プレジデントオンラインに12月8日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://president.jp/articles/-/76490
記者会見に現れた「ド派手なスーツの強力な助っ人」
「何合目と言うより富士吉田の駅に着いたくらい。まだバスにも乗っていない」
12月4日に開いた記者会見で、日本大学の改革の進行状況を「いま何合目か」と問われた林真理子理事長は、富士山に例えてまだ麓の駅だと答えた。就任から1年以上過ぎたにもかかわらず、改革は進むどころか、再び発覚した不祥事への対応に追われている。不祥事の淵に沈んだ日本大学は再生・復活できるのだろうか。
記者会見にはこれまで登場しなかった強力な「助っ人」が登場した。久保利英明弁護士。ド派手なスーツと真っ黒に日焼けした風貌で知られるガバナンス問題の第一人者である。黒に幅広の白いストライプが入ったこの日のスーツは、長年、久保利氏を取材してきた筆者から見ると、極めて地味な出で立ちだったが、それでも、ネット界隈やテレビのワイドショーの人々は度肝を抜かれたようで、一気に話題をさらっていた。
派手な出で立ちは自らを奮い立たせる「戦闘服だ」と言い続けてきた久保利氏は、常に「不正」に立ち向かってきた。防弾チョッキを備えての総会屋と対峙するなど、その「正義感」は正真正銘、筋金入りだ。そんな闘う弁護士に「林真理子さんを助けてやってくれ」といくつものルートで依頼が飛び込んだという。林氏の著書を刊行する出版社の幹部や、久保利氏が顧問を務める企業の創業者、芸能人、そして日本大学の監事を務める弁護士からも連絡がきた。それほどに林理事長が改革に苦戦して追い詰められている様子を周囲が心配していたのだろう。
「久保利弁護士の議長就任を文科省が了解したのは意外」
今年8月、アメリカンフットボール部員が寮で大麻を所持していた容疑で逮捕されたのを受けて、日大は「第三者委員会」を設置した。その第三者委員会が10月30日に報告書を日大に提出。管理運営体制の再構築など改善計画を策定する「第三者委員会答申検討会議」を設置した。その会議の議長に久保利氏を迎えたのだ。
アメフト部は2018年の危険タックル問題に次ぐ不祥事で、その後の田中英寿前理事長による乱脈経営から脱却を図ろうとしていたまさにその最中に起きた。ガバナンスの不全が再び明らかになったわけだ。
相次ぐ不祥事で、日大は文科省の厳しい監督下に置かれている。第三者委員会の設置は文科省の行政指導を受けたものだった。当然、その後の検討会議の設置も日大は文科省にお伺いを立てている。「正直、久保利弁護士の議長就任を文科省が了解したのは意外でした」と関係者は語る。というのも、久保利氏と文科省には因縁があったからだ。
文科省からすれば「過激な」ガバナンス体制を求める危険人物
2021年7月、文科省は「学校法人ガバナンス改革会議」(座長・増田宏一元日本公認会計士協会会長)を設置した。久保利氏はその会議の中心メンバーだったのだ。ちょうど田中理事長が逮捕されるなど日大の不祥事が噴出しているタイミングと重なったため、大学のガバナンスのあり方が大きく関心を呼んだ。そんな流れの中で、12月8日にはその会議が報告書をまとめる。その内容は、公益財団や社会福祉法人など公益法人の仕組みに沿った厳格なガバナンス体制を求めるものだった。
これに私学経営者らが猛烈に反発。自民党の文教族政治家らに働きかけて、改革案を骨抜きにしたのだ。文科省からすれば「過激な」ガバナンス体制を求める危険人物が久保利氏だった。それにもかかわらず久保利氏に日大改革を委ねることに文科省が踏み切ったことを、経緯を知る大学関係者は驚きを持って見ているのだ。
しかも、会議の設置を仕掛けた塩崎恭久元厚生労働相の強い意向で、報告書の作成には文科省の役人は一切関わっていないとされる。一説には久保利氏の事務所の弁護士がボランティアで作成したとも言われているのだ。文科省からすれば、久保利氏は敬して遠ざけたい人物に違いないとみられていたのだ。それが、久保利氏の議長就任を渋々認めるどころか、むしろ歓迎したというのだ。
私学法改正で注目されている日大の行方
私学法の改正で2025年から学校法人のガバナンスが大きく変わる。全国の大学はいま、定款に当たる「寄付行為」をどう変え、どんなガバナンス体制にするかを検討している真っ最中だ。改正私学法では、各学校法人が寄付行為で定めれば、多くでほぼ現行通りの体制を維持できるように「骨抜き」になった。学校法人自身の改革姿勢によって寄付行為はいかようにでも書ける形になったのだ。例えば、理事の選出方法などは法律では明確に示されず、各大学に自由度がある。
そんな中で、注目されているのが日大の寄付行為の行方だ。日大は田中元理事長の不祥事を受けてガバナンス体制を見直したが、第三者委員会の調査報告書では、一定の改革が行われたものの、今回の不祥事で理事会への報告がなされなかったり、遅れたりしたことなどガバナンスが機能しなかったことが問題視されている。つまり、経営を行い教学を監督する理事会の機能が十分に働く仕組みになっていなかったとした上で、経営層によるガバナンスを機能させるためには独立性のある理事、監事が必要だと結論付けている。
見直された「寄付行為」でも理事長の権限は大きい
記者会見で久保利氏が読み上げた「今後の対応及び方針」では、ウチのことはウチで収めるという「ムラ社会」の組織や、「秘密主義」、学外者を含む組織に対して必要な情報を全く提供しようとしない「排外主義」などがあったとしている。そのうえで、「方針」では理事長のあり方としてこう書いている。
「理事長の権限及び責任を明確にし、業務執行理事へのガバナンスを強化させる仕組みを設け、理事長がガバナンスをより強化させる仕組みを設けます。また、理事長就任後の業績評価制度の見直しや理事長選考委員会の在り方の再確認も含め、法人ガバナンスを強化します」
田中前理事長の不祥事をきっかけに見直した「寄付行為」でも理事長の権限は大きい。選任方法や任期などは変わったが、「理事長は、この法人を代表し、法人の業務を総理する」「理事長以外の理事は、この法人の業務について、この法人を代表しない」といった唯一絶対の権限規定は田中時代と同じだ。また、理事の中から「理事長の推薦により理事会の議を経て常務理事となる」という、事実上理事長が常務理事を選ぶ権限などは、規定上は変わっていない。
学長と3人の副学長の発言力が大きくなっていた
ところが、「林理事長はどうも学長らの教学部門に遠慮があるようだ」と日大関係者は言う。理事会の構成人数は「27人以上36人以内」だったものを「14人以上24人以内」に減らされ、日大以外の学外者が増えた一方で、「副学長」を新設したため、学長と3人の副学長の発言力が大きくなり、理事長や理事会による「教学」への監督が弱くなった大きな要因だろう。田中前理事長による不祥事への反省で、理事長の暴走を防ぐことを最優先し、結果的に学長と副学長の力が増すことになったのだろう。今回の不祥事を受けて、副学長のあり方など寄付行為が再度見直されることになるのだろう。
「もはや一刻の猶予もできません。今、改善・改革を行わなければ本法人は、再生・復活の機会を失い、先人が永年にわたり築きあげた価値などを致命的に喪失することとなります」
田中前理事長の不祥事を機にガバナンスを見直した日本大学で、繰り返される不祥事は、ガバナンスがまだまだ脆弱なことの証明でもある。2年前に久保利氏らのガバナンス改革会議が示した強力なガバナンス体制を、少しでも自主的に導入していこうという動きが広がっていくことになるのだろう。多くの学校法人が、今後の日大の再改革の行方を固唾を飲んで見守っている。