プレジデントオンラインに12月22日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://president.jp/articles/-/76940
「自民党は悪しき慣行と決別すべきだと思います」
「当たり前と思ってやってきたことが世間から指弾されているわけですから、自民党は悪しき慣行と決別すべきだと思います」
自民党議員に長年仕えてきたベテラン秘書はそう語る。
自民党の派閥が開いた政治資金パーティーを巡る東京地検特捜部の捜査が本格化している。関係する議員秘書だけでなく、議員本人からの事情聴取が始まり、安倍派(清和政策研究会)や二階派(志帥会)の事務所などが家宅捜索を受けた。問題は派閥のパーティー券収入の不記載という世間から見れば「軽い罪」で終わるのか、それとも自民党が長年抱えてきた闇が暴かれ、「悪しき慣行」と決別することができるのか。
自民党政治家とカネを巡る問題は、政権の足元も揺るがせている。岸田文雄内閣の支持率は朝日新聞の調査で23%、毎日新聞では16%にまで落ち込んだ。自民党の支持率も朝日23%、毎日17%と急低下している。内閣と党の支持率の合計が50を下回ると政権は倒れるとする故青木幹雄幹事長が唱えた「青木の法則」にいずれもヒットした。本来ならば首相を交代させ、「表紙を替える」ことでイメージ刷新を図るところだろうが、疑惑が安倍派など一部にとどまらず自民党全体に波及する可能性がある中で、そうはなかなか踏み切れない。不甲斐ない野党の支持率が上がらないことを祈るばかり、といった様子だ。
自民党議員たちにとっては長年当たり前のことだった
それぐらい今回の問題は自民党議員たちが長年当たり前のことと思ってきた「慣行」だった。だが、現段階では岸田首相も自民党幹部もその「悪しき慣行」を一掃しようと動いている気配はない。
12月13日の国会閉幕後に記者会見に臨んだ岸田首相は、「総理総裁として政治の信頼回復に向けて、自民党の体質を一新すべく、先頭に立って闘ってまいります。これが自分の務めであると思い定めています」と述べたものの、その声に力はなかった。事実の説明などもできず、「改革については、これから確認される事実に基づいて明らかにしてまいります」と述べるにとどまった。
事前の報道では、安倍派閥を含む自民党のすべての派閥を解散することで国民の信頼回復を狙うという説も流れたが、記者会見では派閥の先行きについては何も言及することができなかった。結局、国会審議を通じて繰り返した「捜査に差し支えるのでお答えするのは控えなければならない」という姿勢を変えなかったわけだ。
「落とし所」を探っている首相と自民党幹部
唯一、具体的なこととし、派閥のパーティーの当面不開催と共に、自らが派閥から離脱したことを明らかにした。だが、首相が派閥から離脱することや現職大臣が政治資金パーティーを開催しないことは、過去の政治とカネを巡る数々のスキャンダルを受けて申し合わされてきたことで、それを破っていたのを元に戻したに過ぎない。岸田首相は「まずは、第一歩として」と言ったが、「一歩」でも何でもないのである。
つまり、岸田首相を含む自民党幹部は東京地検特捜部の捜査の流れを見て、落とし所を探っている感じだ。派閥のパーティー券をノルマ以上に販売してキックバックとして受け取った金額が大きいごく一部の政治家だけが政治資金規制法違反(収支報告書の不記載・虚偽記載)として有罪になって幕引きとなることを望んでいるのではないか。2023年1月に裁判で有罪が確定した薗浦健太郎・元衆議院議員はパーティー券収入など4000万円超の収入を記載しなかったとして罰金100万円、公民権停止3年の略式命令を受けている。今回も新聞が「不記載1000万円以上」などと金額にこだわるのは、金額によって検察が立件するかどうかが分かれると見ているからだ。
古い自民党の悪しき慣行が舞い戻ってきた
国民からすれば、100万円の罰金というのは何とも「軽微」な罰則に見えるが、議員からすれば罰金よりも「公民権停止」が死活問題になる。選挙に立候補できなくなるからだ。派閥の幹部が軒並み立候補できなくなると政界地図は大きく描き変わることになる。議員が頑なに口を閉ざしている理由はここにある。立件される金額が3000万円以上になれば、今報道されているキックバックの額では派閥の幹部は軒並み立件されることはない。つまり罪に問われないのだ。そうなることを自民党の幹部たちは望んでいるのだ。
だが、そうなれば、自民党はウミを出し切ることができず、「悪しき慣行」も当面は自粛するとして、いずれまた復活していくに違いない。民主党から政権を取り戻した安倍晋三首相(当時)は、繰り返し「古い自民党には戻らない」と語ってきた。ところが、世の中の政治とカネへの関心が薄れ、自民党の支持率が戻ると共に、古い自民党の悪しき慣行が舞い戻ってきた。岸田首相が派閥のトップに座り続け、せっせと資金集めパーティーを開くようになったのがそれを端的に表している。
かつての派閥領袖の資金分配モデルを「システム化」
なぜ、派閥はそんなにしてまでカネを集める必要があるのか。
かつて自民党の派閥領袖は「餅代」や選挙の「軍資金」を与えることで、議員を配下に置いてきた。選挙事務所に激励に来る時は紙袋にぎっしり詰まった札束が差し入れられたのもそう古い時代の話ではない。もちろん、そうしたカネは領収書のいらないカネだ。近年、派閥の結束力が弱った背景には、領袖たちが配るカネを調達する力がなくなったことが大きい。
今は多額の政党助成金が議席数に応じて政党に配分されるようになった。その分配権を握る党の幹事長が大きな力を持つようになったのはこのためだ。派閥の領袖は党から分配されるカネを派閥所属の議員に分配するが、原資は潤沢とはいえず、何らかの方法でカネを集めなければならない。それが派閥の政治資金パーティーということになる。ノルマさえ達成すれば、後は議員にキックバックする。そのカネは収支報告書に載せないので、領収書のいらない使い方自由の金になる。かつての派閥領袖の資金分配モデルをシステム化したわけだ。
「政党支部」が政治資金団体になっている
今回明らかになったようにパーティー券を購入したのが政治資金団体の場合、その団体の政治資金報告書には支出先が明記されていた。一方の派閥の政治資金報告書と付き合わせれば「不記載」が判明するわけだ。だが、自民党派閥のパーティー券購入の中心を占めると見られる企業が購入者だった場合、20万円以下ならば名前が出ることはないので、付き合わせは不可能だ。捜査の過程で派閥側の議員別キックバック額などが出てくれば、企業を含めた購入の不記載が見えてくるはずだが、そうなると不記載額、つまり裏金化した金額はさらに膨らむ可能性がある。
「悪しき慣行」は他にもある。自民党は選挙区ごとに「政党支部」を置いており、これが政治資金団体になっている。今回発覚したのは安倍晋三氏が代表を務めていた「自民党山口県第4選挙区支部」が、妻の安倍昭恵さんによって「相続」されていたというもの。安倍氏が死去した2022年7月8日に、安倍後援会である「晋和会」と共に、昭恵氏が代表に就任していたというのだ。その後、選挙区支部など関係する政治団体から多額の資金が晋和会に「寄付」され、支部が解散した時点では資金はほぼ使い果たされていた。
親の「地盤」を引き継げば「カバン」も引き継げる仕組み
自民党の場合、「政党支部」と言っても結局は議員個人の持ち物になっていることの表れだ。死亡した当日に妻が代表になったことがそれを端的に示している。今でも企業献金は政党や政党が指定する政治資金団体に対してしか行うことができない。自民党の選挙区支部は「政党」という建前なので、そこで企業献金を受け取ることができる。また、政党助成金などもこの政党支部に分配される。
個人では受け取れない企業献金の受け皿として「政党支部」は使われているが、実際は政党の下部組織ではなく、政治家個人のものと自民党では理解されてきた。だから親の議員が引退して選挙の「地盤」を引き継ぐと、政党支部の「代表」を交代して多額の政治資金、つまり「カバン」を引き継ぐことができる。もちろん親の「看板」も使えるから、2世3世議員が自民党の中心になるのは必然なのだ。
ちなみに、どんな中小企業でも、親から会社を引き継ぎ、株式などを譲り受けた場合、当然、相続税がかかる。政党支部を夫婦や親子で引き継いでも相続税はかからない。政治家でも何でもない安倍昭恵氏がすんなり代表になって資金を「相続」できたのも、自民党の「慣行」に従ったまで、ということになる。
新聞などはこの資金移動などを取り上げて批判しているものの、これがすぐに法律違反になるものではない。あくまでも「慣行」だが、それを自民党は放置し続けることになるのか。
「立候補するために2億円支払った」と参議院議員
さらに、領収書のいらないカネを生み出す自民党の「慣行」がある。参議院議員が立候補する場合、県会議員などにカネを渡すのだ。10年以上前に現職参議院議員が吐露したのは「立候補するために2億円支払った」という話だった。最近はそんな慣行は消えたのかと思ったら、現職参議院議員に聞いたところ、「今はインフレで2億円では済まない」と小声で答えた。まだ続いているようだ。
これは全国一律の慣行というよりも県ごとに違いがあるようだ。選挙に協力するにはカネがいるという話だが、選挙に近い時期にカネを渡せば買収で逮捕されるリスクがある。組織的な金銭要求だけでなく、地域でミニ集会を開いてやるから100万円出せ、と県会議員などから言われるケースもあるようだ。
参議院議員は解散がないため6年間の任期が保証されている。議員の給料だけでなく、公設秘書の3人の人件費など国から支給される経費を含めれば2億円を払っても十分にお釣りが来る、という計算なのだろうか。だが、それが有能な若者が国会議員になる道をふさいでいる。
自民党の政治とカネを巡る「悪しき慣行」はまだまだ枚挙にいとまがない。そんな慣行を打破して、近代的な政党に生まれ変わっていけるのか。岸田内閣だけでなく自民党にとっても正念場だ。