「情報漏洩」「CEO内規違反」日本取引所グループが問われる「品質」

4月16日のフォーサイトにアップされた拙稿です。

 日本取引所グループ(JPX)の東京証券取引所が3月末、「東証1部」の基準厳格化を狙った上場区分の見直し案を公表した。現在、東証1部、2部、ジャスダックマザーズの4市場に分かれているものを、(1)グローバルに投資する機関投資家などを想定した市場、(2)一般の投資家が投資する対象としてふさわしい企業の市場、(3)成長性が高い新興企業向け市場、という3つの市場に再編するとしている。

・・・以下、新潮社フォーサイトでお読みください(有料)→

www.fsight.jp

いま一度考えるべき「ゴーン氏が保釈後、あんな変装をした理由」

現代ビジネス(講談社)に4月11日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64066

 

ゴーンを排斥した日本側の恐れ

特別背任容疑で逮捕・収監中のカルロス・ゴーン日産自動車前会長が保釈中に撮影された本人のメッセージ動画が4月9日、弁護団によって公開された。繰り返し「無実だ」と訴え、今回の事件を「陰謀」だと訴えた。

なぜ、ゴーン前会長を追い落とす「陰謀」が起きたのか。

ゴーン前会長は、数名の幹部が「自分勝手な恐れのために(中略)、今回の汚いたくらみを実現させるべく仕掛けた」とした。具体的な名前は挙げなかったものの、「皆さんが良く知っている人物」だとしていた。

「恐れ」とは、日産自動車ルノーが「統合すなわち合併に向けて進むということ」だとし、「ゆくゆくは日産の独立性を脅かすかもしれない」と「ある人たちには確かな脅威を与えた」というのである。

実際、2017年の後半から2018年にかけて、そうした「恐れ」を感じていた人たちは存在した。2018年の日産自動車の定時株主総会で、ルノー側が日産自動車との経営統合を議題にするのではないか、という「うわさ」が広がっていた。

ルノー日産自動車株の43%余りを保有する大株主。1999年に経営危機に瀕した日産自動車ルノーが救済した際に、ルノー筆頭株主となったが、「アライアンス」はお互いの独立性を認め合うというのが前提だった。あくまでも「対等」というのが日産自動車の日本人経営者だけでなく、日本政府の「建て前」だった。

20年近くにわたって独立性を維持してきた両社の「アライアンス」の形が変わるのではないか。それが西川廣人社長をはじめ、日本人経営幹部が感じた「恐れ」だった。

マクロン登場

こうした「恐れ」は、2018年の早い段階で、首相官邸経済産業省にも伝えられていた。ルノーの経営が芳しくないこともあって、フランスのエマニュエル・マクロン大統領自身が、ルノー日産自動車の統合を求めているというのが経産省の見立てだった。

マクロン氏は大統領選挙に出馬する前、経済・産業・デジタル大臣として、ルノーの先行きを検討する立場にあった。フランス政府はルノーの株式の20%弱を持つ大株主だから、当然、口を出す権利があるというわけだった。

2017年にマクロン氏が大統領になると、その要求はゴーン会長(当時)に直接伝えられるようになったとみられる。

当初、ゴーン前会長は、日産自動車の自立性を奪うような「アライアンスの見直し」には消極的だったとされる。持ち株比率はともかく、対等な立場のアライアンスだというかつての合意の経緯を知っていたからだ。

2018年6月の定時株主総会で、ルノーが持ち株にモノを言わせて牙をむいてくるのではないか。公式あるいは非公式に外交ルートを通じて日本政府がマクロン大統領にモノを言ったかどうかは分からない。

それまではずっと43.4%だったルノーの持ち株比率が2018年3月末に43.7%に増えたことが「恐れ」をより深いものにした。このころにはゴーン前会長を背任容疑で告発する動きが着々と進んでいた。日産の絶対権力者になっていたゴーン前会長を追い落とせば、「恐れ」がなくなると考えたのだろう。

ルノーは2018年6月の日産自動車株主総会では、強硬な「アライアンスの進化」は求めなかった。

一方で、日本側は、経産省OBの豊田正和氏を日産自動車社外取締役に送り込んだ。豊田氏は、同省の事務次官に次ぐNo.2である経済産業審議官を務めた大物OBだ。ルノー側がこの人事を認めた理由は分からないが、国が前面に出て来ることで、むしろ話が進みやすくなると考えたのだろうか。

だが、日本側の「恐れ」はどんどん大きくなっていった。

というのもマクロン大統領の要求を、さすがの絶対権力者も拒み続けることができなくなったとみられたからだ。このままゴーン前会長を権力の座に置いておけば、ルノーは間違いなく、日産自動車を吸収する。逮捕によってゴーン前会長が排除されることになったのだ。

あの変装は「イエローベスト」だったのでは

3月6日、ゴーン前会長は東京拘置所から保釈された。その際の「変装劇」が話題になったが、あのバレバレの変装の意味は何だったのだろうか。考案したとされる弁護士が即座に謝罪コメントを出していたが、なぜ、ゴーン前会長はあんな格好をすることを選んだのか。無実を主張するならば、正々堂々と背広姿で出て来る方が良いことぐらい弁護士やゴーン前会長本人は分かったはずだ。

日本経済新聞のOBである平田育夫氏は、即座に「あれはイエローベストだ」という解説をしていた。昨年からフランスで反政府の運動が盛り上がっているが、彼らは皆、黄色い工事現場用のベストを身に付けている。あの作業服の上につけた黄色い反射帯こそ、フランスで反政府の象徴になっているイエローベストだったのだはないか。

マクロン大統領はひと目見て、イエローベストだと分かったと思う」と平田氏は言う。お前の言うことを聞いて、アライアンスの見直しに動いた結果、こんなことになった、というゴーン前会長のアピールだというのだ。

ゴーン氏が保釈される前、マクロン大統領の周辺からはルノー日産自動車の統合を求めるフランス政府の意向が日本政府にも伝えられた、といった情報が流れた。

ところが、ゴーン前会長が保釈されるや、マクロン大統領の対応は急変する。今回の再逮捕で妻がパリに出国し、政府に救済を求めたが、フランス政府はゴーン前会長を特別扱いしない、という素っ気ないコメントを出した。フランス政府はゴーン前会長を見捨てたのだろう。

ゴーン前会長はメッセージ動画で、日産自動車の独立性を保ってきたのは自分だ、という趣旨の発言をしている。最後は、日本国民の世論に訴えるしかない。そんなところにまでゴーン前会長は追い込まれているのだ。

ネクタイも締めないゴーン前会長の動画では、マクロン大統領から見捨てられ、憔悴した様子を覆い隠すことができなかった。

若者を破綻させる"老人向け医療費"の重圧

プレジデントオンラインに4月8日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/28286

国の「社会保障費」が増えている理由

国の2019年度の一般会計予算が国会で成立した。7年連続で過去最大を更新し、当初予算段階で初めて100兆円の大台に乗せた。101兆4571億円。その中で最も大きなウエートを占めるのが「社会保障関係費」である。その額34兆593億円にのぼる。医療費の国庫負担分など、医療・年金・福祉などに当てられるが、毎年、急ピッチで増大している。

2018年度の当初予算での社会保障関係費は32兆9882億円だったので、3.3%、1兆711億円も増加することになる。

30年前、1988年度の社会保障費は10兆4000億円程度だった。それが、1998年度には14.8兆円、2008年度には21.8兆円と急速に増えてきた。医療も年金も「保険」で運用されているので、本来、保険会計の中で完結するのが建前だが、赤字分を国が補てんする割合がどんどん膨らんでいるのだ。

新年度予算では、年金給付費が3.1%増の12兆円、医療給付費が2.1%増の11.8兆円、介護給付費が3.7%増の3.2兆円と軒並み増えた。

ところが驚いた事に、それでも伸び率を抑えているというのだ。

国民医療費総額は過去最多になる見通し

財務省はこの予算を次のように自画自賛している。

社会保障関係費の自然増が6,000億円と見込まれる中、実勢価格の動向を反映した薬価改定や、これまでに決定した社会保障制度改革の実施等のさまざまな歳出抑制努力を積み重ねた結果、社会保障関係費の実質的な伸びは対前年度+4,774億円となり、同計画における社会保障関係費の実質的な伸びを『高齢化による増加分(平成31年度+4,800億円程度)におさめる』という方針を着実に達成」したというのだ。

何が「実質」なのかよく分からないが、抑制努力をしても、総額にすると毎年1兆円も増え続けるというのである。

どれだけ国庫が負担するかという議論は別として、医療費の伸びは止まらない。

厚生労働省が昨年秋に発表した2017年度の「概算医療費」は、42.2兆円と前年度比2.3%増えた。概算医療費は労災や全額自己負担の治療費は含まない速報値で、1年後に確定値として公表される国民医療費の98%に相当する。おそらく2017年度の国民医療費総額は43兆円前後と、過去最多になる見通しだ。

「高齢者1人当たりの医療費」も増加している

これまで何十年も医療費の増加が問題視されてきた。抜本的な制度見直しを行わなければ国家財政を揺るがすと言われ続けてきたにもかかわらず、小手先での対応に終始してきた。年金制度も同様である。

医療費が増加を続ける理由はいくつかあるが、中でも大きいのが高齢者の医療費が増加していることだ。概算医療費の「75歳以上」の医療費を見ると、2017年度は4.4%増という高い伸びになった。2017年度の「75歳未満」の医療費の伸び率は1.0%なので、高齢者の医療費が増えたことが、医療費全体を押し上げていることがわかる。

高齢化が進んでいるのだから当たり前だ、と言われるかもしれない。だが、高齢者が増えたことによる増加だけでなく、高齢者1人当たりの医療費も増加しているのだ。

2017年度の「75歳以上」の1人当たり概算医療費は94万2000円。前年度は93万円だったので、1万2000円上昇した。ちなみに75歳未満の医療費は22万1000円である。

高齢者ほど多額の医療費を使っている構図が鮮明だ。医療費の6割に当たる25兆円は65歳以上の退職世代が使い、子どもは6%。現役世代が使っている医療費は全体の3分の1に相当する14兆円あまりにすぎない。

日本の健康保険制度が根底から揺らいでいる

こうした高齢者医療費の増加が大きく影を落としている。

実は、大企業などが作っている「健康保険組合」で解散するところが増えているのだ。2019年4月1日、加入者16万4000人の「日生協健康保健組合」と加入者51万人の「人材派遣健康保険組合」が解散した。人材派遣健保は国内2位の規模だった。いずれも加入者は国が運用する「全国健康保険協会協会けんぽ)」に移籍した。

こうした主要な健保組合が解散に追い込まれたのは、保険財政の悪化が理由である。健康保険組合連合会がまとめた2017年度の収支状況によると、1394組合中42%に当たる580組合が赤字決算だったのだ。

赤字の大きな原因は、高齢者医療費を賄うため国が導入した制度に伴って、各組合が拠出を求められている「支援金」の負担増である。健康保険組合は、加入している社員の保険料で、社員やOBの医療費を賄う独立採算が原則だが、高齢者医療費の増加に伴って保健の枠組みの中だけで賄うことが難しくなったのだ。

健保連のまとめでは、2017年度決算における全組合の「支援金」の合計は3兆5265億円と前年度比7%も増えた。保険料収入の合計は8兆843億円なので、その44%が「支援金」に回ったことになる。現役や会社が負担する保険料の半分近くが召し上げられては、独立採算が成り立たなくなるのは当然とも言える。

国が運営する協会けんぽに移籍する人が増えれば、協会けんぽの財政も厳しくなり、その分、国庫負担も増える。日本の健康保険制度は世界に誇るすぐれた仕組みだと言われ続けてきたが、その仕組みが根底から揺らいでいるのだ。

2022年には「団塊の世代」が後期高齢者に仲間入り

2022年には「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者に仲間入りし始める。この世代が本格的に医療費を使うようになれば、日本の医療費はさらに大きく膨らむことになる。そのツケを、今の仕組みのまま、健保組合の現役世代に「支援金」として負担させれば、さらに大幅な保険料引き上げをしない限り、健保組合の財政は間違いなく悪化する。値上げが難しい健保組合は、2022年を前に解散する道を選ぶに違いない。

今後、高齢化だけでなく、ひとり当たりの医療費の高額化も止まらない。中でも「高額薬剤」問題は深刻だ。

2015年度に調剤費が前年度比9.4%増の7兆9000億円と一気に7000億円も増えたことがあった。2015年に肺がんへ保険適用が拡大された「オプジーボ」という薬が保険で使われたことが原因だった。1回約130万円、1年間の投与で3500万円かかるという「高額薬剤」だったのである。

健康保険の財政負担が急増したこともあって、厚労省は薬価改定の時期を待たずに特例でオプジーボの価格を引き下げるなど、急きょ対応した。だが、こうした高額薬剤は今後、増えていく傾向がはっきりしている。

高額化する医療費を誰が負担するのか

3月26日、スイス製薬大手ノバルティの日本法人は、新型がん免疫薬「キムリア」について、国内での製造承認を得たと発表した。5月にも薬価が決まるが、米国では1回5200万円という値段が付いた薬剤だ。

これが保険適用されると、保険財政が圧迫されると懸念する報道が出ている。薬価が5000万円の場合、年収370万円以上770万円未満の人の自己負担は月に約60万円が上限で、残りの約4940万円は保険が負担することになるとする試算が報じられている。

医療の高度化で難病が完治する時代になることは喜ばしい。だが、それは医療費の高額化と裏腹である。

誰でも低い負担で質の高い医療が受けられるという日本の国民皆保険制度が素晴らしいことは間違いないが、その保険の仕組みがもたなくなれば、どんどん公費負担が増え、国の社会保障関連費はうなぎのぼりになる。高額化する医療費を誰が負担するのか。何が何でも国で支えるべきなのか。抜本的な改革が待ったなしであることだけは間違いない。

 

「副業できないから」会社を辞めた、とある新聞記者の話に思うこと

4月4日の現代ビジネス(講談社)にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63940

 

外で書けない新聞記者

またひとり、後輩のジャーナリストが会社を辞めた。50歳前後で実績もあり、働き盛りで、それなりの給与を得ていたにもかかわらず、組織ジャーナリズムを「卒業」したという。

ささやかな壮行会で理由を聞いた。

会社には一身上の都合という決まり文句で辞表を出したが、本当は「本を書きたい」からだという。本を書きたいのなら新聞社にいた方が出版が容易ではないか、過去にたくさんの先輩ジャーナリストが自分の新聞社から本を出しているではないかと聞いたところ、最近は事情が違うらしい。

まず、本を書くのは「社業」という扱いに変わったのだという。

昔は別の会社の雑誌に寄稿したり、本を書いたりするのは「余業」、いわばアルバイトとして扱われ、原稿料や印税は記者が当然のように自分の副収入としていた。今はやりの「副業」を実質的に黙認してきた会社が多かった。自分の新聞社の出版部門から本を出さずに、わざわざ文芸系出版社から毎回出していた著名新聞記者も存在していた。

新聞社内には、そうした「他流試合」をむしろ奨励する雰囲気もあった。新聞では書けない話を週刊誌や業界誌に書くことで、記者の教育に役立つと考えていたのだろう。

筆者も入社5年目で東京本社勤務となった時、部長に呼び出された。

「君はなかなかの手練れだそうじゃないか。この雑誌のコラムの仕事を譲るから毎月書いてあげてくれ」

といきなりアルバイトを指示された。

分かりましたと引き受けて戻ろうとすると、その部長氏は付け加えた。

「おお、外の原稿の締め切りは絶対守れよ。信用を失ったら二度と仕事は来ないぞ。君の信用じゃない、うちの新聞の信用だからな」

これも教育の一環かと思ったものだが、後々判明したのは、くだんのコラムは原稿料の安さから部長氏が手離したくて仕方がなかったものだった。若手編集委員に「ええ、押し付けられたのか」と大笑いされた。

まあ、新聞社の全盛期。おおらかな時代だったと言えるだろうが、そんな自由な雰囲気の中で記者は着実に育っていった。

特定の業界に精通して業界紙からの仕事が増え、本業の新聞社より高い収入を得ていると豪語していた先輩記者がゴロゴロいた。ベストセラーを書いて家を建てた、という伝説の大記者もいた。

それがここ10年でまったく変わったのだという。

統制の中身

会社の名刺で取材したものを利用して書いたものはすべて会社の財産だ、という話になっているらしい。他の雑誌に書くのも、自分で本を書くのも、会社の許可が必要で、印税の大半を会社に納めるルールだという。

これは私の古巣だけでなく、他の新聞社やテレビ局も似たようなルールになっているようだ。

会社にまったく関係のない分野の原稿、たとえば小説を書く場合でも、会社の許可が必要で、しかも、自社の出版局が出版を拒否した場合にしか他の文芸出版社で出せないという話も聞いた。

認められた場合でも、経歴に会社名は一切出してはいけない、という不思議なルールも付いている。本名を一文字だけ漢字をかえたペンネームで本をだした古巣の現役社員を2人知っている。

会社を辞めるに当たって、取材で得た情報は一切使わないという念書を書け、メモ帳はすべて会社に提出せよ、と言うという話も聞く。さすがにメモまで提出して辞めたという実例は聞いていないが、会社は社員の脳味噌まで会社の財産だと思っている、ということなのだろうか。

実際に辞めた会社の後輩はため息をつきながらこう言っていた。

「印税などカネはどうでも良いのです。しかし著作権まで会社のものだと言われると、自分の作品を自分で再利用することもできなくなります。会社にいる限り、自分の本は出せないと思い、辞めるタイミングを考えていました」

副業解禁だから囲い込む

働き方改革の一環として、「副業」や「複業」の解禁が唄われている。時代が複雑化する中で、企業が終身で雇用し続け、同じ仕事だけを提供していくことが難しくなっていることが背景にある。

そうした柔軟な雇用関係に変えるには、自立した個人を育てることが不可欠になる。そうしたことから、副業解禁の流れが生まれているわけだ。

ところが、そんな中で、どこまでが会社の財産なのか、社員が身に付けたノウハウは誰のものなのか、といった問題がどんどん大きくなっている。

業務上知り得た情報を転職先などに伝えてはいけないとする守秘義務の規定は当たり前に存在するが、その範囲がどこまで及ぶのか。顧客名簿や製造方法といった分かりやすいものだけでなく、熟練技能やノウハウ、コツといったもののどこまでが会社の財産と言えるのか。

当然、企業側は自社の利益を損なわないよう、どんどん拡大解釈して、辞めていく社員に過剰な守秘義務契約を結ばせようとするだろう。一方で、自分の知識やノウハウを使ってはいけないとなったら、転職することなど不可能になってしまう。

法律ですべてを規定するのは難しいだろうから、裁判になるケースも増えるに違いない。だが、会社を辞めてひとりで勝負しようとしている個人が、大組織を相手に裁判を戦うことは時間的にも金銭的にも不可能だ。

新聞社などが副業のルールを厳格化した結果、何が起きたか。(一部を除き)若手の記者はまったくと言ってよいほど「他流試合」をしなくなった。組織ジャーナリズムの中で書く事だけがすべてなのだから、会社に従順な記者だけが尊重され生き残っていくことになるわけだ。

そんな枠にはまった仕事しか認められない新聞社で、本当のジャーナリストは育っていくのか、老婆心ながら心配でならない。

30万円のイヤホンを生むソニーが誇る職人たち

Wedge 4月号(3月20日発売)に掲載された、拙稿です。是非本誌にて購読ください。

 

 

 1人ひとり違う耳の形に合わせて、テイラーメイドで作られるイヤホンをご存じだろうか。ソニーの「Just ear (ジャスト イヤー)」。究極の装着性を追求して最高の音質にたどり着くことを狙った逸品は、当然、1つひとつ手作りされる。しかも日本国内でだ。

 東京・青山にある「東京ヒアリングケアセンター」で耳型を採ると、それが大分県日出(ひじ)町にある「ソニー・太陽」の工場に送られてくる。耳型から型枠を作り、そこに樹脂を流し込んでイヤホン本体を作るのだ。

 わずかなデコボコでも装着感が変わるため、手作業で削り、磨いていく。顕微鏡を使いながら精密な電子機器を組み込んでいく。微細な手作業が続く。

 そうして仕上げても、より精緻な装着感を求める顧客のため再調整することもある。

 そんな「究極のイヤホン」。好みに合わせて音をチューニングする音質調整モデルXJE-MH1は30万円(税別)である。イヤホンとしてはなかなかの高価格だ。長年ソニーのヘッドホンやイヤホンの開発に携わったエンジニアが注文客から使用環境や好みの音楽を聞き、それに合わせた音質を提案する。まさに世界に1台だけの「あなたのイヤホン」だ。

 音質プリセットモデルMJE-MH2は20万円(税別)。事前に音質を調整した「モニター」「リスニング」「クラブサウンド」という3つのタイプがある。いずれも、加えて、耳型を採取する費用9000円(税別)が別途かかる。

 実は、このジャストイヤーを作っているソニー・太陽という会社は、ソニーの創業者だった井深大さんが、ある思いを込めて作った会社だ。障がい者が自立を目指す施設として創られた社会福祉法人「太陽の家」と共同出資で1978年に設立された。

 

井深さんの思い

 

 本社工場の入り口を入った一角に、パネルが掲げられ、井深さんの写真とともに、こんな言葉が刻まれている。 「仕事は、障がい者だからという特権なしの厳しさで、健丈者の仕事よりも優れたものを、という信念と自立の精神を持ってのスタートでした」

 太陽の家の創設者だった中村裕(ゆたか)医師の、「チャリティーではなくチャンスを」という理念に突き動かされ、大分に工場を建てて障がい者が仕事に就く機会を作ったのだ。今でこそ、障がい者も健常者と同様に働くのが当たり前という認識が広がったが、当時としては画期的な考え方だった。

 今では、障がい者雇用は法律によって基準が定められ、その基準をクリアすることだけを考えている会社も少なくない。昨年は多くの省庁で障がい者の雇用数の水増しが発覚した。

 だが、井深さんは法律で義務付けられる前からこの会社を立ち上げたのだ。同じように、オムロンやホンダ、三菱商事といった企業の当時の経営者が中村医師に共鳴して共同出資会社を作っている。

 その中村医師は障がい者スポーツの振興にも情熱を傾け、1964年の東京パラリンピックでは選手団長として大会を成功に導いた。「日本パラリンピックの父」と呼ばれている。

 ソニー太陽で働く社員180人のうち64%に当たる115人に障がいがある。多くが四肢や聴覚の障がいだ。だが、健常者の仕事よりも優れたものをという創業以来の独立精神は間違いなく生きている。

 工場の中では、障がいがあっても同じ仕事ができるように作業台の高さや並べ方を変えている。さまざまな補助作業用具を自分たちで工夫して作ったりするのは当たり前、という文化が根付いているのだ。

 モノづくりの多くは人件費の安い海外に移転していった。ソニー製品も例外ではない。そんな中で国内にある工場に、人手を使って生産する製品を残すのは簡単なことではない。当然、高い付加価値が求められる。ソニー・太陽では、大量生産するほどは売れないが、着実に需要があるハイエンドのマイクロホンやヘッドホンなどを組み立ててきた。

 放送業界で「漫才マイク」としてよく知られているC−38というマイクがある。銘品とされ、音作りの世界でスタンダートになっている。注文数は少ないが、現場に愛され、着実に需要はあるため、生産を止めるわけにはいかない。

 ソニー・太陽の熟練工が手作業で組み立て、音質をチェックし出荷する。その技を伝承していくことも重要だ。ソニー・太陽の工場を歩いていると、ソニーという会社の原点とも言える「こだわりのモノづくり」という伝統を、色濃く残していることに気づかされる。

 「マニファクチャリングというよりも、一人ひとりの職人が技で作り込んでいくクラフトマンシップの会社です」と盛田陽一社長は言う。そして「ジャストイヤーは1つひとつ違うことがウリなので、機械ではなく、人間がまだ活躍でき、大きな付加価値を付けられる」と盛田さん。まさにソニー・太陽の得意技である。

 

根気のいる作業

 

 製造部の宮本晶(あきら)さんは、製造方法を確立する大役を任せられた。ソニー・太陽に28年務めるベテラン・マイスターだ。

 透明な樹脂でイヤホン本体を作るが、「はじめは気泡が入ったり、割れてしまうなど失敗もしました」と宮本さん。「不思議なのですが、一度失敗すると何度やっても上手くいかないなど、イライラが募ることもありました」と苦笑する。実際、「もうやってられない」と挫折して、担当を代わった社員もいる。それだけ根気のいる作業なのだ。ソニー・太陽の社員の中でも、ジャストイヤーを手掛けているのはごく一部の熟練工で全員が障がいのある社員である。

 1つひとつ手作業のため、量産はきかない。ほぼフル生産の状態だ。声優の南條愛乃さんとコラボした限定モデルは、あっという間に予定数を完売した。南條さんの聴いている同じ音質で音楽を楽しみたいというファンの人気を集めた。

 今後は日本の音響技術に関心の高いアジアの国々でもヒットしそうな予感だ。ジャストイヤーの存在がジワジワと口コミで広がっている。特に香港などで人気が高まっているという。

 まだイベントなどで出品した際の販売が中心で、耳型を採れるディーラー網の整備が出来ていないため、本格的に供給できていない。所得水準の向上とともに良いものには出費を惜しまないアジアの人たちが増えている。まだまだ販売が増える可能性は高そうだ。

 障がいを乗り越えて健常者以上の成果をあげるようになったソニー・太陽のマイスターたち。高い付加価値を生み出し、日本にモノづくりを残すことに大きく貢献しているのは間違いない。

国民に「ツケ」が回る「国家予算100兆円」の大盤振る舞い

4月1日の新潮社フォーサイトにアップされた拙稿です。オリジナルページ(有料)→

www.fsight.jp

 

 国会で大盤振る舞いの予算が成立した。2019年度の一般会計予算は7年連続で過去最大を更新し、101兆4571億円と、当初予算段階で初めて100兆円の大台に乗せた。10月の消費増税に伴う景気への影響を軽減するという名目で、公共事業を中心に大幅に増額しているのが特徴だ。

社会保障を隠れ蓑

 景気対策に新たに2兆280億円を使うが、単純計算で、これが無ければ100兆円を突破せずに予算を組むことも可能だった。つまり、意識的に100兆円を突破させる予算を組んだのだ。

・・・この続きは、新潮社フォーサイト(有料)にてご購読ください→https://www.fsight.jp/articles/-/45079

完全失業者「8年9ヵ月ぶり増加」が伝える、日本経済の危うい状況

3月28日の現代ビジネス(講談社)にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63764

 

人手不足を女性求職増が上回る

仕事を探していても職が見つからない「完全失業者」数が、2019年1月の調査で166万人となり、1年前に比べて7万人増えたことが分かった。完全失業者数が増加したのは何と8年9カ月ぶりのことだ。

安倍晋三首相が雇用情勢は改善していると成果を強調している折だけに、この「異変」をどう見るかが、今後の日本経済を占う上で重要なカギを握りそうだ。

総務省統計局が発表した1月分の労働力調査によると、仕事に就いている「就業者」数は6628万人と前年同月比66万人増加。企業などに雇われている「雇用者」数も5953万人と73万人増えた。

いずれも73カ月連続の増加だ。2012年12月に第2次安倍内閣が発足した直後から増加が続いていることから、雇用が増えたことが安倍内閣の最大の功績とされている。

就業者、雇用者が大きく増えているにも関わらず、現場の人手不足はまったく改善していない。正規社員・職員は前年同月比27万人増の3474万人と50カ月連続で増加、非正規社員・職員もここ1年あまり再び増加しており、35万人増の2154万人と16カ月連続で増えた。完全失業率は2.5%と空前の低さを維持している。

そんな中で完全失業者数だけが8年9カ月ぶりに増加したのである。いったなぜ増えたのだろうか。

中味を見てみると、男性の完全失業者は1万人減少しているにもかかわらず、女性の失業者が7万人増えているのだ(四捨五入のため合計が合わない)。

もっとも、女性の就業者数(15歳〜64歳)は1年前に比べて33万人も増えているし、65歳以上の女性でも1年前より21万人多い344万人が働いている。働く人が増えているにもかかわらず、失業者も増えているのだ。

つまり、働きたいと考えて求職活動を行う女性が増えている結果、失業者が増えたとみられるわけだ。今や女性の就業率は7割に達し、女性も仕事を持って働くのが当たり前の社会に変わっている。社会で活躍する女性が増えるのは歓迎すべきことだろう。

景気回復感を打ち消す「可処分所得」減少

完全失業者166万人のうち、111万人が仕事を辞めたために求職している人たちで、1年前に比べて5万人増えた。

会社の都合で辞めたために求職している人は22万人で、前年同月比2万人減っている。一方で、自己都合で辞めた人が72万人と5万人増えた。

これを見ても、失業者が増えたのは、景気回復が足踏みした結果、会社が社員や非正規雇用の人たちを解雇したり、雇い止めしたりしているというよりも、よりよい職場を求めて転職活動をしているという傾向が強いのだろう。

だが、一方で、新たに仕事を探し始めた人も40万人と4万人増えている。そのうち20万人が「収入を得る必要が生じたから」と理由に分類されている。1年前に比べて3万人増だ。

この調査から見えてくるのは、収入を補うために働かざるを得なくなった主婦が増えているということではないのか。

なかなか給与が増えない中で、税金や社会保険料が増加して可処分所得が減少、そこに、ジワジワと上昇する物価が追い打ちをかけている。貧しくなってきているから働かざるを得ない、というのが実態なのではないか。

「毎月勤労統計」の不正統計による不備で、実際のところどれぐらい給料が上昇しているのか、正確なところがわからない。一部の大企業ではベースアップなどが続き、所得が増えているが、中小企業で働く人たちは賃金上昇の恩恵をほとんど受けていないのではないか。

各種アンケートで、景気回復の実感が乏しいという結果が出てくるのは、家計の可処分所得が一向に増えないことにあるとみられる。いよいよ生活を守るために働きに出て、少しでも賃金を得ようという人が増えているのだろう。

激減、オフィス事務職の求人

これだけ人手不足なのだから、失業者が増えても一時的な現象として終わるのではないか、という見方も成り立つ。企業の採用意欲は依然として強いから、多少求職者が増えても、早晩、吸収されていくというわけだ。

その際、最大のネックは、求人職種と求職職種のミスマッチだろう。新たに職を求める女性が働きたい、これならできる、と思う職種と、企業などが求めている職種に大きなズレがあるのだ。

厚生労働省が発表した2019年1月の有効求人倍率は1.63倍と歴史的な高水準が続いている。仕事をしたい人1人に対して1.63件の求人があるということを示している。

有効求人倍率を職業別に見ると、「建設躯体工事の職業」が10.58倍、「自動車運転の職業」が3.19倍、「介護サービスの職業」が4.31倍などとなっている一方で、「事務的職業」は0.54倍と1倍を割っている。いわゆるオフィスでの事務職というのが激減しているのだ。

長年、主婦だった人が職に就きたいと考える場合、オフィスでの事務職を求める傾向が強いが、実際には、介護や販売などの仕事にしか就けないというケースが多い。こうした職種は時間や体力的に厳しいものの、給与水準が低いという問題点もある。

中国経済の減速などで、日本企業の収益改善も足踏みが予想されている。景気回復への期待が強いものの、生活が豊かになる実感はまだまだ乏しい。

失業者数の増加が、働かざるを得ない人の増加という「貧しくなってきた日本」の象徴だとしたら、やり切れなさを感じるのは筆者だけでないだろう。