4月の旅行取扱額「71%減」の衝撃…!旅行業“壊滅”の先行きは  GoToキャンペーンは救いになるか

現代ビジネスに6月5日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73058

壊滅の3月

予想されたこととはいえ、旅行業の「壊滅」状況が明らかになってきた。新型コロナウイルスの蔓延で訪日旅行客が激減するなど人の動きが止まっているが、旅行を取り扱う主要旅行業者が苦境に陥っている。

観光庁が5月22日に発表した2020年3月分の「主要旅行業者の旅行取扱状況速報」によると、取扱額合計は1200億円と、前年同月の4198億円に比べて71.4%減少した。

「海外旅行」の取り扱い減少が最も大きく84.7%減、全体の7割超を占める「国内旅行」も63.7%減った。

日本の旅行会社によるインバウンド向け旅行の取り扱いである「外国人旅行」はネット予約での個人旅行の増加もあり、ここ数年、旅行業者の取扱額は漸減傾向にあるが、1月の取扱額はまだ4.8%の減少だった。

海外旅行は6.8%減、国内旅行は5.1%減と減少したものの、外国人旅行は21.0%増とまだ好調だった。中国の春節旧正月)休みに多くの中国人観光客が訪れたことが要因だった。

新型コロナの影響が深刻化し始めたのは2月から。外国人旅行が一気に冷え込み、35.7%減。日本からの海外旅行が23.9%減、国内旅行も14.6%減と落ち込み、合計で2749億円と18.9%減った。それが前述の通り3月には71.4%の減少になったわけだ。

消滅の4月

もっとも、そうは言っても3月は、まだ緊急事態宣言が出される前で、旅行需要もそれなりにあった時期。4月に入ると旅行はまさに「消滅」している。4月は全国各地とも桜のシーズンで、昨年は外国人観光客があふれた。

国内旅行者も多い時期で、旅行業者にとっては稼ぎ時だ。ひと足早く推計数字を公表したJNTO(日本政府観光局)の4月の訪日旅行客は99.9%も減って、わずか2900人。日本から世界への出国者も99.8%減の3900人にとどまっている。

京都中心部で修学旅行生を受け入れている老舗旅館によると、4月の売り上げは98%減。「耐えるしかないが、5月はゴールデンウイークで売上高が大きい月でもあり、さらに打撃が大きい」と女将は話す。それでも修学旅行の「延期」に期待をつないでいるが、ここへきて「中止」を打ち出す自治体も出始めており、危機感を強めている。

まさに旅行業者にとっては死活問題になっている。ちなみに3月の取扱額を会社別に見ると、トップのJTBグループは62.7%減、2位のKNT-CTホールディングス・グループが68.6%減、3位の日本旅行が76.4%減となっている。4月はさらに落ち込みが激しくなるのは確実な情勢だ。

希望の「Go To キャンペーン」

そんな中、旅行業界が期待をつなぐのが、「Go To キャンペーン」(仮称)だ。4月30日に国会で成立した補正予算に含まれ、1兆6794億円という巨額の予算が割り振られている。「Go To Travel」「Go To Eat」「Go To Event」「Go To 商店街」 などから成り立ち、新型コロナ「流行収束後の一定期間に限定」した官民一体型の消費喚起キャンペーン、と位置付けられている。

「Go To Travel」の場合、旅行商品を購入した場合、ひとり1泊2万円を上限に、半額相当分のクーポンを配ることになっている。これまでにない「旅行」への直接的な助成金と言える。国土交通省は「7月の早い時期から」始めるとしている。

もっとも、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新型コロナ感染の再拡大が懸念され、県境を越えた移動も自粛が求められている。大々的に「旅行に行こう」というのはさすがに早過ぎだろう、という批判の声もある。

だが、旅行業者の多くは、新型コロナがこのまま終息に向かってくれることを祈ると同時に、キャンペーンの開始準備が進むことも祈っている。

というのも、一連の新型コロナ対策を通じて、政府が実施を決めてから実際に動き出すまでに、早くても数カ月を要することが「実証」されている。

あまりに遅い政府対応

4月1日に安倍晋三首相が打ち出した1世帯2枚のマスク配布、いわゆる「アベノマスク」も2カ月たって届かないところが数多くある。

全国民10万円の一律給付にしても、打撃を受けた中小事業者への「持続化給付金」にしても、スピードが命だったはずだが、予想以上に時間がかかっている。

旅行業者からすれば、ともかく、早く「Go To キャンペーン」の準備を整えて実施に移し、新型コロナが終息した際にはすぐに旅行者増につながるようにしてほしいという思いなのだ。

帝国データバンクによると「新型コロナウイルス関連倒産」は6月2日16時時点で205件(法的整理135件、事業停止70件)。業種別でのトップが「ホテル・旅館」の39件だ。それに「飲食店」の26件が続く。

4月、5月と続く旅行の「消滅」が6月以降、どこまで続くのか。もはや体力勝負になりつつある。旅館が弁当販売に乗り出すなど苦肉の策を取るなど、苦境を乗り越えるための工夫も見られる。だが、現実には焼け石に水だ。雇用調整助成金などの支給開始を待って辛うじて経営を維持しているところも少なくない。

あとは、新型コロナが完全に収束しないまでも、このまま下火となり、用心しながらも旅行を楽しめるようになった時に、人々を旅行に押し出す切り札に「Go To キャンペーン」がなっていくのか。

果たして「Go To キャンペーン」がタイミングよくスタートし、旅行業界の苦境を救う一助になるのか。関係者は固唾を飲んで見守っている。

お寺を活性化するシェアリング・エコノミー

雑誌Wedgeの5月号(4月20日発売)に掲載された連載『Value Maker』です。是非、ご一読ください。

Wedge (ウェッジ) 2020年 5月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 5月号 [雑誌]

 

 コミュニティの中核だったお寺の生き残りを手伝えないか――。2人の女性経営者が立ち上がった。「お寺ステイ」。全国の寺院を宿泊施設として活用し、海外から日本にやってくる外国人観光客らに提供する。

厳しいお寺の経営状況をいくらかでも改善すると共に、日本の精神文化を発信する拠点にもなる。

 雲林院奈央子さんは上智大学卒業後、ワコールに入社。26歳の時にアンダーウェアの企画などを行うシルキースタイルという会社を創業した。シェアリング・エコノミーに関心があった奈央子さん、好きな寺社巡りに出かけた際に、日本各地には魅力的なのに知られていないお寺が多くあることを知り、宿泊施設などとしてもっと活用できるのではないか考えていた。ある日SNSを見ていると、同じような意見を学生時代からの友人が書き込んでいるのに出くわした。

 佐藤真衣さん。早稲田大学を卒業後、投資ファンドなどを経て岩盤浴設備の企画施工会社の社長を務めていた。意気投合した2人はお寺を舞台にシェアリング・エコノミーを進める会社を設立することになった。2016年6月のことだ。社名はシェア・ウイング。社長も「シェア」して2人で共同社長を務めることになった。ソーシャル・メディア企業のガイアックスから出資も受けた。

 今、全国の寺院の多くが存亡の危機に直面している。人口減少、宗教観の変化で「檀家」が激減していることが大きい。地方にある先祖代々の墓地を東京に移す「墓じまい」も流れになり、地方を中心に住職がいない「無住寺」や、寺を存続できずに潰してしまう「廃寺」が増えているのだ。

 「このままではジリ貧だと感じているお寺さんが多いのですが、何か始めるとなるとなかなか着手できないところがほとんど」だと奈央子さんは語る。

 さっそく「営業」に取りかかった2人だったが、壁にぶち当たる。一般の企業と違い、お寺はビジネスという感覚が乏しい。何時間も話し込み、何日も足を運んでも話が進まない、といったことが続いた。

 

飛騨高山との出会い

 

 そんなある日、「人のご縁」が「お寺ステイ」が動き出すきっかけになった。全日本空輸ANA)の専務を務めた野村紘一さんが退職後にボランティアで始めた女性経営者の勉強会に参加したところ、野村さんの故郷、岐阜県・飛騨高山でやって見たらどうだ、という話になったのだ。さらに高山で不動産業を営む長瀬栄二郎・健栄住宅商事社長まで紹介された。

 長瀬さんの紹介で、高山に視察に行った2人は飛騨高山に惚れ込む。日本ならではの街並みが整い、自然環境も素晴らしい。欧米人を中心とする外国人観光客に大人気になっていた理由が分かった感じがした。「すごく良い『気』をもらって何かやりたいと直感で感じた」と真衣さんは振り返る。

 視察ではなかなか良い話には巡り合わなかった。焦った真衣さんがネットで調べて町中にある高山善光寺というお寺の宿坊に泊まることにした。電話をかけると満室だという。宣伝もしていないのに口コミで外国人にも大人気だった。

 いつならば予約できるか聞いたところ、予想外の答えが返って来た。「今年いっぱいで閉めるので」。あと数カ月の話だった。

 住職に連絡が取りたいと言うと、もう住職はおらず東京在住の娘さんが管理している、という。連絡をとり2人は娘さんに会い「私たちに宿坊を任せてください」と直談判した。

 老朽化が激しかった宿坊の大改修に乗り出した。シェアウイングとしても資金をつぎ込み、勝負をかけた。水回りを全面的に新しくして、外国人が快適に過ごせる宿泊施設として一新した。

 コンセプトは「Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」。知的な仕事をしているフランス人の40歳代男性を想定上の顧客対象モデルとした。実際には少し若い日本滞在歴が長い写真家のFabien(ファビエン)さんに意見を聞いた。

 17年9月にオープン。1泊1部屋2−3万円、ひとりあたり1万円を目安に料金設定した。外国人にわかりやすいように「Temple Hotel」という名称を使う。古い宿坊の時とは比べものにならない高値だが、それでも人気は爆発した。

 東京・芝にある正傳寺。庫裏を改装した宿坊は、6人まで宿泊できる部屋が2つあり、シェアウイングがスタッフを常駐させずに遠隔管理している。住職の田村完治さんは「都心なので、単に収入だけを考えれば、事務所として貸した方が効率的。ですが、仏教に触れる経験を持ってもらうことがお寺として大事だと考えお願いしました」と語る。

 人口が減っていない都会の寺院も決して経営が楽なわけではない。正傳寺の墓地も空き地が目立つ。「家制度が壊れ檀家さんが減っているのは都会も同じ」だと田村住職は言う。

 「お寺ステイ」では、宿泊者の要望があれば、写経やお守り作りなどを体験できる。また、朝夕のお勤めに体験参加することができるお寺もある。

 もともと奈央子さんは、大使館の仕事もしていて、外国人をお寺に連れて行くと大感激されることを知っていた。イベントを開催する場所としてお寺の本堂を活用することなども企画・プロデュースする。

 「お寺とのビジネスは、何よりもまず信頼を得るのが大変です。一度信頼を得ると、他のお寺を紹介してくださるなど、ネットワークが広がっていきます」と真衣さん。群馬県・桐生の観音院ともつながった。地域の観光拠点としてさまざまな人に来てほしい、と言うのが「お寺ステイ」を始める動機になった。19年の10月にオープンした。

 2人が今、熱い視線を注ぐのが山梨県身延山。端場坊(はばのぼう)という塔頭寺院と契約しているが、日蓮宗の総本山である身延山久遠寺には数多くの宿坊があり、1000人以上が宿泊できる。かつてのように団体参拝客が絶えなかった時代のような賑わいは減ってきている。「コンベンションやテレワークなどを行う場として認知されれば、外国人にも受けるのではないか」と真衣さんは夢を膨らませる。

 

「寺ワーク」という働き方

 

 今、力を入れようとしているのが「寺ワーク」。お寺を拠点にリモートワークすることを提案しているのだ。集中して働き、心を整え、地域を知って、地域性を楽しむには、お寺がぴったり、というわけだ。

 シェアウイングのスタッフは総勢16人ほど。多くが常勤ではなく、それぞれが業務を分担する、まさに「シャア」して働くスタイルだ。不思議な「人のご縁」で僧籍を持つ若手が社員として加わったり、宿泊業の専門家が加わるなど、「チーム」が大きく広がっている。

 シェアリング・エコノミーを追求する女性経営者の2人が、資本主義経済の「外」にいるとも言える「お寺」に魅力を感じているのも、これまでと違った仕組みが価値を生み出す新しい時代の到来を意味しているのかもしれない。

「GoToキャンペーンは早すぎる」と思っている人に伝えたいこと  「第3ステージ」まで見据えるべきだ

プレジデントオンラインに連載の『イソヤマの眼』、5月29日に掲載された拙稿です。ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/35809

パンデミックは「想定内」でも経済対策の備えなし

緊急事態宣言の解除で経済活動の再開が始まっている。自粛を緩めることによる新型コロナウイルス感染の再拡大、いわゆる「第2波」が危険視される。しかし、これ以上の「経済凍結」は経済システムを破壊し、倒産や失業を増大させかねない状況で、制限緩和は致し方ない。

そんな中で、政府の経済対策も新型コロナ後をにらんだ「第2ステージ」に移りつつある。当面の資金繰りをつなぐためにとにかくお金をばらまく「第1ステージ」もまだ十分とは言えず、スピードが遅いのも事実だ。だからこそ「第2ステージ」を早急に準備しておく必要がある。

何せ、4月1日に安倍晋三首相が打ち出した「アベノマスク」ですら届いていない世帯が多く、その後、スピードが短縮できるからという理由で4月16日に表明した国民一律10万円の現金支給もほとんど届いていない。日本の政府の仕組みが危機時に「即応できないか」を国民に思い知らせるには十分だった。ウイルスのパンデミックは「想定外」ではなかったはずだが、経済対策の発動については全く備えができていなかったことが露呈してしまったわけだ。

「Go To キャンペーン」への批判の声

そんな中で、観光振興のための「Go To キャンペーン」(仮称)について批判の声が大きい。4月30日に国会で成立した補正予算に含まれ、1兆6794億円が割り振られているもので、「Go To Travel」「Go To Eat」「Go To Event」「Go To 商店街」などから成り立っている。新型コロナ「流行収束後の一定期間に限定」した官民一体型の消費喚起キャンペーン、という位置付けだ。

具体的には、旅行商品を購入した場合、ひとり1泊2万円を上限に、半額相当分のクーポンを配ることや、オンライン飲食予約サイトで飲食店を予約した場合、ひとり1000円を上限にポイントを付与することなど、消費を元に戻すために直接助成金を配ることを計画している。

批判の声の多くは、緊急事態宣言が緩和されたとはいえ、新型コロナ蔓延が完全に終息したわけではなく、県境を越えた移動も自粛が求められている中で、「旅行に行こう」というのはさすがに早過ぎだろう、というものだ。

回復策の導入が遅れれば、飲食店や観光業は潰れる

確かに正論に違いない。だが、本当に終息してからキャンペーンを始めて、実施までにどれぐらいの時間がかかるのかも考えておく必要がある。今回、多くの国民は、政府が実施を決めてから実際に動き出すまでに、早くても数カ月を要することを痛感している。実際、この「Go To キャンペーン」も4月30日に法案が通って、実際に実施されるのは5月末段階で「7月の早い時期から」とされている。まあ、国がやることなので、遅れることはあっても、早まることはないだろう。

関西の観光地の老舗旅館経営者も、「政府による回復策の準備には2、3カ月はかかるので、導入が遅れれば、その前に飲食店や観光業は潰れます」と悲痛な声をあげている。「第1ステージ」の救済策が終わってから「第2ステージ」の回復策を準備するのではなく、同時にやってくれというわけだ。

通常の「お役所仕事」だと、期間を設けて、その間に何としても実施して、期日が来たら終わり、というのがパターンだ。せっかく予算に盛り込んでも年度内に「消化」できなければ予算は消えてしまうので、何が何でも年度内に執行しようとする。実施が必要なタイミングかどうかは関係なくなってしまう。

無理な旅行の促進は、感染再拡大を招く

例えば、現在行われているキャッシュレス決済時に5%分のポイントを還元する「キャッシュレス・ポイント還元事業」の期限は6月末だ。さすがに延長することになるだろうが、まだ正式決定はない。経済産業省によれば、この事業で、2019年10月1日~2020年3月2日までに対象となった決済額が約6兆5000億円にのぼり、約2690億円がポイントとして還元されたという。これは新型コロナが本格的に蔓延する前までの統計だが、緊急事態宣言もあって、非接触での決済などは増加傾向にあると思われ、その後、キャッシュレスの比率は高まっているとみられる。

中小・小規模事業者での還元額は2310億円と全体の86%にのぼっており、6月末でこれを止めると、消費にマイナスに働くのは確実だ。止めるタイミングとしては最悪、ということになる。

「Go To キャンペーン」も始めておいて、本格的に旅行を奨励するかどうか、いつまでキャンペーンを続けるかどうかは、柔軟に対応できるようにしておくべきだろう。1年単位の予算というのが常に問題になるが、タイミングとして不要なものは無理に予算消化せず、次年度に繰り越すか、次年度予算に優先的に盛り込むような対応をする必要がある。終息していない中で無理に旅行を促進すれば、感染を全国に再拡大することになりかねない。

「全ての企業を救う」のは不可能だ

「第2ステージ」の政策として今から準備すべきことは何か。ひとつは企業救済の仕組みだ。

「第1ステージ」では無担保無期限の融資など、とにかく資金繰りをつなぐ支援策が必要不可欠だった。だが、新型コロナが完全に消滅しない中で、企業の経営は根底から揺らぎつつある。霞が関の幹部官僚の間でも「名だたる企業でもこのままでは潰れる」という危機感が広がりつつある。「第2ステージ」では、企業を守るために資本を増強することが不可欠になる。つまり、国費や公的資金での「資本注入」が課題になっているのだ。

政府や与党は、すでに資本注入のスキームを検討し、政府系金融機関などを通じた企業支援策を第2次補正予算案に盛り込んでいる。とりあえずは大企業から零細企業まで、「全てを救う」というのが「建前」だ。

だが、これはあくまでも「建前」で、新型コロナの影響を受けた日本中の企業をすべて国が救うことなどできるはずはない。残念ながら、生き残る企業とそうでない企業が選別されることになるだろう。

「消える産業」への資本注入のツケを払うのは国民

だが、新型コロナと戦いながら経済活動を続けていかざるを得ない状態が長引いた場合、マーケットのあり方や事業のスタイルは全く変わる。元の事業のやり方に戻ることはないだろう。3月から5月までの自粛経験が、人々の生活スタイルや価値観を大きく変えたことも間違いない。そんな中で、「コロナ後」に必要な産業や企業と、消えていく企業が分かれていくことになる。

そうした中で、消えていく産業や企業に国や公的機関が資金を入れても、いずれ経営破綻し、そのツケは納税者である国民が払うことになる。ともすると、弱い企業や産業ほど、政府や政治家を頼りにする。国が資本注入する場合、そうした弱い企業を優先することになりかねない。

新型コロナ後に残すべき企業を助ける仕組みを、何としても早期に確立することが不可欠だ。

増税」を急げば、消費の立ち直りは望めない

完全に新型コロナが終息した後の「第3ステージ」の経済対策の準備も始めておくべきだろう。新型コロナによって生活スタイルや企業のあり方が大きく変わった場合、従来の法律や仕組みでは対応できないものが多くある。特に「働き方」を巡る規制や法律は一気に変える必要がある。

テレワークが当たり前に行われるようになり、現状の「労働基準法」では対応できないことが明らかになった。「時間による管理」が前提になっている現行法制では、テレワークは「みなし労働」になって残業代を払えない、といった企業が少なくない。時間管理ではなく成果で報酬を支払う形への転換が不可欠だが、働き方と労働管理のあり方を根本的に変える必要性に直面している。ここに早く手をつけておかないと、「コロナ後」に対応できない。

また、消費を回復させるための方策も不可欠だ。新型コロナが終息し、明らかに景気が回復過程に入ったならば、消費税率を時限的に引き下げるなど、思い切った刺激策を取る必要がある。新型コロナ対策で大盤振る舞いした政府支出を早期に回復しようとして増税など国民負担を増すことを急ぐと、消費の立ち直りは望めなくなってしまう。

危機に直面している時だからこそ、長期の視点をもって、早め早めに次の手を準備していくことが必要だ。

トヨタ自動車、来期営業益8割減の衝撃 「コロナ恐慌」が大手企業も飲み込む

 ITmediaビジネスオンライン#SHIFTに連載されている『滅びる企業生き残る企業』に5月14日に掲載されました。是非お読みください。オリジナルページ→https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2005/14/news066.html

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で緊急事態宣言が全国に拡大されて1カ月近くになる。この間、店舗の営業自粛など経済活動が止まったことで、宿泊業、飲食業や小売業といった中堅中小企業や零細事業者が経営に行き詰まる例が増え始めている。

新型コロナ関連の経営破綻は141件に

 東京商工リサーチによると、新型コロナ関連の経営破綻は5月13日現在141件。3月に23件、4月に84件、5月も13日までに32件が発生した。観光客が激減したホテルや旅館などの宿泊業が30件と最も多く、飲食業が21件でこれに次ぐ。零細な飲食店などでは経営破綻ではなく先行きが見通せず「廃業」するところも少なくない。

 政府は雇用調整助成金の拡充や持続化給付金など新型コロナ対策で導入した新制度で経営破綻を防ごうとしているが、月末越えの資金繰りなどに窮する企業や零細事業者が増えている。このままでは経営破綻が一気に増加する可能性もある。

 だが、問題は中小企業にとどまらない。経済が凍りついたことで、大企業にも深刻な影響を及ぼす可能性が強まっている。

 5月12日にトヨタ自動車が発表した2021年3月期決算予想には衝撃が走った。3月の段階では「日本の大企業は余裕があるから大丈夫ですよ」と語っていた霞ケ関の幹部も、言葉を失った。

 連結営業収益は24兆円と何と19.8%も減少する見込みとし、営業利益に至っては前期実績の2兆4428億円から79.5%減、つまり5分の1の5000億円とした。しかも決算短信には税引き利益は「未定」と書かれ、前期に220円だった配当も空欄になっていた。説明には「新型コロナウイルスの収束時期は依然として不透明であることから、連結業績の見通しは、今後の感染拡大や収束の状況等によっては変動する可能性があります」とある。5000億円の黒字、というのも状況次第では確保できない可能性があるというのだ。
 この日発表した2020年3月期決算は、連結売上高も営業利益も1%の減少にとどまった。全世界での販売台数は895万8000台と前の期に比べて1万9000台減少(0.2%減少)したものの、国内販売は224万台と1万4000台増加(0.6%増加)した。所在地別の営業利益でも「日本」が最も利益に貢献している。
 為替がやや円高になったことで営業利益段階で3050億円の影響が出たが、「原価改善の努力」によって1700億円を吸収、減価償却方法の変更などもあり、ほぼ横ばいの営業利益を確保できたという。新型コロナの蔓延に伴う影響は台数減で1000億円、貸倒引当金の繰入などで600億円だったという。

 もっとも新型コロナが真っ先に蔓延した中国での事業については、連結子会社は12月決算のため、影響がほとんど現れていないという決算期ズレの問題もある。1月以降の都市封鎖に伴う販売台数の激減の影響は2021年3月期に大きく影響することになる。

 会見で豊田章男社長は「新型コロナはリーマン・ショックよりもインパクトが大きい」と危機感をあらわにしていた。リーマン・ショック直後の1年間では、販売台数が135万台、率にして約15%減少したが、今期(2021年3月期)は前年比約20%減に相当する195万台の減少を見込んでいる。リーマン・ショック後は円高の影響も重なり、4610億円の営業赤字に転落したが、今回は5000億円の黒字確保を見込む。

ホンダ、日産の赤字幅は広がる

 5000億円の黒字という数字について豊田社長は次のように述べている。

 「これは、現時点での見通しではありますが、何とかこの収益レベルを達成できたとすれば、これまで企業体質を強化してきた成果といえるのではないかと思っております」

 逆に言えば、これまで取り組んできた「大変革」がなかったら、リーマン・ショック後同様、赤字に転落していたということだろう。豊田社長は自ら取り組んできた変革は、「長い年月をかけて定着してしまった『トヨタは大丈夫』という社内の意識、それを前提にモノを考える企業風土」を変えることだったと振り返る。カンパニー制の導入や副社長の廃止など経営陣の在り方を見直す一方、ベースアップをゼロにし、「一律の配分」などの従来の「常識」に踏み込み、抜本的な働き方改革に取り組んでいる。背景には豊田社長の強い危機感があった。

 そこに襲った新型コロナ危機は、まさしく「トヨタは大丈夫」という世の中の意識を揺さぶる事態になっている。それほど自動車業界を襲っている危機は猛烈だ。

 同日発表した本田技研工業(ホンダ)の2020年3月期決算は四輪車の販売台数が479万台と10%減少となり、営業利益は6336億円と12.8%も減少した。八郷隆弘社長は「チームホンダ一丸となって必ずこの難局を乗り越えていく」と述べたものの、2021年3月期の見通しについては、合理的に算定することが困難だとして未定とした。

 5月末に決算発表を予定する日産自動車は、4月28日の段階で2020年3月期の営業利益が1200億~1300億円程度悪化する可能性があると発表している。営業利益の従来予想は850億円なので、営業損益段階で赤字に転落する可能性があるということだ。もともと日産は、カルロス・ゴーン元会長の逮捕などで経営体制がぐらついており、販売不振が続いていた。そこに新型コロナが追い打ちをかける形になっている。2021年3月期は赤字がどこまで大きくなるか見通せない。
 自動車会社の不振の、日本経済への影響度は計り知れない。自動車産業の裾野は広く、日本自動車工業会の集計では、自動車関連の就業者は546万人と全就業人口の8.2%に達する。自動車会社の生産台数の落ち込みに加え、生き残りに向けて原材料費の圧縮などに踏み切れば、自動車メーカーに連なる2次下請け、3次下請けで従業員や非正規労働者の解雇などが広がる可能性がある。

 実際、リーマン・ショック後には非正規雇用者の雇い止めなどが発生、就業者数は2008年7月の6430万人から2009年7月には6303万人に減少、完全失業率は3%台から一気に5.5%と戦後最悪の数字にまで跳ね上がった。就業者数はその後2010年2月に6223万人まで減少、この間200万人が職を失った。

資金繰りに表れた豊田社長の「覚悟」

 今回の新型コロナ危機でも放っておけば失業者が急増することになる。野村総研木内登英氏は、GDP国内総生産)がリーマンショック後の1.3倍の落ち込み幅になると想定、265万人が職を失う計算となり、失業率はピークで6.1%に達するとしている。

 トヨタの豊田社長はスピーチの締めくくりでこう述べた。

 「コロナ危機をともに乗り越えていくために、私たちがお役に立てることは何でもする覚悟でございます」

 トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守る、としたのである。サプライチェーンを守り抜くことができなければ、新型コロナが終息した後に生産を元に戻すことができなくなり、V字回復は望めなくなる。

 トヨタの「覚悟」は決算数字だけでなく、資金繰りにも現れている。連結キャッシュフロー計算書を見ると、財務キャッシュフローが3971億円と大幅な流入超過になっている。長期借入金を前年度同規模の4兆4249億円返済する一方で、前年度を大きく上回る5兆6914億円を借り入れている。グループ会社全体の資金繰りを考えて手元資金を厚くしたということだろう。

 3月27日の段階で、早くも「三井住友銀行三菱UFJ銀行に対し、計1兆円規模のコミットメントライン(融資枠)の設定を要請した」と報じられている。運行が止まって資金繰りが厳しくなったANAJALの融資枠設定が報じられるより前のことだ。

 実はトヨタ・グループはリーマンショック時にドル決済資金が調達できずに窮地に立った苦い経験を持つ。早めに資金手当の予防策を打つ一方で、サプライチェーンを守るために、グループや取引先への緊急融資などに備えているに違いない。

 日本で最大の売上高と利益を上げ続けてきたトヨタサプライチェーンを守るために何でもするという覚悟が、日本経済の瓦解を防ぎ、コロナ恐慌へと転落することを何とか阻止してくれることに期待したい。

焦って進めた「9月入学」でまた墓穴…安倍政権の「断末魔」  政権浮揚策どころか

現代ビジネスに5月28日に掲載された拙稿です。ご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72896

支持率低下が止まらない

安倍晋三内閣への支持率が急落している。朝日新聞社が5月23、24日に行った世論調査では、支持率が29%に下落、不支持率は52%と5割を超えた。朝日は1週間前にも調査を行っており、その時は「支持33%、不支持47%」だったので、わずか1週間で支持率が急落した。

この1週間の間に、検察庁法の強行採決見送り、黒川弘務・東京高検検事長の賭けマージャン問題発覚、辞任とめまぐるしい展開になった。黒川氏問題が政権の屋台骨を揺るがしているのは間違いない。朝日の5月17日の世論調査でも、検察庁法改正に「反対」とした回答が64%に達していた。

もっとも「黒川問題はきっかけに過ぎない」と自民党の幹部は語る。森友学園問題や桜を見る会など、これまでのスキャンダルで国民の怒りがフツフツと高まっていたところに、黒川問題が出たことで、一気に爆発した、と言うのだ。

これまで森友学園桜を見る会を野党が追及した際にも、安倍内閣の支持率が短期のうちに盛り返して来たのは、「そうは言っても代わりがいない」と思う国民が多かったから。アベノミクスの成果かどうかは別として、経済が比較的好調で、雇用が改善を続けてきたことも大きい。

側近たちの焦り

ところが、ここへ来ての新型コロナウイルスの蔓延という「危機」に直面して、安倍首相の力不足を多くの国民が感じている。対応が首尾一貫せず、まさに右往左往する様子が国民の前に晒された。すったもんだの挙句に「首相の決断」で決めた全国民10万円の現金給付も、案の定、5月末になっても届かない人がほとんどだ。

それより前の4月1日に総理が表明して、着手していたはずの1世帯2枚の「アベノマスク」の配布も、いまだに届いていない。「マスク来た」「いや、まだ」という会話は、安倍内閣に対する嘲りとして繰り返されている。

地方自治体を含めた日本の政府の統治機構が、いかに緊急事態に対応できないかを国民が痛感することになったわけだ。「これで巨大地震でも来たら、救援物資など届かないだろう」と多くの国民が感じている。それが安倍内閣への「失望」の本当の理由ということだろう。

支持率の急落に安倍首相官邸は焦りの色を強くしている。安倍首相自身というよりも、今井尚哉首相補佐官兼秘書官ら、側近たちの焦りが激しい。

政権を支えて来た菅義偉官房長官の影響力が下がり、今井氏らの力が増しているとされるが、背景にはポスト安倍を巡るつばぜり合いがあるという。秘書官ら側近は安倍内閣が続いてこその存在で、安倍内閣が終われば自分たちの権力も消え失せる。だからこそ、首相よりも焦っているという。

「9月入学」浮上

今、官邸は、起死回生の一打を放とうと必死になっている。そんな中で飛び出して来たのが「9月入学」問題だ。当初は一部の知事から出たアイデアだが、それに官邸が食いついた。今年9月からは無理として、2021年9月から実現させようという動きの背後には今井氏がいると、この議論に加わる教育関係者などが信じている。

もともと「9月入学」は、経済財政諮問会議などで、グローバル化に合わせる必要性があるとして提言されて来たことだ。特に大学の入学時期を欧米に多い9月に合わせることで、日本の大学生が海外の大学に留学しやすくし、海外からの留学も増やせるという効果が語られて来た。東京大学だけ先に9月入学にすべきだ、という声も根強くある。

ところが、今回出て来た「9月入学」は小中学校の話。新型コロナ対策で休校が続き、授業ができなくなった分を、後ろに半年ズラして吸収しよう、というものだ。元々の知事らのアイデアもそこからスタートしている。

ところがこれには猛反対の声が上がった。もともと9月入学には賛成の人たちの間からも、「このタイミングで実施すべきではない」という意見が出た。5月25日に開かれた自民党の作業チームの会合では、反対論が噴出。意見を聞かれた知事らの多くも反対だった。結局、自民党は9月入学導入の見送りを求める提言を政府に出すことになりそうだ。

またしても拙速か

民間人として公立中学や高校の校長を務めた教育改革実践家の藤原和博さんは、「9月入学制への移行問題については、3カ月の学校の閉鎖で生じた遅れを取り戻すことと一緒に議論すべきではない」と指摘する。それをやると「学校現場は『3カ月の遅れを6カ月かけて取り戻せばいいのね』と解釈し、旧態然とした授業がダラダラと続くことになる」というのだ。

一方で、大学だけ9月入学に移行するのは「あり」だと語る。3月に卒業して9月に入学するまでの「ギャップターム」が生まれることで、この間にボランティアやインターンなど貴重な体験をする期間が生まれる、というのだ。

東京大学だけ先行して9月入学に変えるという案の背景にも、このギャップタームを前向きに捉える意見がある。逆に言えば、小中学校をすべて9月入学に変えてしまったら、今まで通りで何も変わらない、とも言えるわけだ。

グローバル化には不可欠という意見もやや古くなっていて、海外の大学は時期を決めずに通年入学を行うところが増えている、という。

結局、国民の関心を集めそうだった「9月入学」についても反対論が噴出、「なんでこの危機の時に拙速にやろうとするのだ」と安倍内閣への不信感を増幅する格好になってしまった。政権浮揚策どころか、墓穴を掘りかねない事態になったのである。

安倍首相を支えて来た世耕弘成自民党参議院幹事長は記者会見で支持率急落の感想を聞かれ、「新型コロナウイルス対策で成果を出して、国民に評価してもらうことに尽きる」と述べていた。経済の急速な悪化が始まっている中で、どう経済システムを守り、国民の生活を守っていくか。奇抜な政策ではなく、真正面から新型コロナに向き合うことにこそ、政権の浮沈がかかっている。

「株価堅調」でも上場企業「破綻続出」の不安

新潮社フォーサイトに5月27日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→https://www.fsight.jp/articles/-/46959

 新型コロナウイルスの蔓延による経済への打撃が広まっている中で、不思議なことに株価が堅調な動きを続けている。

 米国の議会予算局は4月24日、足下の4-6月期のGDP国内総生産)が前期比年率で39.6%減となるとの予測を公表。日本でも、日本経済研究センターが5月14日にまとめた民間エコノミストの予想平均として、21.3%減という数字を発表している。

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国によるコロナ対策「野放図な企業救済」は将来に禍根を残す  企業の「トリアージ」が不可欠

現代ビジネスに5月22日に掲載された拙稿です。ご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72749

やっと動き出した政府支援

新型コロナウイルスの蔓延に伴う営業自粛などで、経営危機に陥っている企業に対し、政府が資本注入に動き出した。

大企業向けには、日本政策投資銀行など政府系金融機関を使って、議決権を持たない優先株などでの資本増強に乗り出したほか、中堅企業に対しては官民ファンドの「地域経済活性化支援機構(REVIC)」を使って1兆円規模の資本支援を行う方針だ。

さらに中小企業についても、新たな官民ファンド「中小企業経営力強化支援ファンド」(仮称)を夏をメドに立ち上げ、数百社に対して1社あたり数千万円を出資する計画だ。これで、大企業から中小企業まで資本注入のスキームが整うとしている。

営業自粛で売上高が激減している企業に対して、資金繰りのための緊急融資を行うのが不可欠なことは論をまたない。もともとの経営が健全でも資金繰りがつかなければ破綻してしまう。そうして経済基盤が壊れれば、新型コロナが終息しても、経済活動は元に戻れなくなる。

中小企業に対しては最大200万円の持続化給付金の申請が始まっているほか、国民1人あたり10万円の現金給付も個人事業者などの資金繰りをつなぐことになる。テナントの事業継続のために家賃を最大3分の2補助するスキームも検討が進んでいる。とにかく企業を潰さないために資金をふんだんに供給することは重要だ。

後手後手の資金繰り対策

だが、残念ながら、この資金繰り支援が後手後手に回っている。政府は3月末の段階でも「雇用調整助成金」の運用拡大で対応できると考えていたフシがあり、資金繰り支援策への着手が遅れた。持続化給付金なども「本当に困っているところに出す」という姿勢を取ったため、申請や審査に手間取り、5月になっても資金が届かない事態に直面している。

政府は「公平かどうか」に気を取られ、とにかく資金繰りをつなぐためにはスピードが必要だ、という視点が欠けていた。困窮した世帯への30万円の給付も同様で、強い批判を浴びた後、全国民に10万円給付することに方針転換した。

それでもまだ十分な資金繰り資金が手にできていない事業者は少なくない。帝国データバンクによると、5月19日現在の「新型コロナウイルス関連倒産」(法的整理と事業停止)は160件にのぼる。

3月末では累計28件、4月20日時点では82件だったが、4月末に急増して131件となった。月末の資金繰りがつかなければ5月末にはさらに増えることになる。

資本補填のトリアージ

当面の資金繰りをつないでも、赤字が続けばいずれ資本は底をつく。内部留保を溜め込んできた日本企業とはいえ、それを吐き出しながら経営を維持するのは至難だ。新型コロナが一応の終息をみても、人の移動はなかなか元に戻らないから、経営が回復するにも時間がかかる。

そうなると、早晩、資本増強が課題になるのは間違いない。政府が今の段階から資本注入のスキームを整えようとしている評価できるし、当然の打ち手だろう。

だが、実際に資本を注入するとなると、どの企業に資本注入するのか、選別が極めて重要になる。救済を求めたすべての企業に資本注入することは現実には難しい。

当然、経営体力がもともとないところから資本が枯渇することになるが、そうした「弱者企業」から順番に救っていくと、本来は経営力があって存続させるべき「必要な企業」を将来救済できなくなる可能性もある。

災害時などは人命救助にあたって優先順位をつける「トリアージ」が行われるが、今回のコロナ禍でも企業のトリアージが必要になる。

冷徹なようだが、コロナ後の経済社会に必要不可欠な企業は絶対潰してはいけないので、公的資金による救済、資本注入も必要だが、もともと経営力が弱く、コロナ後になっても回復が難しい企業は支援しないことが重要なのだ。

政府系金融機関や官民ファンドが出す資金の大半は国民の税金だから、潰れて回収不能になれば、そのツケはいずれ国民に回ってくる。

フラッグ・キャリアといえど

例えば運行が9割方止まっている航空会社の場合、これが長引けば経営破綻の危機に直面するのは明らかだ。各国政府は重要な社会的インフラである航空会社の支援に乗り出しているが、こと「資本出資」となると慎重だ。

もともと経営力が弱かったイタリアのアリタリア航空は「再国有化」を決めたが、同時に大幅に規模を縮小して国際長距離路線からは撤退する方針を示している。保有機数も激減させる計画で、当然、人員も大幅に縮小される。

欧州最大の航空会社グループであるエールフランスKLMは、銀行団からの協調融資と、筆頭株主であるフランス政府からの劣後ローンの融資を受けることを決めた。協調融資には政府保証が付いている一方で、返済が終わるまで株主への配当はゼロにすることも決めている。

しかし、国民の財産を投入することになる政府の資本出資には慎重で、新型コロナが終息し企業経営への影響がはっきりと見えた後に資本増強を検討するとしている。

一方、タイ政府が51%を出資するタイ国際航空は、破産法に基づく会社更生手続きを開始した。2019年12月期まで3期連続の赤字となっており、そこに新型コロナ蔓延による運航休止が追い打ちをかけた。今後、裁判所の管理の下で外部から経営者を招いたうえでリストラ策を盛り込んだ再生計画をまとめる。

つまり、競争の厳しい航空会社を単に救済するのではなく、コロナ後を見据えた経営体制の見直しとセットで会社のあり方を模索している。

今後、日本でも日本航空JAL)とANAホールディングスへの資本増強などが議論になる可能性があるが、公的資金で資本注入する場合には、経営規律が緩むことがないよう、コロナ後の経営体制を見据えた合理化なども合わせて実施することが不可欠になる。

官民ファンドで堕落しないか

日本の上場企業の場合、すでに多くの株式をGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が実質保有していたり、日本銀行ETF(上場投資信託)を通じて保有している。実質筆頭株主がGPIFや日本銀行といった企業も少なくない。

さらに政投銀が資本注入すると公的機関が株式の過半を握る例も出て来かねない。これを避けるために議決権のない優先株を使うという案が出ているが、国民の税金を投入するのに議決権を持たず経営に口出しできない状況を作れば、ガバナンスが効かなくなる可能性が強い。

GPIFや日本銀行は運用委託会社に議決権行使などを任せているため、政府や日銀が経営に直接モノを言う体制にはなっていない。今後、経営のかじ取りが一段と難しくなる中で、「モノ言わぬ株主」が事実上増加して、経営のチェック体制が緩むことになるかもしれない。

海外の年金など「モノ言う株主」の議決権割合が相対的に低下すれば、もともと問題が大きい日本のコーポレート・ガバナンスが一気に緩むことになりかねず、将来に禍根を残すことになるだろう。

かと言って国や官庁、政府機関が実質的に経営権を握って「国有・国営会社」が増えても、経営がうまくいく保証はない。政府は官民ファンドの活用を打ち出しているが、官民ファンド自体の限界と問題点も明らかになっており、それを放置したまま官民ファンドを民間企業の大株主にしていくことには問題が大きい。

まずは官民ファンドのガバナンスを強化し、情報開示を徹底して、官民ファンドの経営者に対する国会や国民のチェック機能を増すことが重要だろう。

また、中小企業向け官民ファンドの新設案が浮上しているが、「元祖」官民ファンドの産業再生機構が時限設置会社で解散したように、期限を設けて役割を終えたら解散する仕組みも検討すべきだ。

そうすることで国費を大量に投入するコロナ対策の「出口戦略」も明確になる。ただ単に企業を救済すればよいとの考えで、国のカネを資本注入に使っていけば、将来に大きな禍根を残すことになる。