「就活」のためにプライバシーは我慢するべきか  リクナビ問題にみる本人同意の意味

プレジデントオンラインに8月27日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/29757

閲覧履歴から「内定辞退率」を提供していた

ウェブ上でのサイト閲覧や商品購入などの行動が「データ」として蓄積され、次の行動の予測に使われる。さらに、ウェブ閲覧者個人の「信用度」や「格付け」などが本人の知らないところで行われ、それが価値のある情報として企業間で売買される。もはや個人の行動は「丸裸」といってもいい状況に追い込まれている。

当然、「プライバシーの侵害だ」と感じる人も少なからずいる。だが、大方の場合、ウェブ上のサービスを利用する際に、細かい字で書かれた利用規約にある個人情報の利用に「同意」していることが多い。もはや便利なサービスを使う上での対価としてプライバシーを差し出していると、諦めている人も多いに違いない。

そんなネット上の個人情報を巡る問題が発覚した。

就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、契約先の企業が就職内定を出した学生について、「内定辞退率」を計算して提供するサービスを行っていた。その際、7983人の学生から十分な同意を得ずに情報提供を行っていた、というものだ。

採用活動を行っている企業からすれば、仮に80人の新卒学生を採用したいと考えていたにもかかわらず、40人が内定辞退するとなれば、人員計画は大きく狂ってしまう。内定者のうち何人が辞退しそうか、正確な人数を把握することが極めて重要になってくる。もし、内定者のうち、辞退しそうな学生が分かれば、会社に呼び出して面接を繰り返すなど、フォローすることも可能になる。

「企業と学生の双方にメリット」というが…

リクルートキャリアが提供していたサービスは、同社が2018年3月から始めたもの。契約先の会社A社に対して、A社から内定を得た学生がどれだけA社の内定を辞退しそうか、5段階に分けて判定した結果を提供していた。

判定の仕組みは、前年度にA社の選考・内定を辞退した学生がリクナビ上でどんな行動を取っていたかなどのデータを、分析してアルゴリズムを作成。現在A社から内定を得ている学生の行動と照合していた、という。

問題発覚後、リクルートキャリアが発表したニュースリリースによると、学生が同社の就職情報サイト『リクナビ』に登録した際に同意した「プライバシーポリシー」に基づいて「リクナビサイト上での行動履歴の解析結果を取引企業に対して提供していた」という。

さらにリクナビはこの情報を「合否の判定に活用しないこと」に契約先企業から同意を得ていたとした。つまり、この学生は辞退する確率が高いから内定は出さない、といった使い方はしていない、というわけだ。

リクルートキャリアはこのサービスについて、「企業は適切なフォローを行うことができ、学生にとっては、企業とのコミュニケーションを取る機会を増やすことができます」と双方にメリットがあることを強調している。

もっとも、こうしたサービスに個人情報が使われていることについて、リクナビを利用した学生の同意が不十分だったとして、リクルートキャリアはサービスの休止を発表した。「リクナビの複数の画面で同意を求める設計だったにもかかわらず、一部の画面でその反映ができていなかった」と非を認めている。

中止の理由は「本人同意が不十分だった」から

ウェブ上の行動や買い物などのデータを基に、個人にスコアをつけるサービスは日本国内でも、さまざまな分野で広がりつつある。イーコマースだけでなく、クレジットカードの利用履歴などから、将来の購買動向を予測し、ダイレクトメールを送信することなどは普通に行われている。ウェブサイトを閲覧した際に現れる広告が、自身がかつて閲覧した商品の広告だった経験を持つ人は多いだろう。それも、過去の行動データを基に関心が高いと思われる商品広告を掲示するサービスだ。

リクルートキャリアがサービスの休止を発表したのは、個人データを解析した予測を第三者に提供したからではなく、その「本人同意」が不十分だった、というのが理由だ。つまり、本人同意さえきちんとしていれば、そこに問題は生じない、というわけだ。

もちろん、本人同意といっても、チェックボックスにチェックを入れたり、ボタンをクリックしたりすることで済む。利便性の高いウェブ上のサービスを使うために、同意のチェックが必要となれば、本来はプライバシー情報の提供に乗り気ではなくても、チェックしてしまうだろう。個人情報を提供する積極的な意思を示しているのではなく、他のサービスにつられて、同意しているケースが多いのではないか。

学生の「ブラックリスト」が作られる恐れ

一方で、個人情報が本人の利益にならない形で利用されるケースも予想される。仮に本人が情報提供に同意していたとしても、それをもってその個人が不利益を被るような情報を作成することは問題ないのだろうか。

今回の場合、内定辞退率が高いと判定された個人について、会社が選考過程でそれを利用することはない、とされている。だが、あくまで、利用しないという合意だけで、本当にそうした利用をしなかったのか、疑問は残る。もし、リクナビで記録された学生の行動による判定で、内定が出されなかったとすれば、学生は提供した情報によって不利益を被ったことになる。こうした情報利用は無条件に許されるのだろうか。

実際、クレジットカードの利用代金支払いが遅れたり、支払いが滞ったりした場合、その利用者の信用情報にマイナス評価が付く仕組みがある。Eコマースの利用などでも、支払いが滞れば、問題がある顧客として評価される。いわゆるブラックリストである。一般的に個人情報をこうした顧客評価に使うことは許されてきた。

「だれが、なにを考えているか」も簡単に予測できる

利用するメールアドレスなどから個人情報を「名寄せ」することが簡単にできるようになり、個人の姿や行動をデータとして企業などが利用する頻度は増している。

どこで何を食べたか、どの交通機関を使ってどこからどこへ移動したか、誰と会ったか、何を買ったか。定期的な行動バターンが把握され、次の行動が予測される。便利な情報社会で生きていく対価として個人の行動が把握されることは致し方ない時代になったということだろうか。

だが、個人の嗜好や趣味のデータ把握がさらに進んでいけば、個人の思想信条なども容易にデータ化されることになるだろう。支持政党といった単純なものだけでなく、どういった情報に関心を持つかなども第三者に把握されることになる。すでに国政選挙などでは、こうした個人データをベースに得票を予測する動きも出ている、という。

安倍首相が繰り返し使う「DFFT」の意味

2019年1月、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席した安倍晋三首相は演説し、「成長のエンジンはもはやガソリンではなくデジタルデータで回っている」と述べ、ビッグデータ活用の重要性を訴えた。そのうえで、消費者や企業活動が生みだす膨大なデータについて、「自由に国境をまたげるようにしないといけない」とし、基本的なルールをつくるため世界貿易機関WTO)加盟国による交渉の枠組みを提案。WTO78カ国・地域の閣僚による「WTO電子商取引声明」が出された。さらに、6月に大阪で開いた「G20大阪サミット」でも国際的なルール作りを急ぐことが確認され、安倍首相は「大阪トラック」の開始を宣言した。

そうした場で、安倍首相が繰り返し使っているのが「DFFT」という言葉。データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(信頼ある自由なデータ流通)の略である。医療や産業、交通などのデータの自由な流通によって、経済成長や貧富の格差の解消につながると訴えたのだ。

フェイスブックやアマゾンといった巨大プラットフォーマーを中心とする米国企業は、こうしたデータ活用を積極的に行っており、米国政府もこうしたデータが莫大な付加価値を生み出すという立場を取っている。プライバシーには一定の配慮はするものの、一定の本人同意を得れば、個人情報を利用できるという姿勢だ。

米国型の「積極利用」だけでは不十分

一方、人権意識の高い欧州諸国は、個人情報の利用に神経質になっており、企業のデータ活用にさまざまな規制を加えようとしている。企業がどんな自分の個人データを保有しているかを、個人が知る仕組みを作るべきだ、といった議論がさかんに行われている。

米国のプラットフォーマーによるサービスが国内で定着している日本は、米国型の積極利用へと突き進みつつある。安倍首相は演説の中で、個人情報や知的財産、安全保障上の機密といったデータについては、慎重に保護されるべきだと述べているが、その実現方法について、国民の間で議論が煮詰まっているとは言い難い。

経済成長に結びつけるデータの自由な流通は間違いなく重要だが、常に個人のプライバシーが危機にさらされることになる。米国型の自由利用を進める一方で、欧州諸国と共にプライバシー保護に向けた国際ルールを作り上げていくことにも、積極的に参加していくべきだろう。

早くも「消費失速」が鮮明に、10月消費増税で「底が抜ける」⁉  これで外国人観光客がさらに減れば

現代ビジネスに8月22日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66689

失速の内訳

増税を前に消費の「失速」が鮮明になった。8月21日に日本百貨店協会日本チェーンストア協会が発表した全国の百貨店、スーパーの7月の売上高は、いずれも前年同月比で大きく減少した。

全国百貨店売上高(店舗数調整後)は前年同月比2.9%の大幅減、全国スーパーの総販売高(店舗数調整後、既存店ベース)は7.1%減とこれも大きく落ち込んだ。スーパーの店舗数調整前の売り上げに至っては10.9%の減少だった。

今年の7月は例年に比べて気温が低かったこともあり、「夏物衣料」の販売不振が目立った。百貨店の衣料品は6.9%のマイナス、スーパーの既存店ベースは16.2%の減少だった。

天候不順が直撃した格好だが、比較対象になる昨年7月は集中豪雨などが直撃した時期。百貨店の場合、売上高が6.1%減と大きく落ち込んでおり、スタート台はむしろ低かったと言える。それだけに、天候要因だけでなく、全体の消費マインドが落ち込んでいることを伺わせる。

内閣府が7月31日に発表した7月の「消費動向調査」では、消費者心理を示す消費者態度指数(2人以上の世帯、季節調整済み)が、前月より0.9ポイント低下して37.8となり、10カ月連続で前月を下回った。2014年4月以来5年3カ月ぶりの低水準だった。

2014年4月というのは前回、消費増税が実施され、税率が5%から8%に引き上げられた月である。何と、再増税を直前に控えて、前回の増税後と同じくらい消費者心理が冷え込んでいるというわけだ。

しかも、消費動向調査での心理的な冷え込みが、実際の行動として、百貨店やスーパーの売り上げ激減に結びついたことが今回明らかになったわけだ。

駆け込み需要はどこに行った

本来ならば、消費増税を控えて、駆け込み需要が盛り上がっても良いはずだ。実際、前回の消費増税前の百貨店売り上げの推移をみると、2014年1月の2.9%増から、2月3.0%増、そして直前の3月は25.4%増と大きく増えていた。

中でも高級時計や宝飾品、美術品といった価格の高い商品は売れに売れ、百貨店の「美術・宝飾・貴金属」部門は、1月22.6%増→2月24.5%増、3月113.7%増と記録的な販売になった。高級時計などショーケースから物が無くなるほどの売れ行きだった。

足下の百貨店の売り上げの中では、「美術・宝飾・貴金属」は好調には違いないが、5年前とは明らかに様相が違う。7月の同部門の売上高は8.6%増に過ぎない。つまり、駆け込み需要が目立って盛り上がっていないのだ。

ちなみに、こうした高額商品はインバウンドの旅行者のお目当てでもある。2017年4月以降、百貨店の「美術・宝飾・貴金属」売り上げは、2カ月を除いて前年同月比プラスを続けている。

この主因はインバウンドの外国人観光客の購入だ。観光客の場合、免税手続きをして購入するため、消費増税は関係ない。つまり、現状の高額商品の順調な売り上げは、必ずしも消費増税前の駆け込みとは言い切れないわけだ。

なぜ、駆け込み需要が起きないのか。

6月頃まで、多くの国民の間では、安倍首相が消費増税をまたしても見送るために、解散総選挙に打って出るという見方が広がっていた。安倍首相に近い政治家から、増税先送りに国民の信を問うこともあり得るとする観測が流されていたこともある。

ところが7月の参議院議員選挙に向けて準備が始まり、時間的に同日選挙が無くなったころから、国民の間でようやく増税が現実味を帯びてきたのである。

政府からすれば、駆け込み需要のヤマがなくなれば、その反動減は小さくて済むという考えかもしれないが、国民は増税を前にして一気に財布のヒモを締めたということではないか。

それぐらい、実態景気の地合いが悪いということだろう。

外国人観光客減の恐怖

「経済好循環」を掲げていた安倍晋三首相からすれば、過去最高の高収益を上げた企業が賃上げを行い、家計の可処分所得を増やすことになれば、それが消費に向かい、低迷している消費が上向くはずだった。

首相自ら「3%の賃上げ」を経済界に求め、最低賃金も3%の引き上げを続けてきたが、現実には消費を担う若年層の可処分所得を大きく増やすには至っていない。

これまで消費を底支えしてきたインバウンド消費にも先行き不安が出始めている。

7月に百貨店で免税手続きをして購入された金額は281億3000万円と前年同月比3.3%増えた。かろうじて増加が続いているが、かつてのような2ケタ増は姿を消し、今年1月にはマイナスを記録した。6月も0.6%の増加にとどまった。

しかも、免税手続きをした件数は、2014年10月の免税範囲の拡大以降、増加を続けていたが、今年4月に初めて0.2%のマイナスとなり、6月は1.1%減、7月は3.5%減と2カ月連続で減少したのだ。

日本政府観光局(JNTO)が8月21日に発表した7月の訪日外客数は、299万1000人と前年同月比5.6%増加。単月として過去最高を記録した。中国からの訪日客が19.5%増えたほか、フィリピン、ベトナムといった国々からの訪日客が増えている。

一方で、戦後最悪とも言われる日韓関係を背景に、韓国からの7月の訪日客は7.6%も減少した。韓国で日本製品不買運動と合わせて、日本に行かない運動なども起きている影響が出始めているとみられる。訪日客の増加傾向に今後、変化が出て来る可能性はありそうだ。

仮にインバウンド消費が頭打ちになり、消費増税によってさらに国内消費が落ち込めば、日本経済は底割れする可能性も出て来る。さすがにこのタイミングになっては消費増税の先送りも難しい。

来年のオリンピックに向けて、国民の消費マインドが改善し、財布のひもが緩むことで、消費増税の影響が吸収されることを祈るばかりだ。

最低賃金3%超上げでも不十分

Sankei Bizに8月20日にアップされた「高論卓説」の記事です。オリジナルページ→

https://www.sankeibiz.jp/business/news/190820/bsm1908200500005-n1.htm

■企業「内部留保」増、還元余力は十分

 今年も10月からの各都道府県の最低賃金(時給)が大幅に引き上げられる。東京は1013円、神奈川1011円と初めて1000円の大台に乗せる。全国加重平均の最低賃金は901円で、引き上げ率は3.1%。2016年以降、4年連続で3%を超えることになる。

 第2次安倍晋三内閣の発足以来、安倍首相は「経済好循環」を掲げ、円高修正によって過去最高となった企業収益を、賃上げの形で従業員に還元することを求め続けてきた。賃金が増えれば消費増に結びつき、再び企業収益の底上げに結びつく「好循環」がデフレ脱却には必要だとしてきたわけだ。

 毎年の最低賃金引き上げもその一環で、政府の強い意向が背景にある。最低賃金に近い水準で雇用されているパートなど非正規雇用の賃金を底上げしようというわけだ。18年の春闘では財界首脳に3%超の賃上げを求め、大企業を中心に賃上げが実現したが、最低賃金を底上げすることで、なかなか賃金が上がらない中小企業にも賃金アップを迫る格好になっている。最低賃金は、第2次安倍内閣が発足する直前の12年には850円だったので、7年で160円、19%も上昇することになる。

 こうした流れに真っ向から反対の声を上げているのが、日本商工会議所全国商工会連合会全国中小企業団体中央会といった中小企業団体である。政府の経済財政諮問会議最低賃金の大幅引き上げを求めたのに対して、5月末に連名で反対の「要望書」を提出した。その中で、「政府は賃金水準の引き上げに際して、強制力のある最低賃金の引き上げを政策的に用いるべきではない」とした上で、「生産性向上や取引適正化への支援等により中小企業・小規模事業者が自発的に賃上げできる環境を整備すべきである」とした。賃上げは企業がそれぞれ判断して行うものだ、というわけだ。

 生産性の向上で利益が上がったら賃金を引き上げるのか、賃金を引き上げることで企業は生産性の向上に取り組むのか。立場によって考え方は真っ向から対立する。

 だが、企業はもうかったからといって、賃上げに力を入れるとは限らない。法人企業統計によると、17年度の人件費総額は206兆円と2.3%増加したが、企業が生み出した付加価値のうちどれだけ人件費に回したかを示す「労働分配率」は66.2%。11年度の72.6%からほぼ一貫して低下している。

 一方で、企業が持つ「利益剰余金」、いわゆる「内部留保」は446兆円と前年度比10%近く増えた。人件費や設備投資、配当に回すよりも、内部にため込む傾向が鮮明なのだ。残念ながら企業の自主性に任せておいても、大幅な賃上げが実現することにはならない。

 実は、経済財政諮問会議の民間議員を務める新浪剛史サントリー社長は、3%という最低賃金の引き上げ率は不十分で、5%前後の引き上げが必要だとする意見を述べていた。

 また、自民党の賃金問題に関するプロジェクトチーム(PT)では昨年来、都道府県別になっている最低賃金を、全国一律にすべきだという意見が出ている。政府は働き方改革の一環として「同一労働同一賃金」を掲げており、同じ労働に対して県が変わるだけで最低賃金が変わるのはおかしい、というわけだ。

 人口減少が鮮明になる中で、高齢者や女性の働き手が増え、人手不足を補ってきた。今後、人手不足が本格化する中で、賃金を大幅に引き上げ、それを吸収できる付加価値を生み出す企業だけが、生き残っていくことになるだろう。

 

「全国最下位」にはなりたくない!「最低賃金」が及ぼす「悪影響」

8月19日の新潮社フォーサイトにアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/45750

 今年も最低賃金(時給)が10月から大幅に引き上げられる。遂に東京と神奈川では時給1000円を突破。1013円になった東京は、第2次安倍晋三内閣が発足する直前の2012年には850円だったので、7年で163円、19%も上昇することになる。

 中小企業団体などからは人件費負担増が経営を圧迫するとして批判の声も上がっているが、給与の引き上げで低迷が続く消費を底上げしたい政府の意向が強く反映された結果とみられる。人件費増で経営が苦しくなるという声がある一方で、給与増が消費増に結び付けば、時給アップは景気にプラスに働くという声もある。最低賃金引き上げは、景気にプラスなのか、マイナスなのか。

・・・この先をご覧になりたい方は、是非「フォーサイト」の会員登録をお願いします。

 

雇用者「初6000万人突破」なのに日本人がどんどん貧しくなるワケ  やむを得ず働く女性と高齢者が急増

現代ビジネスに8月15日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66540

「誇るべき」とはいえない雇用増

企業などに雇われて働く人の数が初めて6000万人を突破した。人口減少が本格化する中で、なぜか働く人の数は過去最高を更新し続けている。本来、「雇用の増加」は経済政策の成果として誇るべきものだが、どうも雰囲気が違う。経済的に働かざるを得なくなっている高齢者や女性が増えている感じなのだ。

総務省が7月30日に発表した労働力調査によると、働いている人の総数である「就業者数」が6747万人、企業などに雇われて働く「雇用者数」が6023万人と、ともに前年同月比で78カ月連続の増加となった。第2次安倍晋三内閣が発足した翌月の2013年1月から6年半にわたって増加が続いている。

就業者数は2018年5月に約11年ぶりに史上最多を更新、6月の統計でも6747万人と最多となった。雇用者数は長期にわたって過去最多を更新し続けてきたが、ついに6000万人の大台に乗せた。完全失業率は2.3%にまで低下、いわゆる「完全雇用状態」に成って久しい。それでも有効求人倍率は高止まりしたままで、一向に人手不足は解消しない。

雇用だけで見れば、日本経済は絶好調で、安倍首相ならずとも、「政権発足以来、雇用を500万人生み出した」と胸を張りたくなるのは当然とも言える。

だが、日本は人口減少国家である。日本の総人口は2008年の1億2808万人をピークに減少に転じ、2018年10月現在で1億2644万人とすでに150万人以上も減っている。しかも、高齢化が進んでおり、15歳から64歳の「労働力人口」の減り方はさらに深刻だ。にもかかわらず、働いている人の総数は増えているのだ。いったい日本の雇用に何が起こっているのか。

女性と高齢者が働く理由

実は、15歳から64歳で働いている就業者の数は、1997年6月の6171万人をピークに減少し続けている。6月は5853万人だから318万人も減っている。それを補っているのは、働く女性と65歳以上の高齢就労者の増加である。

この6月の統計では、女性の就業者数が初めて3000万人を突破した。15歳から64歳までの女性の就業率は71.3%に達する。

安倍首相は就任以来、女性活躍促進を掲げて、保育所の増設による待機児童の解消、産休・育休の制度拡充などに力を注いできた。その結果、女性の就業者数が350万人も増えている。

夫婦共働きの家庭が一般的になり、子どもが生まれても会社を辞めないケースが増えた。出産年齢から子どもが育つまでの30代前後に就業率が落ち込む「M字カーブ」が日本の問題点として長年指摘されてきたが、ほぼこれは解消されつつある。

安倍内閣のもう1つの「成果」は、働く高齢者を増やしたことだ。「1億総活躍社会」「人生100年時代」などのキャッチフレーズを掲げて、いつまでも働ける社会、つまり高齢になっても働き続ける社会を打ち出した。

もちろん、年金の支給開始年齢のさらなる引き上げが下心にあるのは間違いないが、高齢者が働き続けるのは当たり前というムード作りに成功したことは間違いない。

65歳以上の就業者は2012年12月には593万人だったが、その後、急速に増え、2019年5月には901万人と初めて900万人を突破した。

2013年4月から施行された改正高齢者雇用安定法によって、65歳までの再雇用が義務付けられたことをきっかけに、嘱託などとして定年後も働くことが広がり、定年を過ぎても働く団塊の世代が多かったことが、高齢就業者の急増をもたらした。

しかし可処分所得は減少

ここへ来て相次いで実現した女性就業者初の3000万人乗せと、65歳以上就業者初の900万人乗せは、まさしく安倍内閣の「雇用政策」の本質を示していると言って良い。

人口減少が鮮明になる中で、放っておけば、労働者数が減少する。GDP国内総生産)を増やすには、働く人の数、つまり労働投入量を増やすか、労働生産性を引き上げるしかない。

働く世代の人口減少が確実視される中で、労働投入量を増やすために、女性と高齢者を労働市場に参入させる政策を取ったということだろう。

安倍首相も第2次安倍内閣発足直後に、女性活躍促進は、社会問題として掲げるのではなく、経済問題として推進するのだと発言している。

それまで女性の職場進出は、男女共同参画や女性の社会的地位の向上といった「社会問題」として取り上げられるケースが多かった。安倍首相は、あくまでも経済的な要請として女性の就業率引き上げを狙ったと「告白」していたのだ。

だが、人口減少で総需要が減っていく中で、労働投入量を増やす政策は、何をもたらしたか。人手不足で労働需給が逼迫しているにもかかわらず、思ったように給与が上がらない事態に直面している。毎年最低賃金を引き上げ、ついに東京や神奈川では時給1000円を突破するが、これが全体の賃金底上げにつながっていない。

一方で、社会保障費の引き上げが続き、2014年の消費増税もあったことで、庶民の可処分所得は減少している。所得の減少を補うために、これまで働いていなかった主婦がパートに出たり、定年を過ぎても働く高齢者が増えているという面も強いだろう。

つまり、働く人の増加は、景気好調だけを示しているのではなく、人々が貧しくなっていることの表れなのかもしれないのだ。

景気悪化を「日本のせい」にしたい韓国の事情 ホワイト国除外の影響は軽微なのに

プレジデントオンラインに8月9日にアップされた記事です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/29596

 

韓国政府は「報復措置」として反発している

安全保障上の輸出管理で優遇措置を取っている、いわゆる「ホワイト国」(正式には「グループA」)から、韓国を除外する政令が8月7日、公布された。8月28日に施行される。

日本政府はこれに先立つ7月4日に、半導体製造などに使うフッ化ポリイミド、レジスト(感光材)、フッ化水素の3品目について、輸出手続きを厳格化する措置を取っていた。兵器転用などの恐れがある化学品などに韓国政府の輸出管理や運用に不十分なものがあったというのが理由で、韓国政府に管理体制の見直しなどを求めてきた。

しかし改善の意思が示されなかったことから、今回の「ホワイト国」除外に踏み切った。食品や木材を除くほとんどの品目で、経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

日本政府はあくまで「安全保障上の貿易管理の問題」だと繰り返し強調しているが、韓国政府は徴用工問題に関する韓国大法院(最高裁)判決などへの報復措置だとして強く反発。韓国国内で日本製品不買運動などを繰り広げている。

経産省幹部「韓国政府の主張は事実と全く違う」
「今後起こる事態の責任は全面的に日本政府にあることをはっきり警告する」

文在寅ムン・ジェイン)大統領は、安倍晋三内閣が「ホワイト国」除外を閣議決定した8月2日、臨時閣僚会議を招集して、強い調子で日本を非難した。「明白な経済報復だ」と指摘、「人類の普遍的な価値と国際法の大原則に違反する」とした。

そのうえで、「この挑戦をむしろ機会と捉え、新しい経済の跳躍の契機とすれば、われわれは十分に日本に勝つことができる」「勝利の歴史を国民とともにもう一度つくる。われわれは成し遂げられる」と韓国国民に訴えた。

過剰とも思える反応だが、「ホワイト国除外」はそれほど韓国経済に大打撃なのだろうか。

経済産業省の幹部はこう指摘する。

「韓国政府はあたかも日本が禁輸措置に踏み切ったかのように言っているが、事実は全く違う。あくまで安全保障上の措置で、日本からの輸出手続きが厳格化されると言っても、他のアジア諸国と同等の扱いになるというだけの話。経済に深刻な影響が出ることはあり得ないし、世界のサプライチェーンが動揺することもない」

そう韓国経済に大打撃だとする文大統領ら韓国政府要人の主張を否定する。実際、経産省はさきに輸出手続きを厳格化した3品目について、すでに輸出許可を出しており、正規の利用目的の製品については、輸出は滞っていない。

米中貿易戦争の影響で韓国経済が悪化している
にもかかわらず、なぜ韓国政府は日本の措置を「明白な経済報復」だと決めつけ、露骨に日本政府を敵視する姿勢を取るのか。

考えられるのは、足下の韓国経済が急速に悪化していることだろう。米中貿易戦争の余波で世界経済に減速懸念が強まる中で、貿易依存度(国内総生産GDPに占める輸出入の割合)が80%を超す韓国経済の先行きに暗雲が広がっている。日本の貿易依存度は30%程度なので、その大きさが分かる。

しかも、韓国の輸出先トップは中国で、全体の4分の1を占めている。米中貿易戦争の激化が、韓国経済を直撃することになりかねないのだ。

8月1日に米国のドナルド・トランプ大統領が中国からの輸入品3000億ドルぶんに、9月1日から関税10%を上乗せするとツイッターで発信した途端、韓国の通貨ウォンは一気に急落した。緩やかなウォン安ならば輸出企業にプラスに働くが、急落は通貨危機に直結しかねない。金融市場では「アジア通貨危機リーマンショックに続く、3度目の通貨危機が起きそうだ」という見方まで広がっている。

景気悪化を「日本のせい」にしたい文大統領
実は、韓国経済の足下が崩れ始めているのだ。

しかも、韓国経済は財閥企業に大きく依存している特徴がある。韓国GDPの2割はサムスン電子現代自動車が稼ぎ出していると言われるほどだ。対中輸出の激減で輸出産業の業績が悪化すれば、そのしわ寄せは若者に行く。財閥系企業に入れるかどうかで人生の成否が決まるとも言われるほど財閥志向の強い韓国の若者たちが、新卒採用の道を閉ざされれば、大きな社会不安が起きかねない。そうなれば、当然、不満は文政権に向く。

2017年5月に就任した文大統領はちょうど折り返し点に差し掛かっている。韓国大統領の任期は1期5年で再選が禁止されている。民主化以降、これまでのほとんどの大統領が任期後半にレイムダック化し、激しい政権批判にさらされたのは周知の通りだ。

とくに、経済の悪化は支持率の低下に直結する。韓国経済の悪化は自らの経済運営の失敗のせいではない、ということを強調しなければ、批判の矛先は大統領に向く。だからこそ、ことさらに景気悪化の原因を「日本のせい」にしなければならないのだろう。

8月6日、ソウルの中心部の通りに「BOYCOTT JAPAN」と書かれた旗が掲げられた。日本には行きません、日本製品は買いません、というキャンペーンだ。

日本を訪れる韓国人が激減している
実際、7月以降、日本を訪れる韓国人は激減している模様だ。

2018年1年間に韓国から日本を訪れた訪日客は753万人。トップの中国(838万人)に次いで2番目に多い。東日本大震災で訪日客が激減した2011年を底に毎年増加を続け、2018年は前の年に比べて5.6%増えていた。

それが今年は一転してマイナスになりそうだ。1月から6月までの韓国からの訪日客数は386万人で、前年同期に比べて3.8%減少した。6月は0.9%の増加だったが、7月は前年の60万7953人をどれくらい下回るかが焦点になりそうだ。

韓国にとっては、日本に行って外貨を落とされるよりも、国内にとどまって国内で消費してもらう方が経済にプラスになる、と考えているのかもしれない。

不買運動も、通貨危機に直面する韓国にとっては、必要な政策ということかもしれない。というのも、日韓の貿易収支をみると、韓国の方が大幅な貿易赤字になっているためだ。今年1月から6月の貿易統計では、日本から韓国への輸出が2兆6088億円、韓国からの輸入が1兆6228億円で、差し引き9859億円の日本の黒字になっている。日本からの輸入を減らすことは、外貨流出を防ぐことに直結する。

日本ボイコットは経済的にプラスではない
ちなみに6月末までの上半期では、韓国向け輸出は11%減少、輸入は7.4%減少と、貿易は「縮小」している。7月以降、さらに日本からの輸出が減るのかどうか、注目点だ。

もっとも、こうした日本ボイコットは、短期的には韓国経済のプラス要因かもしれないが、中長期的にみれば、バカげた話である。というのも、日韓関係が悪化すれば、日本から韓国への訪問客も減る。

報道によると、今年3月に日本から韓国を訪れた人は37万5000人に達し、月別で1965年の国交正常化以来の最高を更新した、という。若者世代を中心に韓国への関心が高まり、交流人口が大きく増えていた。そんな矢先に、政治を舞台に日韓関係の悪化が進んだ。

韓国中心街の明洞(ミョンドン)などは多くの日本の若者でにぎわう人気のエリア。もちろん、そこで落とされる外貨は韓国経済にとってプラスに働く。前述の通りに掲げられた日本ボイコットの旗が、地元商店主らの抗議によって数時間後に外されたのは、当然のことだろう。日本からの訪問客を排除すれば、自分たちの利益が損なわれるからだ。

政冷経熱」という前提が崩れつつある
輸入品ボイコットにしても同じだ。例えば日本製の電気機器の中には、多くの韓国製半導体が使われている。買うのを止めれば、その分、韓国から日本への輸出も減ってしまうのだ。

竹島を巡る領有権問題など、戦後、日韓関係を巡る紛争の種は尽きていない。だが、これまで、それはもっぱら「政治」の世界の話で、民間の企業取引や民間交流には影響を及ぼさなかった。日韓も「政冷経熱」を前提に長年付き合ってきたわけだ。

その点、徴用工を巡る大法院判決では、民間企業の資産が差し押さえられるなど、政治問題が民間どうしの関係に暗い影を落としている。日韓双方の経済人の多くは、こんな「関係悪化」をまったく望んでいないことだけは確かだろう。

アスクル騒動で「真の勝利」を手にしたのは誰なのか…その意外な深層 孫正義氏「反対」発言の意味とは

現代ビジネスに8月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66425

経営権は掌握できず

東証1部上場のアスクルと、同社の株式の約45%を持つ「親会社」ヤフーとの経営権争いは、8月2日のアスクル総会で、ヤフーが岩田彰一郎社長らの再任を拒否する議決権行使を行い、岩田氏と独立社外取締役3人が退任した。

これでヤフーが経営権を掌握し、「ヤフー勝利」が確定したように見えるが、実態はそうではない。むしろヤフーは次の一手を繰り出せず、自らの親会社でもあるソフトバンク・グループの総帥、孫正義氏にも見捨てられかねない状況に追い込まれているのだ。

「今泉氏の取締役選任議案に賛成の方は拍手をお願いいたします」

議長の岩田社長が採決を取ると、会場での拍手はゼロだった。

「事前の議決権行使書などにより、賛成が過半数を超えており、よって、今泉氏の取締役選任議案は可決されました」

東京・九段下のホテルで行われたアスクル株主総会では、前代未聞の光景が繰り広げらた。賛成の拍手がゼロの中で、議案が可決されたのだ。

今泉氏とはアスクルの株式の約11%を持つ事務用品大手プラスの今泉公二氏。会社側が提出した10人の取締役候補のひとりだが、ヤフーに同調して、岩田社長らの再任に反対の議決権行使を行っていた。

会場の株主はそんな今泉氏に「反対」の姿勢を見せたが、事前に提出された議決権行使書で、約45%を持つヤフーと、11%を持つプラスが賛成していたため、取締役に再任されたのだ。

このほか、ヤフー取締役専務の小澤隆生氏と、ヤフーから出向して執行役に就いている輿水宏哲氏も取締役候補だったが、会場での賛成の拍手はパラパラだった中で、大株主の意向で再任された。

総会の日の午後7時。都内の会議場で「新執行部」による記者会見が行われたが、そこには3人の取締役しか顔を出さなかった。

総会で選任されたのは、小澤氏、輿水氏、今泉氏の「ヤフー派」3人と、BtoB事業のCOO(最高執行責任者)だった吉田仁氏、BtoC事業のCOOだった吉岡昭氏、チーフマーケティングオフィサーの木村美代子氏の「社内3人」の計6人。総会後の取締役会では「賛成多数で」、吉岡氏が社長兼CEOに就任、吉田氏は引き続きBtoB事業COOとなり、木村氏が新たにBtoC事業COOに就いた。

総会で勝利したはずのヤフーは、総会前から「新社長を送り込むことはしない」と公言していた。

ヤフーとアスクルの間に存在する「業務・資本提携契約」には、ヤフー側から送り込める取締役の人数を2人までとし、株式の買い増しも禁じる「独立性尊重」の規定がある。今後もこの契約は生き続けると吉岡・新社長も明言しており、ヤフーは本当の意味で、経営権を奪取できていないわけだ。

岩田氏の「勝利」…?

今回の騒動は、2019年1月にヤフー側がアスクルに対して、BtoCの「LOHACO(ロハコ)」事業の譲渡を打診したことから始まっているとされる。

アスクルは独立社外取締役監査役による「独立役員会」を開催して検討、アスクルの少数株主の利益にならないとして打診を断った。6月末になって突然、岩田社長に退任を求めたのも、言うことを聞かない岩田氏を交代させ、ヤフーの意思を経営に反映させようとした、とみられている。要は、経営権の奪取、「乗っ取り」を図ったというのだ。

結果的には株主総会でヤフーが強権発動したものの、現時点では、アスクルの経営はヤフーの思い通りになっていない。取締役会は3対3で、社長は社内が握っているためだ。ヤフーは社長の吉岡氏を取り込むことなどで経営権を実質支配しようとしたとみられるが、今のところ社内3人は「一枚岩」のため、従来の岩田路線が継続されている。

しかも、株主総会では、ヤフーの小澤氏がロハコ事業について、アスクルに譲渡を求めることはない、と明言した。つまり、アスクルを解体してヤフーの事業再編を行うというシナリオも実行に移せなくなっているのだ。

結果的に見て、岩田氏の作戦は大成功だったと言えるだろう。数の論理で自身がクビになることは分かっていながら、満天下にヤフーのコーポレートガバナンス無視を訴えることで、アスクルの独立性をとりあえずは保ったのだ。岩田氏の勝利と言っても良いかもしれない。

6月末に再任拒否を通告され、自ら引退するように迫られた際、岩田氏が「引退」を決めていれば、アスクルの経営は実質ヤフーの意のままになっていた可能性が高い。そうした水面下で圧力に屈する道を選ばず、世間に理を問うたことで、マスメディアに火が付き、世の中の関心事となった。

独立社外取締役が会見を行って、少数株主の利益を守るよう声を上げたことに呼応し、コーポレートガバナンスの第一人者である久保利英明弁護士や、コーポレートガバナンス・コードの作成に携わる冨山和彦・経営共創基盤CEOなどが親子会社上場の場合の少数株主権の保護を求める意見を次々と公表した。

日本取締役協会や経済同友会などが意見を表明したが、これらは冨山氏らコーポレートガバナンス専門家の影響力が大きかったとみられる。

総会前の段階でヤフーは決定的なミスを犯した。岩田氏だけでなく、独立社外取締役3人も再任を拒否してしまったのだ。自分たちの意向に従わなかったものはすべて排除するということだろうか。

今後、アスクルは、独立社外取締役を追加選任する臨時株主総会を開くことになる。吉岡・新社長も「まず最初にやるべきこと」として臨時株主総会を上げている。独立社外取締役がひとりもいない現状は、コーポレートガバナンス・コードに違反し、上場させている東京証券取引所も座視できない状況になっているからだ。

ヤフーの「次の一手

なぜ、ヤフーは、そこまで焦ってアスクル株主総会で強権発動する必要があったのか。8月5日発売の『週刊現代』が、ヤフーの川邊健太郎社長がアスクルの岩田社長を訪れた際の「生テープ記録」をスクープしている。そこで川邊社長はこんな事を言っていたという。

「我々はソフトバンク・グループ(SBG)でありながら、非ソフトバンク的な良心を持ってやりたいなと思ってます。(でも)SBGであれば、いきなり呼び出されて、『こうすることにしたから』で、おしまいなのですよ」

「岩田社長も尊敬する社長ですが、我々は我々で、北朝鮮の一軍部みたいな感じですから、対処はしないとならない」

ヤフーの行動の背景に、ソフトバンク・グループの意思が働いているという事を認めているわけだ。

もちろん、ヤフーがソフトバンク・グループという「虎の威」を借りただけかもしれないが、少なくとも岩田社長はヤフーの強権発動はグループの総帥である孫正義氏の意向が働いていると感じたようだ。

この件に関して、ソフトバンクグループは8月2日にコメントを発表している。総会の直後というタイミングだが、週刊現代の「スクープ」が出る事を分かった上で、出したコメントだろう。

「孫個人は投資先との同志的な結合を何よりも重視するため、今回のような手段を講じる事について反対の意見を持っておりますが、このたびの件はヤフーの案件であり、ヤフー執行部が意思決定したものです。本件はヤフーの独立性を尊重して、ヤフー執行部の判断に任せております」

ヤフーの強権発動には反対だと明確に述べているのだ。ヤフーの川邊社長が孫氏の反対を無視して行動するはずはないと思うのだが、ことここに至って「ヤフーの判断」と突き放されてしまったわけだ。

ソフトバンク・グループの支援も得られない中で、ヤフーはどんな次の一手を打つのか。

独立社外取締役に「ヤフー派」を選任しようとすれば、コーポレートガバナンスの専門家だけでなく、マスメディアや世間を敵に回すことになる。

かといって、少数株主の利益を強調する役員が選ばれれば、ヤフーの利益につながる事業再編の芽はない。

完全に「手詰まり」状態になったヤフーの今後の行方から目が離せない。