不便になっても安全が第一~与党も野党も国民も「ライドシェア」は無くていい? 深刻な運転手不足でもなお

現代ビジネスに11月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/119513

反対論が主流

なぜ日本では、ウーバーなどの「ライドシェア」サービスが許されないのだろうか。

臨時国会所信表明演説岸田文雄首相が「ライドシェア」に言及してから1カ月あまり。賛否両論の声が上がる中で、解禁に向けた動きは遅々として進んでいない。

もちろん、タクシー事業者は業界を上げて大反対だ。

首相の演説より前、9月29日に開かれた全国ハイヤー・タクシー事業者大会では、「国民の安全を脅かすとともに地方創生の担い手である地域公共交通の存続を危うくする『ライドシェア』と称する白タク行為を断固阻止する決議」という過激なタイトルの声明文を採択した。「ライドシェア新法の成立等を目指す動きは依然として消えていない」と危機感を顕にし、ライドシェア阻止に向けて気焔をあげていた。

これに呼応するかのように10月17日には自民党のタクシー・ハイヤー議員連盟(会長・渡辺博道元復興相)は会合を開いた。議連の幹事長を務める盛山正仁文部科学相が「安易な『ライドシェア』は認めるわけにはいかない。安全で安心なタクシーサービスが持続していくことを心から願う」と発言。出席議員からも続々と導入反対の声が上がった。

要はライドシェアは、これまで国が禁止してきた「白タク」そのもので、解禁すれば利用者の安全が脅かされる、というのだ。

反対しているのは、タクシー事業者や与党議員だけではない。労働組合やその支援を受ける野党からも反対の声が上がっている。労働組合主催の「ライドシェア導入反対集会」などが開かれている。こちらはライドシェア解禁で競争が激化すれば「タクシー運転手の労働環境が悪化する」というのが反対理由だ。

つまり、与党も野党も経営者も労働者も反対論が主流なのである。

コロナ前から2割減、深刻運転手急減

では、利用者である国民の世論はどうなのか、というと、こちらも解禁に圧倒的多数が賛成している、というわけではない。

日本経済新聞が10月30日に公表した世論調査によると、賛成と答えた人は45%、反対は39%だった。タクシー業界の「利用者の安全性が損なわれる」といった声が浸透しているのか、解禁に慎重な意見の人が多い。

一方で、MM総研が行ったライドシェアを日本に導入することの賛否を聞いたWebアンケートでは、回答者2780人中、「賛成」が5.4%、「どちらかと言えば賛成」が30.2%なのに対して、「反対」が21.3%、「どちらかといえば反対」が43.1%と圧倒的に反対の声が多かった。ところが同じ調査でも海外でライドシェアを利用した経験のある220人の答えはまったく異なり。「賛成」30.9%、「どちらかといえば賛成」53.2%と圧倒的に賛成派が多く、「反対」3.6%、「どちらかといえば反対」12.3%を大きく上回った。

日本ではサービスが解禁されていないのだから当たり前といえば当たり前だが、便利さを経験したことがないまま「反対」している人が多いというのが実態だろう。

つまり、ライドシェア解禁の声が今ひとつ盛り上がらない中で、なぜ解禁議論が一部の政治家から出て、首相が検討を表明する事態になったのだろうか。

実は、深刻なタクシー運転手不足によって、このままではサービスが「崩壊」してしまう危機に直面しているからだ。最近、目に見えてタクシーの台数が減り、タクシー乗り場で長蛇の列を見ることも多くなった。背景には、タクシー運転手が減り、車があっても動かせず車庫で寝ているタクシーが増えているのだ。

全国ハイヤー・タクシー連合会の調査によると、個人タクシーを除くタクシー運転手の数は2019年に29万1516人だったものが、2023年3月末には23万1938人になった。新型コロナ前に比べて20.4%も減少したのである。

客はいてもタクシーがない

ここへきてタクシー運転手が急速に減っている背景には、高齢運転手の引退がある。いわゆる団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、労働市場から姿を消し始めているのだ。昨今のタクシー業界は「高齢者ドライバー依存」を強めており、65歳の定年後でも働ける職場として人気を集めてきた。一方で、年金をもらいながら働く人も多く、比較的低い賃金でも人材を確保できた。

それが、高齢者人口が激減し始め、その勢いは止まらないことがはっきりしている。2022年10月時点の人口推計では70歳代で最も人口が多い73歳の人は203万人。これが72歳となると187万人、71歳は176万人、70歳は167万人と急速に減っていく。73歳と70歳を比べると2割近く人口が減るわけで、それだけ労働市場で働いていた人が姿を消していくことになる。

同じ、高齢者依存の業種である工事現場は、減る高齢者の代わりに外国人が多く働くようになった。ところがタクシーの場合、外国人は規制が運転手としてはまず働くことができない。

苦肉の策として出てきたのがライドシェアというわけだが、タクシー業界などが強く反対し続けるとどうなるか。供給が減れば価格が上昇するというのが経済学の理論だが、タクシーは規制業種のため、いくらでも値上げできるわけではない。つまり、どんどん値上げをして運転手を集めるという手は使えないし、価格が上がらない業界には新規のサービスも参入しない。

そんな中でライドシェアが認められなければ、サービスが突然機能しなくなることになりかねない。客はいてもタクシーがない、という状況がより深刻化するというわけだ。移動したくても移動できない基幹サービスが壊れた社会が訪れるかもしれないのだ。確かに乗りたくてもタクシーに乗れなければ、絶対に事故には遭わないわけで、安全であることは間違いないのだが。