前会長の逆襲「取締役入れ替え」株主提案で再波乱か「積水ハウス」

新潮社フォーサイトに2月17日に掲載された記事です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/46533

積水ハウス」の和田勇・前会長兼CEO(最高経営責任者)らが、4月の株主総会に向けて、取締役の入れ替えを求める「株主提案」を会社側に提出したことが明らかになった。

 東京・西五反田の土地に絡んで、同社が55億円を騙し取られた「地面師事件」が、単なる詐欺被害ではなく、阿部俊則・現会長(事件当時・社長)らが「経営者として信じ難い判断を重ねた」ことによる不正取引であると主張、株主総会での阿部会長や稲垣士郎副会長(同・副社長)らの再任を阻む意向を示している。海外株主も和田氏らを支援しているといい、株主総会に向けて委任状争奪戦(プロキシー・ファイト)に発展する可能性も出てきた。

地面師事件で「返り討ち」

 和田氏ら株主が2月14日に会社に求めた取締役選任議案では、和田氏のほか、昨年6月まで常務執行役員だった藤原元彦氏、同じく昨年まで北米子会社のCEOだった山田浩司氏、現役の取締役専務執行役員である勝呂文康氏の4人の積水ハウス関係者に加えて、米国人のクリストファー・ダグラズ・ブレイディ氏ら7人の独立社外取締役を候補としている。

 会社側が総会にかける選任議案はまだ明らかになっていないが、現職の阿部会長、稲垣副会長、仲井嘉浩社長ら11人(うち独立社外取締役は3人)の再任を中心とした提案を行うものとみられる。

 和田氏は自身が選任されても代表権は持たないとしている。株主提案の狙いは経営権の奪還ではなく、事件の責任を取らない現会長らの排除にあるとしている。

 地面師事件は和田氏が会長だった2017年に発覚した。和田氏が18年1月に行われた取締役会で、この土地取引の決裁に関わった阿部社長(当時)に退任を求めたところ、阿部氏を除く10人の取締役の賛否が5対5に分かれて提案は流れたとされる。

 それを受けた阿部氏が、今度は逆に和田会長の解任動議を出し、和田氏を除く10人の取締役のうち6人が賛成、和田氏が辞任するに至ったと言われる。いわば和田氏が「返り討ち」にあった格好になったわけだ。

 和田氏追い落としを機に、阿部氏が会長、稲垣氏が副会長、仲井氏が社長という現体制が出来上がった。

 和田氏は積水ハウスを2兆円企業に育てた「中興の祖」と言われる一方、「ワンマン」と評されることも多く、それが事実上の解任劇の伏線にあったとみられている。

「隠ぺいを続けた」

 一方で、積水ハウスでは、地面師事件について社外役員による調査対策委員会を設置したが、阿部会長らは調査報告書の公開を拒み続けるなど、「隠ぺいを続けた」(和田氏)。

 調査報告書は、取引にあたっての社内手続きが杜撰だったことなどを指摘しており、原案では阿部氏の責任を厳しく問う記述があったことなどが、その後、明らかになっている。

 今も、現経営陣は事件の真相について詳細に説明しているとは言えず、真相は闇に包まれているとの指摘もある。海外の投資家などから積水ハウスの情報開示姿勢や、コーポレートガバナンスのあり方に疑問の声が上がっていた。

 株主提案の理由書では、地面師事件について、

 「真の所有者からの再三の警告等のリスク情報を無視し、売買決済日を 2 か月も前倒しした上、当社従業員が決済当日に警察に任意同行されながらも決済を強行するなど、経営者として信じ難い判断を重ねた結果である。この取引は、所有者との間に中間会社を入れるだけでなく、『ペーパーカンパニー』に現金に等しい『預金小切手』で代金を支払うなど、闇社会に金銭が流れる危険性を自ら高めており、現経営陣は上場会社の経営者としての資質を全く有していない。この取引は単なる詐欺被害事件ではなく『不正取引』である」

 と断じている。

 また、和田氏が返り討ちにあった取締役会を前に、「人事・報酬諮問委員会」が阿部氏を代表取締役社長から解任すべきと判断したにもかかわらず、取締役会が無視するなど、コーポレートガバナンス不全に陥っていると指摘。現経営陣に退陣を求めている。

 和田氏らは株主提案で、取締役の過半数社外取締役にすることを提案し、積水ハウスコーポレートガバナンスのあり方を問いたいとしている。

 さらに、新たに第三者委員会を設けて「不正取引」を徹底解明するとともに、

 「『不正を許さない強固なガバナンス』、『自由闊達な風通しの良い企業風土』、『盤石の経営基盤』を築き、持続的に企業価値の向上を図る」

 としている。

GPIFがどれだけ理解を示すか

 積水ハウスの発行済み株式数は、2019年1月末現在で6億9068万株。大株主名簿ではトップは信託銀行の信託口となっているが、「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」が、2019年3月末で同社株を5872万9500株保有していることを公表しており、発行済み株式数の8.5%に相当する、実質の筆頭株主とみられる。

 次いで、もともとの母体であった「積水化学工業」が6.1%を保有する。

 GPIFは直接議決権を行使しないが、運用委託先ファンドを通じて議決権を行使している。たとえば、取締役の選任議案では、会社側提案でも10.1%に当たる1万4731件で反対票を投じているほか、株主提案281件のうち4.3%に当たる12件で賛成票を投じている(2018年4月~2019年3月) 。

 和田氏らの株主提案が可決されるには、GPIFの資金を運用するファンドが、和田氏らの主張にどれだけ理解を示すかが決め手になるとみられる。

 さらに、財務局に提出された大量保有報告書によると、2020年1月末(決算期末)現在で、米投資会社のブラックロック・グループが合計6.16%を保有していることが分かっている。

 外国人投資家の保有比率は、2019年1月末段階では全体の22.7%を占めている。コーポレートガバナンスに厳しい目を注ぐ外国人投資家が、すべて株主提案に賛成しても過半数には到達しないとみられ、GPIFに加え、41%を保有する金融機関や、18%あまりを持つ個人投資家がどう動くかによって、議決は左右される見込みだ。

 大株主には、「SMBC日興証券」(2.33%)や「三菱UFJ銀行」(1.97%)、「第一生命保険」(1.76%)などが名を連ねており、こうした金融機関がどう動くかも注目点だ。

 保険会社など機関投資家は、あるべき機関投資家の姿を規定するスチュワードシップ・コードによって、保険契約者など最終受益者の利益を最大化するような議決権行使が求められており、会社側と株主側のどちらの提案が会社の利益に結び付くかといった判断も求められる。

呉越同舟の可能性も

 もっとも、4月末の株主総会までには時間があることから、現経営陣が、提案株主側の意見を受け入れた折衷案を策定して、会社側提案とする可能性もあり得る。

 阿部会長らは2018年3月に人事を決めた際、

 「ガバナンスに反省すべきところがあった」

 として、代表取締役に70歳の定年制を導入している。稲垣副会長は今年6月に70歳を迎えることから、再任候補から外れるか、取締役になっても代表権は持たない可能性が高い。

 また、阿部会長も現在68歳で、2021年10月には70歳を迎えることから、会社側が思い切った若返りや社外取締役の大幅増員などの選任案を出す可能性もある。この場合、78歳の和田氏の影響力が残る株主提案の選任議案に、機関投資家が賛成するかどうかは微妙だ。

 株主総会での取締役選任を巡って会社側に対抗する株主提案は、近年増加する傾向にある。

 2019年6月の「LIXIL・グループ」の株主総会では、潮田洋一郎取締役会議長(当時)に社長兼CEOを解任された瀬戸欣哉氏らが株主提案を出し、海外ファンドなどの賛成を得て、会社側提案に勝利した。ただし、瀬戸氏側が株主提案した8人の候補者全員が選任されたが、会社側も8人中6人が選任され、呉越同舟の取締役会となった。

 今回の積水ハウスに対する株主提案でも、候補者11人の一括選任を求めているものの、会社側候補者と株主提案候補者が入り混じって選任させる可能性もあるだろう。その場合、経営の主導権をどちらが握ることになるのか、さらなる波乱含みとなるかもしれない。

「木製サッシ」で日本の住宅に革命を起こす

雑誌Wedgeにの2月号(1月20日発売)に掲載された、毎月連載している『Value Maker』です。是非お読みください。

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2020/01/20
  • メディア: Kindle
 

 

 「木製サッシ」と言うと、「サッシってアルミサッシじゃないの」と多くの人が思うに違いない。それほどサッシと言えばアルミというイメージが強い。もともと英語のサッシ(sash)は窓枠に使う建材のことで、欧米では木製のサッシが広く使われている。
 日本でアルミニウム合金製のサッシが広がったのは、加工がしやすい一方で、価格が手ごろで腐食にも強いため。より多くの住宅供給が求められた高度経済成長期の日本で爆発的に普及した。このため、サッシと言えばアルミサッシという印象が定着したのだ。
 「日本は木が豊富にある国で、木製サッシなら気密性も高く、結露もしないのに、なぜ使わないのだろうか」
 そう、建築家の中野渡利八郎さんは不思議に思い続けてきた、という。中野渡さんは東京・世田谷を中心に一戸建て住宅の建設を手掛けてきた「東京組」の創業者。1993年以来、注文住宅やデザイン住宅など6000棟を建ててきた。営業にカネをかけず、モデルハウスも持たないユニークな経営スタイルで知られる。
 実は、結露が発生せず、断熱性が高い木製サッシを、中野渡さんは自社で建てる住宅に数多く使ってきた。大半がイタリア製の輸入品だった。北欧製や米国製のサッシも使ったが、窓の木組みの精度が優れているイタリア製に惚れ込んだ。

 

日本の木でサッシを作りたい


 だが、それでは、建物を日本の木材にこだわって建てたとしても、窓枠や窓だけが輸入材になってしまう。日本の木でサッシを作れないか。そう考え続けてきた。その末に、自分自身でサッシ工場を建てることを決める。
 2016年にサッシ工場のための会社を設立した。社名は、名付けて「日本の窓」である。これこそが、日本の木で作った日本の窓だ、というわけだ。日本の木で窓を作ることで、日本の森を守り、森の文化を育むことにつながる。
 本社と工場は青森県十和田市に置いた。中野渡さんの故郷である。友人の牧場に、すべて日本の木を使って工場を建てた。木造である。白木の丸太が作り出す空間は美しい。筆者は仕事柄、数多くの工場を見てきたが、間違いなく日本一美しい工場だろう。優れた窓を作るには、美しい空間で働いてこそ、創造意欲が湧く。そう考えたのだという。
 青森を選んだのは、もちろん、故郷に恩返しをしたいという思いもあった。だが、それだけが理由ではないと、中野渡さんは語る。
 「正直言って、材料にする青森の杉は節が多いなど加工が難しい。逆に言えば、ここで成功すれば、他の銘木の産地なら簡単にできるということです。どんどん真似をしてもらい、日本の木を使った木製サッシが広がって、主流になって欲しい」
 そんな中野渡さんの夢を形にした工場が稼働したのは17年4月。窓はひとつひとつ作るので、サイズも色も自由に決められる。完全なオーダーメイド。注文主の窓が製造ラインに流れる際に、工場に招き案内することも可能だ。
 木材を削り出していくのは、イタリアから直輸入した専用の工作機械。木材を窓枠に精密に組み立てるための「ホゾ」なども自動で削り出す。木と木がぴったり合わさることで、気密性が保てる窓ができ上がる。木材にはガラス塗料を塗り、防水性も高い。ガラスは日本の技術の粋を集めた大手ガラスメーカーの製品をはめこむ。ガラスは三層構造まで作れる。年間ざっと2000の窓を作る。
 唯一、窓を窓枠に固定する金具類はイタリア製だ。密閉させるために重要な役割を担うが、中野渡さんを満足させる日本製はない。「日本の技術をもってすれば、もっと精密な良い金具が作れると思うのですが、需要が少ないのか、手に入りません」と言う。
 ちなみに、中野渡さんが自ら木製サッシ工場を作ろうと思ったのには、ひとつの大きなきっかけがあった。

 

火にも強い「木」


 日本国内で流通していた防火アルミサッシの多くが建築基準法で定められた防火性能を満たしていないことが発覚したのだ。結果、サッシメーカー各社が防火アルミサッシの販売を一斉に中止。基準に合わせるため樹脂製などに仕様を大きく変更したが、価格がいきなり2.5倍になった。住宅建築の注文を受けていた東京組が大損害を被ることになったのだ。
 木製サッシは火に弱いのではないかと思われるに違いない。だが、実験の結果はまったく違った。800度の温度で20分持つことが基準なのに対し、アルミサッシはわずか6分でガラスとアルミの接合点が溶けた。一方、木製の場合、炭化しても反対側に火が出ることはなく、20分の耐火試験を難なくパスした。密閉度だけでなく、耐火性でも優れていることが分かったのだ。
 家を建てる建築家にとって、注文主に品質を偽ることは信頼を裏切る行為にほかならない。耐火性能の偽装は、その一点においてアウトだった。建築家でありながら建材工場を建てる決心をしたのは、そんな背景があった。
 11年の東日本大震災以降、省エネへの関心が大きく高まった。そんな中で、日本の住宅の断熱性能の低さが問題視され始めている。断熱性が低いために、部屋ごとの冷暖房が必要になり、大量の電力を無駄にしているというわけだ。
 部屋ごとに温度差が大きいため、冬のトイレで脳卒中で倒れるなど、「ヒートショック」で死亡する人は、交通事故死よりもはるかに多い、という統計もある。その住宅の断熱性能の低さの最大の原因が「窓」の断熱性が低いことなのだ。
 一方で、欧米の住宅の窓はガッチリした木製サッシが主流で、外と室内の熱を遮断する。このため、寒冷地にあっても欧米の家は暖かい。暖房設備も家全体を温める仕組みのものが多く、熱効率が高い。

 つまり、日本は「住宅省エネ後進国」なのである。皆が断熱性能の高い家に住むようになれば、冷暖房のために使う電気などのエネルギー使用量が激減し、省エネが進む。
 「最大の問題は世の中の人がなかなかその事実を知らないことです」と中野渡さんは言う。

 

100年以上使い続ける


 戦後、日本の住宅政策は、国民の持ち家率を上げることばかりが目指され、住宅の「質」には重点が置かれないきらいがあった。20年から30年で建て替えることが前提の家ばかりになり、何世代にもわたって使い続ける欧米の住宅との質的格差が大きくなった。見えないところにコストがかかる「断熱性能」にはほとんど見向きもされてこなかった。
 「これぞ日本の家という住宅を作りたい」と中野渡さんは言う。100年以上にわたって使い続ける本物の家だ。木製サッシの普及は、そのための一歩なのだろう。中野渡さんが「日本の窓」から見据える将来は、日本が長年育んできた木の価値、文化の価値を見直すことにほかならない。

ヤフー・アスクル騒動、ここへきて「火中の栗を拾った人」たちの事情 「アスクル・モデル」がもたらす衝撃度

現代ビジネスに2月13日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70390

アスクル・モデル」登場

2019年8月の株主総会で、大株主のヤフー(現・Zホールディングス)に現職の社長だった岩田彰一郎氏の再任を拒否されたアスクル。ヤフーは返す刀で独立社外取締役3人もクビにし、同社には社外取締役がいない状態が続いてきた。

その社外取締役を決める暫定の「指名・報酬委員会」(委員長、國廣正弁護士)がようやく候補者4人の選定を終え、3月13日に開くアスクルの臨時株主総会に提案することになった。

候補者に選ばれたのは、弁護士で多くの企業の社外取締役を務めてきた市毛由美子氏、医薬品のインターネット販売会社ケンコーコム(現・楽天)を創業し代表を務めた後藤玄利氏、麗澤大学教授でコーポレートガバナンスに詳しい高巌氏、石川島播磨重工業(現・IHI)で副社長を務めた塚原一男氏の4人。

昨年9月に國廣弁護士が委員長を引き受けるに当たって、「アスクル側でもヤフー側でもなく、市場のため、アスクル企業価値を上げるために相応しい候補者を探す」と宣言。アスクル、ヤフーの両社がそれを受けて入れていたといい、候補者選びに両社は関与しなかったという。

候補者を選ぶ過程で打診をすると、「火中の栗を拾うのは」と尻込みする人もいたという。12月前半に4人に候補を絞ってから発表するまでの間に、アスクルの経営陣やZホールディングスの経営陣、同じく大株主のプラスの経営陣と対話を重ね、前回の株主総会社外取締役への再任が否決された斉藤惇・日本取引所グループ前CEO(最高経営責任者)らとも意見交換するなど、「徹底的に議論を重ねてきた」(國廣弁護士)という。

もちろん、4人とも過去にアスクルやZホールディングスなどとの関係はないほか、4人どうしにもつながりはないという徹底した「独立性」を重視したという。

独立社外取締役の効用

株主総会での選任に向けて、前代未聞のユニークな手法を取っている。社外取締役候補者4人に「抱負文」を書かせ公開したのだ。また、臨時株主総会では選任議案の可否を問う前に、候補者に抱負を語らせたうえで、株主からの質問に答える場を作る方針だという。

通常の株主総会では、取締役候補者は選ばれてから紹介されるのが一般的で、選任前に株主の質問に答えるのは、おそらく上場企業では例がない。

國廣弁護士はこうした手法を「アスクル・モデル」と呼び、委員の落合誠一弁護士も「相当なインパクトを与えるものと思う」と述べ、独立社外取締役を選任する場合の方法として、他社にも広がることを期待する、としていた。

さらに國廣弁護士らは、独立社外取締役らで作ることになる「指名・報酬委員会」の規定案のたたき台も示した。そこにもベスト・プラクティスとして「アスクル・モデル」を作り上げる提案が含まれている。指名・報酬委員会のあり方として以下の8項目を掲げている。

1. 取締役会の常設の諮問・勧告機関とする
2. 構成員は独立社外取締役全員とCEOとする
3. CEO、取締役、執行役員などの選解任を取締役会に答申する
4. CEO、取締役、執行役員などの個別報酬を答申する
5. 取締役会からの諮問事項以外でも勧告できる
6. 取締役会は勧告を尊重する
7. 外部の専門家を会社の費用で選任できる
8. 勧告等を行った事項について株主総会等において意見を表明できる

また、独立性を保つ観点から、社外取締役の任期を1年でなく例えば2年にする一方で、在任期間の上限を設けることも検討しているという。

ここまで独立社外取締役の権限を明記するのは、支配権を握る大株主が強権を振って少数株主の利益を侵害しないようなガバナンス・ルールを作ることがある。数の論理だけで社長のみならず独立社外取締役を再任拒否した昨年の株主総会を繰り返さないためだと言える。

「そのためにはルールを作るだけでなく、徹底的に議論することが大事だ」と國廣弁護士は言う。

そもそも少数株主の権利が軽視されている国

日本では、世界では珍しい親子上場が広く行われている。Zホールディングスもアスクルの議決権の過半を握る実質親会社だ。一方で、支配株主以外の少数株主の権利に関する規定は、日本では整備されていない。

親会社の株主と上場子会社の株主の利益が相反した場合、欧米では少数株主の利益を守ることが強く求められる。訴訟になる恐れもあることから、欧米では上場企業の親子上場はほとんどないのが実情だ。

日本でも経済産業省などが旗を振って、少数株主の利益を守るためのガイドライン作りなどが進んでいる。

そんな最中に、アスクルとヤフー(Zホールディングス)の問題が勃発。支配権を持つ親会社が強権発動して株主総会で現職社長の取締役再任を拒否、現職社長を取締役候補に選んだ指名報酬委員会を構成する独立社外取締役まで再任しなかったわけだ。

確かに、新しいアスクル・モデルは、独立社外取締役の機能を強化するうえでは、画期的だろう。指名報酬委員会の答申などを取締役会が尊重しなかったり、親会社が無視した場合、社外取締役株主総会で答申や勧告の内容をぶちまけることができる、というのはなかなかの武器には違いない。支配株主として強権発動した親会社は、世の中の批判を浴びることになるからだ。

抱負文の中で候補者4人はこう述べている。

「経営陣や親会社・支配株主の意向と一般株主の利益とは、必ずしも一致するとは限りません。(中略)独立社外役員は、空気を読まず積極的に意見を言わなければなりません」(市毛氏)

「親子の利害が異なる場合、上場子会社単体の部分最適を親会社グループの全体最適よりも優先させます。少数株主がいる以上、親会社への貢献は上場子会社の価値向上を通じて提供することを原則とすべきです」(後藤氏)

「重要事項の検討・判断にあたっては、『株主全体の共通の利益の向上』という基本中の基本を肝に据え、取締役としての信認義務を厳格に果たしていきたく考えております」(高氏)

「主要株主と経営陣が信頼関係を早急に築くことが肝要であり、そのためには両者の間でダイアログを頻繁に行うことが求められます」(塚原氏)

4人の候補の選任に対して、Zホールディングスは同意しているといい、臨時株主総会では無事4人の社外取締役が加わることになる見込み。現在の5人の取締役は吉岡晃社長兼CEOと、吉田仁COO、木村美代子COOに加え、Zホールディングスから派遣されている輿水宏哲氏と、Zホールディングスの取締役専務執行役員を務める小澤隆生氏が占める。

アスクルと旧ヤフー(Zホールディングス)の間には、子会社化してもアスクルの経営の独立性を維持することや、取締役派遣は2人までという申し合わせがあり、数の論理だけで取締役会の支配権をZホールディングスが握ることは難しい。

Zホールディングスがアスクルの事業を思う通りにコントロールしようとする場合、新たに選ばれる独立社外取締役の支持を受けることが不可欠になる。

3兆円投入のツケ「東京五輪の失敗」で大不況がやってくる  1964年五輪と同じ轍を踏むことに

プレジデントオンラインに2月7日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/32810

SARS終息宣言は発生から8カ月後だった

新型コロナウイルスへの感染者が日本国内でも広がっている。潜伏期間とされる2週間以内に中国渡航したことがない国内在住の人の感染が確認されたほか、発症していない人からも感染が広がっている模様で、日本の「水際対策」では十分に防御できていないとの見方も出ている。死亡率は高くないとされているが、中国・湖北省武漢市では死者が相次いでおり、不安が高まっている。

そんな中で、米国は保健福祉省が緊急事態を宣言。直近で中国に渡航歴のある外国人の入国を停止したほか、英国は中国に滞在する自国民に退避勧告を行った。

焦点はこの感染拡大が、いつ終息するかだ。

日本は今年夏に東京オリンピックパラリンピックを控えており、7月末には開会式を迎える。SARS重症急性呼吸器症候群)が集団発生した際は、2002年11月16日に中国で始まり、WHO(世界保健機構)が終息宣言を出したのは2003年7月5日だった。仮に今回の新型コロナウイルス蔓延まんえんの終息宣言が7月までずれ込むと、オリンピックを目当てに世界からやってくる観光客の数に大きな影響を及ぼす可能性も出てくる。

ずば抜けて多い「中国人旅行者の買い物代」

世界から日本にやってきた訪日旅行客は、日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2019年に3188万人と過去最多を記録した。政府はオリンピックがある2020年に4000万人の目標を掲げてきたが、その達成に黄色信号が灯っている。2018年に初めて3000万人を超えた時には、2020年の4000万人到達は十分にあり得る数字だったが、日韓関係の冷え込みで韓国からの訪日客が激減、2019年は前年比2.2%増というわずかな伸びにとどまった。

そんな中で、大きく伸びたのが、中国からの訪日客。前の年よりも14.5%多い959万人に達した。何と全体の30%が中国からの観光客・ビジネス客だったのだ。

彼らが日本国内で落としたお金も大きい。

観光庁の「訪日外国人消費動向調査(速報)」によると、2019年に訪日外国人客が日本国内で消費した金額は、4兆8113億円。前の年に比べて6.5%増えた。それを支えたのが中国からの旅行客の増加だった。推計によると、前の年より14.7%多い1兆7718億円にのぼったとみられている。外国人の消費額全体の37%に達する。

「爆買い」に象徴されるように、中国からの旅行者が「買い物」に使う金額は他の国々からの旅行者に比べてひときわ多い。ひとり当たりの消費額は21万2981円と、全体の平均15万8458円を大きく上回る。消費額が最も多いのはオーストラリアからの旅行客の24万9128円だが、彼らが使った「買い物代」は3万1714円にすぎない。モノの消費を担っているのは中国人旅行者だということが分かる。

「世界一コンパクトな大会」のはずが巨額の支出に…

そんな最中に起きた新型ウイルスの蔓延である。中国からの来日客が減少し、日本の百貨店での春節期間(1月24日から30日)の免税売上高は前年比2ケタのマイナスになったと発表されている。

当然、中国以外の地域、特に欧米からの観光客が中国や日本などアジアへの旅行を忌避する可能性は高まっており、今後も日本経済への打撃は深刻だ。特にオリンピックへの来場者が減れば、大会前後の関連消費が期待外れに終わる可能性が出てくる。

オリンピックが期待通りの経済効果をもたらさなかった場合、日本経済は大会後にそのツケを払うことになる。

誘致した際には「世界一コンパクトな大会」にするとしていたが、関連予算は大幅に膨らんでいる。会計検査院が昨年12月4日に公表した集計によると、オリンピック・パラリンピックの関連事業に対する国の支出は、すでに約1兆600億円に達している。政府と大会組織委員会が「国の負担分」や「関係予算」として公表してきた額は2880億円だが、すでにそれ以外に7720億円が使われたとしているのだ。

国の支出以外にも、東京都が道路整備なども含め約1兆4100億円、組織委員会が約6000億円を支出することになっており、検査院の検査結果を加えるとオリンピックの関連支出は3兆円を超す巨額にのぼることが明らかになった。

組織委員会の支出を支える「スポンサー」企業

大会組織委員会が支出する6000億円については、スポンサー料収入が最大の「財源」になっている。

4段階あるスポンサーのカテゴリーのうち最上位の「ワールドワイドオリンピックパートナー」は国際オリンピック委員会IOC)と直接契約しており、1業種1社に限られている。契約料は高額でトヨタ自動車は10年で2000億円の契約金を支払ったと言われている。このカテゴリーには14社が加わっており、日本企業では、トヨタと並んでブリヂストンパナソニックが名を連ねている。

次のカテゴリーは、日本オリンピック委員会JOC)と契約し、日本国内でのみオリンピックのスポンサーと名乗ることができる「東京2020オリンピックゴールドパートナー」。これには国内企業15社が名を連ねる。スポンサー料は4年契約で100億円程度とみられている。通常、オリンピックの企業スポンサーは「1業種1社」が常識だが、今回の東京オリンピックでは、国内スポンサーに限って「1業種1社」の枠組みを外した。みずほ銀行三井住友銀行NEC富士通などの同業種が並んでスポンサーになった。横並び意識の強い日本ならではの「商法」だった。

前回の東京オリンピック後に訪れた「40年不況」

組織委員会の6300億円の収入予算のうち、チケットの売り上げが900億円、ライセンス収入が140億円、IOC負担金が850億円などとなっている。IOCの負担金の原資は、IOCに直接入るスポンサーからの収入やテレビ放映権料だ。IOCは東京大会で過去最高の3倍に当たる30億ドル(約3300億円)超のスポンサー料を日本国内の企業から集めたと公表している。IOCとしてはビジネスとして成功が約束された大会ということだろう。

オリンピックはかつて国の威信をかけて行う国際大会という色彩が強く、巨額の国家予算が投じられた。その結果、大会後に深刻な不況に見舞われるケースが頻発した。前回の1964年(昭和39年)の東京オリンピックでも、その後「40年不況」と呼ばれる景気悪化に見舞われ、山一証券は事実上破綻して日銀特融を受け、山陽特殊製鋼などが倒産した。

過剰な投資を行えば、そのツケが回ってくるのは当然である。その反省から昨今のオリンピックはお金をかけずにコンパクトに済ませるようになった。日本はその国際的な流れを無視し、巨額の資金をつぎ込んでしまったわけだ。

そうでなくてもその反動が大会後の日本を襲うことが懸念されるところに、新型コロナウイルスの蔓延である。消費増税もあり国内消費が冷え込んでいる中で、オリンピック関連のインバウンド消費に期待が集まっていたが、万が一そのアテが外れることになった場合、不況に直面した前回東京大会の轍を踏むことになりかねない。

高級時計の付加価値で得た利益を「よのなか」のために使う

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』がWedge Infinityに再掲載されました。是非およみください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17031

Wedge (ウェッジ) 2019年6月号【特集】漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業

Wedge (ウェッジ) 2019年6月号【特集】漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業

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  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2019/05/20
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 200万円で売られている世界を代表する高級腕時計の原価はいくらか。時計の専門家に話を聞いた藤原和博さんは度肝を抜かれた、という。

 ムーブメントと呼ばれる駆動装置は技術の進歩が究極までたどり着いていて、何社かに集約され大量に生産されている。価格は4500円くらいとみられるが、実際にはもっと安いという説もある、という話だった。特殊な貴金属を使わなければケースを合わせても原価2万円。それが200万円に化けるのだ。

 「付加価値を生むブランドの力というのは正直凄いと感心した」と藤原さんは振り返る。

 リクルート出身の藤原さんは、東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めるなど教育改革の実践家。「よのなか科」の生みの親として知られる。当時は和田中学の5年の任期を終えたところだった。

 教育に関わるかたわら、藤原さんは日本的な良さと最先端の技術を組み合わせる「ネオ・ジャパネスク(新しい日本風)」を掲げてきた。自宅も和の伝統を重んじながら、現代的な便利さを導入したものを建築家と共に建てている。

 時計は日本を代表する製品に育ちながら、欧米の高級ブランドのデザインに押されている。もっと日本の美を凝縮した時計が作れるのではないか。日本を代表する経済人や政治家が、世界に出かける時に腕にしていって夜の晩餐会で高級ブランドに引けを取らない「ネオ・ジャパネスク」の時計ができないか。

 長年の夢が、原価を聞いた途端、藤原さんの中でプロジェクトとして動き出した。ブランド物と同じクオリティの時計が20万円か30万円で売れるのではないか、とひらめいたのだ。

 問題はどう作るか。そんな折、セイコーを退職して、長野県岡谷市で、純国産の腕時計ブランド「SPQR(スポール)」を企画製造していた清水新六・コスタンテ社長を知る。

 清水社長はセイコー時代、ジェノバやミラノ、香港に駐在。商品企画からものづくり現場、アフターサービスまで、「時計作りに関わるひと通りの仕事を経験させてもらった」と清水さん。自分が欲しい時計を作りたいと一念発起し52歳で退職した。セイコー時代の人脈ネットワークを使って新しい時計が生まれていった。時計製造の日本でのメッカとも言える諏訪地域を中心に、ものづくりだけで30社、販売まで含めれば70社との連携で時計が世に出て行く。いわばバーチャル・カンパニーだ。

 藤原さんは清水社長に会うと、この人ならば自分が考えているものを形にしてくれると直感する。その日のうちに手書きでイラストを描いた時計のコンセプトが藤原さんから清水社長に送られてきた。

 文字盤は藍色の漆(うるし)。長野オリンピックでメダルを作った漆加工職人の手によるものだ。深い宇宙を思わせる、引き込まれるような藍色である。文字盤には機械の動きが見えるシースルーの窓が付いているが、通常とは逆で、向かって右側にある。

 「これまでの時計は大体向かって左、つまり右側にテンプ(振動する部品)が置かれていた。でも時計を人に見立てると心臓は本来、左側にあるべきではないのか」

 そんな藤原さんの発想は時計業界の常識からすると全くの型破りだった。向かって右側にテンプを置くには、針を調整するリュウズを左に持ってこなければならない。左利きならばともかく、右利きの時計はリュウズが右と決まっている。それでも清水社長は藤原さんのリクエストを形にしていった。

 藤原和博プロデュース「japan」プロジェクト。藤原さんが清水社長に会ってからわずか半年で、2モデルが出来上がった。「大手時計メーカーだったら製品化に5年はかかります」(清水社長)というから破格のスピードだ。

 価格はゴールドモデル25万9200円(税込)とシルバーモデル19万4400円(同)と決して安いものではない。それでもそれぞれ限定25本という希少性もあって、予約段階で完売した。ストーリー性のある本物にはお金を惜しまない消費者が確実にいる。藤原さんはそう確信した。

 もともとは一回限りのプロジェクトのつもりだった藤原さんだが、その後もプロジェクトは続くことになる。製造に当たる清水社長の仲間たちが「ネオ・ジャパネスク」の時計にやりがいを感じたからだ。もちろん、完売後も問い合わせが続くなど、「japan」の人気が高かったこともある。

 そんな最中、東日本大震災が起きる。津波の被害にあった宮城県雄勝町の特産品である雄勝石。復元された東京駅舎の屋根に張られている石だ。津波で泥まみれになっていた石をボランティアが掘り出し、洗い清めた。その雄勝石を薄くして文字盤にできないか。

 藤原さんが「japan311」と名付けた限定品が発売されたのは震災から5カ月後のこと。40本作り、30本を31万3200円で販売。10本は地元関係者に寄贈した。また、売り上げから300万円を寄付、津波で流された「雄勝法印神楽」の太鼓や衣装の購入費用とした。寄付付きということもあって、このモデルもあっと言う間に完売している。

 2016年に、日本の磁器が佐賀県有田に誕生して400年を迎えるのに合わせて藤原さんは、有田焼の白磁で文字盤を作れないかと思いつく。藤原和博プロデュースの第5弾は「SPQR arita」と名付けられ、13年に発売された。有田焼の窯元「しん窯」が文字盤用に薄い白磁を完成させた。リュウズの先端にも蛇の目模様の有田焼が付けられている。

 この有田焼の文字盤がセイコーの目に留まる。今秋発売予定の「プレサージュ」匠の技シリーズに採用されたのだ。実は、担当者から藤原さんに「別の白磁メーカーに作らせるのでいいでしょうか」と事前に確認があった。藤原さんは即座に、むしろ技術開発に苦労した「しん窯」を使ってあげてほしいと伝える。自分は一銭もいらないけれど、あとで「セイコーがまねをした」くらいのことは言ってもいいですよねと微笑んだという。

 ネオ・ジャパネスクを広げたい藤原さんにとっては、セイコーからの話は願ってもないことだった。一方で、自分のアイデアをまねされたと言いふらせることは遊び心満点の藤原さんにとって何よりの報酬だというわけだ。

 藤原さんがプロデュースする日本の様々な技術と時計との融合は、ものづくりを守り育てることに大きく役立っている。世界の高級ブランドと同じ品質のものを、きちんとした価格で売れば、携わる職人たちが満足する手間賃を得るだけでなく、企画する清水社長にも利益が残る。

 その利益から清水社長はラオスでの学校建設に寄付をしているのだ。学校建設の基金と出会ったのも、藤原さんの紹介だった。

 付加価値を付けた本物志向のものづくりの利益が循環して、海外での学校建設にまでお金が回る。藤原さんのアイデアから生み出された価値は、とてつもなく大きい。

 

総務省の「泉佐野市いじめ」が止まらない…!ふるさと納税の報復か  やはり「地方自治」は名ばかり

現代ビジネスに2月6日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70259

どう見ても嫌がらせ

ふるさと納税の制度を利用して多額の寄付金を集めた大阪府泉佐野市に対する総務省の“いじめ”が続いている。

2019年12月分の特別交付税の同市への配分額を、前年度に4億3502万円あったものを、災害対応分の710万円に大幅減額したのだ。交付団体の中で災害対応分だけだった自治体は泉佐野市だけだった。事実上、交付税を受け取らなくても財政運営ができている「不交付団体」並みの扱いがされた。

もちろん泉佐野市が黙っているわけがない。「ふるさと納税での収入増を理由に交付税を減額されたのは納得できない」として、国に審査を申し立てていた。ところがこれに対しても「却下する」との高市早苗総務相からの文書が1月24日に届いた。地方交付税法の規定は特別交付税の算定方法に対する不服等は審査の対象としていない、という紋切り型の回答書で、門前払いだったが、背後にふるさと納税を巡る同市との対立があることは明らかだった。

泉佐野市の千代松大耕市長は声明を出し、こう憤った。

「本市を狙い撃ちにして大幅減額するようなルール変更がなされたことは、ふるさと納税をめぐって国と争っている本市への嫌がらせであるということは、誰の目に見ても明らかです」

泉佐野市への交付税の減額は2019年3月に続いて2度目で、総務省泉佐野市を目の敵にしていることは明らかだ。

確かに、泉佐野市がふるさと納税制度を巡って「やりすぎた」ことは間違いない。

2018年度に泉佐野市は497億5300万円のふるさと納税制度による寄付を集めた。全国最多の受入額だった。初めてトップになった2017年度は135億円と唯一100億円を集めて話題になったが、それをさらに大きく上回った。

総務省ふるさと納税の制度を見直し、2019年6月から新制度に移行するのを前に、「閉店セール」として返礼品のギフト券を大盤振る舞いするなど、総務省の神経を逆撫でした。

もともとネットショップばりのホームページを開設、豊富な返礼品の品揃えで人気を集めていたが、それに拍車をかけたのだ。総務省は繰り返し大臣名の通知を出して、返礼品の寄付額に対する割合を3割以下に抑えることや、地場産品に限ることなどを求めていたが、泉佐野市はそれを無視していた。

法律が代わって新制度になるのを前に「駆け込み」で多額の寄付を集めたのだ。

逆らうものは許さじ

そんな泉佐野市に総務省は“懲罰”を加える。地場産品の利用や返礼品の金額割合を抑えることに従わなかったことを理由に、寄付額上位の4つの自治体、泉佐野市、静岡県小山町和歌山県高野町佐賀県みやき町を新制度の対象から除外したのだ。

他の3市は黙ってそれを受け入れたが、泉佐野市は闘争を開始する。新制度から除外した総務省の決定を不服として、「国地方係争処理委員会」に審査を申し立てたのだ。

2019年10月に委員会は、「過去の募集方法を根拠に(新制度から)除外するのは改正地方税法に反する恐れがある」と指摘、総務省に再検討を求めた。ところが、それでも総務省は除外方針を変えなかったため、泉佐野市が大阪高等裁判所に提訴した。

その裁判の判決も1月30日に下され、請求は棄却された。

佐村浩之裁判長は判決理由で、これまでの過度な返礼品競争などの経緯を踏まえると、過去の実績を考慮し参加自治体を指定する新制度は総務相の裁量の範囲内だ、とした。

泉佐野市は、後からできた法律で、過去の行為を問題として新制度から除外するのは、法律の大原則である「不遡及の原則」に抵触するとしていたが、高裁はこれを認めなかった。泉佐野市は判決を不服として最高裁判所に上告した。

もっとも、泉佐野市との係争は、総務省にとっては願ってもないことだったに違いない。国の言うことを聞かない自治体は、交付税を減らすという仕打ちを覚悟しなければならない、ということを裁判所も認めたからだ。

もともと総務省ふるさと納税に対して反対で、本来は住民サービスに使われるべき税金が他の自治体に回り、しかも返礼品で納税者に戻っているのは問題だという批判を繰り返し展開してきた。その問題性を証明する格好の事例が泉佐野市なわけだ。

目覚めた自治体の自立意識が

実は、ふるさと納税制度で、地方自治体の意識が大きく変わっている。人口減少が続く中で、どの自治体も税収減に悩まされているが、自らの努力で地域を売り込み、寄付金という形で収入を増やす道ができたのである。

制度ができる前までは、地方交付税交付金を配分する総務省や、様々な補助金を交付する霞が関に日参するくらいしか、方法がなかったのである。

ところが、工夫してせっかく収入を増やしても、地方交付税を減らされてしまうのでは何にもならない。泉佐野市への仕打ちは、自治体の財政的自立を妨げることにつながりかねないのだ。

そもそも総務省は、自治体を財政的に自立させようと考えていないことは明らかだ。全国に1765ある自治体のうち、財政が黒字で交付金を受け取っていない自治体(不交付団体)はわずかに86だ。圧倒的多数が財政的に自立せず、交付税に依存している。

これは交付税額を決める総務省にとっては権限を増すことになる。総務省の人材を副市長や部長など幹部に迎える自治体が後をたたないのは、そんなところに理由がある。再分配機能に名を借りた国による地方支配が続いていると言っても良い。

ふるさと納税は大幅に増えたと言っても、まだ5000億円だ。地方交付税交付金の総額は15兆2100億円にのぼる。むしろ、多くの自治体が、国への依存を高めている。

2018年度に泉佐野市にふるさと納税した人は、のべ250万人。2位の小山町の29万人をはるかに上回る。そうした人たちが全て、返礼品目当ての「損得」で泉佐野市を「応援」したのだろうか。地方自治のあり方を考える上で、今後も国と泉佐野市のバトルから目を離せない。

「世界経済」占う「スイス時計」新型肺炎は影響するか

新潮社フォーサイトに2月6日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/46483

 景気の先行きが見える高級品の需要に急ブレーキがかかっている。高級時計の代名詞であるスイス製時計の全世界向け輸出額を見ると、世界や輸出する先の国・地域の経済動向が見えてくるのだが、好調と思われていた世界経済に明らかに鈍化の兆しが見えている。

香港向け輸出が激減

 スイス時計協会が発表した2019年のスイス時計輸出額は216億8060万スイスフラン(約2兆4380億円)と、2018年に比べて2.4%増えた。輸出額の増加は3年連続だが、2018年の対前年伸び率6.3%より明らかに鈍化した。

 

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