「国民負担」と「国民の負担」は違うぞ! それを意図的に混同させる岸田流の「ごまかし術」こそ支持率低下の一因

現代ビジネスに12月12日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://genn.media/articles/-/120588

「実質的な国民負担」の尺度

岸田文雄首相が耳慣れない用語を持ち出した。「国民負担率」である。

所得減税や給付金支給を打ち出す一方で、「異次元の少子化対策」では社会保険料に上乗せして徴収するとしており、矛盾するのではないかと批判を浴びている。それに対して、岸田首相は「実質的な国民負担の増加にならないよう」にするので、「今回の所得税減税と矛盾するものではありません」と国会で繰り返し答弁している。その「実質的な国民負担」の尺度として持ち出したのが「国民負担率」なのだ。

国民負担率は、税金と社会保険料の合計を、国民所得で割って算出する。毎年2月に財務省が数値を公表している。かつては国民負担率の上限を示すことで財政の効率性を掲げる内閣があった。例えば小泉純一郎内閣がまとめた2004年の「骨太の方針」では、「政府は、簡素で効率的であらねばならない」とした上で、「例えば潜在的国民負担率で見て、その目途を50%程度としつつ、政府の規模の上昇を抑制する」とある。

日本経済新聞論説委員内田茂男氏によると、こうした議論は橋本龍太郎内閣当時の財務省の財政審議会からあった。その理由は「国民負担率が一定水準を超えると経済成長を妨げると考えたから」だという。ちなみに「潜在的」というのは財政赤字の将来世代の負担と考えた場合の国民負担率だ。

ところが、それ以降、政府の方針からは「国民負担率」の尺度は消えている。財政支出を拡大させ、国債発行が激増する中で、国民負担率が急上昇したからだ。最新の実績値が公表されている2021年度まで6年連続で上昇が続き、2021年度の国民負担率は48.1%に達している。2000年度の国民負担率は35.6%だったので、この間に何と12.5ポイントも負担率が増えた。国民負担率が5割に近付いたことで「五公五民」と言われた江戸時代の厳しい年貢負担率と変わらないと批判する声も大きくなった。

ちなみに、財務省が示している「潜在的」国民負担率は、かつて小泉内閣が上限とした50%をはるかに上回り、何と62.9%に達している。政府が口をつぐむわけである。

生活者である国民の負担ではない

そんな中で、岸田首相が封印してきたはずの「国民負担率」を持ち出したのはなぜか。岸田首相自身が10月23日に国会で行った所信表明演説に答えがあった。

「コロナ禍での苦しかった3年間を乗り越え、経済状況は改善しつつあります」として賃上げ率や設備投資の増加、株価の上昇、GDPギャップの解消、税収増を掲げた後に、こう胸を張った。

「一方で、国民負担率は所得増により低下する見込みです」

つまり、低下するという見通しを財務省の役人から示されて、それに飛び付いたのだ。

だがこれは岸田首相の「命取り」になるかもしれない。国民負担率と聞くと、生活者である個人の負担が減ると感じるが、実際、そうなるかどうかは分からない。「国民所得」には個人だけでなく企業のもうけも含まれているからだ。企業が儲かっても賃金は増えず、個人の所得は増えないということが往々にして起きるのだ。

岸田首相は「物価上昇を上回る賃上げ」と言い続けてきたが、最近は言い方が変わってきている。11月の記者会見では「国民所得の伸びが物価上昇を上回る、そういった状況を確実につくりたい」と述べているが、ここでいう「国民所得」も同じである。つまり、国民負担率という数値が下がることは、必ずしも、生活者である国民の負担が下がるということにならないのだ。

来年、2月に財務省が数値を発表する際、岸田首相が「国民負担率は下がりました」と胸を張るかもしれないが、一方で国民は負担増に苦しんでいる、という笑えない事態に陥っている可能性がある。

国民感覚とは大きくズレ

さらに、財務省が毎年発表する国民負担率も「いわく付き」だ。

来年2月の発表時には、予算をベースにした「令和6年度(2024年度)の見通し」と、「令和5年度(2023年度)の実績見込み」そして「令和4年度(2022年度)の実績」が発表されるが、財務官僚による記者クラブ詰め記者への説明のせいか、メディアは一様に「見通し」をベースに記事を書く。「何年ぶりに負担率が低下する見通しだ」といった論調で記事を書くが、この「見通し」が曲者で、実績となった際に当たったためしがない。それどころが1ヵ月後に締まる年度の「実績見込み」ですら、大きく外れるのだ。

しかも、負担率は、見通しより実績見込みが大きく、さらに実績になると大きくなる。過去の逆になった例はないのだ。必ず過少見通しから始まり、最後は「過去最高」の負担率になるのだが、メディアはすっかり騙されて、その時も見通しをベースに「下がる」と書く。

今年2月21日の発表でも、実績である2021年度の国民負担率が48.1%になったことこそニュースだったのだが、多くは見通しの46.8%を記事にしていた。メディアもすっかり騙されているのだ。

来年2月に発表される2022年度の実績は、国民所得の伸びが大きい(個人の所得が伸びるとは限らない)ため、国民負担率の実績は下がる可能性はある。だが、おそらく、発表では大幅に国民所得が増えるであろう2023年度の実績見込みをベースにした国民負担率が見出しに踊るのではないか。それは国民感覚とは大きくズレたものになるはずである。

岸田首相はもしかすると、財務官僚に「見通し」ベースの数字を見せられて、国民の負担感は改善すると真顔で思っているのかもしれない。おそらく、国民を騙すつもりなどないに違いない。だが、この感覚のギャップこそが、今の急激な支持率低下の一因であることは間違いない。