「駅前ですらタクシーがつかまらない」それでも"ライドシェア解禁"が遅々として進まないワケ 岸田首相は"既得権者"と"国民"のどちらを選ぶのか

プレジデントオンラインに10月31日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/75288

高齢運転手に支えられてきたタクシー業界

各地でタクシー不足が顕在化している。駅のタクシー乗り場で長蛇の列ができる光景も珍しくなくなった。地方に行けば、タクシーがほとんどなく、移動手段に困り果てる旅行者も少なくない。

なぜこんなことになっているのか。

もちろん、背景に人手不足があることは言うまでもない。

全国ハイヤー・タクシー連合会の調査によると、個人タクシーを除くタクシー運転手の数は2019年に29万1516人だったものが、2023年3月末には23万1938人と20.4%も減少した。高齢化によって運転手のなり手が激減していることが大きい。

これに対して国土交通省は、通達を改正して10月から個人タクシーの過疎地での営業を認めると共に、これまで75歳未満だった上限年齢をこうした地域に限って80歳未満に引き上げた。

もちろんこんな付け焼き刃の対応でタクシー不足が解消されるはずはない。昨年10月時点の人口推計で73歳の人は203万人いるが、72歳は187万人、71歳は176万人、70歳は167万人と急激に高齢者の数が減っていく。いわゆる団塊の世代労働市場から急速に姿を消していくわけだ。タクシー業界は65歳以上の高齢者が多く働く職業の典型だ。年金をもらいながら働く人も多く、これが人件費を低く抑えてきた面も強い。バブル崩壊後、深夜の高額利用も減り、バリバリ稼ごうという若者がどんどん入ってくる職場ではなくなった。日本のありとあらゆる産業で人手不足が深刻化している中で、高齢運転手に支えられてきたタクシー業界が今後も急激に人手確保が難しくなることは明らかだ。

「ライドシェア」解禁に猛反発のタクシー業界

「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組んでまいります」

岸田文雄首相は10月23日に国会で行った所信表明演説でこう述べた。タクシー不足に「ライドシェア」で対応することを検討するとしたのだ。ライドシェアはアプリを使って利用客を一般の人が運転する自家用車とマッチングするもので、米国生まれの「ウーバー」が草分けで、スマホから簡単に呼べる手軽さから世界中に広がった。

日本での「ライドシェア」解禁に猛反発したのがタクシー業界だった。素人の運転する「白タク」では安全性が保てないというのが表向きの理由だったが、要は競合相手が増えることを嫌ったわけだ。2014年3月にウーバーは日本に上陸したが、日本の規制を突破できず、アプリで配車されるのは提携した会社のタクシーだった。その後、タクシー業界は独自にタクシー配車アプリを立ち上げ、ウーバーの存在価値は低下。結局、世界で広がっているライドシェアは日本では規制によって拒絶され続けている。ウーバーは規制のない飲食デリバリーの「ウーバーイーツ」に大きくシフトしていった。

2014年の「タクシー減車法」が自由競争にブレーキをかけた

ウーバーが日本に進出した2014年は日本のタクシーにとって大きな変化が起きた年だった。競争が激化したという話ではない。むしろ自由競争にブレーキをかける決断をした年だった。

2014年1月27日、「タクシー『サービス向上』『安心利用』推進法」と国土交通省が呼ぶ法律が施行されたのだ。正式には「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法等の一部を改正する法律」という名前だが、新聞などでは「タクシー減車法」と報じられてきた法律である。

タクシー規制については、「小泉構造改革」の一環として2002年に施行された改正道路運送法で、参入規制や台数制限が撤廃された。新規参入は許可制だったが、既存のタクシー会社による増車については届け出だけで可能にした。また、料金についても自由化された。

この規制緩和の結果、利用客の多い大都市圏を中心に新規参入や増車の動きが一気に広がり、台数が大幅に増えたのである。また、初乗り500円のワンコイン・タクシーなども誕生、価格競争も起きた。競争が激しくなったことで、タクシー1台当たりの売り上げは減少、タクシー運転手の賃金は歩合制が多いため、賃金減少に結び付いたとされた。タクシー業界は猛烈に反発。「行き過ぎた規制緩和」がタクシー運転手の生活を壊した、というキャンペーンを張った。

自由競争の排除で構造不況業種になってしまった

2014年の法改正では、国土交通相が「特定地域」に指定した過当競争地域では、事業者や首長らで構成する「協議会」で決めれば、タクシー営業台数を削減させたり、新規参入や増車を禁止したりできるようになった。また、タクシー会社は国が定めた範囲内で料金を決めなければならなくなった。下限を下回る料金に対しては国が変更命令を出せるようになったのである。

ライドシェア解禁どころか、タクシーの数を減らしたのである。タクシーの台数を減らして競争をやめれば、乗務員の待遇が改善され、消費者にとってもサービス向上になるというのが、当時のタクシー業界やその意向を受けた国交省、政治家の意見だった。

それから10年。サービスの向上どころか、サービスを提供できないタクシー業界に成り下がっている。これはどういうことか。

自由な競争を排除したことで新たなビジネスチャンスを求める新規参入業者も減った。競争によって切磋琢磨せっさたくますれば、新しいビジネスアイデアが生まれてくるというのは、小泉改革時代の10年でも明らかだった。価格を下げようとする業者がある一方で、新たなサービスで新規参入しようという試みもあった。その芽をつんだことがタクシー業界全体にとってプラスになったとは思えない。逆に魅力のない業界になり若者が働こうとなかなか思わない構造不況業種になってしまったのではないか。

ウーバーもグラブもない日本はまさにガラパゴス

新型コロナが明けて、インバウンドの外国人旅行客が増加してきたことで、日本のタクシーサービスへの不満が一気に爆発している。配車アプリで呼んでも捕まらず、いつ来るか分からないタクシー乗り場で待たざるを得ない。配車アプリで呼ぶ人が増えれば、ますますタクシー乗り場にやってくるタクシーが減るという悪循環になっている。

海外からの旅行者は日本のガラパゴスぶりにほとほと呆れている。東南アジアで普及している「Grab(グラブ)」などのアプリでは、事前に登録した行き先に黙っていても連れて行ってくれ、申し込み時に示された料金が登録したクレジットカードから引き落とされる。やってくる車はタクシーも、個人の乗用車も選ぶことができる。もはやライドシェアは世界の多くの国々で使われている共通インフラなのだが、先進国であるはずの日本に行くとひと昔前の発展途上国で苦労した運転手とのコミュニケーションが待ち構えている。ウーバーもグラブもない日本はまさにガラパゴスなのだ。

岸田首相は既得権者と国民のどちらを向いているのか

「国民が岸田政権に対し、もうひとつ物足りないと感じているのは、スピード感ではないでしょうか」

10月25日の参議院本会議での代表質問でこんな苦言を呈したのは野党議員ではなく、自民党世耕弘成議員だった。何が遅い、と言ったのか。2つ目の具体例としてこう述べた。

「各地でタクシー不足、バス不足が顕在化し、地方おける生活・観光が破綻しかかっています。ライドシェアについてもいつまでも議論するのではなく、期限を切ったスピード感を持って関係者の調整を行い、腹をくくって、実現しなければなりません」

もちろん、タクシー業界は「安全・安心」を盾に反対の声を上げている。客をいくら待たせても、車に乗せなければ安全であることは間違いないが、タクシー業界の利益のために国民の生活が破綻し、旅行者の不評を買っても致し方ないと言うのだろうか。果たして岸田首相は腹を括って解禁を決められるのか。既得権者と国民のどちらを向いている政治家なのかが問われることになるだろう。