現代ビジネスに12月20日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.media/articles/-/121072
「赤字だから値上げします」
総務省は12月18日、郵便料金の値上げについて審議会に諮問した。引き上げ幅は25グラム以下の定型の郵便封書を、現在の84円から110円にするというもの。何と31%の大幅値上げである。現在63円のハガキも85円に引き上げる見込みだという。
これは郵便法で定める上限価格を改訂するもので、速達や書留など他のサービスを含め、料金は日本郵便が総務省に届け出ることで決まる。来年春に審議会が答申を出して、来秋に値上げが実施される方向という。
3割という大幅値上げだが「25年度の黒字を達成できる最小限の上げ幅にした」と総務省は説明している。一部には「明治以来続く全国均一料金制度を維持するためにはやむを得ない」という意見もあるが、ネット上では「年賀状も今年が最後かな」といった声があふれた。
実際、電子メールの普及によって、郵便物の取り扱い数量は、ピークだった2001年度の262億通から、22年度には144億通にまで減っている。年賀状の減り方はさらに深刻で、発行枚数はピークの2003年の44億5936万枚から、2023年(2024年用)は14億4000万枚となった。2022年は16億8000万枚だったから1年で2億枚以上も減っているわけだ。
そんな中での大幅な値上げである。明治以来の郵便制度を守るためと言いながら、利用数がこれ以上激減していけば、さらに郵便事業は成り立たなくなり、郵便文化そのものが滅びてしまうのではないか。
赤字だから値上げします、というのはまさに「官業」の考え方だ。純粋民間企業ならばどうやって利用者を増やすか工夫するが、官業の文化が残る日本郵便はどうもそういう発想にならないらしい。むしろ、郵便の利便性は、ここのところ、どんどん低下している。サービスの劣化である。
最近、郵便が届くのが遅い、という声が頻繁に聞かれるようになった。2021年10月から郵便法改正で、土曜日には普通郵便の配達がされなくなった。法律で定められていた到着までの日数も延びており、例えば月曜日の17時までに投函されたハガキの場合、かつては火曜か水曜には届いていたものが水曜か木曜になった。土日や祝日を挟めばさらに時間がかかる可能性がある。郵便局の窓口で聞いても「普通便の場合、いつ到着するか正確には分かりません」と言われる始末。「何日必着」と言った書類の送達に、もはや普通郵便は使えない事態に直面しているのだ。
来月「クロネコDM便」終了
そんなサービスの劣化にもかかわらず、大幅な料金引き上げを行うわけだ。なぜ、そんな大胆な経営判断ができるのか。
最大の要因は「競争」がなくなることだ。ヤマト運輸を傘下に持つヤマトグループと、日本郵便を持つ日本郵政グループが協業することで2023年6月に合意した。これにより、ヤマト運輸が取り扱ってきた「クロネコDM便」のサービスを2024年1月31日に終了、日本郵便の「ゆうメール」に事実上集約することになった。2月からのヤマト運輸でのサービスは「クロネコゆうメール」として引き受け、日本郵便の配送網で届けることになるという。さらに、ヤマトの「ネコポス」のサービスも順次終了して、「クロネコゆうパケット」として日本郵便の配達網で届けるという。
激しく「官業」に斬り込んできたヤマトグループが、長年の宿敵である日本郵政グループと協業に踏み切ったことに、メディアは「歴史的電撃提携」「競争から共創への協業」と持ち上げたが、実のところ、これはヤマトが郵政に「負け」たことに他ならなかった。もう日本郵便とは競争しないという悲痛な宣言でもあったのだ。
規制にがんじがらめだった運輸業界に「宅急便」で風穴を開けたヤマトは、巨大「官業」グループである日本郵政に長年挑んできた。一方で、総務省とタッグを組んだ日本郵政は、陰湿なヤマトいじめ を繰り返してきた。
ヤマトはかつて、全国一律料金で送付先の郵便受けなどに荷物を配達する「メール便」サービスを展開し、低価格と利便性から広く利用されていた。「メール便」は、「信書」ではなく「書籍」や「書類」を送るという前提で設計されていた。というのも「信書」は事実上、日本郵便が独占していたからだ。信書の送達に参入するには、全国に郵便ポストを設置し、全国一律の料金で届けなければならない。民間の競争相手を参入させない障壁とも言えた。
メール便の好調によって仕事を奪われた日本郵政は総務省とともに反撃に出る。2015年のことだ。万が一「信書」をメール便で送った場合、ヤマトが罰せられるのではなく、送った利用者が処罰される、と脅したのだ。ヤマトは会社が訴えられるのならともかく、利用者が郵便法違反になる事態は避けなければならないとして、メール便を突如廃止にしたのである。その後は、個人からの引き受けはせず、契約した法人のDMなどを扱ってきた。それが「クロネコDM便」で、定形外郵便などと競合関係にあったが、これも「協業」することで事実上撤退することになった。
旧来の「官業」に戻っていく
「2015年の郵便法以来、あの会社のサービスはどんどん劣化していますよね。競争をやめると、こうなるんです」
宅配便業界の経営幹部はこうため息をつく。
つまり、日本郵便が大幅な値上げに踏み切れるのも、値上げで競合相手に負けることがなくなったからに他ならない。普通便は遠慮なく値上げして、宅配便と競争する書類の送付などは「レターパック」などで競争する。普通郵便よりは値段は高いが宅配便には勝てる価格で、配達記録なども取り、土曜日も配達する、という戦略だろう。
一方で、競争相手がいなくなった、普通郵便のサービス劣化と価格上昇はますます続くに違いない。日本郵便は今年8月、全国の郵便ポストのうち1カ月あたりの投函数が30通以下のポストが25%にのぼるという調査結果をまとめ、総務省の有識者会議で示した。これまで他の企業の参入障壁として必要だった全国のポストを、減らしていく算段を始めたのだろう。これも競争相手がいなくなり、もはや新規参入の危険性がなくなったからだろう。
最後は、全国一律の「ユニバーサル・サービス」を維持していくには国の支援が必要だと言い、補助金をもらったり、あるいは旧来の「官業」に戻っていくことになるのではないか。天下りポストが欲しい霞が関の利益とも、残念ながら一致する。