い1億2962万円という驚愕の価格だ。もちろん東京で働くほとんどのビジネスパーソンには手が届かない価格になっている。中古マンションの価格も上がっているので、保有資産価値の上昇が購買力を生む「買いが買いを呼ぶ」バブル状態になり始めている。もちろん、円安によって「超お買い得」と感じた外国人が日本の不動産を買っているのも事実だが、そうした「実需」だけで不動産が上がっているわけではない。

物価は上昇しているのに、給与が増えない日本

年明けに3万3000円台だった日経平均株価が、わずか6営業日で3万6000円を付けることなど、バブル期を彷彿とさせる値動きだ。もちろん、新NISA制度が始まったことで、新たな長期投資資金が株式市場に流入しているのも事実だが、だからといって、あまりにもハイペースであることに変わりはない。

問題はそうした資産以外の生活必需品の物価上昇が、世界と様相を異にしていることだ。米国の場合、物価上昇と共に給与の引き上げも進み、購買力は維持された。物価上昇が経済成長へとつながったと言ってもいい。日本でも岸田首相が「物価上昇を上回る賃上げ」と繰り返し発言しているのは、日本の物価上昇が輸入原材料やエネルギー代に消えてしまい、企業や個人事業主の儲けにつながり、それが給与の形で還元される「好循環」になっていないことだ。

購買力が維持できなくなれば、経済成長は止まり、日本の経済力はますます低下していく。一段と円安が進めば、円建ての株価や不動産はまだまだ上昇する可能性がある。だが、円安で輸入物価の上昇に再び火がつけば、資産価格の上昇に何の恩恵も受けない庶民の生活は一段と厳しさを増すことになる。