「電力会社は不当に儲けている」国民にそんな疑念を抱かせてしまう岸田政権"補助金政策"の決定的問題点 「消費者を助けるため」と言いながら業界を支えている

プレジデントオンラインに11月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/75802

あまりにもタイミングが悪い「最高益」

電気料金の上昇で家計の負担が大きく増えているのを横目に、大手電力会社が軒並み好業績を上げている。電力大手10社の2023年9月中間決算(4~9月)は連結最終損益が合計で1兆6159億円と5928億円の赤字だった前年同期から大幅に改善。北海道、東北、中部、北陸、関西、中国、四国、九州の8社が上期の決算として過去最高を更新した。

2023年3月期の通年決算では8社が赤字に転落、家庭向けの電気料金を6月1日から軒並み値上げした。この効果だけでも収益が3300億円改善したとされる。実際にはLNG液化天然ガス)価格が下落した効果などもあり、一気に最高の利益を上げる結果になった。

だが、このタイミングでの「最高益」はあまりにもタイミングが悪かった。価格上昇を抑制することを狙って政府が電力大手に補助金を出したタイミングと重なったからだ。2023年1月から始まった「電気・ガス価格激変緩和対策事業」である。

一般家庭が使う低圧の電気の場合、今年1月から8月までの間は、1キロワット時(kWh)あたり7円が給付される。例えば月に200kWh使用する家庭の場合、1400円電気代が安くなる。もっとも、消費する家庭や事業所の負担を抑えるための措置と言いながら、補助金が支給されるのは電力会社(ガスの場合はガス会社)。個人に直接支給されるわけではない。

「電力会社は不当に儲けている」という批判

このため、国民の税金で賄われている激変緩和対策の費用が電力会社に流れているから、電力会社が軒並み最高益を更新したのではないか、という疑念が生じ、電力会社は不当に儲けているという批判が上がっているのだ。

9月14日には学生を中心とするプロジェクトのメンバーが東北電力を訪ねて、最高益が出るのにもかかわらず、なぜ電気料金の引き下げを検討しないのか、などを問う質問状を提出。東北放送などが報道した。質問状を提出した学生は「電気料金をねん出するために食事を削ったり家賃を払えなくなったりという相談がすごく増えてきている。あまりに今の貧困の広がりの深刻な状況について分かっていないのではないか」と述べ、学生らの生活実態と電力会社の意識のズレがあるのではないかと指摘していた。東北電力の6月からの値上げ率は約25%だった。

たまらず、対応策を検討し始める電力大手も出始めた。8年ぶりに最高益を更新した中部電力の林欣吾社長は決算記者会見で、「今後の料金のあり方や配当のあり方について具体的にどうするのかの検討を開始するよう指示した」と述べ、値下げも検討する姿勢を見せた。そんなに儲かっているのなら、税金から補助金をもらわなくても自助努力で何とかなるのではないか、という声が噴出するのを恐れているわけだ。

電力会社は民間なのに料金が国に規制されている

電力会社からすれば、昨年度決算で大幅な赤字に転落した段階では、値上げをしないと赤字から脱却できないという危機感があった。また、国からの補助金もすべて料金抑制に充当していて会社が懐に入れているわけではない、という思いが強い。事実、補助金で利益が上がったわけではないが、お金に色はないので、結果的に「値上げする必要があったのか」「補助金はいらないのではないか」という疑問がわくのは当然だ。

そもそも電力会社は民間会社にもかかわらず、料金が国に規制されている。一方で、原料費が上がった場合には、その分を自動的に料金に転嫁する「燃料費調整制度」が続いている。毎月の輸入燃料価格の変動に応じて、燃料費が上昇した場合には電気料金の「燃料費調整額」が加算され、燃料費が下がった場合には「燃料費調整額」が減額される仕組みになっている。

もちろん、燃料コストを計算して、それを料金に転嫁するにはタイムラグがあるので、昨年のように急ピッチで原油価格が上がった場合には価格調整が追いつかず、結果的に赤字が膨らむことになった。

支援策が出たところで、LNG価格が落ち着いてしまった

さらに、今年6月には軒並み家庭用の電気料金が大幅に引き上げられたが、これは燃料費調整とはまた別の話だ。ベースの電気料金を引き上げたのである。インフレで燃料費以外の様々なモノの値段が上がり、コストが上昇していることも要因だが、昨年度の大幅な赤字で毀損きそんした財務体質、つまり自己資本を穴埋めする必要があるというのが電力会社の主張だった。消費者担当大臣だった河野太郎氏が値上げ計画にクレームを付け、値上げ幅を圧縮させたのは記憶に新しい。

ベースの料金の値上げに加え、燃料費がさらに上がっていけば、消費者の負担はたまったものではない。そこで導入されたのが補助金の支給だったが、こうした「支援策」が出そろったところに、LNG価格が落ち着くという事態が重なったわけだ。予定していたよりもさらに利益が出て、世間の批判を一気に浴びることとなったのである。

「政府が価格をコントロールしようとしていること」が原因

なぜ、こんなチグハグが生じるのか。

最大の理由は、政府が価格をコントロールしようとしていることにある。原油やガスなどエネルギーは国際的な市況商品で、市場で価格が決まっている。本来、原油の市場価格が上昇すれば電力会社は自助努力でそれを吸収するか、価格に転嫁するかを決める。自社で吸収して電気料金を据え置けば、使用量は減らず、売り上げも変わらない。経済活動が活発ならば使用量は増えるだろう。一方で、コスト上昇を転嫁して価格を引き上げれば、料金上昇に耐えられない家庭は使用量を減らす。全体で需要が減れば、市場での価格は下落していく。需給によって市場で価格調整機能が働くというのが経済学の基本的な考え方だ。

ところが、そこに政府が補助金を出すとどうなるか。本来の価格は上がっているのに、補助金によって料金が抑えられるから、消費は減らない。つまり、市場での価格は高止まりしたままになる。市場で値上がりが続けば、政府はさらに補助金を出さざるを得なくなる。「市場」と「国家」がガチンコ勝負を挑むことになるのだ。

岸田内閣は「市場への挑戦」をしている

国家が強力で市場規模が小さかった時代は、国家が経済を統制することもできた。国の市場が閉じていればなおさらだ。ところがグローバル化によって市場が世界とつながった今、国家が市場をコントロールするのは難しいと見られている。

岸田文雄内閣はそれに挑戦しようとしている、と見ることも可能だ。

電気代より前に「市場への挑戦」を始めたガソリンは、「激変緩和措置」と言いながら、すでに2年目も後半に入っている。開始した2022年1月は1リットル5円の補助金だったが、当初4月までだった期限を9月まで延長すると同時に1リットル35円に補助金を引き上げた。その後も延長を繰り返し、2023年9月までとしていたが、岸田文雄首相の経済対策の柱になって2024年3月まで延長されている。すでに6兆円の税金が投入されたが、原油価格が下がらなければ、やめるどころか、さらに延長、拡大となっていくだろう。つまり、一度始めたらやめられなくなるのだ。おそらく電気代に対する補助金も同じ運命をたどるに違いない。

もうひとつ、補助金が消費者に直接支給されるのではなく、石油元売会社や電力会社に直接給付されていることも問題が大きい。業者自身が自助努力で効率化しコスト高を吸収しようというインセンティブが働かないからだ。また、補助金によって価格を下げることが可能になれば、販売量は減らないから、売り上げも維持できる。まさに業者にとってはありがたいことなのだ。

一般家庭のガソリンや電気の使用量は減っている

実は、ガソリンや電力は、一般家庭の使用量が大きく減っている。電気自動車やハイブリッドなどの普及、省エネ家電の普及など、エネルギー消費量自体が減り続けているのだ。ここ1、2年は新型コロナ明けで人の動きが活発化したことでやや消費量が上向いているが、長期的なトレンドはガソリンや電気の需要は減っていく方向にある。石油会社が統合を繰り返していることや、ガソリンスタンドがどんどん少なくなっているのを見れば、それを実感できるだろう。

つまり、今政府が行っている補助金政策は、消費者を助けるためと言いながら、実のところ、価格を抑制することで需要を減らさないようにし、業界の売り上げ減少を防いでいるとも言えるのだ。やはり、岸田首相は消費者ではなく、供給者、つまり企業や事業者を向いた政策を取っているということなのかもしれない。