80歳以上男性の43%が免許保持…高齢ドライバー事故を止める「ひと言」 池袋暴走事故が起こしたもう1つの変化

現代ビジネスに10月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76419

 

なぜこんな老人が運転を

東京・池袋で高齢ドライバーが運転する乗用車が暴走し、母子が死亡した事故の初公判が10月8日、東京地裁で開かれた。

2019年4月、当時87歳だった旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(89)の運転する乗用車が暴走。松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(同3)を死亡させたほか、9人にけがを負わせた。

事故を起こした飯塚被告は法廷で「最愛の奥様とお嬢様を亡くされた松永さんのご心痛に言葉がない。深くおわびします」と頭を下げたものの、問われている過失運転致死傷の罪については、問われた89歳の被告は、起訴内容を否認、「アクセルペダルとブレーキペダルを踏み違えたことはないと記憶している」と述べ、無罪を主張した。

検察側は飯塚被告が運転中にブレーキとアクセルを踏み間違えたと見ており、車に記録されたデータから、「アクセルとブレーキに故障の記録はなく、アクセルを踏み続けたことも記録されている」と指摘した。

「車に何らかの異常が生じ、暴走した疑いがある」と弁護側は主張している。だが、実況見分に現れた飯塚被告が、2本の杖をつき、足取りも不如意だった姿を報道で見た多くの人たちは、あんな身体状態で自動車を運転していたのかと衝撃を受けたに違いない。「過失があったかどうか」よりも、身体能力が衰えた「高齢者が運転することの是非」に関心が向いている。

高齢者免許返納の波

この悲しい事故の反響は大きい。警察庁の運転免許統計によると、2019年に免許証を「自主返納」した人の数は、1998年に制度が導入されて以降最多の60万1022人に達した。何と前年に比べて43%、17万9832人も増えたのである。

80歳以上の返納者は22万6466人で、25%増えた。最も返納者が多かったのが70歳から75歳で、16万4896人と前年のほぼ2倍になった。

自主返納が急増した背景には、飯塚被告の事故をきっかけに、高齢ドライバーが運転することを、本人や家族が再考したことがあると考えられている。

実は高齢になっても免許を持ち続けているケースが多い。

特に男性の場合、顕著だ。2019年末の80歳以上の男性の免許保有者は176万417人。免許保有者全体の4%に過ぎないが、2020年1月1日現在の80歳以上の推計人口は408万人なので、80歳以上の高齢男性の43%が免許を保有している事になる。

確かに運転能力の問題が

もちろん、免許を持っていても実際には運転しない人もいるが、かなり高い割合だ。

年齢と身体機能の衰えは必ずしも比例しないが、家族に勧められて免許を返上したケースも多いようだ。

筆者の父親は86歳で健在だが、80歳になる時に車を処分し運転を止めてもらった。車庫入れでぶつけたり、信号を危うく見落とすケースが相次いだからだ。若い頃はスポーツマンで運動神経も良い方だったが、もしもひと様に危害を加える事にでもなったら一大事と説得した。

 

高齢の元経営者と話していて「息子に免許を取り上げられた」といった話を良く聞くので、家族が免許返納を求めることも多いのだろう。

75歳以上の高齢運転者に「認知機能検査」が行われるようになったのも大きい。

2009年の道路交通法改正で導入されたもので、日付や曜日を聞かれたり、イラストを見て、しばらくして記憶しているイラストを答えるなど簡単なテストを行う。記憶力や判断力をチェックするもので、結果が悪いと専門医の診断を受けて診断書を出さなければならない。年間200万人がこの検査を受けている。

技術革新は確かに重要だ

それでも高齢者の事故は起きている。

2019年には交通事故で3215人の死者が出たが、半分以上の1782人が65歳以上の高齢者だった。交通事故の死者は大きく減っており、高齢者の死者も減ってはいるが、割合は年々高まっている。人口10万人あたりの交通事故死者数は、全年齢では2.5人だが、65歳以上は5.0人と2倍だ。

 

高齢者の事故をどうやって減らしていくか。1992年に年間1万1452人に達していた交通事故死者数は、ほぼ一貫して減り続け、2016年以降、4000人を下回るようになった。

運転技術が未熟な若年運転者の割合が減ったことなども要因として挙げられているが、圧倒的に大きいのは自動車技術の進歩と道路や信号機などインフラの整備だろう。

自動車の場合、衝突安全性などに関心が向いたこともあり車体構造が劇的に進歩したほか、エアバッグやABS(アンチロック・ブレーキ・システム)の標準装備など安全性能が高まったことが事故減少につながったのは明らかだ。

最近では、ブレーキとアクセルの踏み間違いなど、人間の誤操作リスクを回避する急激な加速防止装置や、センサーによって衝突を防止する「ぶつからない車」の開発などが急ピッチで進んでいる。高齢者による事故は、技術革新によって必ず減らすことができるに違いない。

もちろん、高齢者がこうした安全装置の装備された車に買い替えないなど問題も多くある。そうした車への買い替えに自治体が助成を行うことも必要だろう。

高齢者の免許返納は歓迎すべきことだが、自家用車以外に移動手段がない地方の山間地などでは、そうそう簡単に運転を諦めることは難しい。とりあえずはより安全な車を普及させることが先決だろう。

その先には、無人のバスやタクシーが動き回る世の中も、そう遠い未来ではなく、やってきそうだ。そうした技術革新を一気に加速するための規制緩和など、国がやらなければならない事はまだまだたくさんある。

「国のカネ」と「学問の自由」学術会議問題で「真の独立性」を考えよ

新潮社フォーサイトに10月14日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://www.fsight.jp/articles/-/47423

 

 日本学術会議が推薦した新会員候補者105人のうち99人だけを、菅義偉首相が10月1日に任命した問題で、学者や大学を中心に抗議の声が上がっている。

 菅首相は6人の任命を拒否したことについて、内閣記者会のインタビューで、

「法に基づいて、内閣法制局にも確認の上、学術会議の推薦者の中から首相として任命している」

 

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コロナ倒産件数の増加ペースが「とりあえず」目に見えて鈍化 政府の対策が奏功しているが

現代ビジネスに10月8日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76229

 

6月をピークに減少傾向

新型コロナウイルスの蔓延に伴う経済活動の停滞をきっかけに倒産する企業が増えていたが、ここに来て、目に見えて鈍化してきた。政府の支援策が効果を上げているためだと見られるが、このまま倒産は減少に向かうのか。

帝国データバンクが10月6日に発表した「新型コロナウイルス関連倒産(法人および個人事業主)」は2月末から10月6日まで累計で582件となった。破産や民事再生法などが504件、事業停止が80件となった。

業種別で最も数が多いのが「飲食店」の85件で、これに「ホテル・旅館」58件、「アパレル・雑貨小売店」41件と続く。外食したり旅行するなど人の移動が減ったことから大打撃を受けた業界だ。

ところが、この倒産件数を月別に見ると、6月の118件をピークに、7月は113件、8月は96件、そして9月は78件と明らかに減少傾向になっている。緊急事態宣言の解除で経済活動が再開したこともあるが、政府の施策が功を奏している模様だ。

政府の助成効果

政府は売上高が大幅に落ち込んだ事業者を対象に「持続化給付金」を創設、中小企業には上限200万円、個人事業主には100万円が給付されている。10月まで給付件数は346万件にのぼり、4兆5000億円が支給された。

さらに「家賃支援給付金」も設けられ、中小企業など法人に最大600万円、フリーランスを含む個人事業主に最大300万円の家賃補助が一括支給されている。加えて、自治体による休業補償や、全国民ひとり当たり10万円の定額給付金も給付されている。

明らかに、こうした各種の助成が、企業や個人事業の資金繰り破綻を防いでいるのは間違いない。手続きに時間がかかる、なかなか給付金が支給されない、といった問題も指摘されたが、8月以降、資金が行きわたり始めたことが、倒産件数が鈍化し始めた要因だろう。

だが、回復の兆しは見えない

問題は、倒産件数の減少傾向が、今後も続くかどうかだ。当面の資金繰りはついたとしても、事業が黒字にならなければ、いつかは資金が底をつく。

日本フードサービス協会の統計によると、8月の売上高は前年同月比16.0%減と依然としてマイナスが続いている。ファーストフードは洋風が8.2%増加するなど、全体で前年同月の96.6%にまで売り上げを戻した。だが、ファミリーレストランは1年前の75.1%、パブ・居酒屋に至っては半分以下の41.0%とまだまだ回復の兆しはみられない。

多くの飲食店では売り上げが2割も落ち込めば採算ラインを割り込み、赤字に転落する。客数の減少に合わせて、パートやアルバイトなどの従業員を減らすなどコスト削減に取り組んでも、黒字を維持するのは並大抵ではない。

大手チェーンでは、不採算店舗を閉めたり、業態転換する動きが広がっている。前述の日本フードサービス協会の統計では居酒屋の店舗数は前年同月よりも10.3%減っている。中小の飲食店事業者は、とりあえず資金繰りをつないで耐えているが、このまま来客数が増えなければ、時間の問題で経営破綻するというというところが少なくない。

固定費が重い旅館やホテルなど、旅行関連業者も苦しい。観光庁がまとめている「主要旅行業社の旅行取扱状況速報」によると7月の国内旅行の取り扱い額は、昨年7月に比べて78.4%も減少した。

6月の87.9%減に比べれば、いくぶん持ち直したとはいえ、大幅な減少に変わりはない。当然、ホテルや旅館の稼働率も落ち込んでいる。

「GoTo」の危機感

政府は7月から前倒してで「GoToトラベル」を実施したが、壊滅的な状況に陥った旅行業界を早急にテコ入れしないとホテルや旅館の破綻が相次ぐことになりかねない、という危機感があった。

本来、「GoToキャンペーン」は新型コロナが終息した後の、景気回復を促進する手段として考えられていた政策だ。1兆円を呼び水にその何倍もの経済波及効果をもたらすことで、消費を底上げし、経済を回復させることが目的だった。

ところが、あまりにも観光関連産業への打撃が大きく、業界から悲鳴が上がったこともあり、新型コロナの蔓延拡大というリスクを背負いながらも「GoToトラベル」実施に踏み切らざるを得なかったわけだ。

感染再拡大ならまたブレーキ

9月の連休は「GoToトラベル」を利用した旅行者などで久しぶりに満室になる旅館が出るなど、人の移動が活発になった。10月からは除外されていた東京発着も対象に加わり、旅行関連の事業者の期待が高まっている。

また、飲食店を支援する「GoToイート」で、飲食店の利用を促す施策も始まった。こうした政府の支援策がどこまで企業の事業収益を底上げさせることができるのか。

そのためには感染を抑える対策を改めて徹底することが必要だろう。足下では感染者数の増加ペースが比較的安定し、重症者数や死者数が大きく増えていないことから、消費者の危機意識が薄れている。

通常ならば飲食店利用が増える12月に向けて、感染者や死者が急増するようなことになれば、それこそ営業しても客が忌避して入らなくなることも考えられる。

そうなれば、今は何とか耐えている店舗経営の継続を断念せざるを得ないところも出てくることになりかねない。コロナ関連破綻が再び増加に転じないことを祈るばかりだ。

新首相誕生と日本経済の行方について

株式会社人財アジアが隔月で発行しているニュースレター9月号に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。

 

 「官に頼らず、自らの頭で考えて、自ら行動できるかどうか」

 安倍晋三首相が8月28日、辞任を表明した。7年8カ月という長期安定政権の結果、外交や安全保障では一定の成果を残したとみていいだろう。最重要改題として取り組んだ経済再生は、「アベノミクス」を華々しく掲げ、「Buy my Abenomics」と大見得を切ったものの、後半は完全に息切れした。そこに新型コロナウイルスの蔓延に伴う経済危機が襲っている。

 内閣支持率が低下していたとはいえ、火だるまになる前に辞任を決めたことで、政治家安倍晋三にとっては「このタイミングしかない」ということだったに違いない。政治生命は断たれずに済んだので、再度、政治の表舞台に出てくる可能性もある。一方で、日本国にとっては最悪のタイミングだろう。後任の宰相に決まった菅氏はリーダーシップをなかなか発揮できず、新型コロナ対策も、経済対策も、役所任せが復活し、結果としてすべて後手後手に回ることになりかねない。

 特に経済への取り組みはタイミングを逸する。11月に発表される7−9月期のGDP国内総生産)はかつてない伸び率を記録することになる。経済活動が止まり、27.8%減となった4−6月期と比較するので、「急回復」となるわけだが、これは一種数字のマジックで、国民の景気実感とは真逆になるだろう。

 その頃出そろうことになる企業の中間決算は多くの企業で赤字もしくは大幅減益となり、年末賞与の大幅減額はもとより、人員削減などのリストラに動くところが出始める。財布の紐は一気に締まり、消費は減退。本格的な景気悪化が訪れることになりかねない。

 ところが、政治家も官僚も、GDPは回復という机上の数字に惑わされるので、本格的な景気対策は後手に回ることになる。悲鳴を上げる一部の企業は政府に救済を求めるだろうが、政府はまともな政策を打てないとみておいた方が良い。

 新型コロナによる経済縮小は、ビジネスモデルを根本から揺さぶっている。嵐が通り過ぎるのを耐えて待つという姿勢では、ジリ貧に陥ることになる。

 だが、伝統的な大企業はそう簡単にはビジネスモデルを変えられない。つまり、身動きの軽い新興企業やベンチャーにとっては、大企業に邪魔されない格好のチャンスがやってきたとも言える。人々が求めるサービスも、人々の働き方も、その背後にある価値観も急速に変化している。安倍内閣が当初取り組もうとして日本経済の構造転換が、はからずも新型コロナという外圧によって一気に進もうとしている。

 生産性が低いと言われてきた日本の中でも、「外食」「小売り」「宿泊」「運輸」は低採算の代表業種だった。こうした業種が新型コロナで真っ先に大打撃を被り、大変革なしには生き残れないところに直面している。間違いなくこうした産業で生き残る企業は一気に生産性を高めるに違いない。おそらく従来のやり方では生き残れないので、一気にモデルを変えるか、高付加価値商品にシフトするか、機械化するかということになるだろう。

 運輸に関しては、宅配便などは需要が急増している一方で、「官業」の色彩を引きずる航空や鉄道、郵政などは抜本的に存在意義を問い直される。

 過去の歴史が示すとおり、時代が大変化を遂げる時こそ、チャンスである。官に頼らず、自らの頭で考えて、自ら行動できるかどうか。企業の運命が大きく分かれることになる。

 

東京オリンピック「何とか開催」しても大不況は避けられない  いまさら消せない「3兆円のツケ」

プレジデントオンラインに10月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/39197

 

何が何でも来年夏に開催したい

自民党の最大派閥である清和政策研究会細田派)が9月28日、都内のホテルで政治資金パーティーを開いた。例年は立錐の余地もないほどの参会者が大会場に集まるが、今年は新型コロナウイルスが終息しない中とあって、12会場に分かれてオンラインでつなぐ異例の光景となった。

さらに異例だったのは、来賓などが壇上に上がって、「オリンピックの実現に向けて、がんばろー」と三唱したことだ。そこには安倍晋三前首相、橋本聖子五輪担当相、萩生田光一文部科学相そして大会組織委員会会長の森喜朗元首相がいた。

新型コロナが完全に終息しない状況でも、オリンピックを何としてでも開催する姿勢を改めて示したのだ。一部では無観客での開催という見方もあるが、「数百万人に海外から来てもらう」という発言も飛び出し、そのためにPCR検査など受け入れ態勢を検討している、とした。

菅義偉首相も、官房長官時代から、繰り返しオリンピック開催を主張しており、永田町は、何が何でも来年夏に開催する姿勢で固まっている。

中止なら総額3兆円をドブに捨てることに

選手だけでなく、多くの観客が海外から日本にやってくるとなると、世界的に感染者数や死者数が少ない日本が、再び感染リスクに晒されることになる。国民の間には、開催は難しいのではないか、という感覚を抱く人も少なくないが、政治は前のめりで進んでいる。

政治のキーマンたちが何としてもオリンピックを開催する姿勢を打ち出しているのには、理由がある。観戦のためのチケットがすでに販売され、中止となれば回収・返金が不可欠になる、というだけではない。経済波及効果を期待して、開催に向けてすでに巨額の資金を使ってしまっている中で、中止となれば、総額3兆円を超す資金をドブに捨てたことになる。現役の大臣が責任追及されるだけでなく、森元首相の晩節も汚すことになる。

誘致した際には「世界一コンパクトな大会」にするはずだった東京オリンピックパラリンピックに投じた資金は、どんどん膨らんできた。会計検査院による2019年12月時点の集計でも、関連する国の支出は1兆円を超えた。さらに東京都が道路などのインフラ整備も含め1兆4100億円、組織委員会が6000億円を支出することになっており、総額は3兆円を超える。

さらに、大会の1年延期が決まったことで5000億円を超す追加費用が発生するとみられている。国際オリンピック委員会IOC)も追加負担を決めたが、わずか860億円で、大半は国や東京都が負担することになる。

追加のスポンサー料負担に難色を示す企業も

開催してさらに大幅な赤字になれば、東京都の負担になる見通しだが、財政が豊かだった東京都も、ここへ来て財布が底をつく懸念が出ている。新型コロナで休業補償を実施したことで、自治体の「貯金」とも言える「財政調整基金」をほとんど取り崩すこととなった。

経済活動が冷え込んだことで、今後の税収が増える見込みも立たず、再度の休業補償を実施することも難しい状況に陥っている。オリンピックで追加の負担をするどころの話ではないのだ。

組織委員会の収入は入場券収入に加えて、企業からのスポンサー料が大きい。延期になったことで、追加のスポンサー料負担を要請しているものの、新型コロナで業績が急速に悪化している企業も少なくなく、追加出資に難色を示すところが少なくない、という。国内での広告ができるスポンサー枠を取った中堅企業の社長は「もう十分、広告効果はあったので、本音では、もう降りたい」と語る。

7兆円以上のインバウンド消費が泡と消えた

政府は10月1日から全世界を対象に入国制限を緩和した。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、日本を訪れた訪日外客数は、4月から7月まで前年同月比99.9%のマイナスが続いた。8月は若干増加したものの99.7%減になっている。

2019年1年間に日本を訪れた旅行客は3188万人と過去最多を更新した。外国人が日本国内で使ったお金は、推計で4兆8000億円。オリンピックが開かれる予定だった2020年は4000万人が日本を訪れ、消費額は8兆円に達するという見込みを立てていた。

1~3月こそ7071億円が使われたが、4~6月は観光庁の調査すら中止されており、ほぼゼロになったとみられる。このままでは年間で1兆円にも届かない可能性が高い。目論見から比べれば7兆円以上の消費が泡と消えたことになる。

2021年に何としてもオリンピックを開きたいという背景には、このインバウンド消費を何としても取り込まねば、日本経済の底が抜けることになりかねない、という危機感があるわけだ。

中止を決めれば、事業をやめる経営者が出てくる

もともと日本国内の消費は弱い状態が続いていた。特に2019年10月の消費税率引き上げ後は、大幅に消費が落ち込んでいた。免税手続きが可能なインバウンド消費はそうした消費の悪化を下支えする切り札として期待されてきた。特に地方の観光地などでは小売店や飲食店など経済の最末端に直接恩恵を与える外国人消費はなくてはならない存在になっていた。

それが新型コロナで状況が一変している。外国人による消費は事実上消滅し、国内在住者の移動も激減したことから、小売店や飲食店などが大打撃を被っているのだ。持続化給付金や家賃補助など国や自治体の政策もあって、とりあえずは売上減少を耐え忍んでいる事業者も少なくない。そこに「オリンピック中止」が仮に決まったとなれば、事業継続を断念するところが一気に増加することになりかねない。軽々に「中止」とは言えないのだ。

だが、仮にオリンピックを強行して、数百万人の外国人がやってくることになったとして、その経済的な効果は限定的だ。当初見込んだ4000万人の10分の1として、インバウンド消費額は1兆円にはるかに届かないだろう。

国内消費にいよいよブレーキがかかる

一方で、国内消費が盛り上がる期待は薄い。

10月以降、3月決算会社の9月中間決算が相次いで発表される。これまで「合理的に見積もることができない」として年間の業績見通しを明らかにしていなかった企業も、さすがに見込みを出すことになる。大幅な赤字や減益に転落する企業が相次ぐ見通しで、それを受けてリストラに乗り出す企業も出始める。年末の賞与を削減するのはまだ序の口として、人員削減などに踏み切るところも出そうだ。そうなれば、国内消費に急ブレーキがかかることになる。

政府はGo To キャンペーンなどで、宿泊業や飲食業の支援に力を入れているが、旅行や飲食に使うお金そのものを一気に締める動きが広がることになりかねない。

五輪を開催できても、効果は限定的だ

そうした経済の崩壊が進む中で、いくらオリンピックを開催できたとしても、効果は限定的とみていいだろう。

東京をGo To トラベルの対象に加えるなど、政府は経済活動の再開を優先した政策に舵を切っている。ひとえに死者数が増えていないことが背景にあるが、インフルエンザなど感染症が広がりやすい秋から冬にかけて、新型コロナの感染者・死者がこのままの水準で推移するかどうか。

人の動きが活発になることで、再び感染者や死者が増え始めることになれば、一気に経済活動を自粛する動きが広がる可能性もある。そうなれば、いくらオリンピックが開かれても経済が盛り上げるどころの話ではなくなる。

今後、企業のリストラで失業する人が増えることになれば、そうした人たちを支援するための助成金の拡充や経済対策が不可欠になる。オリンピックの開催に向けて大盤振る舞いしてしまったツケを、今後、国民は払わされることになる。

「不妊治療の保険適用」では切り札にならない「少子化」の深刻度

新潮社フォーサイトに9月30日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47372

 

 新しい首相に就いた菅義偉氏は、自民党総裁選の最中から「不妊治療の保険適用」を政策の柱の1つとして打ち出した。

 9月27日に公明党大会に出席した際もあいさつで、不妊治療への保険適用について、

 「公明党から強い要請を受けていた。できるだけ早く適用できるようにしたい。それまでの間は助成金を思い切って拡大したい」

 と繰り返し、少子化対策に本腰を入れる姿勢を見せた。

 これは、「デジタル庁創設」や「携帯電話料金の引き下げ」などとともに、菅首相流の「一点突破型」の政策提示といえる。「女性活躍促進」「1億総活躍」といった「掛け声型」の安倍晋三前首相とは、180度スタイルが違うものの、多くの国民が求める具体策を提示したからか、発足時の内閣支持率は極めて高い。

「86万ショック」

 菅首相は目指す国家像などをなかなか語らないが、少子化が日本社会を根底から揺るがす深刻な事態を引き起こそうとしていることに危機感を抱いているのだろう。

 「『86万ショック』と呼ぶべき状況」――。

 政府が7月31日に閣議決定した「2020年版少子化社会対策白書」では、2019年の年間出生数が初めて90万人を割り込み、86万5234人と過去最少を更新したことをこう表現し、危機感をあらわにした。

 当然、菅氏も官房長官としてこの閣議決定に加わっていた。それから1カ月も経たない8月25日、厚生労働省が発表した人口動態統計(速報値)では、2020年上半期(1-6月)の出生数が明らかになった。43万709人。前年同期に比べて8824人も減少、2020年の年間出生数が、前年をさらに下回る懸念が強まっている。

 86万人といってもピンと来ない人が多いに違いない。2015年には100万5721人の新生児が産まれていたのに、90万人を一気に下回った。110万人を割り込んだのが2005年で、100万人割れの2016年まで10万人減るのに、11年かかっていた。しかし、わずか4年で14万人も減ったのである。

 出生率の低下は、経済的な問題が大きいとされてきたが、この4年、経済は比較的好調だった。それでも出生数が激減しているのは、そもそも出産する年齢層の女性人口が、大きく減り始めていることが大きい。

 昨年10月1日時点の人口推計によると、46歳の女性の人口は100万2000人。戦後ベビーブーム世代の子どもである「団塊ジュニア」と呼ばれた人たちの世代だ。43歳から47歳までの女性人口は、478万人に達する。彼女たちがいわゆる出産適齢期から外れたことが、少子化に拍車をかけた。

 そのためなのかどうなのか、厚労省不妊治療に助成金を出す際の治療開始年齢の上限は、43歳未満になっている。

 この団塊ジュニアをピークに人口は急激に減る。その次の世代、38歳から42歳の女性は400万人、33歳から37歳は357万人、28歳から32歳は313万人だ。

 この出産適齢期の女性人口の減少が顕著に表れたのが、ここ数年の出生数の激減とみられる。現在0歳から4歳までの女性は232万人しかいないので、団塊ジュニア世代のざっと半分だ。彼女たちが成人して、子どもを出産するころには、さらに出生数は減る。大幅に出生率が上昇でもしない限り、もはや出生数の減少は止められないステージに入ったと言っていい。

力を発揮できない「少子化担当相」

 菅首相不妊治療への保険適用や助成拡大を打ち出したのは、女性人口の多い世代に、できるだけ子どもを産んで欲しいという思いが反映されているのは明らかだ。

 少子高齢化によって、働いている現役世代の社会保障負担は現在でも大きい。男女合わせて100万人を切った出生数の世代が働く世代になった頃、つまり20年後には、さらに現役世代の負担が重くなるのは間違いない。

 それでも年金制度や健康保険制度が維持できるのか。少子化をどこかで止めないと、社会構造自体が崩壊してしまう。

 もちろん、政府もこうした急速な少子化を問題視してこなかったわけではない。内閣府特命担当大臣に、「少子化対策担当」を独立して置いたのは、2007年の第1次安倍改造内閣だった。その後、民主党政権時代も含めて、少子化担当相が置かれてきた。

 だが、任命された少子化担当相が力を発揮し、成果を上げてきたかと言えばそうではない。歴代の内閣が、大臣の主要担当職務と必ずしも位置づけてこなかったからと言ってもいい。

 民主党政権時代には、3年余りの間に担当相が9人(官房長官の事務代理を含めると10人)にも及んだ。まさに「たらい回し」状態だった。第2次安倍内閣以降は、7年9カ月の間に6人と人数こそ減ったが、全員、初入閣の大臣が少子化担当となっており、決して「重量級」を据えるポストとしては扱われてこなかった。

 また、当初は女性議員が担当相に就くケースが多かったが、第2次安倍内閣以降の6人のうち4人が男性議員となった。

 さらには、他の担当と数多く掛け持ちするケースがほとんどで、安倍内閣の最後の担当相だった衛藤晟一大臣は、少子化対策に加え、沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、海洋政策、一億総活躍、領土問題を担当していた。

 菅内閣少子化対策担当相に就いた坂本哲志議員は、地方創生と一億総活躍、まち・ひと・しごと創生担当と、従来に比べれば担当が少ないものの、やはり初入閣で、少子化対策の手腕は未知数だ。

増加に転じる気配がない

 菅首相が大々的に打ち上げた「不妊治療への国の支援」だが、これまで政府が何もやってこなかったわけではない。

 前述のように、治療開始時点で妻が43歳未満の夫婦に対して、体外受精や顕微授精の不妊治療を行った場合に、1回15万円(初回は30万円)、6回まで(40歳以上は通算3回)助成が受けられる。ただし、夫婦合算の所得が730万円までという制限が付いている。

 それでも国の助成を受けた人は、2015年度にのべ16万733件、16年度はのべ14万1890件、17年度はのべ13万9752件にのぼった。また、地方自治体が独自の助成金を出しているケースも多い。

 今回、菅首相は、730万円という所得制限を撤廃することや、健康保険の適用対象にすることで、不妊治療に関する経済的負担を小さくすることを掲げている。欧州などでは不妊治療に所得制限を設けていない国も多く、こうした制度を参考にする考えだ。不妊に悩む夫婦にとっては歓迎すべき政策であることは間違いないし、分かり易い政策だとも言える。

 だが、根本的な少子化対策として、不妊治療費は「点」の政策に過ぎない。なぜ、子どもを産もうとしないのか、そもそも、結婚しない女性が増加傾向にあるのはなぜなのか。その理由が、単純に経済的なものなのか。

 生涯で子どもを産むかどうかは、極めて個人的な価値観の問題で、プライバシーの最たるものだ。政治家が音頭を取って「もっと子どもを産みましょう」と呼び掛けることはタブーに近い。

 太平洋戦争中に国策として、「産めよ殖(ふ)やせよ」と政府が掲げたことへの反動も、戦後の長い間、影を落とした。

 産みたいという意思を持つ夫婦の不妊治療を支援することには抵抗が少ないが、欧州諸国のように、潤沢な子ども手当を支給したり、3人目の子どもの保育費用を免除したりするような、子どもを産むことにインセンティブを付ける政策には踏み込めない状況が続いてきた。

 それでも民主党政権の「子ども手当」を引き継いだ児童手当の増額や、教育費の無償化など、一歩一歩政策は進んできたとも言える。にもかかわらず、出生数は増加に転じる気配をほとんどみせていない。

 不妊治療への助成拡大は、「象徴的」な政策ではあるものの、これが切り札になって少子化が止まるということには、まずならないだろう。

 菅首相は日本を人口崩壊の危機からどう救おうとしているのか。そのためには政策として何が必要なのか。将来を見通したビジョンを描いたうえで、抜本的な対策を取っていくことが求められている。
 

 

給料が上がる?菅首相が、「最低賃金引き上げ」の劇薬を持ち出した  反対派が示す「ある懸念」

現代ビジネスに10月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76047

 

早速、1000円を目指すよう指示

最低賃金の引き上げは経済にプラスなのか、マイナスなのか。政界でも経済界でも大きく見方が分かれている。そんな中、引上げ論者と見られてきた菅義偉・前官房長官が首相に就任したことで、再び、議論に火が点きつつある。

菅首相厚生労働相に指名した田村憲久議員に、最低賃金の全国加重平均で1000円を目指すよう指示した。会見で田村厚労相は「総理の思いは早急に平均1000円を実現すること。しっかり歩みを進めたい」と答えた。

安倍晋三内閣は年率3%程度の引き上げを明言し、急速に最低賃金引き上げを進めてきた。第2次安倍内閣がスタートする前の2012年10月は全国平均は749円だったが、2019年10月には901円となった。7年で152円、20%も引き上げた。特に2016年から19年までの4年間は3%を超える引き上げを行った。

最低賃金厚生労働省の審議会で目安を決めたうえで、都道府県の審議会が決定する。2019年には東京が1013円、神奈川が1011円と初めて1000円を超す都県が誕生した。

地方での引き上げも進んだが、2019年時点では最も低い県が790円で15県並んでいた。九州6県や沖縄、高知、山陰、東北などで、東京と200円以上の差があった。

賛否の議論再び

地方の最低賃金を引き上げることで消費力が上がり景気が良くなるとの考えから、地方経済を活性化させるには最低賃金は全国一律にすることが手っ取り早いと主張する政治家もいる。

一方で、中小企業経営者などからは、最低賃金が上がることで、経営が行き詰まるという声も根強く、中小企業経営者の声を反映する日本商工会議所などは毎年、最低賃金の大幅な引上げには反対する声明を出してきた。最低賃金を引き上げた結果、倒産が相次ぎ、失業者が増えることになっては元も子もないではないか、というわけだ。

新型コロナウイルスの蔓延の最中、7月に行われた厚労省中央最低賃金審議会の小委員会は、最低賃金引上げの賛成派と反対派の意見が平行線となった。結局、小委員会では「目安」を示すことができず、「現行水準を維持することが適当」とする報告書をまとめた。都道府県の審議会の判断に任せられた格好だが、事実上、据え置くことに道を開いた。

その結果、2020年の最低賃金は、7都道府県が据え置きを決定。9県で3円引き上げ、14県で2円引き上げ、17県で1円引き上げとなり、全国加重平均で1円上昇の902円となった。10月から実施される。最も低い最低賃金792円を採用した県は7県となり、格差はやや縮まったものの、全国加重平均で1000円には、まだまだ道のりが遠い。

そこに誕生したのが菅総理だ。政府の経済財政諮問会議の民間議員である新浪剛史サントリーホールディングス社長が、安倍内閣の掲げる3%の引き上げが不十分だとして「5%引き上げ」を掲げた際、同調したのが当時、官房長官だった菅氏だった。

菅氏の出身の秋田県は2019年も2020年も全国最低の最低賃金に甘んじており、地方と大都市部の格差を強く意識しているとみられる。

新型コロナの蔓延で「非常時」だった2020年は、据え置きとなったが、これはあくまで非常時だから。就任早々、1000円を指示した菅総理は来年に向けて大幅な引き上げを繰り返し打ち出してくるのではないか、との見方が強い。

新政権の「劇薬」政策か

菅氏が就任後に示した政策は、極めて具体的だ。携帯電話料金の引き下げにしても、不妊治療費の助成拡大にしても、生活者の視点を重視している。最低賃金の引き上げは、最低賃金に近い水準で働いている弱者の所得を引き上げることにつながる。

安倍前首相が繰り返し述べながら実現できなかった「経済好循環」に火を点けることができる可能性もある。円安などで恩恵を受けた企業に賃上げで生活者に還元させ、それが消費に回って、再び企業収益を潤わせる循環が日本経済の再興には欠かせないとみているはずだ。

今年、最低賃金の据え置きを決めた東京都の地方最低賃金審議会には例年を大幅に上回る「異議申し立て」があったという。最低賃金の引き上げを求める生活者の声は大きいだけに、菅首相が大幅引き上げを打ち出せば、国民の支持が高まる可能性は十分にある。

「引き上げありき、ということではなく、上げられる環境づくりがまず第一だ」

梶山弘志経済産業相は会見でこう予防線を張ったが、一方で菅首相からは梶山経産相に対して、「中小企業の再編促進などによる生産性の向上」を指示されている。最低賃金の引き上げは、経営基盤の弱い中小企業に再編淘汰を迫る可能性もあり、菅首相にとってはそれも覚悟のうち、ということなのだろうか。

デフレ経済の中で給与がジリジリと減り、国際的にも貧しくなった日本人。それを見据えたうえで、最低賃金の大幅な引上げという「劇薬」投与を、菅首相は考えているのかもしれない。