お家騒動のLIXIL、新体制は「社外取締役だらけ」で大丈夫なの?

6月27日の現代ビジネスにアップされた拙稿です。オリジナルページ→

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お家騒動の顛末

瀬戸欣哉前CEO(最高経営責任者)の突然の解任劇で始まったLIXILグループの経営権を巡る騒動は、6月25日に開いた株主総会での投票の結果、瀬戸氏がCEOに復帰することで落着した。

もっとも、取締役候補者について、会社側提案名簿、株主側提案名簿をそれぞれ一括して賛否を問うのではなく、名簿に登載された候補者一人ひとりについて投票する仕組みになったため、株主提案側候補8人、会社側提案候補6人の合計14人が取締役に選ばれるという「呉越同舟」状態になった。

会社側提案で候補者だった福原賢一・ベネッセホールディングス代表取締役副会長と、元財務官僚の竹内洋氏は選任されなかった。両氏の就任が否決されたのは、議決権行使助言会社が反対を推奨していたことが大きいとみられる。

株主側候補の全員、会社側候補の大半がともに選任されたのは、創業家など大株主の票が割れ、最後まで拮抗していたとみられること。機関投資家の中には、両方の候補者に賛成票を投じたケースがあったことなどが理由とみられる。

会社側提案はLIXILグループ執行役副社長の大坪一彦氏だけが社内取締役で、他はすべて社外取締役で固めた。社外取締役が過半を占め、一見、コーポレートガバナンス上、優れているため、機関投資家が反対しにくい候補者名簿とみられた。もっとも、運用のされ方によっては、唯一の社内取締役である大坪氏任せになりかねないという見方もあった。大坪氏の背後には総会前に辞任した潮田洋一郎氏がおり、潮田氏の影響力が残るという見方もあった。

潮田氏はLIXILの前身の1社である旧トステム創業家。昨年10月末に、当時取締役会議長だった潮田氏が、突然、瀬戸氏をCEOから解任し、自らCEOに就任したが、その解任劇が不透明だったとして海外機関投資家を中心に反発の声が上がった。そうした声に押される格好で、瀬戸氏が復帰を目指して攻勢を強めていた。

潮田氏は形成不利と見たのか、株主総会前にCEOを自ら辞任、取締役候補にもならないことで、何とか影響力を残そうと試みたとみられる。

結果、大半が社外取締役

株主総会に出された株主提案の取締役候補者は、瀬戸氏のほか、LIXIL前身のINAX創業家である伊奈啓一郎・LIXILグループ取締役らが名を連ね、潮田派との対決姿勢を鮮明にした。候補8人のうち社内取締役4人、社外取締役4人という構成だった。社外取締役が半数で、会社側提案に比べ、社内色が強い候補者名簿だった。

株主総会で選ばれた「新体制」は図らずも、14人中9人が社外取締役になった。社内取締役5人中、株主提案側が4人を占めたものの、社外取締役9人中5人は会社側提案の人物になった。

しかも株主提案側社外取締役候補の4人のうち2人(鬼丸かおる・前最高裁判所判事と鈴木輝夫・元あずさ監査法人副理事長)は、会社側候補者としても提案されていた(両氏はそれを承諾していなかった)。つまり、社外取締役は会社側が「多数」を占めたのである。

株主総会後の取締役会でCEOに選ばれて復帰した瀬戸氏や瀬戸氏派の社内取締役が主導権を握ったとしても、社外取締役の十分な理解と支持を得なければ事が進まない状態になったわけだ。

しかも、取締役会議長は会社側提案の社外取締役候補だった松崎正年・コニカミノルタ取締役が就いた。

焦点は、社外取締役が今後、どれだけ「本来の機能」を果たしていくかだろう。

本来の機能とは、株主の利益を守ることである。特に、瀬戸氏復帰の原動力になった海外機関投資家の理解を得られるかどうかが重要になる。

総会後に開いた記者会見で松崎氏は、機関投資家との対話について、「主な役割は瀬戸氏が担うが、必要に応じてわれわれ社外取締役機関投資家との対話は厭わない」と発言していた。

今度こそ機能するのか

日本では社外取締役制度が広がって日が浅いこともあり、まだまだ社外取締役が機能しているとは言い難い。会長社長やCEOといった社内の実力者が実質的に社外取締役を選んでいるケースも多く、社外取締役側も「社長の相談係」程度の意識しかない人も少なくない。

まして、過半数社外取締役が占めるケースはごく稀で、社外取締役がどれだけ経営の方向性を示すなどの重要な役割を担うのか、実証例はほとんどない。

偶然の産物として生まれたLIXIL新体制の社外取締役は9人中5人が経営者で、1人が機関投資家、1人が大物公認会計士で、いずれも経営に関わるプロと言える。

日本の社外取締役選考で多い「お目付役」的な存在は、最高裁判事を務めた鬼丸氏と、元米国務省アジア太平洋担当国務次官補のカート・キャンベル氏である。経営のプロが中心で、法曹関係者と外国人という「外部の目」が入る体制は理想的とも見える。

CEOについた瀬戸氏は、会社側提案で唯一の社内候補だった大坪氏について「優秀で一緒にやっていける」とし、事業会社LIXILの社長として留任させることを表明した。

また、執行役についても大きな入れ替えは行わなかった。「ワンリクシル」を目指していく姿勢を強調した。

果たして雨降って地固まるとなるか。LIXIL新体制は、社外取締役過半数を占めるという新しいガバナンスの日本におけるモデルとなれるのかどうか。瀬戸氏の力量だけでなく、社外取締役の力量が大いに注目されることになる。

 

 

規制改革推進会議の「後継組織」 求む、緩和に身体を張る経営者

SankeiBizに6月25日にアップされた「高論卓説」です。オリジナルページ→

https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190625/mca1906250500006-n1.htm

 

 政府の中で規制改革の司令塔としての役割を担ってきた「規制改革推進会議」が7月で3年の任期を終える。後継組織をどうするか、政府は最終的な結論を出していない。「岩盤規制に穴を開けるドリルになる」と繰り返し述べてきた安倍晋三首相の姿勢が改めて問われることになる。

 規制改革推進のための組織は、1995年の行政改革委員会規制緩和小委員会(参与・宮内義彦オリックス社長=当時)から続くが、もともと土光臨調(第2次臨時行政調査会)の流れをくんでいるといわれる。民間が政治と一体となって霞が関が握る規制や利権を突き崩してきた歴史である。

 民主党政権時代にいったん姿を消したが、2013年に第2次安倍内閣が「規制改革会議(議長・岡素之住友商事元会長)」として復活させた。16年に任期満了になると後継組織として「規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大学教授)」が作られ、現在まで続いている。これが7月で任期満了となるのだ。

 後継組織については、自民党行政改革推進本部(本部長・塩崎恭久衆議院議員)が、「常設化」「法定化」すべきだと提言している。少なくとも「常設化」は21日に閣議決定された「骨太の方針」に検討が盛り込まれた。

 規制改革推進組織としての権限強化を狙って重要会議として法律で定める「法定化」については、首相官邸が最終的にどれだけ規制改革に覚悟を決めるかにかかっている。民間人を中心とする規制改革推進組織が強力な権限を持つことに、規制権限を握る各省庁が抵抗するのは明らかだからだ。

 後継組織の設置が決まっても議長や委員の人選は難航しそうだ。トップである議長には改革派の経営者が求められる、年々、規制緩和に体を張る経営者がいなくなっている。現在の規制改革推進会議でも議長を引き受ける経済人が現れず、結局、学者で元経済財政担当相の大田氏が引き受けた。

 議長代理になった金丸恭文・フューチャー会長兼社長は筋金入りの改革派として知られるが、議長になると農協改革などの具体的な規制見直しに携われなくなるということで代理に落ち着いた。

 今回の後継組織でも改革派の経営者探しは難航しそうだ。

 理由はいくつかあるが、自社の経営に追われ、国家全体の規制改革に取り組む意欲を持つ経営者がいなくなったこと。そして、何よりも大きいのが、既得権を持つ業界団体や官僚組織を敵に回してまで、改革をやり遂げようという信念を持った人物がいなくなったことだ。霞が関を敵に回すと出身企業が損をすると率直に語る経営者もいる。

 かつては民間企業の多くは政府や霞が関の世話になっているケースは少なく、規制緩和を真正面から主張できた。

 最近は伝統企業ほど政府の助成金などの恩恵を被るケースが増えており、霞が関との関係を気にするようになっている。

 頼みは首相のリーダーシップだが、加計学園問題での国家戦略特区制度への「攻撃」もあり、安倍首相自身の規制改革への姿勢が薄れているという見方が強い。

 そんな中で、霞が関の「反改革」とも言える動きが強まっている。果たして、どんな人物が集まる後継組織ができるのか、大いに注目したい。

高級時計の付加価値で得た利益を「よのなか」のために使う

Wedge(ウェッジ)6月号(2019年5月20日発行)掲載の「Value Maker」です。 

 

 200万円で売られている世界を代表する高級腕時計の原価はいくらか。時計の専門家に話を聞いた藤原和博さんは度肝を抜かれた、という。

 ムーブメントと呼ばれる駆動装置は技術の進歩が究極までたどり着いていて、何社かに集約され大量に生産されている。価格は4500円くらいとみられるが、実際にはもっと安いという説もある、という話だった。特殊な貴金属を使わなければケースを合わせても原価2万円。それが200万円に化けるのだ。

 「付加価値を生むブランドの力というのは正直凄いと感心した」と藤原さんは振り返る。

 リクルート出身の藤原さんは、東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めるなど教育改革の実践家。「よのなか科」の生みの親としても知られる。当時は和田中学の5年の任期を終えたところだった。

 教育に関わるかたわら、藤原さんは日本的な良さと最先端の技術を組み合わせる「ネオ・ジャパネスク(新しい日本風)」を掲げてきた。自宅も和の伝統を重んじながら、現代的な便利さを導入したものを建築家と共に建てている。

 時計は日本を代表する製品に育ちながら、欧米の高級ブランドのデザインに押されている。もっと日本の美を凝縮した時計が作れるのではないか。日本を代表する経済人や政治家が、世界に出かける時に腕にしていって夜の晩餐会で高級ブランドに引けを取らない「ネオ・ジャパネスク」の時計ができないか。

 長年の夢が、原価を聞いた途端、藤原さんの中でプロジェクトとして動き出した。ブランド物と同じクオリティの時計が20万円か30万円で売れるのではないか、とひらめいたのだ。

 問題はどう作るか。そんな折、セイコーを退職して、長野県岡谷市で、純国産の腕時計ブランド「SPQR(スポール)」を企画製造していた清水新六・コスタンテ社長を知る。

 清水社長はセイコー時代、ジェノバやミラノ、香港に駐在。商品企画からものづくり現場、アフターサービスまで、「時計作りに関わるひと通りの仕事を経験させてもらった」と清水さん。自分が欲しい時計を作りたいと一念発起し52歳で退職した。セイコー時代の人脈ネットワークを使って新しい時計が生まれていった。時計製造の日本でのメッカとも言える諏訪地域を中心に、ものづくりだけで30社、販売まで含めれば70社との連携で時計が世に出て行く。いわばバーチャル・カンパニーだ。

 藤原さんは清水社長に会うと、この人ならば自分が考えているものを形にしてくれると直感する。その日のうちに手書きでイラストを描いた時計のコンセプトが藤原さんから清水社長に送られてきた。

 文字盤は藍色の漆。長野オリンピックでメダルを作った漆加工職人の手によるものだ。深い宇宙を思わせる、引き込まれるような藍色である。文字盤には機械の動きが見えるシースルーの窓が付いているが、通常とは逆で、向かって右側にある。

 「これまでの時計は大体向かって左、つまり右側にテンプ(振動する部品)が置かれていた。でも時計を人に見立てると心臓は本来、左側にあるべきではないのか」

 そんな藤原さんの発想は時計業界の常識からすると全くの型破りだった。

 向かって右側にテンプを置くには、針を調整するリュウズを左に持ってこなければならない。左利きならばともかく、右利きの時計はリュウズが右と決まっている。それでも清水社長は藤原さんのリクエストを形にしていった。

 藤原和博プロデュース「japan」プロジェクト。藤原さんが清水社長に会ってからわずか半年で、2モデルが出来上がった。「大手時計メーカーだったら製品化に5年はかかります」(清水社長)というから破格のスピードだ。

 価格はゴールドモデル25万9200円(税込)とシルバーモデル19万4400円(同)と決して安いものではない。それでもそれぞれ限定25本という希少性もあって、予約段階で完売した。ストーリー性のある本物にはお金を惜しまない消費者が確実にいる。藤原さんはそう確信した。

 もともとは1回限りのプロジェクトのつもりだった藤原さんだが、その後もプロジェクトは続くことになる。製造に当たる清水社長の仲間たちが「ネオ・ジャパネスク」の時計にやりがいを感じたからだ。もちろん、完売後も問い合わせが続くなど、「japan」の人気が高かったこともある。

 そんな最中、東日本大震災が起きる。津波の被害にあった宮城県雄勝町の特産品である雄勝石。復元された東京駅舎の屋根に貼られている石だ。津波で流され泥まみれになっていた石をボランティアが掘り出し、洗い清めた。その雄勝石を薄くして文字盤にできないか。

 藤原さんが「japan311」と名付けた限定品が発売されたのは震災から5カ月後のこと。40本作り、30本を31万3200円で販売。10本は地元関係者に寄贈した。また、売り上げから300万円を寄付、津波で流された「雄勝法印神楽」の太鼓や衣装の購入費用とした。寄付付きということもあって、このモデルもあっと言う間に完売している。

 2016年に、日本の磁器が佐賀県有田に誕生して400年を迎えるのに合わせて藤原さんは、有田焼の白磁で文字盤を作れないかと思いつく。藤原和博プロデュースの第5弾は「SPQR arita」と名付けられ、2013年に発売された。有田焼の窯元「しん窯」が文字盤用に薄い白磁を完成させた。リュウズの先端にも蛇の目模様の有田焼が付けられている。

 この有田焼の文字盤がセイコーの目に止まる。今秋発売予定の「プレサージュ」匠の技シリーズに採用されたのだ。実は、担当者から藤原さんに「別の白磁メーカーに作らせるのでいいでしょうか」と事前に確認があった。藤原さんは即座に、むしろ技術開発に苦労した「しん窯」を使ってあげて欲しいと伝える。自分は一銭もいらないけれど、あとで「セイコーがまねをした」くらいのことは言ってもいいですよねと微笑んだという。

 ネオ・ジャパネスクを広げたい藤原さんにとっては、セイコーからの話は願ってもないことだった。一方で、自分のアイデアをまねされたと言いふらせることは遊び心満点の藤原さんにとって何よりの報酬だというわけだ。

 藤原さんがプロデュースする日本の様々な技術と時計との融合は、ものづくりを守り育てることに大きく役立っている。世界の高級ブランドと同じ品質のものを、きちんとした価格で売れば、携わる職人たちが満足する手間賃を得るだけでなく、企画する清水社長にも利益が残る。

その利益から清水社長はラオスでの学校建築に寄付をしているのだ。学校建設の基金と出会ったのも、藤原さんの紹介だった。

 付加価値を付けた本物志向のものづくりの利益が循環して、海外での学校建設にまでお金が回る。藤原さんのアイデアから生み出された価値は、とてつもなく大きい。

最も忙しい役所はどこか?霞が関の働き方をガラリと見直すある試み  自民党が初の調査と提言

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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65348

 

明治以来初めての調査

霞が関で最も忙しい役所はどこか。自民党行政改革推進本部(本部長・塩崎恭久衆院議員)が、政策立案に関わる部署の「業務量調査」を行ったところ、それぞれの項目で厚生労働省が軒並みトップになった。

「国会答弁回数」「所管委員会への出席時間」「質問主意書への答弁書数」「審議会開催回数」「訴訟での被告件数」を調べ、定員1000人あたりで集計した。いずれも、政策立案の過程で行われている国会対応の業務量だ。

例えば答弁回数では厚労省が2212件でこれに、文部科学省が1998件、財務省が1081件と続いた。また、所管の委員会への出席時間も厚労省が419時間と、財務省の333時間を大きく上回ってトップ、ほかの3項目でもすべてトップになった。

さらに、国会対応業務以外でも5項目で調査。官報に記載された「政令の総ページ数」「省令の総ページ数」「告示の総ページ数」のほか、「行政事業レビューの件数」「財務省主計局への訪問回数」などを調べた。

定員1000人当たりでは、政令財務省が多かったものの、省令と告示では厚労省が抜きん出てトップとなったほか、レビュー事業数もトップだった。主計局訪問回数はトップだった文部科学省の286回に次いで、201回で2位になった。

今回の調査では、各省庁の業務量について様々な項目を調べた。霞が関全体の業務量を根本から調べたのは戦後初めて。おそらく明治に官僚制がスタートして初めての事だろう。

見直しは外部民間人に

提言では「これまでの霞が関では、古くからの仕事を十分に整理・縮減することなく、これらが『根雪』のようにたまったまま、新たな社会ニーズにも対応を求められてきた」とし「これが無理と歪みを生じ、さまざまな分野での変革が遅れる大きな要因ともなっていた」と指摘した。

つまり、次々に増える仕事を整理しないで抱え込んできたことが、霞が関に「根雪」のように仕事が溜まりに溜まった要因だとしているのだ。

そのうえで、抜本的な対策を提案している。

まずは、内閣官房に「業務の抜本見直し推進チーム」を設置すべきだとしている。トップは外部の中立的専門民間人とし、「相当数」の外部民間人材や、各府省の改革人材を起用すべきだとしている。

そのうえで、業務の抜本的な見直しに関する「骨太の共通ルール」を約3カ月以内に定めて全面的な業務の見直しに着手、その後9カ月を「集中取り組み期間」として見直しを行うとしている。

2つ目は内閣人事局で新たな機構・定員管理体制を確立すること。定期的に機構や定員を見直す体制を敷くことを求めている。また、デジタル化等の推進目標の設定なども行うべきだとしている。

3つ目は業務見直しに関わる幹部の人事評価の見直し。既存業務の廃止・縮小やデジタル化等の業務方法の効率化が幹部職員の主要な職責であることを明確化したうえで、人事評価に反映させるべきだとしている。

業務の見直しに、「中立的な民間人」を起用したり、人事評価に反映させたりするのにはワケがある。霞が関には伝統的に「予算を取って来る課長が偉い」という風潮がある。予算を取れば当然、仕事は増える、そこで力のある幹部は定員を獲得する。つまり業務量を増やすことが評価されてきたのだ。

また、予算をどう使うかは役所の権限そのもの。官僚たちの権力の源泉とも言える。逆に業務を廃止・縮小させれば、予算が減らされ、定員を削られる。つまり権力を手放すことになりかねない。そんな事を率先してやる官僚などいるはずもなかったのだ。

業務の見直しは各省庁・各部局の権限に踏み込む作業だから、中立的な民間人でなければ難しい。改革派官僚も守ってやらないと、所属する官庁から仕打ちをされかねない。だからこそ、業務を減らすことを幹部の職責としたうえで、人事評価をする。つまり、仕事を減らしたことが評価される仕組みに変えなければいけない、というわけだ。

日本の国際競争力強化にもつながる

すでに「業務の抜本見直し推進チーム」については、政府も設置に向けて動き出しているという。「夏前には設置されると聞いており、そこから3カ月で骨太の共通ルールを策定することになる」と同本部の事務局長を務める小林史明衆議院議員はみる。霞が関の仕事の抜本的な見直しがまがりなりにも始まることになりそうだ。

さらに提言では、「最も忙しい」事が判明した厚生労働省の改革にも触れている。

厚労省については「暫定的に」定員を増やしたうえで、官民から有為な人材を求めるべきだとしている。

さらに、国会の厚生労働委員会を「厚生委員会」と「労働委員会」に分け、それぞれに担当副大臣を置いて対応することも提案した。副大臣では対応できない場合は、特命担当大臣厚生労働省に置き、大臣2人体制にすることも考えるべきだ、とした。

霞が関の深夜残業などの根源とされる国会対応業務については、早めの質問通告を促すために、「議員からの質問通告の確定した時間を公表」することなど、現状の業務状況の「見える化」を行うべきだとしている。

業務の大幅な見直しの中味や方法については今回の提言では触れられていないが、全面的な電子化や決裁方法の見直し、テレワークの促進などを想定している。

霞が関はまだまだ紙の文書を前提とする政策立案や決裁の仕組みが中心で、欧米政府のようなデジタル化にはほど遠い。一方で、こうした行政部門のガラパゴス化が日本全体の国際競争力を阻害していると声も根強い。そうした危機感が今回の提言に踏み切った議員の共通認識になっている。

 

規制緩和妨げる『毎日新聞』背後に見える「官僚」と「既得権益者」

新潮社フォーサイトに6月17日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/45493#feed-comment

 

毎日新聞』と改革派の元官僚のバトルが異例の展開になっている。

 ことの発端は、毎日新聞が6月11日付け朝刊の1面トップで、「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円、会食も」と大々的に報じた“スクープ”だった。

 政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の座長代理を務める原英史・政策工房社長と「協力関係」にある「特区ビジネスコンサルティング(特区ビズ)」という会社が、特区提案を行っていた会社から200万円のコンサルティング料を受け取っていたというもの。

 記事に付けられた図版には原氏の写真が載せられ、あたかも原氏が200万円を受け取ったかのような印象を与えている。また、社会面の解説では、「原氏らWG民間委員と提案者の『利害関係』に関するルールはなく、公務員でもないため、仮に賄賂や過剰接待を受けても収賄罪などは適用されない」とし、200万円のコンサル料や関係者と原氏の会食が、賄賂や過剰接待に相当するかのように表現していた。

 原氏は同日、「虚偽と根本的な間違いに基づく記事に強く抗議する」という文書をフェイスブックで公表、『フォーサイト』をはじめ、インターネットメディアなどに掲載された。「特区ビズなる会社やその顧客から、1円ももらったことはない」と否定、特区ビズとは「協力関係にない」として、「こんな見出しを掲げ、私が『収賄罪』相当のことをしたとのコメントまで掲載しているのは、まったくの虚偽というほかない」と反論した。

 にもかかわらず、毎日新聞は翌12日付け朝刊でも1面トップを使い、「政府、特区審査開催伏せる WG委員関与 HPと答弁書」という記事を掲載した。

 記事は冒頭から「国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の原英史座長代理が申請団体を指南し、協力会社がコンサルタント料を得ていた問題で」という書き出しで始まっており、原氏の「犯罪性」を前提に続報を打っている。

 一般の読者からすれば、原という人物はよほどの悪党で、特区の審査を私物化して私腹を肥やしていたと感じるに違いない。だが多くの読者にとっては、特区WGという組織自体に馴染みがなく、そのトップでもない「座長代理」の原英史氏という人物についてもまず知らない。なぜ、有名人でもないこの人物が連日にわたって「追及」されるのか、不思議だったに違いない。

毎日新聞の「狙い」や「ネタ元」

 実はこの原氏、政府の規制改革に関わったことのある人たちの間では有名な人物だ。

 元経済産業省の官僚で、現役時代から改革派で知られた。2006~07年の第1次安倍晋三内閣と次の福田康夫内閣で、渡辺喜美氏(現参議院議員)が規制改革担当大臣に就任した際、補佐官を務めた。経産省の先輩で当時、改革派官僚の代表格だった古賀茂明氏の紹介だったという。

 当時、霞が関安倍内閣の規制改革や公務員制度改革に真っ向から反対し、省を挙げて非協力を貫いたが、そんな中で協力した原氏は「裏切り者」で、渡辺大臣退任後は経産省に戻る場所がない状態になった。

 結果、原氏は2009年7月に退官、財務官僚を辞めた高橋洋一・現嘉悦大学教授と共に、「株式会社政策工房」を設立、現在に至っている。政策工房は、政党や国会議員などのために政策立案作業を手伝うコンサルティングを仕事にしている。官僚の専売特許だった「政策立案」を民間企業として、しかも官僚組織が嫌がる「規制緩和」や「行政改革」を中心に行う稀有な存在となっている。

 民間企業だから当然、ビジネスとしてコンサル契約を行う。だが、原氏の目的が金儲けでないことは明らかだ。

 公務員制度改革や規制改革、国家戦略特区を取材した経験のある記者ならば、原氏に取材したことがない人はいない。筆者も原氏が現役の官僚だった頃から取材しており、退官後はジャーナリストの田原総一朗さんとNPO法人「万年野党」を作って、国会議員の評価などを共に行ってきた。人となりはよく知っているが、行政改革がライフワークで、金儲けには興味がない。

 もともと改革の仕掛け人として表には出ず、国会議員や改革派官僚の知恵袋として活動していたが、2016年9月に内閣府の規制改革推進会議の委員に就任。「表に出て」闘うことになった。闘う相手はもちろん、規制緩和に抵抗する各省庁である。

 安倍首相が第2次以降の内閣で規制改革の切り札として使った国家戦略特区のアイデアも、もともと原氏から出たと筆者はみている。それまでの構造改革特区などは、特区として認めるかどうかは最終的に各省庁の権限だったが、国家戦略特区では、各省庁の大臣に最後まで反対する権限は与えられていない。特区指定された地域の首長と、国家戦略特区担当大臣、そして事業者が規制緩和で合意すれば、各省庁の大臣は基本的に尊重しなければならない仕組みになっているのだ。当然、霞が関からすれば、「国家戦略特区はけしからん」ということになる。

 ここまで書くと、原氏を執拗にバッシングする毎日新聞の「狙い」や「ネタ元」が容易に想像できるに違いない。

徒手空拳の闘い

 国家戦略特区による特例的な規制改革は強い政治のリーダーシップが不可欠だ。特区などを指定する「国家戦略特別区域諮問会議」の議長は安倍首相で、その他4人の閣僚と5人の民間有識者議員からなる。

 現在の民間議員はコンサルタントの秋池玲子氏、コマツ元会長の坂根正弘氏、東洋大学教授の坂村健氏、東洋大学教授の竹中平蔵氏、大阪大学名誉教授の八田達夫氏である。いずれも改革派の代表格と言える人物が集まっている。

 安倍首相は繰り返し、自らが「岩盤規制を突破するドリルになる」と表明、この特区諮問会議で、規制に穴を開けてきた。

 2017年4月、千葉県成田市国際医療福祉大学が医学部を開設した。日本で医学部の新設が認められたのはなんと約40年ぶりのことだった。2018年4月には愛媛県今治市加計学園獣医学部を新設したが、獣医学部に至っては52年ぶりのことだった。

 農業分野では企業の農地取得、民泊の解禁、自動走行の実証実験、都市部での容積率の緩和など、特区を使った規制改革が行われてきた。

 だが、「岩盤」と呼ばれるほどの規制が存在するのは、既得権を持つ業界団体などが規制緩和に強く反対してきたからだ。

 毎日新聞は一連の報道で、特区認定の審査で透明性や公平性を重視せよ、と繰り返している。だが、規制緩和に関しては、賛成側と反対側の力関係が同等ではない。反対する側は「既得権」を持ち、その業界の利益を守ろうとする所管省庁もそちら側に与する。一方で、規制緩和を求める側は徒手空拳で、所管省庁も手助けしてくれない。申請書の書き方すら分からないのに、行政文書のプロである官僚を向こうに回して闘わざるをえないのだ。

 もともと、特区WGの設立趣旨には、「(特区制度に関する施策の)調査及び検討に資するため」開催すると記載されている。WGは規制緩和を求めている事業者などの相談に乗り、どんな規制が事業の障害になっているか、それを特区制度で打破できるかを検討する役割で、それを採用するかどうかは特区諮問会議の役割だ。

 既得権を持つ業界団体などと一緒に官僚が守ろうとしている規制を打破して、新規参入を実現するには、政治のリーダーシップが必要なことは言うまでもない。

 獣医学部新設という規制を突破するために、特区を使ったことが、あたかも「総理のご意向」や友人関係にある「加計学園」への利益誘導だったと批判されたため、特区制度自体が壁にぶち当たっている。規制緩和を進めたい各地の首長の間で、特区申請に尻込みする動きが広がっているのだ。もともと事業者に特区申請をさせるのがかなり困難な作業だったが、加計学園問題以降、批判を恐れて申請を躊躇する事業者が増えた。

「利用されている」記者たちの底の浅さ

 今回の毎日新聞の報道でも、真珠養殖への新規参入や美容師業界での規制緩和に原氏が「便宜を図った」と言わんばかりの報道だが、漁業協同組合や美容師の業界団体は政治力も強く、規制緩和が遅れている分野として知られている。何せ、日本で美容師の資格を取った外国人は日本で働くことができなかった。日本人で美容師試験を受ける人が大幅に減っているにもかかわらず、既得権を守るために新規参入が阻害されてきたのである。

 そこに特区を使って新規参入しようと手を挙げる事業者が現れた場合、業界団体などからバッシングされるのは明らかだろう。特区WGの民間委員として法的に問題はないということをよくよく分かっていながら原氏を叩く毎日新聞の背後には、改革派である原氏を潰したい官僚組織か、既得権を守りたい業界団体などがいるのは明白ではないか。

 ちなみに、原氏が委員を務めてきた政府の規制改革推進会議が、7月で3年の任期を終える。後継組織をどんな形で発足させるのかまだ明らかではないが、委員の人選も行われる。その後継組織に改革派の原氏を入れたくないという官僚組織の思惑が、今回の毎日新聞の連日の“スクープ”の背後にあるのかもしれない。

 実は、執筆した毎日新聞の記者から、なぜか筆者も取材を受けたのだが、不在時にアシスタントが名刺を渡しているにもかかわらず、取材のアポも取らずに突然来訪し、取材目的を偽った上で、自分たちのストーリーに合わせた質問しかせず、ダメだと分かれば10分ほどで帰る、という不誠実極まりないものだった。社は違うが、新聞記者の先輩として恥ずかしい限りだ。

 だが、そこまで毎日新聞の記者たちが決め打ちして記事が書けるのは、彼らのネタ元が「信頼できる筋」だということを示している。おそらく、官僚や官僚OBということだろう。正義を貫いているつもりが、既得権を持つ官僚や業界に利用されているということに気が付かない記者たちの底の浅さに、毎日新聞だけでなく、日本のジャーナリズムの危機を感じる。

「この漁村を救いたい」ナウシカに憧れた水産女子の“熱い思い”

 5月4日のNewsPicks「ミリオンズ ~100万人に1人の人材への挑戦~」に掲載された記事です。オリジナルページ→

https://newspicks.com/news/3853576/body/

 

「#08 田中 優未(第一期水産女子)」
漁業をやらせてくれないか
三重県尾鷲市須賀利。尾鷲市の中心から車で30分以上かかる「陸の孤島」である。昔はカツオ漁などの漁業で栄えた地区で、1600人ほどの住民がいたが、今や230人あまりまで減少、小学校も休校になった。漁協の組合員は30人を切り、平均年齢は70歳を超えていた。
 
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地銀マンの給与はバス運転手と同じになる

プレジデントンラインに6月14日にアップされた拙稿です。

オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/29011

「このままでは将来がない」のに動かない

政府がついに地方銀行の再編に本格的に乗り出す方針を表明した。地方銀行はこのままでは将来がないと言われ続けてきたにもかかわらず、自主的な統合や新規事業への展開ができず、「ゆでガエル」状態に陥っている。ここ数年、銀行の自主性を重んじてきた金融庁は方針を転換、積極的に再編を「指導」していくことになりそうだ。

政府は6月5日、国や地方の成長戦略を議論する「未来投資会議(議長・安倍晋三首相)」を開き、2019年の実行計画案を示した。その中で、経営環境が厳しさを増している地方銀行について、今後10年間で集中的に再編を促す方針を盛り込んだ。

 

計画案では、「(地方銀行などは)地域における基盤的サービスを提供し、破綻すれば地域に甚大な影響を与える可能性が高い『地域基盤企業』とも言える存在であり、その維持は国民的課題である」とし、国が本腰を入れて地銀支援に乗り出す姿勢を示している。

 

 地方銀行など地域の金融機関について、「それぞれの地域において、7割から8割の企業のメインバンクとして、地域経済を支えている」とした上で、「業績が悪化すれば、貸出金が減少するなど、悪影響が預金者や借り手に及び、地域における円滑な金融仲介に支障を及ぼすおそれがある」と指摘。「早期に地域銀行の事業の改善を図るため、経営統合により生じる余力に応じて、地方におけるサービス維持への取組を行うことを前提に、シェアが高くなっても特例的に経営統合が認められるようにする」と述べ、特例法を設けるなどの措置を取るとしている。

2割超の地銀は5年以上の赤字が常態化

政府が地銀再編に乗り出す背景には、地銀の業績悪化がある。金融庁のまとめでは、2018年3月期決算段階で、全国の地銀106行のうち、54行が貸し出しなど本業のもうけが赤字となっている。このうち23行は5期以上にわたって赤字が続いているという。

また、日本銀行が4月17日に発表した「金融システムリポート」でも、10年後の2028年度に約6割の地方銀行が最終赤字になるとの試算を示した。

地方銀行が早晩立ち行かなくなることは5年以上前から明らかだった。2015年から3年間の森信親長官時代に、金融庁は地銀に対する監督姿勢を一変させた。「箸の上げ下ろしまで口を出す」と言われたそれまでの検査監督体制を改め、金融機関に自立を求めたのである。銀行などに立ち入り検査する強権を担った「検査局」を廃止してみせ、「金融機関との対話重視」の姿勢をとったのだ。地銀各行の経営は、それぞれの経営者が考えて行えと求めたわけだ。

「箸の持ち方」すら忘れた地銀トップたち

ところが、地銀経営者の姿勢はその後も変わらなかった。新聞報道でも、「単独で存続できるビジネスモデルを構築するか、合併も選択肢とするのか。真剣に考えている頭取が少ない」という金融庁幹部のコメントが掲載されている。長年、「箸の上げ下ろし」まで口出しされ、それに従うことが「経営」だと思っている地銀トップは、「箸の持ち方」すら忘れてしまったかのようだ。

「このままでは10年後に当行は存在しませんと口にはするが、ではどうやって現状を打破するかを考えるトップはほとんどいない」と地銀の相談に乗ってきた大手法律事務所の弁護士は語る。

数年前のこと。地方銀行が資金を出し、共同の資産運用会社を作ってはどうか、という提案をした元外資系運用会社幹部がいた。預金を集めてそれを企業や個人に貸し出すという伝統的な「貸金業務」は、カネあまりや企業の資金需要の低下などによって収益を生まなくなっていた。一方で、銀行の資金を独自に運用する力も弱く、唯々諾々と国債保有している地方銀行が圧倒的に多かった。共同の資産運用会社を作り、各地方銀行から運用に当たる人材を出向させることで、運用のプロを育てようと考えたのだ。

「何もやらない」ことに胸を張る

このもくろみには金融庁も賛成し、側面支援していたが、問題は地方銀行の経営者たちが「決断」できなかったことだった。「どこの銀行のトップに会っても、ところで他行さんはどうされますか、と聞かれるばかりだった」と仕掛け人氏は憤る。地方銀行のトップからすれば、下手にリスクを負って新しいことをやって失敗すれば責任を問われるが、何もせずにジリ貧になっていく分には誰からも責められない。そんな姿勢がありありだった、という。

実際、リスクを取ってチャレンジした銀行が不祥事を起こし、トップが辞任に追い込まれるケースが相次いでいる。スルガ銀行はかつて、日本銀行がトップを招いて講演会を開くなど、改革モデルとしてもてはやされていた。それが融資資料の組織的な偽造などが発覚、経営トップが組織を追われる事態に発展した。かねてから積極的な営業を行っている銀行ほど、無理がたたるのか、不祥事を引き起こしてきた。そんなことも「何もやらないほうが良い」というムードを生んでいる。

資産運用にしても、「うちは国債だけを持ち続けて、株式など他のものに手を出さなかったからやけどをしなかった」と胸を張る地方銀行トップが実際にいる。

「国が何とかしてくれる」という甘い考え

今回、金融庁は監督指針を再度見直し、地方銀行の経営監視を強化、店舗網や人員の見直し、他行との提携や統合といった経営戦略にまで口を出すことになるとみられる。「箸の上げ下ろし」が復活しそうな気配だ。

地方銀行の経営者からは反発の声が聞こえそうだが、どうやらそうではない。むしろお上主導で経営方針を示してもらえるなら、ありがたい、というムードなのだ。「そもそも低金利政策のおかげで低収益になっている」と、実質赤字は自らの経営手腕の結果ではなく、政府の責任だと言わんばかりの発言をする経営者が少なくない。

金融庁はここ数年、フィンテック推進に旗を振り、IT企業など異業種から金融分野への参入が相次いだ。日本の金融業界がガラパゴス化するのを防ぐという明確な目的があったが、一方でこうした新技術での決済などが広がることで、地方銀行はさらに存在意義を問われている。そんな厳しい状況の中で、「国が何とかしてくれる」という甘い考えが地方銀行経営者に広がるのではないか。

地方での「安定的な就職先」ではなくなる

もはや大半の地方銀行に存在意義はなくなっている、というのが実態だろう。単純な貸金業務で銀行が食べていける時代ではなくなった。独壇場だった決済業務もフィンテックで他業種に移っている。このまま行けば座して死を待つことになるのは明らかだ。

では、地方銀行で働く金融ビジネスパーソンは今後どう生きていけば良いのか。地方銀行とともに沈んでいく必要は、もちろんない。フィンテックの広がりで、金融技術を使ったさまざまなサービスが生まれている。広義の金融業界は縮小することはないだろう。いくらでも転職するチャンスはあるということだ。

問題は、「金融のプロ」としての地力を身につけているかどうかである。資産運用しかり、プロとして認知されれば、仕事はどこにでもある。

県庁か地方銀行か農協? 地方で比較的高い給料をもらえる安定的な就職先として地方銀行を選んだ人からすれば、これからは厳しい時代かもしれない。自ら専門知識を身につけ、プロとして生きていく覚悟が必要になる。

バスの運転手と同じ給与水準になる

ちなみに、今回の政府の計画案では、地方銀行と路線バスが「地域基盤企業」として同列に扱われている。路線バスは実際にその地方を走っていなければ意味がない、まさに地域の基盤インフラだ。だが、金融業はインターネットの発達や他業種からの参入などで、必ずしも地銀だけがそのサービスを担っているわけではない。

仮に、損益に関係なしに、地域のインフラとして地方銀行を残すと国が言っているのだとすれば、それはバスの運転手と地方銀行の銀行マンの給与水準が同じになることを示唆している。赤字の銀行の社員が比較的高い給与をもらい続けることは不可能だろう。地方銀行の社員の給与が下がれば、優秀な人材は金融業に参入する異業種へと移っていくに違いない。

地方銀行は不要になっても、知識を持った「金融のプロ」はますます求められる時代になる。そのための自己研鑽を忘れなければ、船が沈没しても泳ぐことができる。